転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
第19話 部屋
――これは、コノエたちが迷宮に潜る、その少し前のこと。
――『ソレ』は、ふと目を覚ました。
『――――?』
『ソレ』が最初に持ったのは疑問だった。不思議で、ふわふわとしていて。
己が何なのかも分からなかった。内側に何もない。あったはずのものが全部なくなっている。からっぽで、ぼんやりとしていた。
……けれど、何も分からないけれど。
なんとなく己は死んだはずだと思って、ではなぜ自分はこうして思考しているのだろうと疑問に思う。これもよく分からなくて、だから『ソレ』はただ周囲の音を聞いた。
『ああ』『なんで』『どうして』『憎い』『ごめんなさい』『苦しい』『憎い』『どうしてこんな』『すまない』『ありえない』『憎い』『夢だ』『嫌だ』『嘘だ』『嘘だ』『嘘だ――』
聞こえてくるのは、叫ぶ声。絶望と憎悪。否定と拒絶。
絶え間なく聞こえてくる声と、伝わってくる感情。
分からなくて、魂の力で周囲を探った。――どうやら、自分は
地の底、絶望するデーモンの塊の中に『ソレ』はいた。
『ごめんなさい』『憎い』『信じられない』『憎い』『嫌だ』『信じない』『嫌だ』『嫌だ』『なんでこんな』『憎い』『嘘だと言って』『嫌だ』『憎い』『嫌だ』『嫌だ――』
『――――』
なんだろうか、これ、と思いながら。しかし現状の理解は出来たので、ぼう、と『ソレ』はデーモン達の声を聞いた。ずっと、なんとなく声を聞いていた。
別に聞きたいわけではなかったけれど、でも空っぽで、他にすることもなかったから。
デーモンたちは、飽きることなく、絶望している。
デーモンたちは、絶えることなく、否定している。
そんな声を、『ソレ』はずっと聞いていて。
『…………』
……そのうちに、ふと。違うな、と『ソレ』は思った。
何が違うのかは分からないけれど、
似ているようで、似ていない。近いようで、遠い。
何かが違う。ズレている。そう、『ソレ』は思った。
もしかしたら、『ソレ』が意識を取り戻したのも――。
『――――』
――だから、ズレていて、居心地が悪かったから。
『ソレ』は、デーモンたちから離れることにした。
そこで、どうやら自分は彼らのエネルギー源として組み込まれていたらしい、と理解する。デーモンたちは起動に他者の魂の欠片を必要とするらしく、自分も死後、魂の欠片を利用されていたようだ。
周囲には己と同じようにエネルギーとして利用されている欠片があって……折角なので、魂を操って力をいくらか拝借することにした。ちょっとデーモンたちの出力が落ちた気がするが、まあいいことにして。その力を使って抜け出して、ふわふわと浮き上がって、上へ上へと昇っていった。
昇っていく。『ソレ』はそこが何処かもわからないままに昇っていく。なんとなく知っている気がする方角へ向かって行って……。
……そして、そのうちに一つの迷宮に辿り着いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――コノエたちが迷宮に足を踏み入れて、二日目。
迷宮の中では太陽の動きは見えないが、メルミナが持ち込んだ最新型の懐中時計が丸一日分の時の流れを指し示していた。
迷宮探索は順調で、『誰か』についての話し合いの後も魔物の数は増えず、罠もほとんどない。いいや、増えないどころか出てくる魔物はどんどん弱くなって、最下級の魔物である茸が現れ始めていた。
(…………茸、か)
茸と言えば。コノエは数十日前に戦った災厄の茸を思い出す。
――魂を操る力を持った茸。メルミナの魂を奪って逃げたり、最後には巨大化したり、コノエに霧で影を見せた。
教官も聖女様も、とんでもない力だと言っていた茸。
……とはいえ、まあ、ここに居るのは災厄ではなく普通の茸だ。なので問題はなく、花弁を追いかけ、奥へ奥へと進んでいく。それだけの時間があって。
「………………これは」
