転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──コノエと神様は、扉を潜り部屋に入る。
すると、まずコノエの目に縦長の広い空間が入って来た。結構広い。二十畳くらいはあるだろうか。それくらいの広さだ。
部屋は右と左で物の配置が違うようで、右側には床に何も置かれていない。代わりに、壁に色々なものが飾られていた。つい先ほど見えた写真もその一部で、写真は右側の壁の半ばから入り口までを埋めている。中心から奥には写真ではなく絵が吊るされていて……みっちり、ではなく普通の間隔で飾られていた。
次に左側を見ると、そこには大きな棚があった。入り口から奥まで壁が棚で埋まっている。棚の中には箱や置物の類が置かれていた。所々魔力を感じるので魔道具が混ざっているのだろうとコノエは思った。
そして、最後に──部屋の奥には扉がある。コノエが感じる気配では、扉の向こうにも部屋があるようで……。
【あの扉の向こうにも、同じような部屋があるの。数百くらいあるかな】
「……数百……え? 数百?」
神様の言葉に、聞き間違いかと思って聞き返す。しかし、神様は数百だよ、と改めて言った。
【この『思い出部屋』は、数千年前、私が生み出されたばかりの頃に作って、だいたい十年に一度くらいのペースで部屋を増やしてるから】
ほら、物って生きていれば色々増えるでしょ? と神様は笑う。だから部屋がいっぱいになる度に、新しい部屋を作ってるの、と。
ここは異空間だから広さに制限は無いしね、とも。
「……」
……二十畳クラスの部屋が、数百? とんでもない広さだった。
それが数千年の重みなのか。スケールが大きすぎて、コノエには凄いなという感想しか浮かばない。どれほどの物が中に納められているのか。
気配探知を伸ばしてみると、確かに先まで延々と部屋が続いているようで……。
【ちなみに、手前が最近で、奥に行けば行くほど昔になるよ。……じゃあ、まずは絵から見て行こうか】
「……あ、はい」
と、コノエがどこまでも続く気配に驚いていると、神様が壁の絵の方へ歩き出す。コノエは探知を打ち切り、後ろを追いかけ──。
◆
──そうして、コノエと神様の探索が始まった。
神様はまず最初に壁に掛かっている絵に向かい、一つずつ眺めていく。
見ると、そこにはアデプトの絵があった。アデプトと神様が並んで描かれている絵だ。コノエも知っている顔が並んでいて。メルミナの絵もあった。
それが何かと言えば、候補生が最終試験を突破し、新しくアデプトになるのが決まった後に描かれる絵だ。コノエも描いてもらった記憶がある。アデプトのコートを渡される前日に。……というか、その絵も壁に掛かっていた。仏頂面の男と笑顔の神様が並んでいる。
……我ながら、もう少し表情を柔らかくできなかったんだろうかとコノエは思いつつ。
【この中には、いないね】
コノエが少し恥ずかしく思っていると、神様が『あの子』はいないと首を横に振る。
そして次は棚の方へ移動した。そこにも絵があって、棚に縦に差してあった。神様はそれを一枚一枚取り出して確認していく。
こちらは、アデプトではなく、学舎の要職についている人が描かれている絵だった。コノエが知っている顔もちらほらある。教官の秘書さんとかだ。……コノエは棚から絵を取り出す手助けをして。
「………………」
【………………】
「………………」
【………………】
しばしの時間が過ぎる。数十枚あった絵を見終わって、神様はこちらも違うと首を横に振った。全員顔も名前も覚えていると。
その後は、棚に並べられた魔道具などもざっと見て回って……一通り終わった後、神様は『あの子』はこの十年には居ないみたい、と結論を出す。
【──じゃあ、次の部屋に】
「……はい」
──そうして、それを二十年前の部屋、三十年前の部屋、と繰り返していった。見落としが無いように、順番に見ていく。
二つ目の部屋にはフォニアの絵があったり、三つ目の部屋には初めての異世界召喚のときの絵や資料があった。コノエはそれに少し興味を引かれつつ、淡々と神様のサポートをした。
二人は、一つ一つの部屋を丁寧に、しかし迅速に確認していく。
そのまま四十年、五十年と遡っていき……。
【…………これ】
「……神様?」
……そうして、それは五十年前の部屋が終わった後だった。
ふと神様が足を止めた。その視線は次の部屋への扉ではなく、少し横に向けられている。
そこにあるのは……男物の服、だろうか?
