転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
「……そんなの、当然! ──思っていたに決まってるでしょう!?」
『…………………………えっ』
コノエは、教官に叫ぶ。当然だ。思わない訳がない。
だって──。
「毎日腹に風穴開けられて、タコ殴りにされて、蹲ってたら腹蹴り飛ばされて、死にかけて。実際に何度も心臓が止まって──それで悪態の一つも無い方がありえないでしょう!?」
『…………え……ぁ、う、うぅ……そ、そうだよね。君でも、君だってそう思うよね』
「──でも!」
『…………?』
そこで、コノエは大きく息を吸う。
そして──
「それでも、あなたの教育の全てが間違っているなんて、それだけは絶対に違う!」
『────』
──そうだ。それでも、なんだ。
だから、コノエは否定する。教官に全力で否定する。剣を捌きつつ、口に溜まった血を吐き出しながら。
『……どういうこと? 君も私を……その、鬼婆と思ってたんだよね?』
「それでも、です! あと、婆とは思ってません! 教官はびっくりするくらい美人ですから!」
『……はえ?』
コノエは死にかけで叫ぶ。自分が何を言っているのかよく分からない感じになっていても。なんか口から普段言わない
叫ぶ。目の前には己より強い敵がいて、次の瞬間には頭をカチ割られて死んでいてもおかしくない状況でも、口を開いている場合じゃなくても。
「──教官!」
『え、う、うん』
そんな状況でも、コノエには、教官にどうしても言わなければならないことがあった。
教育が全部間違っていた、なんて言う教官に、伝えなくてはいけないことがあった。
……コノエは、己の奥底にある気持ちに向きあう。己の中にある気持ちを、あやふやで自分でもよく分かっていなかった気持ちを言語化しようとする。
以前のコノエには出来なかったことだ。……けれど、今のコノエなら。
「教官、確かに僕は、あなたに思うところは沢山あります! あなたの訓練は苛烈過ぎる! 何度も、とんでもない鬼畜師匠だと思いました!」
『……う』
「……実は、人の心が無いんじゃないかと思ったこともあります!」
『……それは、あ、あるもん……!』
「でも────」
──でも、そうだ。
コノエは、思い出す。一番最初を、思い出す。
「あなたは、いつだって、僕に向き合ってくれた!」
『……え?』
──コノエは、何もできなかった
コノエが、学舎に入ったばかりの頃。コノエは、何もできなかった。
ちゃんとした走り方も、武器の持ち方も知らなかった。魔力なんて全然分からなくて、幼子が受ける教育から始まった。
才能もなくて、教えてもらっても全然上手くできなくて。度胸も無くて、魔物討伐もダンジョンも散々失敗して、みっともない姿を見せた。けれど。
「僕が何度失敗しても、あなたは一度も、僕を諦めなかった!」
──コノエは、思う。
目の前で振り下ろされる灰色の剣を弾きながら。
自分がこの剣を捌けるようになるまで、どれくらいかかっただろうかと。敵の攻撃に目を瞑ってしまっていたかつての自分が、ここまで成長するのに、何度失敗しただろうかと。
力の逸らし方、間合いの取り方。それを習得するのに長い長い時間がかかった。
灰の剣を弾くための見切り。茶の矛を逸らすための足捌き。僅かな隙を突く観察眼。数え切れないくらいに失敗しながら、身に着けた。
繰り返し失敗して、同じところで何度も躓いて、ようやく成功しても、また次には失敗して。
一歩前に進んだと思ったら別のところで一歩下がって、前に進んでいるのかも分からないような時期もあった。
でも──
「……あなたが、いつも僕を見てくれたから。最後の最後まで付き合ってくれたから!」
どんなときでも、教官は最後まで付き合ってくれた。
いつも、仕方ないなって顔で笑っていた。
……実は、一度も言ったことは無かったけれど。
コノエは、本当は──教官のその顔が好きだった。
夕方の訓練場。二人きりの居残り訓練。
