転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──ほんの数十秒時間が戻って、ティカが拳を振り下ろす、少し前。
「…………ぅ、ごぼっ」
メルミナは、目を開く。目を開いて、口から血を吐く。
手を横に伸ばし、岩に手を突いて、立ち上がる。
時間稼ぎを止めて、右手の横にレンズを生み出す。
時間稼ぎは、もう終わりだった。何故かと言えば──。
「…………」
──ドン、と広間に音が響く。それは
そうだ。時間稼ぎは、もう終わった。メルミナの妨害は、見破られた。手を尽くしたが、ついにこの部屋に辿り着かれてしまった。
ガラガラと瓦礫が崩れる音がする。そして、先頭のワーム型魔物が部屋の中へ侵入する。
……災厄が、姿を現した。後ろには、数十の
そんな魔物たちを前に、メルミナはちらりと横を見て──。
「…………うん」
──メルミナは、足を一歩前に出す。
止めるつもりだった。戦うつもりだった。勝てるわけなくても、すぐに死ぬことが分かっていても、それでも最後まで戦うつもりだった。
メルミナは、自分が妨害している間、この部屋で何が起こっていたのかを知らない。見ていない。必死だったからだ。知っているのは、どうやらコノエが災厄に打ち勝ったことくらい。
……けれど、よく知らなくても、唯一の希望だった教官がまだ元に戻っていないことは理解できた。ティカは泥の中で結晶と向き合っている。
まだ時間がかかるのか、それとも、もう戻れないのか。
分からないが、メルミナは、魔物たちに向き直る。
一秒でも長く時間を稼ぐために。死んでも、押し留める覚悟だった。
「────」
視線の先で、魔物たちが次々と部屋に入ってくるのが見える。一体でも勝てるか分からない災厄が、数十。そして、そいつらが顔をメルミナたちに向ける。
──今は、飛び掛かってくる、一瞬前。
その、戦闘前の瞬き以下の短い時間、メルミナはレンズを生み出しながら、走馬灯のように少し前を思い出す。
出発前夜のことだ。コノエに大切な物を伝えたとき──その中に、コノエを入れられなかった。
死ぬかもしれないと分かっていたのに、メルミナはコノエに言えなかった。きっと断られるのが怖かったからだ。彼の傍にいる人を、知っているから。
……でも、ああ、やっぱりちゃんと伝えておけばよかったと、メルミナは後悔する。
未練があった。恋人になりたかった。伝えられないまま終わりたくなかった。
それに、姉にも会いたかった。もう一度抱きしめてほしかった。死にたくない。思い残しがあった。メルミナの中には、沢山の後悔があって……。
「──」
……でも、メルミナは怯まず災厄たちに向けて、足を前に踏み出す。
それはきっと、後悔よりも大きいものがあるからだ。
――だって、コノエは、槍を握っている。十五年共に過ごしたときのように、横で戦おうとしている。どれほど絶望的な戦力差でも。だったら、メルミナも一緒に戦いたかった。長く、一緒に戦ってきたのだから。
そうだ、メルミナは、死ぬのなら最後まで、
「────ぇ?」
……でも、そのときだった。
メルミナの背後で、大きな、銀の光が。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、コノエは、見た。メルミナと共に戦おうと槍を握った、そのときに。
部屋に侵入してきた災厄たちが、様々な色に染まり始めた瞬間に。
『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』
コノエは見る。発動していく魔物の固有魔法と──。
「……あ」
──それを打ち消さんと輝く、銀の光を見る。
背後で生まれた、圧倒的な気配。けれど、温かな気配だ。知っている、誰よりも強靭でしなやかな気配。
コノエが、この数十年、ずっと仰ぎ見ていた──。
「──ごめんね、随分と迷惑をかけたみたいだ」
声が聞こえた。そして、近づいて来る。
ゆったりとした動きなのに、しかし気付いたら傍にいて、掌がコノエの肩にポンと触れた。
そのまま、輝きはコノエの前へと歩いて行く。
ふわふわと揺れる銀色の髪。両手両足の、手甲と脚甲。
「──疲れたでしょう? 少しゆっくりとしていると良い。大丈夫、後は私がやるから」
地の底の暗がりが、なによりも鮮烈な輝きに染め上げられて──。
『GLUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
『CLUUUUUUUUUUUUUUSUUUUUUUU!!』
『ZAAAAAAAAAAAAAAAGAAAAAAAAA!!』
しかし、それに、魔物達は叫ぶ。
世界を染める銀色に対抗するように。
『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』
幾十の固有魔法が発動する。魔物の渇望が、空間を汚染していく。
世界を歪める意志の魔法。人類を殺す憎悪の権能が発動する。
『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』
たった一体で街を滅ぼし、国を歪める邪神の悪意。対処を誤れば数十、数百万が死ぬ。災害を超えた、災厄。
それが、目の前に数十体。大国が全てを
『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』
『JAAAAAAAAAAAAAAREEEEEEEEEEE!!』
『LOOOOOOOOOOOOOMUUUUUUUU!!』
『ZAAAAAAAAAAAAAAAGAAAAAAAAA!!』
数十の
邪神から受け継いだ殺意のままに、立ち塞がる人類を殺し尽くさんとして──。
「────」
──しかし、その殺意の渦に、銀の輝きは、揺らがない。
どれほどの敵を前にしても、胸を張り、堂々と立つ。
「──
──銀の光が、一際強く輝く。
その力の名前を、コノエは知っていた。
そうだ、あれこそが千年前から世界を守ってきた最強。
数々の伝説で
『
その瞬間、コノエの視界が、ブレる。
コマ送りのように、何かが唐突に切り替わる感覚。
閃光が走り、轟音が世界を揺らす。それは破壊される光と音だ。
何かが、かき消される光。何もかもが、壊れる音。
そうして、次の瞬間には──
「────あぁ」
コノエは呻くように息を吐く。──
「──こんなものかな」
真っ赤な血の海の真ん中で、教官が髪の乱れを直しながら呟く。まるで散歩にでも行った後のような声色で。そうだ。これこそが、教官の権能だ。たった一人で世界を変えた、人類最強の固有魔法。
『
その力の正体は──時間停止。
教官の体感で約十五秒間、時の流れを止める魔法。
止まった時の中では、教官だけが自由に動くことが出来る。そして教官ほどの武の持ち主なら……十五秒あれば、だいたい全てを殺すことが出来る。
敵が万を超える軍であっても、災厄の群れであっても、一瞬で蹂躙し、破壊する力。
四大魔王のように、よほど特殊な力を持っていなければ、戦うことすらできない。
千年前、住んでいた街を蹂躙されそうになった少女が、家族を、友を守るために覚醒した力。
魔物に襲われる人々を助けるため立ち上がった、戦士でもなんでもない普通の少女が手に入れた奇跡のような権能。
「…………」
「…………」
コノエとメルミナは、目を合わせる。お互い、血に塗れた姿。それまでの戦いの過酷さを物語っている。少しだけ互いが乗り越えた戦いに思いを馳せ──。
──力が抜けたように同時に息を吐く。
「じゃあ二人とも、帰ろっか。……今回は、ごめんね。そして、ありがとう。君たちのおかげで助かったよ」
──こうして、教官の無力化からなる騒動は、終わりを告げたのだった。