転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第5話 本体と分体

 ――プライベート、ルーム?

 コノエは、ぽかんと口を開け――少し遅れて、その単語を理解する。

 

 神様の部屋。私室だ。個人的な生活空間。

 今までお茶会をしてきた隣の執務室とは違う意味を持った部屋。あちらは人が入るのが前提の造りだったが、こちらはきっと違う。

 

 ……だって、本棚や色んな家具と一緒に、部屋の奥にベッドが置かれているのが見える。

 

「……え、ええと」

【……?】

 

 コノエは、少し混乱しつつ、目を彷徨わせる。

 なぜこんなところに僕を連れて来たのだろうと思って、困惑して。あまりじろじろ見てはならない、と目の置き場に困って、下手なところに目を向けないように意識して……すると、神様の背後にある、先ほど脱いだケープが目に入った。

 

「…………」

 

 コノエの意識が、そのケープに向く。……実は、コノエは今日神様に会ったときからずっと、ケープが少し気になっていた。何故かと言えば、魔力を感じたからだ。気配消し……軽い認識阻害の力を持つ魔道具だった。

 

 アデプトには効果は無いが、一般人には効果がある、くらいの力を持った魔道具。護衛の仕事を妨げず、人目を避けたい時などに役に立つ感じだ。普段の神様は身に着けていないので、外に出る時にだけ使っているのかもしれない、とコノエは思い――。

 

【――コノエ? どうしたの?】

「……ぇ」

 

 ――そこで、神様がコノエを呼ぶ。コノエは、明後日の方に行っていた意識を引き戻される。ちょっとした現実逃避から帰ってきた。

 コノエはまた少し目を泳がせて――今度は並んだ本棚の方を見る。……そうか、本を見ていればいいのかと、コノエは遅れて気付いた。

 

 神様の部屋は、その床面積の大半を本棚が占めている。入り口から中を見て本棚しか見えないくらいには。なのでそちらに目を向けた。

 

【あ、本が多くて驚いた?】

 

 コノエのそんな視線に気付いたのか、神様が少し楽し気に言う。

 そして、私はそういう(・・・・)存在だからね、と。

 

【私は、母なる神から探求(・・)の概念を与えられて生み出された、知識と発展を()とする分体だから】

「…………はい」

 

 ……それは、神様の在り方については、コノエも習っていた。 

 

 ◆

 

 これはかつて、数千年前の話だ。

 この世界の最高神はただ一柱だけで、分体は存在しなかったという。

 

 生命神。生命と守護を司る神。命を生み出し、災いから守るための権能を持った神格。神々と共に荒地が広がっていた惑星に降り立ち、命溢れる世界を作ったお方。

 人を生み出し、加護を与え、より良く生きられるように守ってきた。永きに渡って人を見守り、ときに間違った道へ進もうとする人を戒め、導いてきた。

 

 ――その在り方はまるで、子を慈しむ母のように。

 慈悲深き母神。それがこの世界の神々の頂点に立つ、生命神だった。人は、神々に守られ、平穏に生きていた。

 

 地球の数倍の大きさがある惑星と、自然に満ちた豊かな土地、そして神々に与えられた加護。人々はあまり飢えることもなく、土地を奪い合う必要もなく、生活を助けてくれる魔法もあった。この世界は、そんな世界だった。

 

 ――けれど、数千年前。外の世界より邪神が攻めてきて。平和だった世界は一変した。

 

 邪神が生み出した魔物に人々は殺され、戦おうとした者は死の病に侵された。それまでの世界は、瞬く間に崩れ去った。

 生命神は、母なる神として人々を守ろうとして……。

 

 しかし、出来なかった。生命神は邪神に勝てなかった。……いいや、戦うことすら、出来なかった。

 戦うための神格ではなかったからだ。神は己の在り方から離れることが出来ない。ただ災いから人を守るためだけの力では、増え続ける邪神の軍勢に対応できなかった。そして、生命と守護の神格では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 また、神々の中には戦神を始めとした戦うための神格もいたが、強大な邪神に対抗できるほどの力はなかった。神としての格が違ったからだ。戦神の加護を受けた戦士は邪神の生み出す災厄を前に蹴散らされた。

 

 人と神々は追い詰められていった。死者は増えていき、育んできた土地は破壊された。邪神の軍勢は人の生存域を片端から削り取った。

 まともに抵抗することも出来ず、人の世界は滅びようとしていて――。

 

 ――故に。生命神は、人を守るために己を引き裂き、分体を生み出すことを決意した。

 己の存在を削り、十の断片を作り、そこに生命と守護とは異なる概念を埋め込んだ。

 

