転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第14話 傍にいる

 

 ……朝、コノエはちらりと窓を見る。

 朝の索敵の途中、数日前のことを思い出して、街の様子が少し気になる。前途多難な復興作業、疲れている街の者、そして子供たち――弱者だったかつての自分。

 

 コノエは少しだけ街の様子が気になって――。

 

「……」

 

 ――しかし、頭を振って、考えるのを止める。

 嫌なものなど、出来る限り見ないほうがいいのだ。

 

 ◆

 

 さらに数日が経って、十五日目がやって来た。

 偶に襲ってくる高位の魔物に、死病患者の治癒など、仕事を真面目にこなしつつ、日々は過ぎている。

 

 アデプトとしての仕事が無くなることはないものの、特に問題も起きていない。

 なのでコノエは真面目に魔物を警戒しつつ、穏やかに日々を過ごしていた。

 

 朝起きるとテルネリカに着替えを渡されて、顔を洗って。

 朝食をとって、テルネリカの淹れたお茶を飲んで。

 朝の時点で発症している死病の患者の治療をして、時間が空けば軽く訓練をして。

 

 昼が来ればテルネリカが用意した昼食をとって、少しのんびりして。

 近くの森まで気配探知を伸ばして、厄介な魔物がいれば槍を投げて。

 おやつの時間には献上品などをテルネリカと食べたりもして。

 

 日が沈む前くらいに日中に発症した死病の患者を治療して、その後本格的に訓練をして。

 テルネリカが渡してくれたタオルで汗を拭いた後夕食をとって。

 食後はテルネリカが風呂の用意をしてくれているので入り、テルネリカが整えたベッドで寝て。

 

 まあ、この数日のコノエの生活は大体そんな感じで――。

 

「……………………」

 

 ――いや、テルネリカが多すぎないか?

 流石におかしいのではないだろうか。コノエはそう思う。

 

 もう生活のほとんどを世話されているし、風呂やトイレ、自室にいるときを除いて大体ずっと傍にいる。自室にいるときも隣の使用人室とやらにいるし、何かあったらと魔道具のベルまで置いていくし。

 笑顔で『鳴らしたらすぐに駆け付けますので、何でも仰ってくださいね』、と言ったりするし。コノエが部屋を出たら、スススッと出てきて寄ってくるし。

 

「……」

 

 どうしてこうなったんだろうと思う。コノエは分からない。

 コノエは首を傾げて、しかしそんなコノエを尻目に、テルネリカはメイド服を着たまま、当然のようにコノエの横で笑っている。

 

 ……だから、コノエは今日も困っていた。

 

 ◆

 

 コノエはちらりと横を見る。

 そこには今もテルネリカがいる。長い金髪のエルフの少女。十代前半から半ばくらいの外見。日本ではなかなか見られないくらいに整った顔立ち。

 

「……」

 

 どうしようか、と思う。

 コノエは、これまであまり誰かと長い時間を共に過ごしたことがない。一日中、誰かの顔を見ていたことがほとんどない。

 

 学舎の訓練で人と長期間一緒に行動したことはある。学舎は寮での生活だったので、誰かが近くに居ることは多かった。でもそれは必要だから近くに居ただけだ。そうしろと言われたから、そうなっていただけ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 ――でも、テルネリカは必要もないのにずっと傍にいる。

 傍にいて、話しかけてくる。笑いかけてくる。二人でいようとしてくる。

 

 ……だから、分からなくて、困っている。

 こんなことは前の世界はもちろん、この世界でも一度もなかった。物心ついたころには親からも要らないモノ扱いされていたコノエは知らないことだった。

 

「……」

 

 ……そもそも、なぜテルネリカはここまでするのか。

 それはおそらく恩だろうと思う。それはコノエにも分かる。だからコノエに尽くそうとしているのだと。確かに、コノエはテルネリカを助けたし、彼女の要請を聞いてこの街に来た。それは事実だ。

 

 助けた事実に対しての、恩返し。

 なるほど、これならコノエにも分かる。

 

 ……しかし分かるものの、コノエの感覚からすると、ここまでする必要はないように思う。

 だって、コノエは雇われてここに居るだけだ。ここでアデプトとして働く代わりに、金貨千枚を受け取る契約をしている。

 

 コノエは料金分真面目に働いただけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 だからコノエとテルネリカの関係は対等だ。だからお互い最低限の敬意を持って対応すればいいだけのはずで、必要以上に気を使う必要もない。はずなのに。

 

 ……なぜなのだろうか?

