転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第31話 灯

 ──ほんの数十秒時間が戻って、ティカが拳を振り下ろす、少し前。

 

「…………ぅ、ごぼっ」

 

 メルミナは、目を開く。目を開いて、口から血を吐く。

 手を横に伸ばし、岩に手を突いて、立ち上がる。

 

 時間稼ぎを止めて、右手の横にレンズを生み出す。

 時間稼ぎは、もう終わりだった。何故かと言えば──。

 

「…………」

 

 ──ドン、と広間に音が響く。それは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうだ。時間稼ぎは、もう終わった。メルミナの妨害は、見破られた。手を尽くしたが、ついにこの部屋に辿り着かれてしまった。

 

 ガラガラと瓦礫が崩れる音がする。そして、先頭のワーム型魔物が部屋の中へ侵入する。

 ……災厄が、姿を現した。後ろには、数十の魔物(さいやく)の影も。

 

 そんな魔物たちを前に、メルミナはちらりと横を見て──。

 

「…………うん」

 

 ──メルミナは、足を一歩前に出す。

 止めるつもりだった。戦うつもりだった。勝てるわけなくても、すぐに死ぬことが分かっていても、それでも最後まで戦うつもりだった。

 

 メルミナは、自分が妨害している間、この部屋で何が起こっていたのかを知らない。見ていない。必死だったからだ。知っているのは、どうやらコノエが災厄に打ち勝ったことくらい。

 ……けれど、よく知らなくても、唯一の希望だった教官がまだ元に戻っていないことは理解できた。ティカは泥の中で結晶と向き合っている。

 

 まだ時間がかかるのか、それとも、もう戻れないのか。

 分からないが、メルミナは、魔物たちに向き直る。

 

 一秒でも長く時間を稼ぐために。死んでも、押し留める覚悟だった。

 

「────」

 

 視線の先で、魔物たちが次々と部屋に入ってくるのが見える。一体でも勝てるか分からない災厄が、数十。そして、そいつらが顔をメルミナたちに向ける。

 

 ──今は、飛び掛かってくる、一瞬前。

 

 その、戦闘前の瞬き以下の短い時間、メルミナはレンズを生み出しながら、走馬灯のように少し前を思い出す。

 

 出発前夜のことだ。コノエに大切な物を伝えたとき──その中に、コノエを入れられなかった。

 死ぬかもしれないと分かっていたのに、メルミナはコノエに言えなかった。きっと断られるのが怖かったからだ。彼の傍にいる人を、知っているから。

 

 ……でも、ああ、やっぱりちゃんと伝えておけばよかったと、メルミナは後悔する。

 未練があった。恋人になりたかった。伝えられないまま終わりたくなかった。

 

 それに、姉にも会いたかった。もう一度抱きしめてほしかった。死にたくない。思い残しがあった。メルミナの中には、沢山の後悔があって……。

 

「──」

 

 ……でも、メルミナは怯まず災厄たちに向けて、足を前に踏み出す。

 それはきっと、後悔よりも大きいものがあるからだ。

 

 ――だって、コノエは、槍を握っている。十五年共に過ごしたときのように、横で戦おうとしている。どれほど絶望的な戦力差でも。だったら、メルミナも一緒に戦いたかった。長く、一緒に戦ってきたのだから。

 

 そうだ、メルミナは、死ぬのなら最後まで、コノエ(こいしたひと)の隣にいたくて──。

 

「────ぇ?」

 

 ……でも、そのときだった。

 メルミナの背後で、大きな、銀の光が。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 そして、コノエは、見た。メルミナと共に戦おうと槍を握った、そのときに。

 部屋に侵入してきた災厄たちが、様々な色に染まり始めた瞬間に。

 

『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』

 

 コノエは見る。発動していく魔物の固有魔法と──。

 

「……あ」

 

 ──それを打ち消さんと輝く、銀の光を見る。

 背後で生まれた、圧倒的な気配。けれど、温かな気配だ。知っている、誰よりも強靭でしなやかな気配。

 

 コノエが、この数十年、ずっと仰ぎ見ていた──。

 

「──ごめんね、随分と迷惑をかけたみたいだ」

 

 声が聞こえた。そして、近づいて来る。

 ゆったりとした動きなのに、しかし気付いたら傍にいて、掌がコノエの肩にポンと触れた。

 

