転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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2025/6/3:すみません、ちょっと色々分かり辛いかなと思ったので、19、20、21話を一部改稿しました。流れは変わってませんが、よろしくお願いします


第21話 異端

 その後もコノエたちは迷宮を進んでいった。

 最初の部屋を出てからは、魔物も罠も全く出てこず、ただ前へ進んでいくだけの時間が続く。記憶で見たように、ここはあまり魔物が近づかない区画なのかもしれない。

 

 三人は、金の花弁を追いかけ、ひたすら迷宮の中を走って行って――

 

「――」

 

 変化が起きたのは、一つ目の部屋を出て数時間が経った頃だった。

 ――三人の前に新しい扉が目の前に現れた。

 

 ◆

 

「……壊れた、黒い歪な紋章、か」

「邪神の紋章ね」

 

 一通りノックしたり罠の調査をして扉を潜ると、部屋の中には壊れた小さな祭壇と、真っ二つに割られた黒い紋章があった。

 ……白い神様の逆を表した、人類の敵を意味する紋章。それが破壊され落ちている。

 

 部屋の造りは前のものと同じで、部屋の奥にはもう一つ扉があり、その先は迷宮に繋がっている。そして、金の花弁は今回もこの部屋を通り過ぎて迷宮の奥へと続いていた。

 

「…………」

 

 コノエは、花弁の行方を確認した後、祭壇に目を向ける。

 すると、今回も金の権能が動き出して――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――かつての話です、と。記憶の中で、そう『誰か』は呟いた。

 私がまだ間違える前のことです、と『誰か』は割れた黒い紋章の前で独白する。

 

『……ずっとずっと昔、私は、寂しくて寂しくて、何度か魔物の群れに接触したことがあります』

 

 コノエの視界に、ゴブリンやガルム、スライムなどが現れる。魔物達は、洞窟の中に巣を作っているように見えた。中心には、トロール(じょうきゅう)がいて、強い魔物を頂点にまとまった、多種多様な魔物の集落であることが分かった。アデプトなら偶に見るヤツだ。

 

 『誰か』は、離れた所からその群れを観察し……意を決して近づいていく。そして……仲間にしてくれ、と。

 

『一人ぼっちは嫌でした。だから、リーダーに頼みこみました。沢山の種類がいるのなら、()()()()なら、仲間に入れてもらえると思ったのです』

 

 廃墟で見つけたという酒を手土産に持って、『誰か』は交渉する。

 

『すると、なんと、あっさりと仲間に入れてもらえたのです』

 

 嬉しかった、と『誰か』は言う。本当に嬉しかったと。記憶の中でも、『誰か』は嬉しそうに声を上げ、意気揚々と魔物の中に混ざって話しかけていた。

 ……けれど。

 

『……けれど。その喜びは長くは続きませんでした。彼らと私は、違ったのです。彼らは、殺すための存在でした。憎悪し、殺し、喰らうだけの存在でした。殺して、成長してまた殺す。そのことしか頭になかったのです』

 

 記憶の中に、魔物達が弱い仲間を足蹴にする姿が映る。ゴブリンが仲間を囮にして人を殺そうとしている場面が映る。――怪我を負った仲間を殺し、肉が手に入ったと喜ぶ場面が映る。

 彼らに、愛や情はない。コノエが良く知る魔物の姿。殺意と憎悪、生存本能だけに突き動かされている。

 

『……私が勘違いしていたのです。魔物とは、元よりそういう存在でした。邪神の憎悪の代弁者。悪意を持つもの。人を殺し、喰らうためだけに生み出された存在。そうあることしか、許されていないのです。それこそが――()()()()()、でした。命の始まりに与えられた、()()()()()でした』

 

 ――私が、異端だったのです。

 そう、『誰か』は泣きそうな声で呟く。

 

『本来、邪神から与えられた役割に背かず、憎悪を抱きながらも、愛や情を持つことが出来るのは、デーモン(さいじょうきゅう)くらいの知性と力がないとダメでした。――でも、そのはずなのに、私だけは、弱いままに知性を得て、愛を知ってしまったのです』

 

 ふと、コノエの視界が魔物の集落から切り替わる。そこはゴミが詰まった穴の中だった。

 ――『誰か』の始まり。そう伝わってくる。

 

 『誰か』はデーモンの砦の廃棄場で生まれた。そこに捨てられた人の肉を喰らって知性を手に入れた。そして、デーモン達が幸せそうに暮らす姿を、子を慈しみ伴侶と笑い合う姿を見て、情を知った。キラキラと輝く愛を知った。

 

 『誰か』は愛と情を綺麗だと思った。何よりも美しいと思った。自分も仲間に入れて欲しいと思った、……けれど、デーモンは受け入れてくれず、追い出されてしまって。

 

 ――そうして、『誰か』はひとりぼっちになった。こうして、いつまでも彷徨っている。

 

『……私が、異端だったのです。弱いくせに愛と情を知って、ただの魔物ではいられなくなった。心の中を殺意と憎悪で満たしていられなくなった。だから――』

 

