転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──それは、コノエが神様を見つける、
──地の底で、闇が動き始めていた。
[──・──]
邪神は蠕動し、権能を行使する。邪なる権能、欺瞞の力を使い──
そうして──その回収した力を、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──コノエは、見る。学舎と研究棟の間の中庭で。
「──────え?」
──――神様?
学舎の校舎の横に生えた木の陰で、神様が泣いている。
神様は大きな目を見開いて、ぽろぽろと涙を流し、コノエを見ていた。
コノエは見間違いかと一瞬目を疑って、しかし、神様を見間違えることなどありえない。神様、白い翼が生えた、この世の美を体現したような少女。コノエをずっと見守ってくれた方。そんな神様を、コノエが間違える訳がない。
「…………か、神様?」
【……ぁ】
「……どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
コノエは驚き、急いで駆け寄る。コノエは今までの二十五年で、泣いている神様なんて見たことが無い。いつも神様は優しく微笑んでいたから。
だから、慌てて近づいて、何があったのかと問いかける。
……でも。
「……神様?」
【…………ぁ、ぇ? コノ、エ?】
「……え?」
でも、神様からの返事は無くて、ただ、呆然とした様子でコノエの名前を呼んだ。
目を大きく開いて、涙を湛えてコノエを見ていた。何度か瞬きをして、その度に大粒の雫が
【…………コノエ?】
「……?? えっと。はい。なんでしょう」
【…………】
もう一度名前を呼ばれて、コノエは返事をする。しかし、神様はまた呆然とする。
そのまま、沈黙の時間があって……。
【……………………ぇ、ぁれ? ……ぇ?】
「……神様?」
【……えっと……?】
……そうして、ふと、神様は何度かぱちぱちと瞬きをする。
困惑した雰囲気で、右を見て、左を見た。
何が起こっているのか分からない、という感じだった。
自らの頬に手で触れて、濡れた指先を見て――コノエを見た。
【…………ぁ……!】
――そこで、神様の表情に色が戻る。まるで正気に戻ったかのように。
【……ぁ……その、これは】
「……?」
【これは、ち、違うの! 】
神様はあたふたとした様子で顔を押さえ、涙を服の袖で拭く。あまり神様らしくない、乱雑な仕草だった。そして濡れた袖を見て、コノエに背を向ける。
そのまま何か、ごそごそとして……。
……しばらくして、ゆっくりと振り返った。
【……えへへ。なんで泣いてたんだろう、私】
「……」
【大丈夫。なんでもないの】
振り返った神様は身だしなみを整え――先ほどまでの様子が嘘のように微笑んでいた。
にっこりと微笑んで、少し小首を傾げている。
頬にあった涙の跡も消えて、いつもと何も変わらないような笑顔だった。綺麗で、優しい、コノエが二十五年見続けてきた神様の笑顔だった。
「…………神様」
……でも、しかし、いつもと変わらないからこそ。
コノエは、その神様の言葉が嘘だと気づけた。
普段通りに笑っているから、逆にコノエにも分かった。今の神様は、無理をしていることが。神様は、無理に取り繕っている。
だから、コノエは心配になって……けれど、なんと言えばいいか分からなくて、じっと神様を見る。
【コノエ、そんな顔をしないで。私は大丈夫だよ?】
「………………」
【……その、本当に大丈夫だよ? ちょっと夢見が悪かっただけだし】
「……夢?」
神様は言う。少し居眠りをしてしまって、そこであまり良くない夢を見たのだと。
目が覚めたら涙が溢れてきて、気分転換に外の空気を吸いに来ただけなのだと。
「…………」
【それだけだから、大丈夫。……えへへ、悲しい夢を見て泣くなんて、子供みたいだね?】
神様は恥ずかしそうに笑う。そして、ちょっと情けないところを見せちゃったかな、ごめんね、と眉を垂れさせた。
コノエは、その神様の言葉に少し考えて。
「──いいえ」
【……?】
「……いいえ、それは、違います」
コノエは否定する。ゆっくりと首を横に振った。
情けないなんて、コノエは思わない。