 そのまま、輝きはコノエの前へと歩いて行く。

 ふわふわと揺れる銀色の髪。両手両足の、手甲と脚甲。

 

「──疲れたでしょう? 少しゆっくりとしていると良い。大丈夫、後は私がやるから」

 

 地の底の暗がりが、なによりも鮮烈な輝きに染め上げられて──。

 

『GLUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

『CLUUUUUUUUUUUUUUSUUUUUUUU!!』

『ZAAAAAAAAAAAAAAAGAAAAAAAAA!!』

 

 しかし、それに、魔物達は叫ぶ。

 世界を染める銀色に対抗するように。

 

『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』

 

 幾十の固有魔法が発動する。魔物の渇望が、空間を汚染していく。

 世界を歪める意志の魔法。人類を殺す憎悪の権能が発動する。

 

『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』

 

 たった一体で街を滅ぼし、国を歪める邪神の悪意。対処を誤れば数十、数百万が死ぬ。災害を超えた、災厄。

 それが、目の前に数十体。大国が全てを(なげう)って戦い、それでも勝てるか分からない戦力。小国なら抵抗すらできずに磨り潰されるだろう。

 

『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』『固有魔法』

 

『JAAAAAAAAAAAAAAREEEEEEEEEEE!!』

『LOOOOOOOOOOOOOMUUUUUUUU!!』

『ZAAAAAAAAAAAAAAAGAAAAAAAAA!!』

 

 数十の絶望(さいやく)が、叫びと共に駆ける。極彩色の輝きが世界を侵す。

 邪神から受け継いだ殺意のままに、立ち塞がる人類を殺し尽くさんとして──。

 

「────」

 

 ──しかし、その殺意の渦に、銀の輝きは、揺らがない。

 どれほどの敵を前にしても、胸を張り、堂々と立つ。

 

「──固有魔法(オリジン)

 

 ──銀の光が、一際強く輝く。

 その力の名前を、コノエは知っていた。

 

 そうだ、あれこそが千年前から世界を守ってきた最強。

 数々の伝説で(うた)われる、希望の──。

 

固有魔法(オリジン)──踏み出す(くらがりに)一歩は流星のように(、ともしびをかかげよう)

 

 その瞬間、コノエの視界が、ブレる。

 コマ送りのように、何かが唐突に切り替わる感覚。

 

 閃光が走り、轟音が世界を揺らす。それは破壊される光と音だ。

 何かが、かき消される光。何もかもが、壊れる音。

 

 そうして、次の瞬間には──()()()()()()()()()。 

 

「────あぁ」

 

 コノエは呻くように息を吐く。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──こんなものかな」

 

 真っ赤な血の海の真ん中で、教官が髪の乱れを直しながら呟く。まるで散歩にでも行った後のような声色で。そうだ。これこそが、教官の権能だ。たった一人で世界を変えた、人類最強の固有魔法。

 

固有魔法(オリジン)──踏み出す(くらがりに)一歩は流星のように(、ともしびをかかげよう)

 

 その力の正体は──時間停止。

 

 教官の体感で約十五秒間、時の流れを止める魔法。

 止まった時の中では、教官だけが自由に動くことが出来る。そして教官ほどの武の持ち主なら……十五秒あれば、だいたい全てを殺すことが出来る。

 

 敵が万を超える軍であっても、災厄の群れであっても、一瞬で蹂躙し、破壊する力。

 四大魔王のように、よほど特殊な力を持っていなければ、戦うことすらできない。

 

 千年前、住んでいた街を蹂躙されそうになった少女が、家族を、友を守るために覚醒した力。

 魔物に襲われる人々を助けるため立ち上がった、戦士でもなんでもない普通の少女が手に入れた奇跡のような権能。

 

「…………」

「…………」

 

 コノエとメルミナは、目を合わせる。お互い、血に塗れた姿。それまでの戦いの過酷さを物語っている。少しだけ互いが乗り越えた戦いに思いを馳せ──。

 

 ──力が抜けたように同時に息を吐く。

 

「じゃあ二人とも、帰ろっか。……今回は、ごめんね。そして、ありがとう。君たちのおかげで助かったよ」

 

 ──こうして、教官の無力化からなる騒動は、終わりを告げたのだった。




次回、エピローグです。

二巻、発売中です。三巻は九月です。
応援してもらえると嬉しい……とてもうれしい……

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