転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
「…………」
――迷宮探索、二日目の夜。
休憩のために築いた拠点の中で、コノエは思考の中に沈んでいた。
二日目の探索で分かったこと。『誰か』の記憶と、その正体。
数十日前に戦った災厄の茸が『誰か』の正体だった。そして、おそらく教官を助けるための力を持っている。まさか生きていたとは思わなかったが……。
(……でも、確かに。あの魂を操る力なら)
そう思う。邪神の策は周到で、何が起こっているのかも分からなくて……しかし、複数の固有魔法を使って見せたあの茸の権能なら、教官を助けられるのかもしれない。
今までは何をすればいいのかもよく分からず、靄がかかったように見えていた道が、少し見えてきたような気がする。
(――つまり、これから僕たちがやるべきなのは、茸の協力を得ることだ)
その、魔物の協力を得ると言うことが、この世界でどれほど常識から外れていたとしても。アデプトとして教育を受けてきたコノエにとって、決してありえないことであったとしても。
(……でも、必要なら、やるしかない――僕は、教官を助けたい)
これはきっと、教官を助けるために必要なことだった。金の権能がそう教えてくれている気がした。
……それに、コノエは思う。
ここまでに見てきた茸の記憶は普通の魔物とは違っていた。話が通じないようには見えなかったし、コノエにも感情は理解できた。
だって、あの
「…………」
「ティカ、ちょっと地面にシートを広げるからそっちを持ってくれる?」
「はい!」
……と、そこで、メルミナとティカの声が耳に入って来る。
二人は一晩の休憩に備えて準備をしていた。
ティカを休ませないといけないし、コノエとメルミナも丸二日ずっと警戒して、疲労が溜まっているからだ。なので、今晩は一度しっかり休息をとる予定だった。……なお、コノエも準備を手伝おうとしたら、必要ないと断られている。
「…………」
コノエの視線の先で、二人は楽しそうにしている。
メルミナの表情に影は見えない。
……茸と姉と彼女自身の因縁を考えたら、茸と協力することに思うところはあるだろうに。しかも、異世界人のコノエとは違って、彼女はこの世界の人間だ。魔物は敵という常識はより強固だろう。
魔物。人を殺す者。邪神の尖兵。数千年間邪神と殺し合いを続けてきたこの世界の人類にとって、魔物とは家族の仇であり不倶戴天の敵だ。メルミナの父親も魔物に殺されている。
……けれど、それなのに。
最初に『誰か』の正体について伝えたとき、メルミナはしばらく凄い顔で百面相をしていたものの――。
『――そうね。教官を助けたいのは私も一緒だもの。……コノエ。あなたとテルネリカを、私は信じるわ』
――そう言って、コノエの瞳を見つめながら、メルミナは微笑んだ。
そして、その後は今のようにティカと楽しそうに準備をしたりしている。
内心どれほどの葛藤があったとしても、それを飲み込んで笑えるのは凄いよなと思いつつ。でも、それがメルミナという人だった。彼女は凄いのだ。
また、ティカも困惑しつつ、コノエとメルミナを信じると言ってくれた。
「…………」
……そこでふと、コノエは思う。これ、他の人員が居たらもっと大変なことになってたんじゃないだろうか。
魔物の協力を得ると言う一点だけで、チームが空中分解してもおかしくない。教官の為と言っても、その根拠はコノエの祝福だけだ。とても信じられない人は多いだろうし、コノエが何らかの固有魔法で魔物に操られていると思う人もいるだろう。
そうなったら、教官を助けるどころではなくなっていた可能性もある。コノエは良かった、と小さく安堵の息を吐いて――。
(……まあ、とはいえ。内部分裂しなくても一番大きな問題が残っているが)
――しかし、すぐに気を引き締める。それは。
(……そもそも、どうやって茸の協力を得るか)
そうだ。だって、コノエは一度あの茸と敵対している。神の雷で焼いている。
なので、その点についてはどうしたものかと。
これも金の権能がどうにかしてくれるのだろうか。いやいや、そこまでは流石に丸投げしすぎでは、と思い――。
『――過ちを犯しました』
『――何度か、自裁も考えました。過ちを犯す前に、己を終わらせるべきかとも思いました。でも、それは……寂しくて、それが一番悲しくて、だって、誰もいない。最後まで、最期の最期まで一人ぼっちだなんて、誰も傍にいてくれないなんて、そんなの』
――ふと、コノエは、茸の記憶を思い出す。
「…………」
脳裏に、いつかの真っ白な病室が浮かんで。
コノエは、知らず己の胸のあたりを
◆
その後は、考えたり食事をしたりしているうちに時間は過ぎていった。
保存食を食べて、明日の予定を話して、そして、ではそろそろ休息を、ということになる。
ティカとメルミナが寝袋に入って、コノエは少し離れた所に立つ。
先にメルミナが休んで、コノエは後で交代する予定だった。
そのまま、静かな時間が過ぎて――。
――
――
――
「――――眠れないの?」
「……え? ……その、はい」
――しばらく経った頃、メルミナがティカに声をかける。
ティカはそれに、申し訳なさそうに返事をした。
メルミナは、色々あったし慣れない環境だから仕方ないわ、と言う。
そして、そうね、と少し悩み……じゃあ、ちょっと雑談でもしましょうか、と。
「なにか、したい話とかある?」
「……したい話、ですか?」
「なんでもいいわよ。気分転換になるような話が良いんじゃないかしら」
「……えっと……」
ティカは、少し悩むような声を出して。
「……じゃあ――恋の話を」
「――」
――そう言った。
…………恋?
