転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第3話 紫と報告会

「……ぬ? コノエ」

 

 紫の少女がコノエの目の前にいる。マイコ。元は魔物で、今はマイコニドという新たな人類。

 そんな彼女が研究棟の廊下に立っている。随分と変わった場所での遭遇だった。

 

「……ぬ、コノエ」

 

 マイコが、もう一度コノエの名前を呼ぶ。そして、街──メルミナの商会の方へ向けていた体をコノエに向け、頭の茸を揺らしながら一歩二歩と近づいてくる。

 

 その姿にコノエは……そういえば、彼女とメルミナたちの関係はどうなっているんだろうか、と思った。実はまだ聞けていなかった。

 

 ……まあ、色々と事情がある三人だし、簡単な事ではないんだろうけれど、ともコノエは思い。

 

「……うん?」

 

 そこでコノエは気付く。先ほどまでマイコのいた場所に、大きな台車のようなものがある。

 台車には木箱がいくつも積み上げられていて、隙間から中に紙束のようなものが詰まっているのが見えた。

 

「……あれは?」

「ぬ?」

 

 なんだろう、と思いながらコノエが呟くと、マイコは立ち止まり……一拍おいて振り返り、木箱の一つを指差す。そこには紙が貼られていた。書かれているのは。

 

 ……日本語消失現象定期報告会、資料?

 見覚えのある文字に、コノエはマイコを見る。すると。

 

「ぬ、これを運んで、出席者に配るのが今日の私の仕事」

 

 ──彼女は、少し嬉しそうな顔で、そう言った。

 

 ◆

 

 マイコ曰く、つまりお金が必要だったらしい。

 何のためにかと言えば、生活のために。

 

 そして、なぜ金がないのかと言えば、それは単純にマイコは元々財産を持っておらず、種族の最初の一人であるために親類もいないからだ。自分で稼がなければ、財布の中はいつまでも空っぽのままだから。

 

 ……まあ、とはいえ、人になった後、住む場所や衣服、あと食事などは支給してもらえたそうなので、最低限生きていくことは出来たようだが。しかし、それではあまりに不自由だ。買い物の一つも出来ない。

 

 なので、金を稼ぎたいと学舎に頼んだところ、紹介できる仕事のリストを渡してもらったらしい。その一つが今日の資料配布の仕事だった、という訳だ。

 

 ◆

 

「ぬ、それで最近はこういう仕事をいろいろしてる。物を運んだり、掃除したり」

「……なるほど」

 

 ──ガラガラと台車を押しながら、マイコは事情を説明してくれる。

 

 どうやら随分と色々な仕事をやっているようだった。なんでも、リストに書かれている仕事を一つしたら、他の仕事もやってみたくなったのだとか。

 リストには雑用だけでなく、戦闘を伴う仕事や、もっと割のいい仕事もあったそうだが、しかし今は一通り仕事をこなしてみたいと思ったらしい。

 

 昨日は訓練場の掃除と修復作業をしたようで、朝から始めて昼過ぎまでかかった、とニコニコしながら言っていた。

 場所を聞くとコノエも知っている広い訓練場で、大変だっただろう、と呟く。

 

「ぬ、大変じゃない。仕事するの、結構楽しい」

「……そうなのか」

「ぬ、それにね、こういう仕事してると、人と話すことも多くて。それが一番嬉しい」

 

 一緒に働いてる人の仕事をちょっと手伝ったら、みんな笑顔でありがとうって言ってくれるの、とマイコは言う。本当にちょっと手伝うだけで、と。

 その表情が本当に嬉しそうで……。

 

「…………」

 

 ……コノエは、少し、迷宮の中で見たマイコの記憶を思い出す。一人、地の底で慟哭する姿を。

 コノエは、マイコをじっと見る。彼女はその視線に気づき、立ち止まってコノエを見返す。ニコニコと笑いながら、少し首を傾けた。少しの間、見つめ合って……。

 

「……ぬ?」

「…………」

 

 マイコは、掌をコノエに差し出した。それをコノエは数秒見た後、掌を重ねる。

 マイコは手を握って、にぎにぎとして。嬉しそうに笑った。

 

「……ぬ!」

 

 二人はまた歩き出して……すぐに会場に辿り着く。会場の場所についてはマイコに案内してもらった形だった。

 コノエは席を探して座り、マイコは箱を開けて参加者に資料を配り出す。

 

 しばらく待っていると、コノエの元にもマイコがやって来て資料を手渡してくれる。

 コノエがそれに、ありがとう、と言って受け取ると、マイコは頬を染めて笑った。

 

 ◆

 

「──では、第一回、日本語消失現象調査隊定期報告会を開催いたします」

 

 ──そして、コノエが部屋に来てから、少し経ったころ。

 時間ピッタリに教官がやってくるのと同時に、報告会が始まる。

 

 教官はずっと空いていたコノエの隣の席に座った。というか、最初から名札が置かれていた。VIP席っぽい一段高くなった席で、コノエ、教官、フォニアと三人分名札があった。

 