 

(……それとも、もしかしてこうしなければいけない理由がある?)

 

 コノエは、ふとそう思う。

 テルネリカは必要があって、コノエの世話をしているのでは、と。

 

 コノエに気を使わなければならない理由。

 歓待して、テルネリカ自ら世話をしなければならない訳とは。

 

 例えば――。

 

(そうしないと、僕が仕事をサボるとでも思っているとか……?)

 

 コノエが最初に思いついたのはそれだった。

 コノエもそれなりに社会人として働いていたからわかる。下手に出て良い気分にしておかないと、途端に機嫌が悪くなって仕事をまともにしなくなる人間というのはいるものだ。

 

 もしかして、テルネリカはコノエをその類の人間だと思っているのだろうか。

 

 もちろん、コノエは仕事をサボるつもりはない。

 コノエはまじめな人間であろうとしているし、そうすることで何とか社会を生きてきた。コノエにとって真面目であることは、自らの唯一の取り柄だった。

 

「……」

 

 ……しかし、もしテルネリカがそう思っている可能性があるとすれば――。

 

 ◆

 

「……君は、僕に気を使う必要はない」

「……? はい」

 

 なので、コノエは、きちんとテルネリカに説明しておく必要があると思った。

 無理をする必要はなく、特別扱いをする必要もないと。

 

「……僕は、金額分の仕事は果たすつもりだ」

「……?? はい」

 

 金貨千枚の価値は重い。都で屋敷を買い、奴隷だって買える金額だ。

 それを一月で稼げるのだから、残りの日数もまじめに働くつもりだと。

 

 だから――。

 

「――君は、君の好きなことをすればいい」

 

 メイドをする必要はないし、ずっとコノエに張り付いている必要はない。

 テルネリカにもしたいことがあるはずで、そちらを優先すればいいと。

 

 そんな感じのことをコノエはテルネリカに伝える。

 すると、テルネリカは不思議そうに首を傾げ、数秒沈黙した後。

 

「……はい! 私は、私の好きなことをします!」

 

 テルネリカは笑って、そう言った。

 コノエはその笑顔と言葉に安心する。

 

 ……よかった。

 これでもう大丈夫だと思って――。

 

 ◆

 

 ――その後から、夜寝るまで。

 テルネリカはやはりコノエの傍にいた。

 

(……なぜだ……?)

 

 ◆

 

 コノエには分からない。

 コノエはテルネリカに伝えた。テルネリカはそれに頷いた。それなのになぜテルネリカはメイド服を着てコノエの世話をするのか。

 

 分からなくて、翌日の朝、コノエはテルネリカに問いかける。

 好きなことをしていいと言ったはずだが、とそんなことを。

 

「もう私は好きなことをしていますよ?」

「……なに?」

 

 分からない。どうして好きなことをした結果がこれになるのか。

 コノエの世話をどうやったら好きになるというのか。

 

 理解できなくて混乱する。

 そんなコノエに、テルネリカは微笑みかけて。

 

「コノエ様、私は好きでここに居ます。……ただ、もちろんそれが迷惑だとコノエ様が仰るのでしたら、離れたところへ控えさせていただきますが」

「……え?」

「コノエ様。私は迷惑でしょうか……?」

 

 テルネリカがしょんぼりと寂しそうな顔をする。悲しそうに、目を伏せる。

 ずっと笑顔だったテルネリカのそんな表情はコノエが初めて見るもので……だからコノエは自分がなんだかとても酷いことをしたような気になる。

 

「……いや、その」

「お邪魔でしたか……?」

 

 コノエは罪悪感に襲われる。

 それは、コノエにとって初めて味わうタイプの罪悪感だった。

 

 ……だからコノエは、咄嗟に――。

 

「――い、いや、そんなことはない」

「……っ!! そうですか! ありがとうございます!」

 

 テルネリカにそう言ってしまう。

 悲しい顔をしていたテルネリカが、花のような笑顔を浮かべる。

 

「……あ、いや……」

「――では、今日もお世話させていただきますね!」

 

 コノエは間違えたと思って、しかし、もう遅かった。

 嬉しそうに笑うテルネリカにやっぱり違うとは言えなかった。

 

 ……そもそも、なんでそんなに嬉しそうなのか。

 コノエにはそれが全く理解できない。

 

「……」

 

 その晩、コノエは理解できないまま悩み続けた。

 

 

 

 

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