 ――その言葉を最後に記憶が魔物の集落に戻ってくる。魔物達は、目の前で仲間だった肉をむさぼり食らいながら笑っていた。

 

 ……失意のままに、『誰か』は、魔物の集落に背を向ける。去って行く『誰か』を引き留める者は居なかった。また一人、『誰か』は森の中に戻って行った。

 

『……私も、魔物達(かれら)と同じだったらよかったのでしょうか。根源から湧き上がる憎悪に溺れていれば良かったのでしょうか。そうであれば、こんなに苦しむことは無かったのでしょうか』

 

 長く歩いた先、森の中で『誰か』は膝を突き、声なき声で叫ぶ。

 

『それなら――私はこんな知性なんていらなかった! 愚かなままでいられたら、どれだけよかったでしょうか。どうして、どうして私は、私だけ、こんな――!』

 

 ……『誰か』はいつまでも、森の中で慟哭していて――。 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「………………」

 

 ……コノエは、そんな記憶を最後に現実へ戻って来る。

 先ほどの記憶を反芻して。まず、事実として――やはり『誰か』は魔物のようだ、と判断する。その点に関しては疑う余地もないだろう。

 

 ……そして、それ以外に関しては。

 『誰か』が魔物の中で異端であったこと、ずっと孤独だったことが、よく分かった。胸を斬りつけられるような孤独感を抱えて生きていたことも。

 

「…………」

「……コノエ、どう?」

「……ああ」

 

 コノエは、メルミナに声に返事をしつつ、軽く頭を振る。感情が胸の中で色々と蟠っていたが、報告が先だ。

 なので見た内容を二人に説明して――。

 

 ◆

 

 ――情報を共有して、方針を話し合った後、三人はまた奥へと走り出す。

 その後も迷宮は続いていて、金の花弁は先へ先へと延びていた。それまでと同じように、三人は進んでいく。

 

「…………」

 

 ……そうして、さらに数時間後。二日目の夜が更けて来た頃。

 コノエの前に、また新しい扉が姿を現した。

 

 ◆

 

「……これは、書庫、か?」

「そう見えるわね。……かなり冊数が多いわ」

 

 扉を潜ると、今度の部屋には本棚がいくつも並んでいた。

 背の高い本棚が並び、その中に数多くの本が詰まっている。

 

「本棚にあるのは……ジャンルは色々ね。医学に薬学、動植物の図鑑に政治、他にも色々。小説もあるわね」

「小説は……恋愛系、でしょうか。そんなタイトルが多いです」

 

 コノエは、二人の声を聴きながら本棚を見る。

 目の奥の力が動き、コノエは記憶の世界へと向かって――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『――私は過ちを犯しました』

 

 三度目の記憶の世界も、懺悔するように始まった。そして、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も繰り返す。『誰か』は、悔いるように、何度も何度も謝罪を繰り返した。

 

『……私は、耐えられなくなりました。寂しくて、寂しくて、過ちを犯しました。孤独から逃れるために、人の幸せを奪ったのです』

 

 『誰か』の視線の先には、村があった。家や服を見ていた村とは違う村だ。しかし、よく似た普通の、幸せそうな村だった。

 

『羨んでいたから、ずっと見ていたから、間違っているのだと知っていました。知っていたのに、私は奪ったのです』

 

 ごく普通の、夏の村。木々は華やかに色づいていて、脇を流れる小川は涼し気で、麦は青々と大地を満たし、その隙間を縫うように子供たちが走っている。日陰では笑い合う村人がいて。

 

『何度か、自裁も考えました。過ちを犯す前に、己を終わらせるべきかとも思いました。でも、それは……寂しくて、それが一番悲しくて、だって、誰もいない。最後まで、最期の最期まで一人ぼっちだなんて、誰も傍にいてくれないなんて、そんなの――』

 

 記憶を見るコノエの前で、『誰か』は手を伸ばす。だって、胸の穴(かつぼう)がずっと叫んでいる。満たしたいと痛んでいる。伝わってきた。コノエも知っている痛みだ。

 『誰か』は、愛も情も手に入らないのなら、せめてずっと傍で見ていたいと思った。そうすれば少しは胸の穴が埋まると思った。躊躇いながら、でも止められずに手を伸ばして――。

 

固有魔法(オリジン)――()()()()()()()()()()

 

 ――『誰か』は、己の渇望(ねがい)を、形にした。

 

『――私は、魂を奪いました。奪って、奪って、沢山奪って――内側に、世界を作ったのです』

 

 見ている世界が歪む。取り返しがつかないほどに。……でも歪んだ世界から伝わってくるモノは、とても温かかった。……だから、と『誰か』は呟く。

 

『――私は、間違えました。そして、一度間違えると、止まれませんでした。正しくなくても、満たされた幸福は胸の中を埋め尽くしました』

 

 嬉しかった。幸せだった。温かかった。そんな感情が伝わってくる。

 嬉しくて、悲しかったと。幸せで、苦しかったと。温かくて、痛くて――。

 

