転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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2025/6/3:すみません、ちょっと色々分かり辛いかなと思ったので、19、20、21話を一部改稿しました。流れは変わってませんが、よろしくお願いします


第20話 真似

『――ずっと、羨んでいました。羨んでいたから、ずっと、見ていました』

 

 ――眼窩の奥で、金の権能が回る。

 コノエの中に誰かの意思が響き、そして、視界にはどこかの景色が映った。

 

 ――知らない景色。それは、どこかの村の夕暮れ時だった。

 麦畑が広がる村。夕日に照らされた、黄金色の村。風に流され揺れる輝きはとても綺麗で…………でもきっと、どこにでもある村だった。

 

『幸せそうに暮らす人々。仕事を終え、清々しい顔で歩く男。軒先に座り、目を細めて歩く人々を見送る老人。腕を組み歩く若い男女。外で駆けまわって楽しそうな子供。そんな子供を笑顔で迎え入れる母親』

 

 コノエと視点を重ねる『誰か』は、そんな村と村人たちをじっと見ていた。一人で、村の外から。ずっと一人で、近づかず、遠くから村人をただ見ていた。

 

『家族がみんな帰ってきた家。窓から微かに漏れる明かり。穏やかな雰囲気。笑顔があって、嬉しそうで。湯気を立てるスープはきっと美味しくて、頭を撫でる掌はきっと温かかくて』

 

 『誰か』の目に映る村は、輝いていた。キラキラと。宝物のように。

 温かな光景。穏やかで、幸いに満ちた人々。

 

『一人ぼっちの私には、それが眩しくて。寂しいから、羨ましくて。本当に本当に羨ましくて――』

 

 だから私は――――真似をしよう、と思ったんです。そう、『誰か』は呟く。

 まだ私が、とても弱くて物を知らなかった頃のことです、と。

 

『私も、家を造ろうと思いました。地上には造れないので、迷宮に造ることにしました』

 

 トンテンカン、トンテンカン。迷宮の中に、トンカチと釘の音が響く。『誰か』はマネキンのような色の手でトンカチを握っている。

 家を作る場所は迷宮の中でも奥まった所で、主要な道から大きく外れているため魔物が近づかない区画を選んでいた。

 

 『誰か』は、その区画の通路に廃墟から見つけた拡張鞄で木材や材料を運び込んで、家を造った。通路に造ったのは、もし強い敵が来たら反対から逃げるためのようだ。

 魔物の横をこそこそと通り抜けながら、『誰か』は何度も迷宮を往復し、村で大工を観察しながら、時間をかけて少しずつ造っていく。

 

 何日も何十日も何百日も『誰か』は家を作り続けた。

 何度も何度も村に通い、温かな家を羨むように見た。

 

 ――そうして、ついに立派な部屋が出来上がって。『誰か』は沢山喜び、今度はそこに家具を詰め込んでいった。

 

『机は一つ、でも椅子は六つ。沢山の椅子を作りました。幸せな家が作りたかったのです。何も知らない弱い私は、椅子は沢山あった方が良いと思ったのです』

 

 長い長い時間の果てに、()は完成する。

 でも――。

 

『……出来上がった六つの椅子に座るのは、私だけでした。あとは空っぽです。当然でした。だって私はひとりぼっちなんですから』

  

 出来上がったのは、綺麗だけれど、何もない家だった。

 家具は沢山あるのに、頑張って揃えたのに、何もない家だった。あんなに楽しみにしていたのに、それなのに。

 

『――空っぽの部屋は、椅子は、何もないよりずっと寂しいのだと、私はそのとき初めて知りました』

 

 その後、もう一度、『誰か』は村に向かう。

 あんなに頑張って造った家を放り出して、また遠くから村を見た。

 

 ずっとずっと見つめて……そうしているうちに、『誰か』はもう一つ、目に留める。

 それは村はずれにある小さな家の中。そこには小さな女の子とお母さんがいた。

 

『女の子は、綺麗に繕った可愛い服を着せてもらっていました。嬉しそうに笑っていました。女の子がくるりと回って、お母さんは微笑んで、頭を撫でました』

 

 綺麗だなって思いました。そう『誰か』は言う。素敵だなって思いました、と。

 ――だから、もう一度真似をしようと思ったんです、と。

 

『廃墟から服を作るための道具を見つけて、部屋に運び込みました。勉強して、服を作りました』

 

 ちくちくちくちく、と。迷宮の中で、『誰か』は服を作る。

 教本を手に取り、()の文字を勉強するところから始め、少しずつ学んでいった。

 

『沢山頑張って、色んな服を作りました。長い時間をかけて、すごく綺麗な服が作れるようになりました。でも……』

 

 でも、どれだけ綺麗な服を作っても。身に纏ってみても。一枚、また一枚と作り上げて、技術だけはどんどん高まっていっても。

 ……『誰か』はずっと寂しそうにしていた。

 

『……どうやっても、全然嬉しくなかったのです。綺麗に作ったのに、頑張ったのに。何にも手に入らなくて、悲しくなるばっかりで。私はずっとひとりぼっちで、ずっとずっと寂しくて、だから――』

 

 ――ごめんなさい。そう『誰か』は呟く。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝り続ける。

 

『――私は過ちを犯しました』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――そうして、コノエは記憶から現在に戻って来る。

