転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
「――NUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!!」
茸は、叫びと共に魂を起動する。願いを掲げ、祈りを想う。
胸の中にあるのは、ただ一つ。恋した彼女の
茸は、その輝きのために、魂を回し――。
「――NU!」
――そこで、ギシリ、と茸の魂が軋む。無理な力の発動のせいだ。
一度死んだ魂が簡単に元通りになるはずがなくて、
……けれど、それを茸は彼女が送ってきた
――そうだ。この世界は、何よりも意思が力を持つ世界なのだから。
『――
そうして、作り上げるのは三つ目の魔法。世界を侵す、祈りの魔法。
魂に刻む
「――――NU!?」
――しかし、その瞬間だった。
茸の魂を、悍ましいものが撫でた。
それは憎悪であり、殺意であり、怒りだった。
茸の根源より湧き上がってくる、絶望が、茸の魂に触れる。
――邪神の、手だった。
邪神は、茸の根幹を成す部分に触れ――そこに組み込まれた、邪神の加護を掴み取る。
――
「――――NU、NUUUU!」
茸は――その邪神の手に、
ただ、耐えながら固有魔法を完成させようとする。
――だって、これは当然だった。
魔物は、人類の敵である。そういう風に作られた。そういう風に契約して生まれてきた。人類の敵であることが、加護の条件だった。
つまり人を助けることは、与えられた加護への契約違反である。そして、この世界では、契約違反の代償は加護の剥奪をもって
「――――NU、NU、UU、U!」
――剝がされていく。茸の中から、邪神の加護が失われていく。
それと同時に……茸の中から、
これもまた、当然だった。魔物は、人を殺せば殺すほど強くなる。魔物は人を喰えば食うほど賢くなる。それらは
全ての魔物は、最初は普通の動物や植物などだった。トカゲに邪神が力を与え、竜になった。木に力を与え、トレントになった。狼に力を与え、ガルムになった。……そして、地に生える茸に力を与えて、魔物の茸になった。
――
それこそが、魔物が常に人の敵対者である理由の一つだった。ほぼ全ての人類――アデプトも知らない、魔物の真実。
「――――NU、U、NU」
奪われていく。茸の内側から、何もかもが奪われていく。
知能が奪われ、何も考えられなくなっていく。力が失われ、体を支えられなくなる。
それでも、茸は魂に刻んだ
「――――NU、U」
――ああ、けれど、寒い。どうしようもなく、寒い。
寒くて、寂しくて、頭の中がそれだけで埋まっていく。
だって、誰もいない。今自分は終わろうとしているのに、ただの茸に戻ろうとしているのに。誰も傍にいない。誰も、何も傍にいない。
それが辛くて、悲しくて、どんどん何も考えられなくなる。
原初の
「――――、nu?」
――でも、そのとき。
何かが、茸の手に触れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――何故かと問われると、咄嗟だったとしかコノエには言いようが無かった。
立ち上がった茸と、発動しようとする固有魔法。コノエは対応に迷い――しかし、突然茸は苦しみ始めて、体から力がどんどん抜けて行った。
訳が分からないままに茸の体がぐらりと揺れて、目の前でマネキンのような掌が何かを求めるように宙を彷徨って――。
「――――」
――コノエは、気付いたら、その手を握っていた。
何故握ったのかは、分からない。もしかしたら、ただ、条件反射で手を伸ばしただけかもしれないし、教官を助けるために打算で支えようとしたのかもしれない。
……それとも、もしかしたら――手を虚空に伸ばすその姿が、かつての自分と重なったからか。
病院のベッドの上で一人、手を彷徨わせていた、誰も傍にいないままに死んでいこうとしていた自分と。
「…………」
分からない。分からないままに、コノエは茸の手を握る。
茸の目がコノエを向く。そして、ほんの数瞬、見つめ合った。
握った手のひらは冷たくて、マネキンのようにツルツルとしていた。
しかし、微かに、握り返すように、力が込められて――。
「――nu」
穏やかな、声。そして、少しだけ茸の口元が笑うように歪む。魔物とは思えないくらい、穏やかな笑みだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――きっと、このとき。コノエは知っていては、駄目だった。
どうやったら教官を救えるかなんて、知っていては駄目だった。コノエはきっと、自分の意志で茸の手を握らなければならなかった。
コノエは、コノエとして茸の手を握った。
それが、伝わった。茸にも伝わった。だから――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――nu」
――茸は、その瞬間、己から失われていく全てを忘れた。
喪失感はどこかに行って、薄れていく意識は、なんてことなかった。
――だって、何もかもが消えて行っても。
確かな温もりが、己の手を包んでくれていたから。最期のときに、傍にいてくれたから。
ああ、そうだ。茸はずっと、これが――。
「――」
茸は、固有魔法を回す。魂に刻まれた回路に、力を流し込む。
そこにあるのは、全てが消えて行ってもなお、茸の中に残っている言葉だ。
茸にとって、何よりも大切な言葉。憧れ、恋をした美しい
『
――茸の体から、紫色の光が溢れる。
かくして、第三の魔法は発現した。
紫色の光が部屋を満たし、コノエたち三人を包み込んで――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――これは」
――するり、と三人の体が、地面へと潜っていく。
包み込む紫色の光は下へ下へと、三人を運んでいく。
地面の中でも苦しくはない。痛みもない。だって、それは救うための力だ。この魔法がどういう力を持つのか、コノエには分かった。この魔法の力は、魔法そのものが教えてくれた。メルミナを見ると、分かっていると小さく頷く。
これは、送り届ける力だ。どんなに遠くても、どんなに不可能なことでも、きっと、送り届けるための力。かつて、メルミナの姉がメルミナを安全な場所へ送り届けたように。
――どうか、幸せに。
きっとみんなを
潜っていく。光に運ばれて、三人は深く深く潜っていく。紫色の光が連れて行く。
周囲には岩しか見えないが、凄まじい速度で運ばれているのが分かる。その先には、きっと……。
「…………」
そうして、下りていくその途中。コノエは己の手の中を見る。
握っていた掌の中には、茸が一つ乗っていた。
あの茸と同じ色の、小さな茸。生命反応がある。邪神の気配がない、純粋な生命。
コノエは、茸を見つめる。手を握った感触を思い出し、そっと、己の腰の鞄に入れて――。
◆
――下りていく。
――下りていく。
――下りていく。
立ちはだかる岩盤を透過し、張り巡らされた罠を無視し、紫の輝きは下りて行く。
気付き、追い縋る
下りて行く。深く、深く、星の奥まで。
きっと、きっと、皆が笑っていられるように。
そして――。
「―――――」
[――――!?、―――――!???!?]
――三人は、辿り着く。そこは予言に指し示された、銀の灯が落ちた先。
直方体に抉られたその大部屋の
空中に放り出された三人の、そのすぐ真下には――
――闇の化身のような存在と、銀の結晶を抱え持つデーモンの塊が居た。