転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
※※※書籍三巻を読んでここに来た方へ※※※
第四部の最初にも書きましたが、書籍三巻と、web版第三部は、少し異なっている部分があります。
その中でも、web第三部エピローグには、後に(第五部に)大きく関わるけれど書籍三巻では載っていない情報が載っています。(続巻が出れば、書籍版では違う形で情報を提示します)
なので、web版第五部を読み進めるつもりの方は、先にweb版第三部エピローグを読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
※追記
四巻に載せましたので、四巻を読んだ方は第三部エピローグを読む必要はありません
第1話 夢と新居
──白い彼女は、夢を見た。
とても遠い夢だ。走っても、どれほど手を伸ばしても届かない、遠い何かの記憶。
誰かが、笑っていた気がする。自分も、笑っていた気がする。
何かが、あった気がする。何かが、無くなった気がする。
あやふやで、よく分からない夢。
今は思い出せない、過去の残骸。
塞がれ、見えなくなった大切なそれを、彼女は夢の中で……いいや、夢の中だからこそ、見ることが出来た。
【──ぁぁ】
彼女は見る。夢と現の境界に、白い欠片が落ちている。
自らを象徴する色。けれど、何故かとても悲しい色。
そうだ。彼女はいつか、どこかで、ソレに手を伸ばし──。
◆
【────?】
──そうして、彼女は、神様は、目を覚ました。
瞼を開き、顔を上げる。すると、そこがベッドの上ではなく執務室の椅子の上であることに気付く。
……どうやら、机に突っ伏して眠っていたようだ。窓を見ると日は高く昇っていて、まだ昼過ぎだということが分かった。
【…………いけない】
……仕事中だったのに、と。彼女は軽く頭を振る。
体を起こすと、下には書いている途中の書類があった。破れたりしていないかと確認しようとして──。
──ぽたり、と。
【──ぇ?】
雫が一滴、書類の上に落ちた。そして、続けざまに二滴、三滴、と。
何だろうと思って……すぐに気付く。目元に手をやると、濡れた感触があった。
次から次へと頬を伝う感触があって、書類に落ちて染みを作っていく。
それは。
【──ああ、そうだ、夢を】
悲しい、夢を見た気がする。泣きたくなるような、何かを見た気がする。
失ったモノ。届かなかったモノ。何かの欠片を。
あれはなんだったんだろう、と彼女は思い出そうとして。
【────?】
そこで、気付く。今探った場所、胸の奥に、違和感があった。
知らない違和感。何かが足りない気がした。何かが、欠けている気がした。
今の今まで気づかなかった欠落。けれど、とても大きな空白があった。
何故今まで気づかなかったのかも分からない程大きな穴が心の奥にあって、彼女は混乱する。
【──これは、なに?】
分からない。それは悲しい夢が見せた
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そして。ここで少しだけ時間は巻き戻る。
神様が目を覚ましたのが昼であるのならば、これはその日の朝。
場所は学舎から少し離れたところにある大きな屋敷。なんてことのない、穏やかな朝の話だ。
◆
コノエがふと、天井を見上げたのは、朝食の後、テルネリカと二人でお茶を飲んでいるときだった。その日、用事があって学舎に向かう前のちょっとした時間。
コノエはなんとなく天井を見て、次に部屋の中に視線を巡らせた。
「…………」
天井から、目の前に座るテルネリカ、ティーポットの置かれた机へとコノエの視線が動き、座っているソファ、茶器などが入った棚、魔道具の明かりへと移動していく。
そこにあるのはシンプルで、しかし造りが良いと一目でわかる家具だ。過剰な装飾や壊れ易そうな繊細な構造はなく、使いやすさなどの機能面を重視している。今コノエが座っているソファも単色のシンプルなデザインだが、座り心地は恐ろしく良かった。
「………………」
また、コノエは知っている。そういう落ち着いた、でもとても上等な調度品が置かれているのは、今居る部屋だけではない。屋敷全体だ。この屋敷──全三階建ての石造りの建物の中には様々な機能を持った部屋が沢山あって、それぞれの用途にあわせて最適な道具が置かれていた。掃除などをしてくれる管理用の自律式魔道具も。
