転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第16話 出発

 ――コノエは、夢を見る。夢の中で、過去を見ていた。

 それは二十五年前、日本に居た頃の記憶だ。

 

 何故その夢を見たのかは分からない。夢を見た理由なんてないのかもしれない。

 でも確かにコノエは、その夢を見た。

 

『…………』

 

 そこは、白い場所だった。真っ白な壁、真っ白なカーテンに囲まれた場所。

 ……真っ白なベッドと、真っ白なシーツ。

 

『…………ぅ、ぁ』

 

 夢の中、コノエは小さく声を出す。呻き声のような小さな声。

 ……今のコノエが出せる(・・・・・・・・・)、精一杯の声。

 

 コノエは、ベッドに横になり、体中に管を繋がれている。

 体はほとんど動かない。首を少し動かすのも一苦労で、腕を少し上げるのにも必死で。ベッドの上で、ただ寝ていた。

 

『…………』

 

 ――これは、コノエが異世界に召喚される直前の話。

 ――不治の病に罹り、たった三カ月で体が壊れてしまったときのこと。

 

 コノエは一人、ベッドの上で寝ている。

 首を傾けて、横の台に置かれたテレビを見ている。

 

 そこには、アニメが映っていた。ヒーローもののアニメだ。

 コノエが小さい頃に人気があったアニメ。コノエも家政婦に隠れて毎週見ていた記憶がある。

 

 平日の昼間、再放送だというそのアニメを、コノエは()()と見る。

 そして、襲ってくる激痛と倦怠感に耐えながら、そういえば、このアニメの最後ってどうなるんだったっけ、と思った。

 

 好きだったはずなのに記憶になくて……ああ、そうだ、途中から見るのを止めたんだ、と思い出す。どうして止めたのかと言えば――。

 

『…………ぁぁ』

 

 ……コノエは、重い首を動かして、テレビから視線を逸らす。

 

 すると横のカーテンの向こうに影が見えた。隣の人の見舞いに訪れた人だ。四人一組の病室。コノエの隣には八十代のおじいさんが入院していた。

 家族仲が良いようで、奥さんが毎日お見舞いに来ているようだった。休日には、子供や孫が訪れて、話をして帰っていく。

 

『…………』

 

 ……でも、コノエを訪れる人は、一人もいない。

 

 ただ一人、痛みに耐え、苦しむだけ。

 誰も、何もない。話しかけてくれる人も、手を握ってくれる人もいない。

 

 ああ、それが、どうしようもなくコノエは悲しくて――。

 

 ◆

 

 ――朝。まだ日が顔を出す前のこと。

 コノエは、学舎から治癒院へ向かっていた。メルミナの姉が眠っている治癒院だ。

 

 昨晩、別れ際にこっそり約束した時間に訪れると、階段を降り切った場所に、既に人影が待っているのが見える。金色の髪の少女。テルネリカだった。

 

 彼女はコノエを見ると、ぱあ、と表情が明るくなる。嬉しそうに笑って、その場で何度か足踏みする。それはまるで、近づいて来るのを我慢するかのように。

 コノエが階段の下に立つと、すぐに小さな声でおはようございますと言って、一言二言と言葉を交わす。何気のない会話。生活の中で何度も繰り返してきた日常だった。

 

 ……そして。

 

「……コノエ様」

「……ああ」

 

 コノエがそっと屈んで、テルネリカと視線を合わせる。

 ゆっくりと額が近づいて来て――。

 

「…………」

「…………」

 

 金の光と、伝わってくる温もり。

 テルネリカの魂の力(おもい)が、コノエの中に流れ込んでくる。

 

「――コノエ様」

「……ああ」

「ご武運を、お祈りしております」

「……ありがとう」

 

 ……出発の朝、そんな、たった数分の時間があった。

 

 ◆

 

 ――明け方、コノエは準備を終え、学舎の一室で待機する。

 転移門が開くまで、あと少し。部屋の中にはメルミナと小さい教官――ティカがいて、緊張している教官にメルミナが色々と話しかけたりしていた。

 

 コノエは、そんな二人とは離れた場所で窓の外を見ていて……。

 

(……やはり、花弁以外は見えないか)

 

 ……そう思う。何のことかと言えば、金の権能のことだ。

 テルネリカから授かったこの祝福には、大まかに分けて二つの力がある。花弁での導きの力と、看破の力だ。

 

 不死の魔王と戦ったときは、スライムと化した男の過去を見せ、隠れたスライムの場所を見つけ出してくれた力。

 しかし、昨晩から何度か試しているが、今回はその力がまだ働いていない。

 

(……看破については、検証がほとんど出来てないんだよな)

 

 検証では看破は一度も発動できなかった。コノエの渇望の問題なのか、もしくはそれ以外の要素があるのか。なので、条件に付いてもよく分かっていない。

 今回は渇望があるはずなのに見えていないので、やはり他の条件が……?

 

(……いや、でも……分からないけれど、少し違う気がする)

 

 なんとなく、コノエはそう思う。今回何も見えていないのは、他の条件と言うより……。

 

(……見えない方がいい(・・・・・・・・)、と言われているような……?)

