転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
「――教官……!」
コノエは災厄と向き合いながら、呟くように、呼びかけるように教官、と言う。
剣の鉾の嵐を捌きながらも、後ろから聞こえてくる声を聞いていた。
――教官。コノエの、師匠。
二十五年間、教わってきた。二十五年、顔を合わせない日は、ほぼ無かった。
けれど、後ろから聞こえてくる言葉は全て、コノエが知らなかったもので。
『……長く、長く、戦ってきたよ。多くのことを成し遂げてきたよ。……そして同時に、多くのものを、取りこぼしてきた』
『段々と、考えるようになった。――これで良かったのかなって。もっと、上手くできたんじゃないのかって』
――教官、とコノエは呟く。呼びかける。
教官の後悔と、失って来たもの。それにコノエは、何かを言いたくて……
「……教、官」
……でも、何も言えない。コノエには、何を言えばいいのか分からない。
口下手なコノエでは、分からない。教官の後悔に、どんな言葉をかければいいのか分からない。
それに……
「「「――SUUUUAAAAAAAAAALYYYYYYY!!」」」
「……!」
目の前では災厄が叫んでいる。コノエを殺さんと、剣と鉾を振り下ろしてきている。
己よりも強い敵。気を抜けば死ぬ。判断を誤れば即座に死ぬ。その状況で言葉を見つけることは、コノエには出来なかった。
コノエは白熱していく思考の中で、ただ、教官と呟いて……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………あ、あぁ」
そんなコノエの後ろで、ティカは英雄の感情に押し潰されそうになっていた。
千年分の後悔。千年分の喪失。
――英雄は、後悔しているから、何も知らない少女の頃に、戻りたかった。……そして、戻れたから、その幸福を手放したくない。そう思っている。
でもそれは……デーモンの固有魔法に操られた結果の思考であって、明らかに間違った思考だ。体だけ子供の頃に戻っても、何の意味もない。何も取り戻せない。
「…………うぅうぅうう」
けれど、それでも。間違っていても、操られていても。英雄のやり直したいという願いは、本物だった。千年分の後悔も、苦しみも、何一つ嘘はなかった。
だから、その重さに、ティカは耐えられない。
だって、ティカは普通の少女だ。迷宮に怯え、魔物に体を固くし、死体に目を逸らし、恋を願う。そんな普通の少女。
いくら才能があるとしても、いつかは誰よりも特別になるとしても、今じゃない。
……そんな普通の少女に、世界最強の千年は背負えない。
「……ぅ、ぁ、ぁ」
押し寄せてくる感情に必死に耐えるティカ。
苦しくて、逃げたくて、必死に顔を上げて周囲を見る。……すると。
「……教官……!」
「……ぅ?」
……ティカの耳に、ふと、コノエの声が聞こえて来た。
教官、と呼ぶ声。すぐ近くで恐ろしい怪物と戦いながら、何度も呼んでいる。
そんなコノエにティカは――。
「――――」
――ほんの一瞬、押し寄せる重みを忘れる。
そして、ふと思う。英雄の人生には、良いことだってあったんじゃないか、と。
後悔が沢山あって、昔に戻りたいと思ったのは、理解した。でも、良いことも確かにあったんじゃないのか、と。
『……良いことか。もちろんあったよ。沢山あった。小さいことなら毎日のようにあったし、大きいことだってあった。つい最近には、この百年で一番嬉しいことだってあった』
「な、なら」
『……でも、なんでかな、長く生きれば生きるほど、天秤が傾いていくんだ』
……天秤?
