転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第2話 日本語消失現象

 日本語消失現象。その奇妙な現象が明らかになったのは、不死の魔王との戦いの後だった。

 

 きっかけは魔王の調査の中で封印領域に刻まれていた日記だ。『ぼく』と姫巫女の日々が書かれていた日本語の日記。魔王討伐にも関わるそれが、何故か数十年経っても解読されていなかったことから発覚した。

 

 ──どうやら、二十五年前、世界中で日本語の記憶が消えたらしい。

 

 何故か、日本語を調べていた研究者が日本語を忘れ、研究は中止になっていた。

 何故か、日本語の資料が全て放り出され、部屋の隅で埃を被っていた。

 

 しかも、調べてみると、それ以前は世界中の研究機関で日本語の研究をかなり盛んに行っていた形跡があったらしい。それなのに、唐突に消えていた。他の言語の記憶は消えてないし、研究もずっと続いているのに。日本語の記憶だけ。

 

 ──それが、日本語消失現象だ。

 

 二十五年前に起きた謎の現象。邪神が関与している可能性が極めて高いと言われた異常事態。だから、原因を調べるために世界中から人員が集められ、調査隊が結成された。不死の魔王討伐後、すぐの頃だ。

 

 その後、教官の死の予言から始まる同時多発迷宮氾濫なども起きつつ、数十日が経ち……。

 

『──コノエ様、教官様よりお手紙が届いております』

 

 ──つい数日前。コノエの元に教官からの手紙が届いた。

 中には、第一回の定期調査報告会をすることになったから来たければ来てもいいよ、みたいなことが書かれていた。ちなみに私も参加するよと。

 

 コノエはそれに……まあ教官はこの調査隊の責任者の一人だったはずだし、そりゃあ参加するだろうなと思いつつ。

 しかし、来てもいいよと言われても、報告会みたいな人が集まるところは苦手だし、参加しなくても内容は後で教えてくれると書いてあったし。興味はあるけれど、どうしようかなとコノエは悩み……。

 

 ……でも、アーキノルカの一件に深く関わった身として、日本人として気になったので参加することにした。

 その調査報告会が開かれるのが、今日だった。

 

 ◆

 

(……しかし、なぜ日本語が消えたのか。何がどうなったらそうなるんだろう)

 

 ──そして、今。首を傾げながら、コノエはテルネリカをメルミナの元に送り届けるために街を歩いていく。そこは朝から人で賑わっている神国最大の市場だ。

 周囲には大きな商店が軒を連ねていて──その中に、一帯でも一際大きな建物がある。それが、この十年で国を代表する規模にまで成長したメルミナの商会の本店だった。

 

 コノエが店に入ると、もう何度か通っているからか、すぐに店員に奥へと案内してくれる。

 最上階にあるメルミナの部屋へ通され、中へ入ると。

 

「いらっしゃい二人とも。おはよう」

「お二人とも、おはようございます!」

 

 メルミナとメルミナの姉であるノエルがいて、二人で迎えてくれた。

 おはよう、と挨拶を返すと、今日は例の報告会でしょ? と早速メルミナに問いかけられる。コノエが頷くと、後でどんな報告があったか教えて、と頼まれた。

 

 それにコノエは了承して返し……ああ、頼み事と言えばこちらも、と思い出す。

 以前からメルミナに融通してもらっている美味しい保存食──初めて貰ったのはアーキノルカに行く前だったか──が無くなっていた。なので補充をお願いして、店員に持ってきてもらったりした。

 

 その後、コノエとメルミナは仕事のことを含め、いくつか話をして……。

 

「コノエ様」

「……うん?」

 

 すると、ふと。テルネリカがコノエを呼ぶ。そうして、少し離れますね、と。

 コノエが頷くと、テルネリカはノエルと一緒に部屋から出ていく。コノエは二人を見送り……。

 

「…………」

 

 ……そういえば、とコノエは思う。

 

 どうやら、テルネリカとノエルの二人は仲良くなったようだった。少し前からテルネリカがメルミナの下で働いているうちに、段々と。……いや、メルミナを含めて三人で仲良くなったと言うべきか。

 かなり意気投合したらしく、最近はよく話しているところを見るし、先日は仕事が終わった後に三人で街に行ったりしたらしい。

 

 しかも、ただ仲がいいのではなく、そのうちには一緒に学舎での訓練もするつもりなのだとか。テルネリカは魔王討伐の報酬で生命神の加護を貰って、ノエルも先日の教官の件で加護を貰ったらしい。