 

 コノエは、軽く目元を押さえ、どういうことなのだろうと思い――。

 

「――ところでコノエ、なんであなたティカに敬語使ってるの?」

「…………なんでって、たとえ小さくなっても教官だろ」

 

 そこで、ふとメルミナが話しかけてきて、返事をしつつ。

 すると、小さい教官が――え? メルミナ様には普通に話してるのに私には敬語なんですか!?と驚く。私は普通の街娘なので止めてください! と頼まれて。

 メルミナにも、護衛対象に気を遣わせちゃダメでしょ、と言われた結果、小さい教官に対しても敬語無しで話すことを約束させられたりした。

 

「ティカって呼んでくださいね!」

「……はい――ああ、わかった」

 

 出発前の短い時間。三人でのちょっとした穏やかな会話があって――。

 

 ――でも、その、瞬間だった。

 ガランガラン、と音がした。

 

「――――!」

「これは!」

「…………え?」

 

 鐘の音だ。学舎の最上階に備え付けられている鐘。

 ――緊急事態を知らせる鐘だ。

 

 コノエとメルミナが弾かれたように動き出す。コノエとメルミナの目が合って、コノエは部屋の外へ駆け出し、メルミナはティカを庇うように立つ。

 コノエは一直線に学舎の一階、玄関ホールへ走る。すると。

 

「――氾濫、迷宮氾濫です! エンガルド東部にて氾濫が……え? セルミジア西部でも? ……に、二か所! 国内二か所で氾濫が発生しております! また、未確認情報ですが、エンガルドでは災厄と思われる魔物が出現したと――!」

「――――!」

 

 ◆

 

 ――鐘を皮切りに、次から次へと情報が入ってくる。

 二か所の氾濫、場所とその規模。現れたと思しき災厄。そして――。

 

「――新しい情報が入りました! 現在他国でも氾濫が発生したとの情報が入りました! 判明しているだけで十か国!」

「同時に、災厄が何体も確認されているようです! 応援要請がいくつも届いて――!」

 

 次から次へと入ってくる情報に、コノエは歯噛みする。

 思い出していた。昨晩聞いた予言――教官とコノエ以外のアデプトに届いた、すぐに帰って防備を固めろと言う予言を。

 

 つまり、これが――。

 

【――コノエ】

「……神様」

 

 そこで、神様が階段から降りてくる。その表情は焦りの為か少し引きつっていた。それはそうだ。これだけの異常事態が起きていて、しかも、一番頼りになるはずの教官は、今。

 

 周囲はどんどん慌ただしくなってきて、誰も彼もが走り出している。連絡用の魔道具を手に叫ぶ職員もいれば、都に住むアデプトに救援を要請するためか外へ飛び出していく職員もいる。

 

 ……そんな中で神様は真っ直ぐにコノエを見て。

 

【――こちらは、なんとかしてみせるから、あなたはあなたの為すべきことを】

「――! はい」

 

 神様の、お願い、という言葉に背を押されるように、コノエは走り出す。

 時計を見ると、転移門の起動準備完了まであと数分になっていた。

 

「――コノエ」

「コ、コノエ様」

「……二人とも、転移門へ」

 

 部屋に戻り、二人を連れて転移門へ急ぎ向かう。

 走る途中、受付で聞いたことを説明しながら、メルミナを見る。メルミナもコノエを見ていた。

 

『――やはり、厳しい戦いになる』

 

 迷宮氾濫に、災厄。教官を落としたこのタイミングで、邪神は多くの手を打ってきている。

 ならば当然、これから向かう先でも。

 

 コノエとメルミナは、険しい顔で頷き合いながら、転移室の中に入っていく。

 そうして、門が開くと同時に飛び込んで――。

 

「――」

 

 三人は、目的の迷宮入り口に一番近い村に転移した。

 

 ◆

 

 ――木で作られた家が並び、低い柵の向こうには黒紫色の森が見えた。

 道には早朝にもかかわらず多くの人が歩いている。その多くは鎧や武器を装備した冒険者たちだった。

 

 転移した先の村。そこは、汚染地のすぐ横に作られた開拓村だ。数十日前にメルミナと向かった村とはまた別の村。

 その村にはまだ情報が届いていないのか、穏やかな空気が流れていた。受付で聞いた氾濫の区域からも外れているため、瘴気が広がっていたりもしない。

 

 ――そして、金の花弁は、村の隣の汚染地の中へと続いている。

 これから向かう迷宮は、汚染された森の中心にある。なので、まずはそこに辿り着かなければならない。

 

 三人は鞄からローブを取り出し、外套の上からかぶる。

 隠蔽用のローブだ。消音と気配消しの魔法が籠められた魔道具。

 

 そうして、コノエが先頭に立ち、その後ろに教官――ティカを背負ったメルミナが立つ。

 先導するコノエに、メルミナが付いていく形。ここからは少しでも急ぐために、ティカを背負っていくことになっていた。ティカへの負担は大きいが、ここから先に転移門はない。

