転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──金と白の全身鎧が現れる。
光を放ち、開けた空間を、地の底の暗がりを染め上げる。
完全に解放された神威武装はコノエの能力を高め、そして──。
「「「SUUUUAAAAAAAAAALYYYYYYY!!」」」
「────」
──コノエは、身に纏う鎧の力を理解する。自分が求めた、力のあり方を理解する。
灰の剣が加速し、茶の鉾が全てを穿たんと迫る中、コノエは己の中に雷を生み出す。
生み出した雷が、コノエの体を侵食していく。肉も神経も、全てを焼き尽くしながらコノエの体は、雷へと変化していく。
破壊し、作り替える。きっと教官に証明するために。
──雷化。
閉じた世界に、雷轟が響く。そうだ。この力もまた、教官と共に修得したものだった。固有魔法を持たないコノエのために、教官が書架の中から見つけ出した、古のアデプトの秘儀。死と引き換えに、固有魔法の如き力を生み出す最期の一手。
それを教官が死なないように改造した。コノエは修得するために十年もかけて訓練した。拡散していく雷を留めるために長い間試行錯誤を繰り返して、それでも五秒しか維持できなかった。しかし、鎧を身に纏ったコノエなら。
「────」
神の鎧が、雷の拡散を阻止する。力が安定していく。
──雷化は、今ここに、完成した。
加速する。コノエは、雷のごとく加速する。コノエの速度が、スケルトンの速度に近づいていく。灰と茶の軌跡と金色の軌跡がぶつかり合い、虚空に傷を残す。コノエは的確に剣を捌き、鉾を受け流し──。
「「「SUUAAAA!?」」」
──先程までとは違う結果にスケルトンは驚愕したように叫ぶ。
そして──。
「「「SUUAAAAAAALYYYY!!」」」
「──!」
スケルトンは、突如後ろに大きく跳躍する。一息に広間の端から端まで移動する。着地して、力を開放する。スケルトンの体が、三つの色に包まれていく。
つまり、これは──コノエの速度に、即座に対応してきたということ。
「──SUUUUUUUUUU!!」
「──AAAAAAAAAAAA!!」
「──LYYYYYYYYYYYY!!」
スケルトンは咆哮する。すると、ビシリ、とスケルトンの持つ剣と鉾と盾に亀裂が走る。罅が入って砕けて──混ざる。武装を破壊する一手。恐らくは、奥の手を使おうとしている。
混ざっていく。灰と茶と黒の色が渦を巻くようにスケルトンを包み込む。
「「「──SUUUUUUUAAAAAAAAAAAALYYYYYYYYY!!」」」
──それはまるで、巨大な
渦を巻く武器の破片は、三つの色が混ざり合った一本の槍となる。固有魔法の力が混ざり合う。速くて、強くて、堅い武装に変貌する。そして。
ズドン、という空を裂く音と共に、巨大な槍がコノエに迫る。
渦は地面を抵抗などないかのように容易く抉り、半円状の傷痕を刻み、飛んでくる。
それにコノエは──
「────」
槍を生み出し、コノエも踏み込む。
渦へ向け、雷鳴と共に金と白の輝きが走る。
後ろに守るべき人が居るので、避ける事は出来ない。正面から打倒するしかない。敵はそれを当然分かっていて、この攻撃を選んでいる。
──コノエは見る。時が止まったような一瞬の中、見る。襲い来る突撃槍を見る。
三つの固有魔法が渦を巻き、立ち塞がるもの全てを貫かんとする突撃槍。
それは、たとえ鎧を得たコノエでも到底敵うものではない。速度だけ追いついても、力と堅さで完全に負けている。
まともにやりあえば、轢き潰されるだけ。
だから、コノエは渦の流れを見て、力の流れを見る。固有魔法の在り方を見て、そして、槍を構える。教わったように。二十五年、繰り返してきたように。
そうだ──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『──ねえ、コノエ。最初に、君に一つ教えようと思う』
かつて。二十五年前。
初心者だったコノエに、教官が教えてくれたことがあった。
『──こうして、こう。槍を突く。まずは君にこれを練習してもらう』
──ただの、突き。コノエが一番初めに教わった技だ。
コノエは、教官に教わるままに、何度もそれを繰り返した。すると教官は。
『うん、それでいい。今は不格好だけど、これから一生をかけて鍛えれば、きっと凄い技になる』