 新たな概念を埋め込み、神格としての在り方を歪めることで――己自身で戦うことは出来なくても、かろうじて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうして十の分体は作り出され、その分体によって、アデプト、人類の守護者が生み出された。

 アデプトの誕生により、人は邪神の軍勢と戦うことが出来るようになり――その後数千年が経った今でも、この世界では戦いが続いている。

 

 ◆

 

【――こうして分体は作られ、十の分体にはそれぞれ異なる在り方が与えられたの】

「……はい」

 

 ――神様はコノエに、分体誕生の経緯を説明する。コノエにとってはかつて習った事ではあったけれど、真面目に話を聞いて相槌を打っていた。

 

【その中で私に与えられたのが、探求の概念。探し求め、知識と発展を是とする在り方だね】

「……はい」

 

 分体は、本体から遠い性質を与えられているんだよ、と言う神様の声を聞きつつ。コノエは、前を進む神様の後ろを歩いて行く。

 

 今いるのは、神様の部屋の中、並んだ本棚と本棚の間だった。神様にこっちに来てと手招きされて、そこを歩いている。数十列に渡って本棚が並んでいて、空間魔法で拡張されているため、少し歩いたくらいでは部屋の端は見えなかった。

 

 どうやら神様のプライベートルームが目的地ではなく、部屋の中にさらに何かがあるらしい。

 コノエはベッド等から離れられて少し息を吐きつつ……。

 

「…………」

 

 ……しかし、それにしても。

 なんだかこの本棚の列、隠されている仕掛けがあるな、とコノエは思う。あみだくじのように通路を特定の順番で進むと何かが出てきそうだ。

 

 なんで自分の部屋にこんな大掛かりな仕掛けを作ってるんだろうと首を傾げ……。

 

【実を言うと私達分体って本体とはかなり離れた存在になっちゃってるの。本当は分体と言うより、眷属って言った方が近いのかも。外見にもその差が表れてて……私が子供の姿をしているのは探求の影響だし】

「……そうなんですか?」

【探求によって好奇心が強くなってるから、子供としての側面が強調されてるの】

 

 ……コノエは、神様の言葉に少し驚く。それは知らなかった。

 そんなコノエに、神様は首を回し、ちらりと見る。

 

【私と教官(あのこ)が異世界召喚に手を出したのも、概念が探求だからだしね。……本体や他の分体なら、絶対やらないよ】

 

 だって、異世界召喚って不確定要素が多すぎるでしょ? と神様は言う。呼び出した異世界人と上手くやれる保証なんて無いし、文化的に相いれない可能性もあったし、悪人が来る可能性もあったし、と。

 

【本体は基本的に私達に口出ししないから何も言わなかったけど……保守的な分体からはすごく反対されたよ。制御できない新たな火種が生まれたらどうするんだって。危険な物を持ち込まれたりとか】

「…………なるほど」

 

 ……そう言われると、コノエの頭に、この世界に持ち込んではならない物が幾つか浮かび上がる。いくら強くても、使ってはならない技術はあるものだ。

 

【それでも、私は新しい技術が必要だと思った。現状維持ではなく、邪神を倒すためには、前に進み続けなければならないって。それに……】

「…………」

 

 ……そこまで言って、神様は口を噤む。ちょうど、ずっと続いていた本棚が途切れて、壁が見えた。その壁には扉が埋め込まれている。コノエは、周囲の魔力の流れから本棚の仕掛けはこの扉を隠すためのものだと気付いた。

 

【ここだよ。……ここに来たかったの】

 

 そう言って神様が扉に手を掛ける。

 ゆっくりと扉が開いていって――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――一方、その頃。研究棟の会議室では。

 教官が部屋に残り、研究者たちと話をしていた。調査隊の責任者として調査内容を再確認したり、今後の調査方針を聞いたりとかだ。予算についてお口添えを頂きたいと恐る恐る切り出してくる研究者たちにどうしようかなと考えたりして……。

 

「…………」

 

 なお、途中、教官はもちろんコノエが神様のプライベートルームに入ったことに、神様の護衛として気づいていた。いたが……コノエならいいかとスルーした。うちの愛弟子が変なことするわけないでしょ?

 

「――――うん?」

 

 ――と、そこで、教官は転移門の方に現れた気配に気付く。

 気配は一直線に研究棟へ向かってくる。……その動きに、どこか少し急いでいるような印象を受けた。

 

 教官はそれに、周囲にいた研究者を一度下がらせる。そして、気配がやってくるのを待つと、すぐに扉が音を立てて開く。

 

「――教官」

 

 ――扉から顔を出したのは、青い人影。

 報告会に遅れたフォニアが、そこにいた。

 

 




三巻の予約が始まったのでよろしくお願いします。
9/10です。応援してくれると嬉しい……。
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