転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――コノエたちが、迷宮内で拠点を作り、話し合っている頃。
地の底では、邪神が地上の氾濫部隊に指示を出していた。
[――――]
邪神は、岩がむき出しになった空間にいる。岩盤を直方体の形にくりぬいたような部屋。椅子の一つも無ければ、なんの装飾もない所。
生物ではないが故に何かに腰掛けることはなく、文化に価値を見出さないが故に原初の空間から作り替えようとも思わない。
部屋の中には、邪神が必要と思うモノしかない。つまり、
[――、――]
邪神は、声を出す。それは音にはならず、どこかへ向かっていく。
向かう先は地上。世界中にバラまいた瘴気核の元だった。
瘴気核。迷宮氾濫を起こす邪悪。世界を汚染し、数多の人を殺す邪神の悪意。
魔物の国の滅亡後、最も人を殺した邪神にとっての傑作。邪神は、そんな彼らに指示を出す。邪神が調べた周辺の状況を伝え、探索するアデプトたちから逃れるように、と伝える。
そうだ。瘴気核は、移動する。逃げて、逃げて、少しでも多く殺すために。
それも迷宮氾濫が長期化しやすい原因だった。
迷宮に隠れているので見つからないし、見つけても逃げる。魔物を盾にして逃げる。だからこそ、瘴気核の討伐は難しい。
[――。――]
そこでふと、邪神は思い出す。百日前の氾濫のとき、赤髪のアデプトに邪魔されてあまり殺せなかったことを。レンズを使うアデプト。捨て身かと思うくらい罠も魔物もお構いなしで突貫してきて、瘴気核を破壊された。
本来なら、あと数十日は瘴気を広げられるはずだったが残念な結果に終わってしまった。邪神にとっては苦々しい記憶だ。
[――、――・――]
……しかし、今。そんな失敗の記憶を思い出しながらも。
邪神は――上機嫌だった。
なぜか。それは言うまでもなく、銀討滅が順調に進んでいるからだ。
不意を打って、
地上では、アデプトたちは各地で起こした氾濫とばら撒いた災厄の対処に罹りきりになっている。大規模な部隊を作って銀を取り戻しに来る余裕はないように見えた。
[――:――・――!]
これでよかった。成功だった。
邪神は見る。すぐ横を見上げる。
最高傑作――デーモンの塊、その頭上。絶望を叫び続けるデーモンたちの上。そこには、燦然と輝く銀色の結晶があった。
[――:――+――]
――必ず終わる。銀は死ぬ。
なぜなら、銀を取り戻すためには、
しかし、当然だが――邪神は、
ここは地の底。星の内側に近い場所。この星と地球では内部の構造が違うが、深さだけで言うのであれば、地球でのマントルと同じ深度にあった。有史以来、この世界の人類が辿り着いたことのない深さだ。
そして、その上で――
迷宮の最下層からさらに数百キロ潜った先に、この場所はある。
これも当然だった。隠したいのなら、守りたいのなら、隔離すればいい。道を繋げるような馬鹿な真似はしない。誰も触れられない地下深く。地の底にぽっかりと空いた部屋。それが、今邪神のいる場所だった。
[――:――。――]
――だから、人類が銀を助けようとするのなら。
たった七日で地を抉り、長い長い距離を掘り抜いて到達しなければならない。途中、邪神が送り込むことになる数多の災害や災厄を打ち破りながら、だ。
それはもちろん、少数のアデプトで出来ることではない。数百数千の大規模なアデプト部隊を作ってやっと、といったところか。けれど、現在そのアデプトたちは氾濫や災厄の対処で手を奪われている。
[――・――、――]
また、それだけではない。邪神は愚かではない。
銀を殺すために、打てる手を全て打っている。
その一つが、探知系の力の妨害だった。
邪神の権能の一つ――欺瞞の力。
邪神は欺瞞の権能を使い、探知系の権能の全てを弾いている。
それが、人類がこの数千年間、邪神に近付けなかった最大の理由だった。
[――:――:――]
ここに邪神がいる限り、人は決して辿り着くことは出来ない。
数千年間、人が邪神を見つけられなかったように。誰もこの場所を見つけられない。
――故に、銀はこれで終わりだった。
人類に、銀は救えない。邪神は上機嫌に、全世界の瘴気核に逃走の指示を出す。その目は地上の動きを見続けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――場所は戻ってきて、迷宮の小部屋。
「――ここが重要拠点でも何でもない可能性もあるんじゃないかしら……?」
休憩用に結界で覆った部屋に、メルミナの声が響く。
――ここが重要拠点でも何でもない、とは?
「……どういうことだ?」
よく分からずコノエは首を傾げる。
そうは言っても、予言と金の権能が、ここに「落ちた銀の灯」があると教えてくれている。
ならば、当然ここは重要拠点のはずだった。確かに、敵も罠も妙に少ないが……。
「思ったの。もしかしたら……これは、前段階なんじゃないかって」
「……前段階?」
「前回の魔王との戦いを思い出して。あのとき見たのは、
――それは、そうだ。
コノエは思い出す。
確かに、前回金の権能が教えてくれたのは、倒し方ではなく、倒す力を持った『ぼく』の居場所だった。呪詛の権能を持った、男の居場所。
「だから、今回もそのケースの可能性があるわ」
「…………」
メルミナは言う。つまり、この迷宮にあるのは、予言の言う「落ちた銀の灯」ではなくて――。
「――ここは、教官を取り戻すための力を持つ『誰か』の居場所なんじゃない?」
「――――」
「もちろん、可能性だけどね。不意打ちも固有魔法も警戒した方が良いのは変わらないわ。……でも、
「…………なる、ほど」
……確かに、とコノエは思う。言われてみると、可能性は十分ありそうだった。
現状の説明になっているし、否定する要素はない。そして、もしその『誰か』がいると言うのなら、注意して接触し、協力を求めなければならないだろう。
なので、コノエはメルミナに、わかった、と頷いて返し……。
「…………」
……しかし、同時に、ふと思う。
もしそれが正しかったとすれば。
「…………?」
コノエは、周囲を見る。
ここは迷宮の奥。魔物が蔓延り、邪神の悪意が渦巻く世界。
……こんな場所にいる『誰か』とは、いったいどのような者なのだろうかと――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そうして、コノエたち一行はしばしの休憩の後、小部屋を立ち去った。
来た時と同じように、コノエが前、メルミナと背負われたティカが続く。
しばらく走って、短い休憩を入れて。それを繰り返しながら奥へ奥へと向かっていく。
「――?」
――そして、それは何度目かの小休憩のときだった。
出発の直前、ふと、ティカは一つのモノに意識を吸い寄せられる。
何故かと言えば、勘だった。ただの勘。なんとなくだった。
少し気になって、ティカは、コノエとメルミナに声を掛けようとして。
「…………」
でも、大したことじゃないか、と口を噤む。
ソレは別に珍しいものでもないし、少し気になっただけだったからだ。……いちいち見た物を報告するなんて、小さい子供じゃないんだし。
そこで、メルミナにそろそろ出発しましょうと呼ばれ、ティカはメルミナの背に乗る。
メルミナはすぐに走り出して……。
……ティカは、メルミナの背で目を瞑る。
すると、瞼の裏に先ほど見たモノが浮かんできた。それは――。
「…………」
――壁際に落ちて乾いた、一本の小さな茸だった。
これで第三章は終わりです。月曜から第四章なので、またよろしくお願いします!
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