転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
目を覚ましたメルミナの姉、ノエル。
ノエルは数十年前に死に、茸に魂を捕らわれ、そして今、生き返った。
数十年ぶりに己の足で立ち上がり、歩き、水でのどを潤す。
生き返ったことに愕然としつつ、メルミナに頼まれた、と傍に居てくれる金髪の少女――テルネリカとちょっとした会話をして、少し穏やかな時間を――。
「――急患です! 転移門で送られてきた子供たちが十名! 全員死病を発症しています!」
「すぐにベッドへ――ベッドはもうない!? では布でもなんでも敷いて――」
――いいや。残念ながら、穏やかな時間を過ごす、という訳には行かなかった。ゆっくりと驚いている時間もなかった。
何故なら神都……神国は今、国内で起きた迷宮氾濫への対応に追われている。
ノエルが今いる場所は治癒院――地球で言う大規模病院で、転移門で逃げてきた死病患者の受け入れ先でもある。治癒院内は蜂の巣をつついたようになっていて、悲鳴や泣き叫ぶ声、走り回る医療従事者でとても慌ただしくなっていた。
「…………酷い状況」
地下の病室から出て、テルネリカに支えられ、病院の中を歩きながらノエルは呟く。真っ白な廊下には病室から溢れた人とその治療をする人々で埋まっていて、彼らの邪魔をしないように外へ向けて歩いていく。この後は病院から出て、学舎へ向かうことになっていた。
なんでも、迷宮氾濫時、アデプトの関係者は学舎の中に避難することになっているらしい。アデプトが安心して氾濫の鎮圧に向かうための決まりのようだ。
「……ノエル、私もあなたを送り届けた後、都の守護の任に就くことになっている」
「フォニア様」
「今回ばかりは人手が足りないから、無理にでも手伝って欲しいって神様に頼まれたの。メルミナと約束したのに、最後まで護衛出来なくてごめんなさい」
「……いいえ、とんでもない。目覚めるまで傍にいて下さって、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる青い竜人の女性はメルミナの同期のアデプトだと名乗った。あと、アーキノルカの王族なのだとか。気軽に凄まじい肩書の人が出てきて、しかも護衛。私の妹凄いなと驚きつつ。
「…………」
……そして、そんなすごい人に護衛を頼んで、メルミナ本人がここに居ないことに、少し胸を押さえる。
仕事に向かっているとだけ聞かされていたが、どんな仕事かはテルネリカもフォニアも答えてくれなかった。フォニアがこの後に就く仕事の内容は教えてくれたのに、メルミナの仕事は教えてくれない。
それはつまり――。
「…………」
「ノエル、こちらです」
「……ありがとう、テルネリカ」
そして、唇を噛んでいるうちに、ノエルは病院を出る。神都の中は静まりかえっていて、人の気配が無い。僅かに歩いている人々も暗い顔で俯きながら歩いていた。
通りも店も静まり返っていて――。
「……? あそこは」
――そこで、ノエルはふと気付く。人気のない都の中で、ただ一つ、人が集まっている場所がある。あれは……。
「神殿?」
「はい、神都の大神殿です」
多くの人が居る。数え切れないほどの人が居る。そして皆、跪いて祈っている。神殿の主、白き神に。
口を開くものは居ない。手を組み、目を瞑って、数百数千の人々が祈り続けている。……それは、この世界では祈りが力を持つからだ。
祈りとは、己の魂の力を神に捧げる儀式である。力を持たぬ人々が、邪悪に対抗する唯一の手段である。
故に、人々は祈る。己の家でも祈る事は出来るが、神殿が最も効率が良いので、地べたに膝を突き、膝が赤黒く染まっても祈り続けている。他に何も出来ぬ無力感を噛みしめながら。
「…………」
……そして、祈る人々の姿を見て。ノエルもまた、無力感を覚えていた。何にかと言えば、それはもちろん、メルミナのことだった。
可愛い妹。生まれた時からあの日までずっと見ていた。
何があっても守り抜くと、父母の墓前に誓った。
……己の身体を作るために、走り回ったのだとも聞いた。テルネリカから聞いたところによると、大量のエリクサーを作るために国境を越えて飛び回ったらしい。机の上で山積みになっていた書類もその時のものだとか。
――そんな妹が、きっと、今とても大事な仕事をしている。もしかしたら、危ない目に遭っているかもしれない。いいや、きっと遭っている。だって迷宮氾濫中だ。
それなのに、己は護衛に守られて街を歩くことしか出来ない。それが、悔しかった。
「――――」
――だから、ノエルは祈る。深く深く祈る。
どうか、どうか、あの子が、メルミナが無事でありますように。誰でもいい。何でもいい。あの子の力になって欲しい。
きっと、メルミナが無事な姿を見せてくれますように。あの子が笑っていられますように、と――。
――そのときだった。
「――え?」
ふと、ノエルの中で、力が動いた。
その正体が己の固有魔法だとノエルが気付くと同時に、固有魔法がノエルの魂を撫でた。
『
――ノエルの目の前に、赤い球が発生する。
「…………?」
そうして、もう一つ気付く。胸を押さえた。今の今まで、
それに、力が無くなって初めて気付いた。目の前の固有魔法の赤い球が、魂を守っていた力を包み込んで持って行ったから気付いた。
それが、何の力かと言えば。ノエルには、すぐに分かった。きっと、あの、いつも悲しそうな顔で自分を見ていた――茸の。
――妹の幸せを祈る固有魔法が、ふわりと空に向かって飛んで行く。
――瞬く間に高度を上げた赤い光は、彼方へと消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――一方。迷宮の奥では。コノエたちと茸が対面していた。
そして、まずコノエが動こうとして――そのとき。
「――!?」
――どこからともなく、迷宮の壁を越えて、赤い光の球が部屋に飛び込んでくる。
部屋に入って来た異物に、コノエは咄嗟に迎撃しようとして……。
「待って!……姉さん?」
メルミナの手で止められる。……姉さん?