きつかったし、苦しかったけれど……訓練を続ける自分を見る教官の目が、コノエは好きだった。いつも、じっとコノエを見つめていた。どうすれば良くなるかなって、考えているのが分かった。
見守って、教えて、そして──上手くいったら、我が事のように喜んでくれた。
おめでとうって、一緒に笑ってくれた。その笑顔を、コノエは覚えている。
……何度か、よく出来たってコノエの髪をぐしゃぐしゃとしたこともあった。
コノエはそれが恥ずかしくて、止めて下さいと言った。でも、本当は──。
「──僕は、嬉しくて。本当に、本当に、嬉しくて!」
──かつて。日本にいた頃。
コノエにはまともに教えてくれる先生が居なかった。
どの教師も、親に見捨てられた厄介者のコノエを見ないことにしたからだ。まともにコミュニケーションが取れないコノエに関わらないようにしたからだ。
だからコノエはいつも一人で歩いていた。右も左も分からなくなりそうで、それでも歩き続けていた。
……けれど。
「あなたが、いたから、僕は!」
──この二十五年。人生の半分。長い長い時間。
教官はどんなときでもコノエを見て、コノエを導いてくれた。顔を上げると、道の先に立って待ってくれていた。
教官。最強。世界を救った英雄。
追いかける背中はとても遠くて、でも、いつだって輝いていたから。
「それに──」
──コノエはふと、つい先ほどのことを思い出す。
茸と、宙を彷徨う掌。握った手の感触。伝わってくる温度。
茸と出会って、コノエはようやく分かったことがある。
「──あの日、僕を見つけてくれたのは、あなただった!」
コノエの前世。病院の中で一人。死にかけていた。誰も傍にいない最期だった。
そして、転生して──。
転生して最初の研修中、図書室で本を読むコノエに、話しかける声があった。
教官は、銀色の髪をふわふわとさせながら、近づいて来て。
──ねえ、君、頑張ってるんだってね。すごく成績がいいって聞いたよ?
あれがいい、これがいい、と生命魔法をアピールして、コノエを誘った。
今考えると、色々思うところがあるけれど、でも……。
──ま、とりあえずこっち来なよ、詳しい説明するからさ。
説明の後、そう言って教官は、コノエの手を引いた。
温かい掌が、コノエの手を包んで、引っ張った。
そうだ、前世、誰も傍にいないまま死んだコノエを──
「──
──それが、手を引いてくれたことが、コノエは、本当に嬉しかったから。
だから、きっと。そんな全部が、コノエが最後まで歩き続けることが出来た理由の一つだった。
苛烈過ぎて、厳しすぎて、辛すぎて、人の心を疑ったり何度も諦めそうになったけれど、でも教官が導いてくれたから、一度も道に迷わなかった。
「あなたは、誰よりも厳しくて優しい、僕の
──教官の、後悔を想う。先程聞いた、教官の過去を想う。
苦しんだのだろう、それだけの過去を背負って歩いてきたのだろう。
そこにどれほどの重みがあるかなんて、コノエには分からない。
教官でないコノエには、その苦しみが分かるなんて、口が裂けても言えない。後悔しなくていいなんて、言えるはずがない。
──けれど。それでも。
全部が間違っていたなんて、コノエは認められない。
「──僕は、あなただから、よかったんだ!」
『……』
「あなたに出会えて、よかった!」
『…………』
「あの日、あなたの誘いに頷いたことに、後悔なんてあるはずがない!」
だから──。
「僕が、証明する! あなたが育てた僕が! 決して間違いだけではなかったと!」
──コノエの体に、光が宿る。コノエの願いに、神の武装が応える。
光はコノエの体を包み込み、新たな想いを具現する。
「偉業が嬉しかったというのなら、偉業を為そう! 胸を張れと言うのなら、胸を張ろう!」
コノエの頭に、体に、足に、白と金の光が形を作っていく。
手甲と脚甲と共に、コノエの全身を包み込んでいき──。
「──僕は、あなたの弟子になれて、よかったと思うから!」
──神の鎧が、姿を現す。
その輝きは、見上げ、追いかけてきた、何よりも綺麗な星のように。