妙にゴテゴテギラギラした服が飾られている。色んな装飾が付いていて、舞台の役者が着てるような服だなとコノエは思った。
しかし、これがどうかしたんだろうかと……。
【…………】
「……?」
神様は、服を見て、コノエを見る。もう一度服を見て、コノエを見て。
何故か服を手に取って、コノエの前に運んでくる。
コノエは目の前に運ばれてきた妙に輝いている服を見て、次に神様を見る。すると……神様は作業中の真剣な顔ではなく、少し楽しそうな顔をしていた。
【……体格、似てる】
「……え?」
【これは、似合う、かも!】
「……えっ」
【絶対カッコいいよ!】
「………………いやいやいやいやいや、絶対ないですよ」
服をコノエの体に当てる神様に、コノエは首を横に何度も振る。
色々終わった後に着てみて、と言う神様に、頑張って抵抗したりした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そうして、所変わって、研究棟。
「──百五年前、天蓋竜が現れたのは、ここから三つ隣の国。私のお師匠様──一般に原初のアデプトと呼ばれる人がいた国だった」
そこでは、教官がマイコ相手に天蓋竜についての講義を始めていた。
天蓋竜。否定の魔王。三つの国を瞬く間に滅ぼした、史上最強、最悪の魔王。最強の竜である皇竜が、最悪の権能たる消滅の力を手に入れた結果生まれた怪物。
原初のアデプトが居た大国を始めとし、二つの国の主要都市を滅ぼした。三つ目の国であるアーキノルカも、首都を除くほぼ全ての都市が消えた。多くの人々が逃げまどい、その背後から放たれたブレスで殺された。
その天を覆うほどの巨躯が通り過ぎた後には、深く抉られた大穴だけが残っていた。街も、人も、存在した痕跡すら残さず地上から消えた。
そして、恐るべきはそれだけの被害が出るまでの日数が、僅か──。
「──ぬ、十五日、だったっけ?」
「ん? まあ、そうだね、最終的には十五日だった。……これはマイコも知ってた?」
マイコが思い出すように言って、教官は確認するように問い返す。
そんな教官にマイコは、歌で聞いた、と返した。
「歌?」
「ぬ、開拓村で聞いた。銀灯の戦乙女」
それは、かつての茸がコノエとメルミナと戦う前に情報収集していたときのことだ。
開拓村の少年たちが歌っていた歌を、開拓村のすぐ横に生えていた眷属茸が聞いていた。
『──かくして、救世は成し遂げられる! 絶望は拭い去られ、世界に光は掲げられた!
かの英雄、偉大なるその名は──レナティアリカ! 銀灯の戦乙女、レナティアリカ!』
銀灯──つまり教官が、天蓋竜を倒した時の英雄譚。原初のアデプトの敗北と絶望。しかし、それでも希望の灯は潰えず、銀の戦乙女が魔王を打ち破り、世界を救ったという歌。世界最強の英雄である教官を称える歌だった。
「……ああ、あれか」
「ぬ?」
しかし、マイコが歌の名前を出すと、教官は少し顔をしかめる。
自らを讃えている歌なのに何故? とマイコは首を傾げて。
「あの歌はね、正直あんまり良くないんだよ」
「……?」
「あれ、私の功績を強調するために、情報を悪い方向で弄ったり削ってるからさ」
教官は渋い顔で、私を過剰に盛ってるんだ、と呟く。それに。
「話が前後してるところがあるし、お師匠様の功績が無視されてるし、重要な人間が削られてるし──天蓋竜の力が
「ぬ?」
「ま、じゃあここで改めて正しい情報を伝えておこうかな」
教官は、広げた地図に、ペンで線を引いていく。その線は天蓋竜の移動経路だ。
三つの国を蛇行するように移動し、人が住んでいた街や村を片端から消し飛ばしていった痕跡だった。
その総移動距離は十万キロを優に超える。地球数周分になるような距離だ。
それを教官は迷いのない手つきで書き上げる。そうして、トン、とペン先で地図を叩き、言った。
「……天蓋竜が、この距離を踏破し、破壊し尽くすのに使った時間は、たった
「……ぬ?」
「あと……私、数百人のアデプトと一緒に天蓋竜と戦って一度負けてるんだけど、そのときの戦いが、一日」
これで二日、と教官は数える。十五日の内の、二日、と。
そして……。
「残りの十三日は、お師匠様がただ一人で稼いだ時間なんだよ」