コノエが驚き、動きを止めているうちに、赤い球は部屋の中心にふわりと浮いて。
……ぱちん、と。弾けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――そうして、茸は。
弾けた綺麗な赤い球の向こうに、一人の少女を見る。
『――nu?』
赤い髪の少女。その少女は、祈るように手を組んでいた。
ただただ、誰かの幸せを祈っていた。それは、かつて茸が――。
『――――』
思い出す。茸は、その輝きに、思い出す。何よりも美しい赤い輝きに、思い出す。
数十年前、見つけた、二人の少女のことを。
それは迷宮氾濫の最中。妹を庇って逃げる少女と、追いかける
姉は妹を必死に守ろうとするも、守り切れなくて。妹は頭を抉られて、死へと向かって行った。もう誰が見ても駄目だったはずだった。
……けれど、それなのに。姉は、己の身を犠牲にしても妹を救おうとした。
固有魔法を、己の為ではなく、妹を救うために使った。己だけで逃げることも、きっと出来ただろうに。
それが、その真っ赤な輝きが。
何よりも綺麗で、美しくて――。
『――nu』
――ああ、そうだ。茸は、思い出す。茸は、あの美しい輝きに恋をした。己を犠牲にしてでも家族を想う、あの美しい
本当に、本当に綺麗で、絶望も諦観も全て忘れそうになるくらい綺麗だった。恋をして、憧れて、自分も、あんな輝きを持ってみたいと思った。
『…………nu』
……でも、それなのに。自分も、と思ったのに茸は間違えた。
ずっと間違え続けていた茸は、そのときも一番初めに間違えてしまった。
彼女の魂を奪って、閉じ込めた。もう奪ってしまったから取り返しなんてつかなかった。どうすることも出来なかった。その後も、何年も、何十年も間違った。彼女を閉じ込め続けた。最期には妹まで捕まえようとした。
茸は、間違えた。間違えて、間違えて、間違え続けた。
『――nuuuuuu』
――そうして、その先で。あの日、茸は敗北した。金色のアデプトに負けた。
今目の前にいる、アデプトの男に負けた。必死に戦って、負けた。彼女を奪われた。一人地の底に落ちていった。
悲しくて、悔しかった。辛くて、痛かった。
寂しくて、寂しくて……。
『――もしも、次があるのなら。あってくれるのなら』
……けれど、そこでようやく茸は。茸は負けたけれど、最期にようやく、最初に戻れた。
誓った。もし次があるのなら、そのときは決して間違えないと。そう
だから――。
『――nuuuuuu、uuuu、uuuu!』
――そうだ、だから。
――茸は、今度こそ間違えない。
叫びと共に、茸は依り代から抜け出す。赤い光が包み込んでいた己の魂の欠片を取り込んで、かつて廃棄した己の
そして――。
「――nuuuuu、NUUUUUUUU!」
茸の体がピクリと動く。立ち上がろうとする。長らく死んでいた体は、動かすとぶちぶちと裂けて、激痛を茸の脳に伝える。しかしそんなものは何でもない。心の痛みに比べれば、何の意味もない。
茸は見る。目の前には、かつて己を打倒した金の使徒と、彼女の妹がいる。
そして脳裏に浮かべる。先程、赤い球の向こうに見た。彼女の姿を。
――妹を想い、祈る彼女の姿を見た。
彼女が、生きていた。生きて、祈っていた。
彼女にもう一度、
「――NUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!!」
――今度こそ、奪うのではなく、助ける!
――それで、たとえ、何を失うことになろうとも。