『――私は、過ちを犯しました。もう、取り返しはつきません。私は、奪ってしまったのです。彼らの幸せは、もう二度と帰ってきません』

 

 コノエの目の前で、記憶が切り替わる。そこは廃墟だった。

 

『……だから、せめて内側で幸せになってほしいと思いました。幸せになれる世界を作らなければならないと思いました。だから勉強しました』

 

 いくつもの滅びた街の廃墟に向かって、『誰か』は瓦礫をひっくり返して本を集めていた。いろんなジャンルの本を集めて、読んで。本棚に並べて。

 

『沢山学びました。人について学びました。良いことだけでは、人は人らしく生きられない。良いことも悪いこともあっての人だと、学びました。歓び、悲しみ、怒り、憎む。でもその果てに笑顔があるのだと』

 

 幸せ(きれい)な姿を見せてくれるように、と。『誰か』は世界を操作する。

 せめて、笑っていてほしいと何度も記憶の中で祈っていて――。

 

 ――そうして、内側の世界は完成した。『誰か』なりに、幸せな世界を作った。

 

『――自分勝手な罪滅ぼしだと分かっていても、そうするしかなかったのです』

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。『誰か』は謝り続ける。

 

『……偶に、もっと他に方法はなかったのかと思うことがあります。けれど、もう手遅れでした。引き返せません。だってもう奪ってしまったのですから。……そして、なにより――』

 

 ……私は今、間違っていても、寂しくはないのです。そう『誰か』は言った。

 曇った鏡に、歪んだ笑みを浮かべる『誰か』の姿が映る。――マネキンのような体の()が、歪に口元を歪め、笑っていた。

 

『胸の奥はずっと苦しいけれど、愛や情(キラキラ)を見ていると、寂しさが和らぐのです。もっともっと見たい、と胸の穴が叫ぶのです』

 

 ――どれだけ間違っていても、私はもう、ひとりぼっちには戻りたくないのです、と。

 そして、ごめんなさい、と何度も謝って……。

 

『私は過ちを犯しました。過ちを、犯し続けています――』

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「…………」

 

 ――そんな言葉と共に、記憶は終わった。目の前の本棚に並ぶのは、『誰か』が廃墟の中で探していた本だった。

 コノエは、見た記憶にやはり様々な感情を抱きながら、しかしまず――。

 

「――魂を、奪った?」

 

 アデプトとして、まずそこを思い出した。

 それは、その力は。

 

「――まさか、『誰か』は、あの()なのか?」

 

 ――数十日前にコノエとメルミナの前に現れた災厄の茸。開拓村を襲い、メルミナの()()()()()

 ……ああ、そして、そうだ、あの茸は、今の記憶で見たように己の内側に世界を作りメルミナの姉をずっと捕らえていた。

 

 あんな特殊な固有魔法がいくつもあるはずがない。それに、鏡に映っていた姿は、確かにあのとき戦った茸のものだった。

 コノエの脳裏に、魂を操作して戦い、分身を作ったり、転移を繰り返していた茸の姿が浮かぶ。同じ姿だ。

 

「……どういうことだ?」

 

 コノエは、確かに討滅したはずだったが、と混乱しながら呟いて……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そうして、『ソレ』は迷宮の中を進んでいく。

 前を行く誰か――服を褒めてくれた誰かの軌跡を追いかけていた。

 

 するする、するすると。『ソレ』は何故か勝手を知る迷宮を進んでいく。

 ……いや、何故か、ではないのかも。

 

『…………』

 

 『ソレ』は、奥へと進む途中、覚えのある部屋を通った。

 そこで『ソレ』は、前を行く誰かが残した金の残滓を受け取って、いくつかの記憶を思い出した。

 

 ――過ちを犯しました。

 ――私はこんな知性なんていらなかった! 愚かなままでいられたら、どれだけよかったでしょうか。

 ――私は、過ちを犯しました。もう、取り返しはつきません。私は、奪ってしまったのです。彼らの幸せは、もう二度と帰ってきません

 

『…………』

 

 ――ああ、これは、私の記憶だ。

 ふと、『ソレ』は……()は、理解する。そして、これまで見てきた感情と向き合う。

 

 寂しかった記憶。異端であった過去。犯してしまった過ちと、自責。

 何も手に入らないという絶望。胸を掻きむしりたくなるような後悔。

 

 そんな負の感情が、ここまでの道のりで取り戻した茸の過去だった。

 

『…………』

 

 ……それは当然、決して思い出したいモノではない。出来ることなら忘れていたい類の記憶だ。もう何も見たくないと、その場で立ち止まってしまいたくなるような。いや、実際に一度立ち止まった。

 

『…………?』

 

 けれど、それでも。不思議だけど、気付けば茸はまた前へと進んでいた。

 心は重くて、苦しくて。でも、止まったままではいられなかった。

 

 まるで――この先に、何かとても大切なものがあると、心のどこかが知っているかのように。

 

『…………nu?』

 

 ……茸は、前へ進んでいった。

 




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