……そして、そんな色々を何度目かに認識して、コノエは。
「……その、なんというか」
「? はい」
ぽつりとコノエが口を開くと、テルネリカが小首を傾げる。
……コノエは少し言葉を考えて。
「……改めて、凄い屋敷を貰ったな、と」
そう呟く。するとテルネリカは、少し目を見開いた後、はい、と笑顔で頷いた。
──そうだ。今コノエがいるそこは、つい先日コノエが教官から譲り受けた家だった。
先日引っ越しを済ませた、コノエの新しい住処。二棟あった教官の屋敷の片割れであって、教官の死の運命を覆した報酬として貰ったものだ。
予言から始まった騒動が終わって、そろそろ三十日程になるか。教官から屋敷をもらうことになって、引っ越して、住みついて、本日で五日目だった。
新しい屋敷にコノエは最初少し気後れしつつ……しかし、数日経った今はそれなりに快適に過ごせている。過度な装飾が無い質実剛健な感じの屋敷が教官らしくて、弟子として居心地がよかったからかもしれない。
また、
なので、コノエはこの屋敷にかなり満足していて……。
……ただ、まあ、一つだけ思うところを挙げるとするならば。
「……しかし、空き部屋ばかりなのがな」
屋敷が広すぎて、どこもかしこも空き部屋だらけなっているので、それは少し、とコノエは思った。
何十部屋もある大きな屋敷なのに、住人が現状コノエとテルネリカ、あとは数人の使用人だけなので──管理用の魔道具が充実しているので使用人が少ない──人の気配がなく、かなり寂しい雰囲気になっていた。
もちろんコノエはコミュ障なので、人が沢山いた方が良い、なんてことは思わない。思わないが……それにしてもガラガラだった。屋敷が空っぽすぎて、二階と三階の大半が空き家みたいな感じになっている。
なのでコノエは、これはちょっと、と眉を下げて……しかし、そんなコノエにテルネリカは。
「確かにそうですね。……でもコノエ様、これからここで暮らしていけば、少しずつ部屋も埋まっていくと思います」
「……そうか?」
「はい。たとえば……まずコノエ様の書斎を用意する必要がありますし」
テルネリカは書斎に始まり、執務室もあった方がいいですし、資料室も必要ですよね、と指を折っていく。
そして、長く住んでいれば物は増えていくので倉庫も必要でしょうし──その、私が魔王討伐の報酬で国から返してもらったシルメニア家のものを置く場所が、とも。
あとは、現状では屋敷の規模に対して使用人の数に余裕がなさすぎるので、もう何人か住み込みで雇用を、とテルネリカは一つ一つ挙げていって……。
「……それにですね、その」
「……?」
「いつかの話、ですけれど」
「……ああ」
なぜか、テルネリカが少し頬を染めて、もじもじとするように体を小さく揺らす。
コノエはそれを不思議に思っていると……数秒の沈黙があって。
「……いつかは、私と、コノエ様の」
「…………?」
「えっと……私たちの……こ……」
何度か瞬きするコノエに、テルネリカは小さく呟く。
そのまま一秒、二秒と時間が経っていって……。
「……なんでもないです。でも、必ずいつか」
頬を染めたまま、テルネリカは少し恥ずかしそうに笑った。
◆
──そうして、話をしたり、お茶を飲んだ後。
「コノエ様、テルネリカ様、行ってらっしゃいませ」
「……ええと、じゃあ、行ってくる」
「行ってきます」
コノエとテルネリカは屋敷の使用人の人たちに見送られて、街に出た。コノエは学舎に用事があったため、そしてテルネリカはメルミナの元へ向かうことにしたからだった。
門から外に出て、まずはメルミナの商会の本店へと向かう。
屋敷のある高級住宅地から歩いていくと、段々道に人が増えて、両脇に並んだ店からは呼び込みの声が聞こえてきた。
「…………」
そんな、活気のある通りを歩きながらコノエは思い出す。
それは今日の用事についてだ。数日前、教官から届いた手紙に書かれていた、とある
──日本語消失現象調査隊、定期報告会。
不死の魔王討伐後に発覚した、謎の現象の報告会。それが本日開かれることになっていた。
活動報告に没短編を一話公開しました。(本編と設定の矛盾がある短編、正史ではありません)
良かったら読んでもらえたらと。
三巻の予約が始まったのでよろしくお願いします。
9/10です。応援してくれると嬉しい……。
amazon