転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第17話 違和感

 ――しばらく進んだものの、強い魔物も罠も出てこなかった。

 コノエはメルミナと顔を見合わせる。順調すぎて気持ちが悪い。

 

 なので、ちょうど開けたところにいたのもあり、一度話し合うことにした。

 結界を念入りに張った後、内部に神様の加護を張る。迷宮探索時の拠点だ。邪神から身体と情報を守るためのシェルター。

 

 そして、手ごろな岩に座り、向き合った。

 

「……ここ、重要拠点、だよな? 防備を固めてるものだと思っていたが」

「……そうね」

 

 予言で深い穴の底へ向かえと言われて、金の権能が指し示した先にあったダンジョンだ。

 だって予言では――。

 

『――落ちた銀の灯を探すため、あなたは赤と銀片と共に深い穴の底へ向かうことになる。

 きっと、あなたはそこで出会うでしょう。救いたければ、あなたは向き合わなくてはならない。なぜなら、そこに居るのは、かつてのあなたなのだから。

 きっと、あなたはそこで見るでしょう。救いたければ、あなたは証明しなければならない。なぜなら、背を見上げているのは、あなたの星なのだから』

 

 そうだ。予言の通りなら、ここには落ちたという銀の灯があるはずだった。

 邪神はそれを取り戻されないように守ろうとするはずだし、コノエもメルミナも罠や魔物が多く配置されているものだと思っていた。

 

 当然、厳しい戦いになると思っていたし、コノエもメルミナも覚悟していた。死ぬ可能性も十分あった。

 メルミナが姉にテルネリカとフォニアを付けたのは、己が死ぬ可能性も考えていたからだろう。コノエも、学舎に遺書を書いて預けている。全ての財産をテルネリカに譲ると書いた。

 

 ……それなのに、災厄も災害も出てこない。

 

「なんで何も出てこないのかしら。奥で待ち構えてるにしても、こちらを削るために災害の一匹や二匹くらいは送ってきてもいいと思うんだけど」

「……魔物は一度だけ最上級(コカトリス)が襲ってきたが、それだけだった。罠も落とし穴やブービートラップしかなかったよな」

「防衛施設としての迷宮の利点って、長時間の探索で物資を使わせたり敵を疲れさせたり出来ることでしょう? 迷路で探索を長期化し、断続的な襲撃や罠の設置で体力や魔力、神経を削るのが目的。それなのに、何故?」

 

 迷宮探索は長丁場で、神経も使う。たとえアデプトでも疲れと無縁ではいられない。なので、当然邪神が疲労(それ)を狙ってくるものと思っていた。

 

 しかし、現状弱い魔物と罠しか出てきていない。その理由は……。

 

「…………」

 

 順当に考えると思いつくのは、二つだった。

 一つ目は……

 

「……こちらを油断させる作戦か? 何もないことに慣れ、気を抜いた頃に襲い掛かってくるパターン」

「……そうね、私もその可能性はあると思うわ」

 

 大した敵も罠もなく、代り映えのしない地下の洞窟を延々と進んでいれば、緊張が途切れる瞬間もあるだろう。そこに致命的な攻撃をぶつけてくる可能性だ。

 ……全世界に災厄をばらまいた邪神にしては随分と悠長な気もするが。

 

 そして、二つ目が……。

 

「――固有魔法か? なんらかの特殊な条件がある魔法」

「……ええ、発動条件を満たすため、私たちを泳がせている可能性は、あると思うわ」

 

 固有魔法は千差万別なので、どんな条件があっても不思議ではない。場合によっては災厄や災害で襲わせないことが条件の固有魔法もあるだろう。

 ……まあ、それにしても、今の状況は少し奇妙だが。だって、それなら、最上級で部隊を組んで襲ってくれば良い。捨て駒にはなるが、削ることはできるだろう。本気で守る気があるのなら、出来ることはして当然のはずだ。

 

 それとも、もっと難解な条件があるのか……。

 

「…………」

 

 ……なにか、違和感があった。何かがズレているような奇妙な予感があった。現状について一応説明は出来るものの、勘がおかしいと言っているような気がした。

 メルミナも訝しげな顔をしていて、今挙げた二つの可能性に疑問を抱いているのが分かる。しかし、考えても分からない。

 

 ……何が狙いなのだろうか。可能性が高いのはおそらく固有魔法だが。

 眉を顰めるコノエに、メルミナは、とりあえず、と呟く。

 

「私が改めて詳しく周囲を調べてみるわ。もしかしたら何か見えるかもしれないし」

「……ああ、ありがとう」

「いいえ。で、それまでは少し休憩にしましょう。……ティカ、あなたもゆっくり休みを取って。ここまでほとんど止まらなかったし、疲れてるでしょう?」

 

 ……え? といきなり水を向けられたからか、ティカが驚く。

 彼女は先ほどからコノエとメルミナの横でちびちびと温かいお茶を飲んでいた。顔にも疲労が見える。

 

 この数時間、こまめに休憩は挟んだものの、ずっとメルミナに背負われ続けていた。体力については治癒魔法があるとはいえ、精神的な疲労は消えないはずだ。

 さぞ疲れただろうなとコノエは申し訳なくなる。メルミナも隣で申し訳なさそうにしていた。

 

「……無理をさせてしまってごめんなさい。そろそろお昼だし、良かったら何か食べて。初日の今日は新鮮なものを食べられるし……実は他にも色々持ってきたの。甘いものとか、どう?」

「……あ、ありがとうございます」

 