『え? うん。一生だよ? 一生かけて、鍛えるの。どんなときでも、毎日槍を振りなさい。そうすれば、必ずこの技は……』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(──教官)
コノエは迫り来る渦に、槍を構える。それは毎日繰り返しているように。
コノエは、二十五年続けた。教官の教えを守り続けた。非常時を除けば、必ず鍛錬を続けた。どれほど疲れていても、どれほど苦しくても、訓練場で、宿の裏で、森の中で、繰り返した。
そうだ。これが教官から教わった──。
(──一の槍)
始まりの技。白と金の十字槍が、三色の渦と接触する。
そこはコノエが見た、渦の流れが僅かに澱んでいる場所。小さな小さな力の空白。渦の中心、
コノエは──。
「「「SU!!??」」」
「────」
──コノエの
白と金の刃が、渦に食い込んでいく。
内部に侵入した穂先から放たれた稲妻は渦が作り出す力の流れを食い破っていく。
抵抗する三色の輝きは分断されていく。
神の雷によって、渦は内側から力を失っていき──。
「「「──A」」」
トン、と。十字槍が、崩れた渦の奥、スケルトンに突き立つ。
神の槍によって、
「「「──」」」
スケルトンが、崩れていく。三つの亡骸を繋ぐ杭が形を失っていく。
最期に、スケルトンの目が、六つの伽藍洞の穴が、コノエを見る。小さく顎を動かし。
「…………」
──災厄は、崩れ落ちる。
コノエは、スケルトンに勝利した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そして、そんなコノエの背後で。
教官の影は、コノエの姿を見ていた。スケルトンに勝利した、その輝きを見ていた。
『…………コノエ』
影は、呟く。泣きそうになりながら。己が教えてきた愛弟子の言葉と、背中に。
影は、本当に、本当に嬉しかった。胸の中に重く圧し掛かっていた澱みが、少し軽くなった気がするくらいには。この千年に、間違いでないこともあったのだと確信できたくらいには。
……でも。
『…………あ、れ?』
そこで、影の思考は止まる。何か大切なことに気付いたのに、それ以上考えられなくなる。
デーモン塊の権能の力だ。影を洗脳している力。あの日を取り戻せと叫び続ける力。
そうだ。デーモン塊は認めない。せっかく得た権利を捨てるなんて、認めない。
だって、これはデーモン達の悲願だ。取り戻したかった。妻を、夫を、親を、子を、大切な仲間たちを、デーモン達は取り戻したかった。それ故の権能。それ故の祝福。だから、一人だけでも取り戻してほしかった。
……だって、そうじゃないと──あまりにも、報われない。
せめて、自分たちが失ってきた全てに意味が欲しいと、彼らは思うから。
『…………ぁ』
影の思考は、どんどん鈍っていく。
ただ座っていることしか出来なくて──。
『──え?』
──しかし、そのときだった。
すぐ近くから、ブチブチと何かが千切れるような音がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──コノエ様」
ティカは、呟く。そして見る。恐ろしい魔物に勝利した、コノエの背中を見る。
金と白の鎧。暗い洞窟を染め上げるような、眩い輝き。
それが、綺麗だったから。本当に綺麗だったから──。
「──」
ブチリ、と、ティカを拘束していた泥が千切れる。ティカは、手に力を入れる。足に力を入れる。己を拘束する重みに抵抗し、立ち上がろうとする。
──その全身に、銀色の光が灯る。
重かった体が、軽くなっていく。魂が内側で脈動していた。
『……ど、どうして?』
影が呟く。それがどういう意味なのか、ティカには分かった。
どうして、子供の自分が、この千年の重みに耐えられるのか。立ち上がれるのか。そういう意味。
それに、ティカは──。
「──私、本当は、すごく怖かったんです」
『……え?』
ティカは、呟く。影の質問からは離れた答え。
しかしその言葉が、ティカの本心で──。
◆
──そうだ。ティカは、怖かった。ずっとずっと怖かった。信じられなかった。
突然千年後に放り出されて、神様によく分からない説明をされて、迷宮に潜れと言われた。地獄とも言われている場所に。
神様のお願いだから、頷いた。頷くことしか出来なかった。だって、全ての神の頂点に立つお方からのお願いを、どうして断れる?