 戻って来て、まず最初に胸の内にあったのは、コノエの知っている感情だった。

 

「…………」

 

 心の奥によく知っている欠落があって、それから目を逸らすように振り向き、一番目の部屋を見た。

 

 板張りの間に、一揃えの家具が置かれた部屋。

 そこには机と椅子が置かれていて…………椅子は、六つあった。

 

「…………」

 

 ……よくよく見ると、椅子は六つあるうちの一つだけ様子が違う。一つだけ、摩耗している。他の五つは古びているとはいえ角が残っているのに、一つだけ座面や背もたれの角が削れて少し丸くなっていた。

 

「…………」

「コノエ、さっきの力は」

「……ああ」

 

 そこで、後ろからメルミナの声。金の権能が発動したことを言っているのだろう。

 ……そうだ。金の権能が、発動した。つまり、先ほどの記憶の主が、教官を助けるための力を持つ『誰か』の可能性が高い。

 

「何が分かったの?」

「……そう、だな」

 

 メルミナの問いに、コノエは少し考え……腰を据えて話をするために部屋の外に場所を移して拠点を作り、先程見たものを一つ一つ説明していった。

 

 ◆

 

「――以上が、僕が見た物だ」

「…………そう」

「ひとりぼっち、ですか……」

 

 しばらくの話の後、メルミナは考え込むように顎に手を当てる。

 ティカは困惑するように首を傾げて。

 

「……その()に何があったんでしょう。地上に家を作れず、迷宮に家を作るしかないなんて」

 

 ティカは、さっき見た服、凄かったですよ、と呟く。

 あんなに綺麗な服を作れる()が、こんな所で、どうして、と。

 

 それにコノエは……。

 

「……()、か?」

 

 疑問を込めた声で、呟く。メルミナがその声にコノエを見た。

 

 人……本当に人なのだろうか。『誰か』の正体をコノエは考える。

 先ほどの記憶では、『誰か』を特定する情報はなかった。視点が『誰か』に固定されていて、『誰か』自身の姿は見ることが出来なかったからだ。

 

 だから、『誰か』の正体は分からない。けれど、人と言うには、色々と違和感があった。何年も迷宮に通ったこともそうだし、魔物の横を通り抜けていたこともそうだ。()の文字を学んでいたことも。それに、視界にチラチラと映ったマネキンのような手は……。

 

「………」

 

 そして、『誰か』が人でないとすれば、『誰か』は。もしかしたら……魔物、なのかもしれない。コノエは、その可能性に思い至る。

 もしそうなら、教官を助けるためには魔物に力を借りる必要があることになるし、この世界でそれは前代未聞と言わざるを得ないが……。

 

「……メルミナ」

「ええ」

 

 ――しかし、それでもコノエは『誰か』の正体について認識を共有する。

 まだ、正体は分からない。人の可能性も十分ある。というか、そちらの方が可能性は高い。しかし、報連相は仕事の基本だ。なのでしっかりと話し合って――。

 

 ――

 ――

 ――

 

 ――そうして、話し合いの後。

 部屋を通り抜けて、その奥に向かう。金の花弁は、二つの部屋を通り抜けて、その奥の迷宮に続いている。

 

 三人は、服が沢山飾られた部屋を通り抜けて……。

 

「……でも、この服、本当に素敵ですね。すっごい刺繍です。……ちょっと憧れます」

「……ええ、綺麗ね」

 

 その間際。メルミナとティカが、出口の傍に飾られた服を見て、そう呟いた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――ふわふわと、ゆらゆらと。

 『ソレ』は迷宮を彷徨っていた。

 

 地の底から出てきた後、『ソレ』は一つの迷宮に辿り着いた。そして、まず最初に依り代を探す。魂だけの状態になっていたからだ。すると、通路にポツポツと落ちていた()が何故だか妙に相性がよくて、馴染みやすかった。なので、それに乗り移って、なんとなく知っている気がする方へと向かっていく。

 

『――――』

 

 移動する。『ソレ』はふわふわと移動する。途中、何か凄いものとすれ違った気もしたが、特に気には留めなかった。だって、『ソレ』は何もかもがふわふわしていたから。

 

 そのうちに、『ソレ』は――六つの椅子と、沢山の服がある、なんだかよく知っている気がする部屋に辿り着いた。

 何も分からないけれど、胸の奥をギリギリと締め付けてくるような、そんな空っぽな部屋に。

 

 ……『ソレ』は胸の奥を苛む痛みに耐えながら、部屋の中に入って行って――。

 

『――――?』

 

 そこで、『ソレ』は気付く。

 部屋に、何かの気配が残っている。空っぽのはずの部屋に、何故か。

 

 誰もいないはずの部屋。ひとりぼっちのはずの部屋。

 なのに、そこに気配が残っている。温もりのある気配。まるでほんの少し前まで人がいたように。そして……

 

『……でも、■■服、■■■素敵■■■。すっ■■刺繍です。……■■■■憧れ■■』

『……■■、綺麗ね』

 

 誰かが、服を見た気がした。見て、何か言葉をかけた気がした。

 魂を操作する力が、服に微かに残った、数秒後には消えてしまうような言葉(たましい)の残滓を見せてくれた気がして。

 

『…………』

 

 ……『ソレ』は、しばらくその場から、動けなかった。

 どうしてか、胸の奥が、少しだけ疼いた気がしたからだ。

 




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