 メルミナが鞄からサンドイッチにミートパイとスープを取り出す。そして、こちらが良かったらと、クッキーやチョコレートなどのお菓子、何種類かの保存食を取り出し教官の前に並べた。

 保存食の中には、先日メルミナが開発した美味しいカロリーバーもどきに加え、数年前に売り出されたという缶詰もあった。

 

 ティカはそれらに手を伸ばそうとして――。

 

「――――あ」

「……!?」

「ティカ!?」

 

 ――ふらり、と上半身が揺れる。力が抜けて、倒れ込みそうになって。

 コノエは慌てて手を伸ばす。倒れる前に背中を支えた。

 

「……え? あ……ありがとう、ございます」

「……いや」

「だ、大丈夫? やっぱり無理をさせすぎたかしら」

 

 コノエは呆然としているティカの体を少し動かし、近くの岩に背中を預けさせる。

 メルミナも近づいてきて、ティカに治癒魔法をかけながら、ごめんなさいと謝った。コノエも謝る。すると。

 

「え、いえ、その……違うんです。大丈夫です。疲れたんじゃなくて、気が抜けたというか」

「……?」

 

 ……気が抜けた?

 

「……その、多分。ダンジョンに入るの生まれて初めてで、緊張してたんだと思います。食事だと思うと体から力が抜けちゃって」

「……ああ」

 

 ……なるほど。そういうことかとコノエは頷く。

 アデプトをしていると忘れそうになるが、ダンジョンとは魔物の領域であり、邪神の城だ。

 只人が入ればまず生きては帰れない死地であり、おとぎ話では地獄のように語られている場所でもある。なにしろ入り口でたむろしていたゴブリンだって、一般人ではまず勝てないのだから。

 

 そんな場所に入れば、緊張してしまうのも当然だろう。……というか、コノエも最初はめちゃくちゃ緊張したわけで。

 

「……情けないですね、私。背負われてるだけなのに、こんなことで緊張して、倒れそうになって」

「……いや、そんなことは」

「そうよ。そんなことないわ。皆そうだもの」

 

 しゅん、とした顔で俯くティカに、コノエとメルミナは二人でそんなことは無いと言う。

 これは本心だった。少しふらついただけで平然としているのだから、情けなくないし逆に立派と言ってもいい。

 

 だって、コノエとメルミナは……

 

「……」

 

 ちらり、とコノエはメルミナを見る。メルミナもコノエを見ていた。

 そして、少し苦笑しながら頷く。

 

「――いい? ティカ。あなたは全然情けなくないし、大丈夫よ。なにせ世の中には、初めてのダンジョンですごい醜態をさらしたのに、最後にはアデプトになった男だっているんだから」

「……え? そ、そうなんですか?」

「……そうだな。僕も初めてのダンジョンですごい醜態をさらしたのに、最後にはアデプトになった女を知っているよ」

「……え?」

 

 ――思い出す。あれは、学舎に入って、百日程が過ぎた頃だったか。

 

「その男はね、ダンジョンに入るなりすごいへっぴり腰になっちゃって。槍なんて絶対振れないような恰好でひょこひょこ歩いてたのよ。それで最後には転んで槍を折っちゃったの」

「……その女は、ダンジョンに入るなり半泣きになって、鼻を啜りながら歩いていたか……。最後には涙で前が見えないとか言っていた。己の固有魔法も忘れていたらしい」

 

 言うまでもなく、コノエとメルミナのことである。流石は同期のドベ二人、という醜態だった。 

 例年でもそこまで駄目なのは珍しかったらしい。本当にみっともなくて――。

 

「…………」

 

 ――よく、教官は見捨てなかったなと。そう思ってしまうような感じだった。

 

「だから、ティカは大丈夫よ。隣の男よりよっぽど優秀だから」

「……ああ、隣の女よりよほど優秀だ」

 

 ……なお、実は二人には他にも似た話がいくつかある。

 一番の醜態をさらしたのは初めて魔物と戦ったときだ。この時のことは互いに決して話さないと紳士協定を結ぶくらいには酷かったりした。

 

「…………ええと、ですね」

 

 と、まあ、そんな感じで話す二人を、ティカは目を見開いて交互に見る。そしてコノエの顔をじっと見て――ふわり、と表情を緩め、ありがとうございます、と。

 

 メルミナがそんなティカに、じゃあそろそろ食べましょうか、と食事を勧める。

 三人で食事をして、ちょっとした雑談や笑顔もあって……。

 

 ◆

 

「……あれ? そういえば……」

「……? メルミナ?」

 

 ――それは、食事の後、お茶を飲んでいるときだった。

 ふとメルミナが呟く。見ると、彼女は考え事をするように口元に手を当てていた。

 

「……ありえない、訳じゃないわよね。だって前回は……」

「……?」

「もしかして……これ、前段階(・・・)?」

 

 メルミナが独り言のように言う。

 そして、コノエを見て、ティカを見て。

 

「……ねえ、少し気になることがあるんだけど」

「……うん?」

「前提として、可能性の話よ? さっき話した邪神の作戦――油断を誘う説と固有魔法説は十分にありえる話だけど、それ以外の可能性もあるんじゃないかと思うの」

 

 ……それ以外の可能性?

 

「私たちは、この迷宮が邪神の重要拠点だと思っていた。教官の現状に関わる()()があると思ってここに来た」

 

 ……でも、とメルミナは言う。

 これまでの様子を見るに、と。

 

「――ここが重要拠点でも何でもない可能性もあるんじゃないかしら……?」

 

 

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