 過酷な訓練に二人で挑むと言っていた。励まし合いながら頑張るつもりのようだ。

 

 コノエはそんな二人に……確かに一緒に頑張ってくれる人が居れば全然違うよな、と思う。一人では歩けないような険しい道も、二人なら進んで行けるかもしれない。

 

 ……そうだ。コノエもそうだった。一人ではなかったから。

 

「…………」

「なに? コノエ?」

「……いや」

 

 思わずメルミナを少し見ていると、首を傾げられ、コノエは言葉を濁す。

 ……頬を掻きつつ、少しこれまでの日々を思い出した。

 

 十五年の記憶。一緒に歩んだ日々。アデプトになってからの再会。汚染地。アーキノルカ。ついこの間は共に地の底で戦った。二人で血まみれになりながら、乗り越えた。

 

 ……それに、あの約束も。

 

『──色んな事が解決したら、そのときは……か、可愛い私がなんでも一つ』

『約束は、守るから。…………よく、考えておいて』

『ねぇ、いつまでも決めないようなら──願い事、私が勝手に決めるわよ?』

 

 何でも一つ言うことを聞いてくれる約束。ちゃんと決めろと言われて、あれから、コノエも色々考えた。どんなことを頼むべきかと頭を悩ませて──。

 

 ──つい先日、一つだけ、思い浮かんだ。

 それは……。

 

「…………」

「どうしたのさっきからこっち見て。……あ、もしかして私の可愛さに見惚れちゃった?」

「……いや」

「……おい、否定するな。嘘でも頷けって言ったでしょ」

 

 と、そこでメルミナに冗談混じりに話しかけられたり、頬を膨ませて睨まれたりする。

 コノエはそれに──メルミナが可愛いのは間違いないけど、でも見惚れてはないし、なんて思いつつ目を逸らす。

 

 すると、よく見ろ、とメルミナが顔を近づけて覗き込んできて、さらに顔を逸らして。

 

 ……そんなことをしているうちに、お願いの件がコノエの頭から抜ける。

 定期調査報告会に向かう時間も段々と近づいてきて──。

 

 ◆

 

 そうして、メルミナの店から出たコノエは、一人街を歩いていく。

 繁華街を抜け、真っ直ぐに学舎へ向かい、長い階段を上る。

 

 門番に挨拶しながら門を潜り、大きな前庭を歩く。

 いつものように学舎の正面玄関へ入ろうとして。

 

(──いや、今日の会場は違うんだった)

 

 ──玄関に足を掛けたところで、コノエは立ち止まる。

 横を見ると、そこには学舎の脇を抜けるように続く道があった。

 

 コノエは、そちらへ足を向ける。それは学舎の裏に続く道であって、しばらく歩くとその先には大きな白い建物があった。

 学舎の裏にあるいくつかの建物の一つ。五階建てのビルの形をしていて、コノエは少し日本の学校に似ているなと思った。

 

 建物の名は、研究棟。今日の会場でもある。神国最大の研究所であって、そこで日夜最先端技術が研究されているとコノエは聞いていた。地球から来た異世界人も特別な技術を持っている者はその研究所に所属しているのだとか。神国の最重要施設の一つだった。

 

 ちなみに、なぜ研究施設が学舎の裏に建てられているかと言えば、それは防備のためだ。学舎は神様がおわす場所であり、防備が国内で最も堅牢な場所だから。

 なので、学舎の敷地には研究棟の他にも国の重要施設がいくつも建っている。学舎とは正しく神国の中枢とも言える場所だった。

 

(……ええと、入り口は……あそこか)

 

 学舎と裏の建物の間にはちょっとした庭があって、中をうろつきながらコノエは研究棟の入り口を見つける。……そして、知らない施設って入りにくいよな、と思いながら、少し躊躇いつつ中に足を踏み入れた。

 

 エントランスホールに入って、会場への案内とか無いかなと周囲を見渡し──。

 

「…………あ」

 

 ──すると、そこに紫の色が見えた。

 変わったシルエットの小柄な人影が近くの窓の前にいて、外を見ている。なんとなくその視線を追いかけると……その方角には、コノエが先ほどまで居た繁華街があった。メルミナの商会がある繁華街。

 

「……ぬ? コノエ」

 

 人影が振り返り、コノエを見る。

 ──茸頭の少女、マイコがいた。

 

 

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