 会場に来て初めて知ったが、名札があるのでフォニアも招待されているようだった。きっかけがアーキノルカだからだろう。

 ……しかし、もう始まったのに彼女は姿を見せていなかった。

 

「コノエ、フォニアは遅れるってさ」

 

 なにかあったのだろうかと思ったところで、教官が囁くように言う。フォニアは少し事情があって、予定の転移門を通れなかったらしい。

 コノエはそれに、司会の指示に従って資料を開きながら、大きなトラブルじゃないのならよかったと安心して……。

 

 ◆

 

 ──そうして、調査報告が始まった。報告は、まず初めに前提である日本語消失現象の説明から始まり、それに対してどういうアプローチで調査して、何が分かったのかという話に移行していった。

 

 様々な検証を行い、判明したのは……日本語が消えたのは、やはり二十五年前のことであり、その影響はこの星の全てに及んでいるということだった。

 世界中どこを見ても例外はなく、二十五年前の()()()を境に日本語の記憶が消えていたらしい。

 

「どうやら、異変は、たった一日を境に起きたようなのです」

 

 研究者は壇の上に立ち、調査地点が書かれた地図を指し示しながら、そう言った。

 異変はたった一日で世界中に広まったようだと。段階的に消したのではなく、一度に世界中を包むほどの()()があったのだと。

 

 ──明らかに、人を超えた力の行使があった。そう研究者は言った。

 そしてその結果、その日は各地で様々なトラブルが起きていたようだ。

 

「たとえば、魔陣印刷所です。日本語について書かれた本を作っていたようですね」

 

 その印刷所では、落丁が増えて本を大量廃棄したのだとか。当時は大損した、と言いながら職人が記録を見せてくれたらしい。

 あとは陶器や木工品、食品に至るまで影響があった形跡が残っているようで、二十五年前、突然不良品が増えて赤字になった帳簿も確認できた、と

 

 また、陶器や木工品に関しては倉庫の奥に当時の品が残っていたらしく、その絵が資料に書かれていた。現物も研究者の手元にあって、陶器も木工品も共に大きな文字で『白』と、神様の色が日本語で書かれていた。

 

「…………」

 

 ……そんな資料や現物を見て。コノエはふと、首を傾げる。

 しかし、資料に書かれている本も食品といい、目の前の陶器や木工品といい。

 

(……なんだか、妙に沢山の日本語の商品が作られていたんだな)

 

 そう、不思議に思う。それで、なぜだろうと資料を見ると──そこには、当時は全世界で異世界ブームが起きていたと記載があった。異世界召喚が始まったばかりで、もの珍しかったのだとか。

 

「また、因果関係は判明しておりませんが、『ある日』の周辺にはその他にも様々な事例が起きており──」

 

 ──その後は、研究者が当時あれがあった、これがあった、と話し始める。災厄が出たとか、とある大国の時計ギルドで大規模な反対運動が起きたとかだ。

 時計ギルドの件については、隣で教官が、そんなこともあったね……、と少し遠い目をしていた。資料を見てみると、各地に飛び火して大騒動になった、とだけ書かれている。因果関係が判明してないからか、説明はそれだけだった。

 

 ともあれ、教官がそんな顔をするのだから余程大変だったんだろうな、とコノエは小さく頷き……。

 

「…………」

 

 ……それにしても、日本語消失現象が起きた二十五年前の『あの日』って、僕がこの世界に召喚される二十日前だな、と思った。

 

 ◆

 

 そして、約一時間後。終了の時間がやって来る。

 現象の核心に関わる発見はなかったようだが、日本語消失現象の輪郭をはっきりとさせてくれるような報告会だった。

 

 終了の挨拶のあと、コノエは荷物をまとめて帰ろうとして──調査隊の人達に囲まれる。地球出身の人たちらしい、外国人が多いようだが日本人もいて、その顔に少し懐かしさを感じた。

 でも一斉に握手を求められたり、会食に誘われたりして、どうしようかと困っていると、仕方ないなあ、みたいな顔の教官が逃がしてくれる。

 

 コノエは教官に感謝しながら研究棟から抜け出し、研究棟と学舎の間の中庭に出た。

 少し疲れた、と大きく息を吐き……そういえば最後までフォニアは来なかったなと思った。まあ転移門一回分の起動時間がかかるのだから仕方ないのだろう。

 

 なんとなく空を見ると、太陽は天高くまで上っていて……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ……このとき、日は高く昇っていた。

 時刻は、昼過ぎ。朝にテルネリカと話をしてから数時間。

 

 ──つまり、神様が机の上で目を覚ました頃だった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「…………?」

 

 そのとき、コノエはふと視線を感じた。

 誰かに見られている感覚。学舎の方からだ。

 

 コノエはそれに、何だろうと思いながら顔を向ける。

 すると──。

 

「──え?」

 

 学舎の裏口近く、周囲に生えた木で隠れた、人目に付きづらい場所。

 そこに──涙を流す神様がいた。




三巻の予約が始まったのでよろしくお願いします。
9/10です。応援してくれると嬉しい……。

ラノベニュースオンラインアワード2025年6月刊で、転生程度2巻が総合部門、新作総合部門共に選出されました。皆さんの応援のおかげです!
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