 

「…………」

 

 コノエはメルミナに背負われたティカを見る。

 不安そうにきょろきょろと周囲を見る姿。普通の少女。……いや、突然千年後に連れて来られた挙句迷宮に入れと言われて取り乱していない時点で、流石教官だなと思うけれど。でも、彼女は確かにアデプトでもなんでもない普通の少女だった。

 

 コノエは、彼女を何としても守り抜かなければならない。

 これから何が起ころうとも、必ず。元に戻るまで。

 

 ――三人は準備を終え、村の外へと走り出す。

 汚染地の中に侵入し、道なき道を、ときに空を踏みながら進んでいく。

 

「――――」

「――――」

「…………ぅぅ」

 

 ティカを気遣いつつ、汚染地の森の中を気配を消した二つの影が高速で駆け抜けていく。

 見かける魔物も今回ばかりは無視し、奥へと向かい――。

 

 ◆

 

 ――約一時間後、三人は迷宮入り口に辿り着く。

 いや、正確に言えば、入り口から数キロ離れた地点だった。

 

 そこでコノエは、二人から一歩離れる。ここからは、一旦コノエの単独行動だった。まず迷宮にコノエが一人で先行し、入り口付近の安全を確保する。その後、メルミナとティカに合流し、中に侵入する。そう決めていた。

 

 最後にコノエはメルミナを見て。

 

「…………」

 

 ……メルミナは、コノエに一度首を横に振って見せる。

 それにコノエは頷いて返し、森の中を進んでいった。

 

 そうして、間もなく迷宮入り口の数百メートル手前、入り口が見える距離に到着する。

 そこは汚染樹の森の中にぽっかりと口を開けた洞穴のような場所だった。

 

 一般的な迷宮の入り口。周囲には数十匹の下級(ゴブリン)が集まっているのが見えた。それ以外の魔物……災害や災厄などの姿はいない。

 これは事前にメルミナの千里眼でも確認していた。昨晩、都にいるうちからメルミナは迷宮浅層を入念に調査していたようだが、高位の魔物や罠は見つからなかったらしい。

 

 先ほどメルミナが首を横に振ったのも、現時点でも低位の魔物以外は何も見えていないと言うことだった。

 

 これはおそらく、ここが重要拠点だとバレないようにするためだ。戦力が見てわかるほどに集まっていれば、人間側もそこに何かがあると分かってしまうから。

 今回は祝福の力でこの場所を見つけることが出来たが、そうでなければ怪しそうな場所を探すしかない。なので、何も無いように見せて、目を逸らそうとしているのだろう。

 

 まず間違いなく、敵方の戦力は地下深くに集まっている。

 ……まあ、入り口も、何も無いように見せて実は、と言う可能性もあるので油断は出来ないが。固有魔法なら、災厄なら、メルミナの目を誤魔化せる可能性はあった。

 

「…………」

 

 コノエは目元に手を当てる。見えるのは洞窟へと続く花弁だけで、それ以外は何も見えなかった。

 

(――行く)

 

 コノエは、ローブの下で手甲と脚甲を生み出す。

 そして、一息、呼吸して……。

 

「……!」

 

 飛び出す。コノエは数百メートルの距離を一秒にも満たない時間で踏破する。

 伏兵を警戒しつつ、同時に生み出した数十のナイフをゴブリンに打ち込み、悲鳴を上げる間もなく皆殺しにする。

 

「――」

 

 ――ゴブリンの他には、何も出て来ない。

 確認後、コノエは跳ねるように洞窟型の迷宮に入っていく。

 

 通路を駆けぬけ、少し開けた場所に出る。岩肌が露出した、自然洞窟のような迷宮内部。所々生えたコケや植物だけが光っている。

 魔物は……やはりゴブリンが数十匹。こちらにもナイフを打ち込む。

 

 そのまま一秒、二秒と警戒し――何も出てこなかった。

 やはり戦力は地下に集めているようだ。胸元のレンズを何度か指で叩き、合図を送った。

 

 ……少しして、メルミナと背負われた教官が迷宮に入って来る。

 

「コノエ」

「……ゴ、ゴブリンがたくさん死んでる……」

 

 あ、とメルミナがレンズを生み出して、ティカの目を塞ぎつつ。

 そして――では、行こうと足を前に出した。

 

「…………」

 

 ――これから向かうは地の底、迷宮の奥の奥。

 ――何が起こるかなど分からない深い闇の中。

 

 コノエとメルミナは硬い表情で進んでいく。これから先は、きっと世界中に災厄をばらまき、迷宮氾濫を起こした邪神の懐になる。果たしてどんな敵が待ち受けているのか。

 

 三人は金の花弁が導くままに、前へ前へと進んで行って――。

 

 ――

 ――

 ――

 

 ――それから、数時間が過ぎた頃。

 

「……何も、出ないな」

「……出ないわね」

 

 しばらく進んだものの、災厄や災害も出てこなければ、まともな罠もなく、コノエとメルミナは困惑した表情で顔を見合わせていた。

 

 

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