「――あら、いいじゃない。好きな人の話でもする?」
「……あ、いえ、そうじゃないんです。そうじゃなくて――千年後の世界では、恋をしてるのかなって。本棚に並んでた恋愛の本を見て思ったんです」
「……? どういうこと?」
メルミナの問いに、ティカは、思い出すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私の時代には、恋愛――特に恋愛結婚って少なくなってるんです。私の三つ前の時代では、当たり前のことだったみたいなんですけど」
「――――」
「私が生まれる五十年くらい前から魔王の侵略が激しくなって、国に余裕がなくなって、貧しくなりました。子供のうちから働きに出ることも多くなって……恋愛に使ってる時間が無くなったので、かなりの人がお見合いで結婚してるんです」
お母さんもそうでした、とティカは言う。でも、それから千年経った今はどうしてるのかなって思ったんです、と。
……それにメルミナは、なるほど、と呟いて。
「……そうね、今は昔よりずっと恋愛をしてると思うわ。邪神の脅威は消えないけれど、十七の魔王は全て死んだ。国も千年かけて少しずつ豊かになったんだもの」
「…………ああ、そうですよね。十七魔王、死んだんですもんね。あの魔王が死んだなんて、ちょっとまだ実感はないですけど」
――というか、未来の私が殺したんですよね、すごいなぁ……、とティカは遠いものを想うような声で言う。そして。
「……メルミナ様。私、ずっと恋をしてみたいって思ってました。好きな人を見つけて、恋愛して……もし見つからなくてお見合いすることになっても、できたら、お見合いをした後に、その人と恋をしたい」
「……」
「恋をした人と、生きていきたいんです。……友達には夢を見すぎだって言われましたが」
「いいえ、素敵だと思うわ」
メルミナの言葉に、ティカは照れたように笑って……。
「……でも、そっか。恋をしてるんですね。千年後って、素敵です」
◆
その後も、ティカとメルミナはポツリポツリと会話をしていた。
それは例えば、千年後の世界。異世界人や、新しい技術について。
「異世界召喚……? 異世界って何ですか? ……え?コノエ様が異世界人?」
その他には、新しいお菓子の話とかも。
チョコレートや、神様が最近ハマっている綿菓子について話したり。
「甘いものが、そんなに沢山……? しかも子供が普通に買えるくらいの価格で……? メルミナ様が沢山持ってたのはアデプト様だからではなく……? 千年後ってすごい!」
ティカは普通の少女のように――いや、間違いなく普通の少女なのだろうけれど――笑っている。楽しそうに話をしている。教官ではない、普通の少女。
……あの教官にも、こんな頃があったんだなと、改めて思いつつ。
「……あ、その。さっきは違うと言いましたけど、メルミナ様の恋の話を聞かせてもらえたらと。……それに、あの――コノエ様の、恋の話も。よかったら」
「……あら」
「………………えっ」
そんなことを考えていたら、突然話を振られて驚いたりもして。
寝ころんでいるティカの目がメルミナに向いて、コノエにも向いた。あと何故かメルミナもコノエをじっと見ていて、いや、とか、その、とか誤魔化しているうちに、時間は過ぎていく。
「――――」
「――――」
――段々と、二人の口数は、少しずつ減っていって。
最後には二人とも寝息を立て始める。コノエは明かりの魔道具を操作して、少し暗くした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その晩、メルミナと交代で仮眠をとったコノエは、夢を見た。
学舎に入ったばかりの頃、何度教えられても上手く槍を振れないコノエに、教官が仕方ないなあ、みたいな顔をしている夢だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――翌朝。三人は拠点を出発する。
昨日までと同じように金の花弁の導く先へ進んでいって。
「……これは」
「…………」
……数時間後、三人はその場所に辿り着く。そこは迷宮の行き止まりだった。
最奥には部屋があって、金の花が一輪咲いている。それ以上先に花弁はない。
「……茸、しかし」
コノエの目の前には小さな椅子が一つあって……茸が、かつて見たときと同じマネキンのような姿で座っていた。
「…………」
……しかし、その体には生命反応が無い。
つまり――椅子の上には、茸の死体があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『――――』
そして三人に少し遅れて、『ソレ』――茸はその部屋に辿り着く。
かつての拠点。死んでしまう前に、茸が住んでいた場所。そこにあるのは……かつて放棄した己の身体と、三つの人影だった。
茸は、部屋の中にあった小型の
圧倒的な力。神の使徒。今のちっぽけな己など、触れただけで消し飛んでしまいそうな。使徒たちは視線に気づいたのか、すぐに茸に振り返った。
恐ろしい気配。……けれど、それでも茸の目に映っていたのは。
『――――』
使徒のうちの一人。よく分からないけれど、何故か心の奥が疼くような綺麗な赤色を茸は見ていた。何かを忘れている気がして――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そうして、ここで少しだけ、時間は巻き戻る。
コノエたちが、迷宮の奥に辿り着く、その数時間前。
場所は、神都。その中にある真っ白な建物の、地下。
「――――」
一人の少女が、ベッドの上で目を覚ます。
真っ赤な髪の少女がゆっくりと目を開けて、天井を見た。
「――あら? ……目が覚めたのですか?」
「……?」
と、すぐに横からの声があって、赤髪の少女は横を見る。
すると、そこには金髪のエルフの少女がいた。近くの机の前に座って書類仕事をしている。
「……あな、たは」
「あ、無理しないでください」
赤髪の少女は体を起こそうとして……しかしうまく動けなくて、バランスを崩しそうになる。そこに金髪の少女が近づいて来て、背中を支えてくれた。
「――ありがとう。……ええとあなたは」
「初めまして。私はテルネリカ。メルミナの――お知り合い、です」
赤髪の少女は、メルミナという名前に目を見開く。
そして、お知り合い? と少し疑問を持った後。
「――ええと、初めまして。私は、ノエル。メルミナの、姉です」