『良いことと悪いことの天秤は段々悪い方へと傾いていく。プラスだって沢山あるのに、マイナスばっかり見えるようになる。後悔ばかりが積もっていって、足元が沈んでいく気がする』
――そして、英雄は呟く。
『……アデプトの教育なんて、その最たるものだよ』
「…………?」
『私が、教育制度を改革した。千年かけて、改革した。その結果、アデプトの数が増えた。候補生が死ぬことがなくなった。……だから、みんな私を褒め称える。あなたのおかげです。死者はいなくなったし、人類はより強くなれましたって』
「…………」
教育制度改革については、ティカも聞いていた。神様も誇らしげにそう言っていた。
……なのに、英雄は自嘲するように少し笑い――大きく、息を吐いた。
『――――
「……」
『本当に、アレで良かったの? 人を片端から潰して、偶然生き残った者だけを拾い上げるような指導で? あの教育をするようになって、死者は確かにいなくなったけど、数多くの若者がトラウマを抱えて生きていくことになったのに? きっと、数えきれないくらいの未来ある若者を潰したのに?』
――人類のため。世界を守るため。必要だから。
その言葉を掲げて、多くの犠牲者を作ってきた、と英雄は言う。
『確かに、嬉しいこともあったよ。教え子が立派に育ってくれたときは、いつだって嬉しい。偉業を為してくれたら、少しだけ救われた気さえする。……でも、犠牲者は日々増え続けているし、これからも数えきれないくらい増えていくんだろう』
英雄は頭を下げ、足元を見る。
『よく、思うよ。私が見落としているだけで、きっともっといい方法があるはずなんだって』
……そして、だから、と。
『……私の教育は、指導は、何もかもが間違っているんじゃないかって、思うんだ』
英雄は、暗い声で、そう呟いた。
ティカはそんな英雄に何も言えなくて。背中の重みに崩れそうになる。
ティカは、後悔の泥の中に、沈みそうになって――。
「――――違う!」
――しかし、そこに。
一つの叫びが、地の底に響いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――――違う!」
――コノエは、叫ぶ。
災厄と向き合いながら、一歩踏み外せば死ぬような死線を歩きながら、叫ぶ。
叫んだ結果、技が僅かに鈍って、災厄の剣がコノエの腹を抉っても。それでも。
「――――それは、それだけは、違う!」
激痛を嚙み潰しながら、血を飲み込みながら、コノエは再度叫ぶ。
だって、そんなのは噓だった。そんなのは絶対に間違いだった。
教官が言った他の後悔にはコノエは何も言えない。コノエには何も分からない。
けれど、それだけは嫌だった。それだけは、言ってほしくなかった。
――教官の教育が何もかも間違っていた、なんて。
コノエは絶対に認められなかった。だから、コノエは、死にかけながら必死に教官に叫ぶ。
『……? この声、コノエかな? 君もいるのか』
そこで、教官が呟く。声が聞こえていたのか、顔を巡らせて、コノエの方を見る。見えているような、見えていないような雰囲気。
コノエは吹き飛んだ脇腹を治しながら、教官の視線を感じる。
『君は、違うって言うの? 君だって散々地獄を見ただろうに。まあ確かに君は、最後まで頑張ってくれたし、人より長く耐えていたけれど。……もう少し胸を張ってくれたらいいのになと思いつつ、不死の魔王を倒してくれたことは、私もすごく誇りに思っているけれど』
「…………」
『でも……ふん、そんなこと言って、君だって訓練生時代は私のこと鬼ば…………鬼ばば………………鬼だと思ってたくせに』
教官は拗ねたように言う。
それをコノエは半分千切れ飛んだ腕を治癒しながら聞く。
『慰めようとしてくれてるのは分かるけど、どうせ君も私のこと、鬼畜だと思ってたでしょ? 弟子を気軽に地獄に突き落とす悪魔みたいな師匠だと思ってたんでしょ?』
「…………」
過度の集中と痛みと教官の言葉から受けた衝撃で、コノエの思考がどんどん白熱していく。頭の中が白くなっていく。
そして、白くなった頭に、教官の言葉が入って来る。
鬼畜? 気軽に地獄に突き落とす悪魔?
教官のことを、そんな風に思ってたかって?
コノエはその問いに――スケルトンの槍を骨を削られながら逸らし、口を開く。
それは、そんなの――!
「……そんなの、当然! ――思っていたに決まってるでしょう!?」
『…………………………えっ』