……だって、コノエは知っている。
いつだって辛くて、苦しくて、泣きたくなる夢を知っている。
何度も見てきた。かつての傷を掘り返されて、見せつけられて。治ったはずの傷跡が血を吐いて、膿んだように痛む。……そんな悲しい夢を、痛みを、コノエは見てきたから。
――だから、情けなくなんてない。少なくともコノエは、そんなことは言えない。
【………………そっか】
「……はい」
神様は、頷くコノエに、そう呟いて目を伏せる。
ほんのちょっとだけ、神様は泣き笑いのような顔をして。
「…………」
【…………】
そうして。コノエと神様は少しの間、一緒にいた。
口を開かず、ただ傍にいた。周囲に人の気配はなく、結界で遮られているので、虫の声もない。通り抜けていく風の音だけがあたりに響いていた。
……神様は、笑顔ではなく、
【………………あのね】
「……はい」
【少し、違和感があるの】
ふと、神様がそう呟く。中庭をじっと見つめながら。
【……昔ね、ここに、何かがあった気がするの。夢で、思い出したの。なのに、それが何か分からなくて】
「……はい」
【忘れちゃいけないことだった、はずなのに】
「……はい」
【なんでかなぁ……】
神様は、悲しそうに中庭を見る。何かを探すように。
けれど、何も見つからなかったのか、俯いて、己を責めるように唇を噛んだ。
「……………………」
【……………………】
……また静かな時間が過ぎる。
神様はずっと俯いていて――。
【――――】
――でも。どれくらい時間が経った頃だろうか、ふと神様が顔を上げた。
【……見つけ出さないと】
前を見て、神様はそう言った。忘れたのなら、もう一度、と。
このまま、無くしたしたままではいられないと。
「…………はい」
コノエは、そんな神様に少し安堵したように息を吐く。
そして、僕に出来ることがあれば、言ってください、と言った。
すると神様は、少し目を見開いて……嬉しそうに頬を緩める。
【――ありがとう。じゃあ、コノエ。よかったら少し付き合ってくれる?】
◆
──そうして、コノエは神様に促され、一緒に学舎の中に入る。
前を歩く神様について廊下を歩き、階段を上る。そのうちに、最上階に辿り着いた。
神様は真っ直ぐに自分の部屋へ向かい、扉を開ける。中に入って、そのまま部屋の奥へとまっすぐ歩いていく。コノエも後ろを付いていくと……。
【こっちだよ】
「…………?」
そこには、一つの扉があった。いつもお茶会をしている神様の部屋の隅、少し影になった場所にある扉だ。
観葉植物で隠れていて、コノエも気配から存在は知っていたけれど、近づいたことは無い扉だった。
コノエが、何の部屋だろうかと思いながら見ていると……神様は、ドアノブに手を掛けて、押す。部屋の中の様子が見えてくる。
正面に沢山の本が詰まった本棚が、見えた。……資料室だろうか?
【入って】
「…………」
神様が、コノエに手招きする。
コノエは、言われるがままに扉へ足を踏み出して……。
「…………?」
その瞬間だった。コノエの嗅覚に甘い感じの匂いが伝わってくる。
甘くて、少し知っている感じの匂い。それは……?
コノエは、部屋の中へ入り、そして見る。部屋の中の様子が分かった。
部屋の中には沢山の本棚がある。部屋の奥までずらりと並んでいる。最初に見えた物だ。
「………………」
……でも、部屋にあるのは、本棚だけじゃなかった。扉の影になっていた場所に、色んな家具が置かれているのが見えた。
机、椅子があって、タンスがある。こじんまりとしたソファがあって、お洒落な感じのコート掛けのような物もあって……奥には、ベッドのような物も。生活のための家具が一通り揃っていた。
これは? とコノエが少し混乱していると、神様はふと、コノエの目の前で羽織っていたケープのようなものを脱ぎ、ハンガーに引っ掛ける。
……神様が少し薄着になって、コノエに振り返った。
「…………その」
【……?】
……そんな部屋や神様に、コノエは困惑しながら口を開く。
「……ここは、なんの部屋ですか……?」
【え? 私のプライベートルームだよ?】
――すると、神様は、きょとんとした顔で、そう言った。
三巻の予約が始まったのでよろしくお願いします。
9/10です。応援してくれると嬉しい……。