本当は断りたかった。逃げたかった。でも、頷くしかなかった。神様もそんなティカに泣きそうな顔でごめんねと謝った。謝って、抱きしめた。潜らなくていいとは、言えないのだと分かった。
だから、ティカは泣きそうな顔を必死に上げて、立った。震える足を押さえた。
そうしていると、自分と一緒に潜ると言うアデプト様が二人戻ってきた。
赤髪のアデプト様が、神様と話を始めて、ティカはもう一人のアデプト様と話をすることになった。少し雑談して、色々と確認して。
──そして、それは、なんとなくだった。
ティカは、コノエと名乗ったアデプトに、なんとなく、問いかけた。
『コノエ様にとって、千年後の私って、どんな人でした……?』
すると──。
『……すごい、人です』
──ああ、ああ、そうだ。それが、分岐点だった。
ティカは、きっと。その声に、顔に、心を奪われた。
伝わってきたからだ。別に顔と声が好みだったとかではない。ただ、そこに込められた感情に、想いに、ティカは心を奪われた。
──すごい人、なんて。短い言葉。
たったそれだけの言葉に込められた──大きな、大きな、未来の自分への想いに。
本当に、誇らしげで、嬉しそうで。
細めた目が、綻ぶ口元が教えてくれた。この人、千年後の自分のことがとんでもなく好きなんだなって分かった。どうしようもないくらい、想っているのが分かった。
その想いの強さに、伝わってくる願いに、体の奥が疼いた。自分に向けられた、自分じゃない人のための想いに、心臓を締め付けられた。
『はわわ、はわわわ……』
切なくて、苦しくて、でも温かくて。
だからきっと──それが、ティカの初恋だった。
未来の自分を想う人に恋をするなんて倒錯していると思うけれど、でも恋してしまったのだから仕方ない。
倒錯していても、恋は恋だ。……いいえ、倒錯しているからこそ、より一層輝いて見えたのかもしれない。
だって、知っている。──恋って、間違えながら、進んでいくものでしょう?
◆
『……いや、えっと……その』
「──ええ、そうです。だから、頑張ったんです」
何故か愕然としている英雄の影を横目に──ティカは立ち上がる。
泥を掻き分けて、重さを跳ねのけて、立ち上がる。結晶まで三歩の距離。
そして、足元に纏わりつく泥──行かせまいと足を引っ張る泥を掻きわけて、一歩足を結晶に向けて踏みだした。──あと、二歩。
「ねえ、未来の私、素敵なお弟子さんを、育てたんですね」
『……え? う、うん』
ティカは、恋をしているから、この三日間頑張った。怖いのに耐えて、頑張った。
見ていた。恋した人が、未来の自分を想って走る姿を。彼は、言葉の端々で、想い続けていた。ふとした時に、自分を見る瞳に胸が満たされた。
──だから、その想いが嬉しかったから。
ティカは重みに耐え、もう一歩足を前に出す。あと、一歩。
「──う、っぐ」
でもそれと同時だった。ティカの背に掛かる重みが増す。
未来の自分と、デーモン達の想いの重さに、立ち上がった足が折れそうになる。
「……未来の私、重いですね、これ」
『…………』
重い。重くて、重くて、ティカは泣きそうになる。
伝わってくる後悔は苦しくて、悲しくて。やり直したいと思う気持ちも、理解できた。
……でも、その願いは、間違っている。
だって、これじゃ何も取り戻せない。時間は戻らない。自分が、忘れるだけ。これまで失って来た英雄が、さらに失うだけ。
──止めなければ、ならない。
「……コノエ様」
そのために、ティカは、呟く。そして、思い出す。
ほんのつい先ほど見た、白と金色の背中を。
ティカは、己が恋した想いが、何よりも輝く瞬間を見た。
金と白の鎧が、証明した。未来の自分への想いを、証明した。輝きを、ティカはその目に焼き付けた。
本当に、本当に、カッコよくて、綺麗だった。
もう一度恋をしそうだった。いや、した。もっともっと好きになった。
だから、足を動かす。この時間が、自分とコノエの時間が、終わろうとしているのが分かっていても。……いいや、終わるからこそ、証明するのだ。己の想いを。
「────!」
ティカは、恋のために、歩く。恋の為なら、無敵になれる気がした。
そうして、もう一歩結晶に近づいて……。
「──ねえ、未来の私」
『……え?』
ティカは、もう結晶の目の前にいる。
想いを胸に。手をぐっと握り。
「この想い、無駄にしないで下さいね?」
『──』
そして、ティカは銀の結晶に拳を振り下ろし──。