……しかし、そんな迷宮探索に変化が起きたのは、二日目の昼に差し掛かったころだった。
――そこにあったのは、人工物だった。
岩肌が露出した自然洞窟のような迷宮には似合わない人工物。木を削って作られた、一枚の板からなる物。
「……扉、か」
「もしかしたら、本当に
金の花弁が導く先、迷宮の途中に、突如一枚の扉が現れた。
◆
――その後。コノエは、まず扉をノックした。しかし、その返答はない。
……まあ、扉の向こうに誰もいないのは事前に千里眼で確認していたので、当然ともいえるが。でも、教官を救う力を持つ
そして、扉に罠が仕掛けられていないかと調べ、強力な隠蔽用の結界が張られているだけだと判明する。危険はないと判断して、三人は中へ入った。
そこは……。
「…………普通の部屋、みたいだな」
……扉の向こうには、まるで民家の一室のような部屋があった。扉があって、机があって、椅子が六つ置かれている。床や壁、天井には木の板が張られ、見た目は完全に普通の部屋だった。
その他にも炊事場があって、水瓶もあって、戸棚には食器が揃っている。生活に必要な道具は一通り揃っているように見えた。
まるで一つの家族が生活しているかのような空間。
……しかし、中に入って初めて分かったことだが――。
「――生活感は、ないな」
「ええ、しばらく誰も住んでないみたいね」
「空き家の臭いがします」
中の空気が澱んでいた。誰かが住んでいるような生活臭もない。ティカの言うように空き家の雰囲気だった。
……この部屋の住人は、どこに行ったのか。コノエは首を傾げる。
引っ越したのか……それにしては家具類が残っているので、帰れない理由が出来たのか。
「…………」
コノエは目元に手を当てる。
金の権能は、この部屋の奥にあるもう一つの扉へと続いている。メルミナの事前の調査によれば、この奥にはもう一つ部屋があって、その向こうはまた迷宮に繋がっているらしい。
つまりこの部屋は迷宮内の通路を二か所塞ぎ、その間を個人宅にしたような場所だった。何故そんな通路に部屋を造ったのかは不思議だが、そもそもそれを言うのなら何故迷宮内に住んでいるのか、というところから考える必要があるだろう。
「…………」
コノエは首を傾げながら、花弁を追って奥の扉に足を向ける。
再度罠が無いのを確認した後、もう一つの部屋の扉を開けると――。
「…………」
「…………」
「……わ、すごいですね」
その部屋の中は、様々な色で満ちていた。その色の正体は、布だ。
色とりどりの布と、それで作られた服が部屋中に大量に掛けられている。
部屋の一角にはこの世界の
……そして、金の花弁は、その部屋を通り越して迷宮の奥に続いていた。どうやら目的地はこの部屋ではなかったらしい。
「…………」
……しかし、不思議だ。コノエは何度目かにそう思う。
なぜ、この部屋の主人は迷宮で服を作っていたのか。地上で作るのでは駄目だったのか。駄目だとすればどんな理由があるのか。
コノエは分からなくて、だから、何故、と強く疑問に思い――。
「――え?」
――そのときだった。
コノエの目の奥で、力が脈動した。
金の権能。テルネリカから授かった、祝福の力が動いた。
理解する。今なら、
教官が小さくなった後何度か試して、しかし一度も発動しなかった看破の力。それが、たった今発動できるようになったことを理解する。
どれだけ教官を助ける方法を教えてくれと思っても発動できなかったのに、この部屋の主人を知りたいと願うと、力が動いた。
「――」
コノエは、力に導かれるままに祝福を発動し――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『――私は、
――そして、記憶はそんな言葉から始まった。
二巻のカラー①が公開されました!
メルミナが可愛くて教官が美人な一枚ですので、是非見てもらえたらと!
【挿絵表示】
また、報告ですが、次回更新までに短編「テルネリカと風邪」を第三部の後ろに移動させようと思っています。ちょっと今のままだとバランスが悪い気がするので……