転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第9話 百五年前

 天蓋竜出現と、その速度、そして師の功績――十三日間の時間稼ぎ。

 教官は当時を思い出しつつ、大きく息を吐く。

 

「……天蓋竜はね、本当に、本当に、強かったんだ」

「ぬ」

 

 教官が感情の籠った口調で、唇を噛むように呟く。蛇のように長い体を持った、巨大な竜の姿を瞼の裏に浮かべながら。

 何よりも強かった。あれは紛れもなく、最強の魔王だった。

 

「──天蓋竜は、常に消滅の力を纏っていた」

 

 教官は、思い出す。あのときの戦いを。悲劇を、失った命を。

 天蓋竜が持っていた、万象を否定し、消滅させる力を。

 

 ──天蓋竜は常に、触れただけで万象を消し飛ばす力を、()()()()()()()()()()()()

 

「こちらの攻撃は何一つとして効かなかった。天蓋竜の鱗に触れるだけで消滅した。物理攻撃は何一つ効かなかった。それ以外もだ。剣も、炎も、水も、光も。毒も、呪詛も、敵に直接作用するタイプの固有魔法も。……いいや、正確に言うと毒は最初だけ僅かに効いた。でもすぐに効果が無くなった」

 

 そうだ。百五年前天蓋竜と対面した人類は、剣や炎が効かないのを理解した後、ありとあらゆる手を使って天蓋竜を殺そうとした。思いつく限りの手段を使った。

 ……しかし、何をしても傷一つ付けることが出来なかった。消滅の力にかき消された。僅かに通用した特殊な攻撃もすぐに効かなくなった。天蓋竜の消滅は、一度受けた攻撃に対する適応の力も持っていた。

 

「私の時間停止もダメだったよ。いくら時間を止めても、纏った消滅の力は消えなかった。殴ると同時に、腕が消し飛んだ。殴った衝撃すらも掻き消された。……色々試したけど、ほんの僅かに衝撃を通すのが限界だったかな。全力で殴って、()()らせるのが精いっぱいだった。ほんの僅かな時間稼ぎだよ」

「……ぬ」

「しかも、その僅かと私の腕一本が交換なんだから、収支が合ってないよね」

 

 教官は、苦笑しながら己の掌を見る。かつての無力感を思い出すように。

 

「そして、当然、天蓋竜の消滅の力は守りだけじゃなく、攻撃にも適応された。どれほど硬い盾も、空間を隔てる断絶も、理で守る概念防御も天蓋竜のブレスと爪に容易く切り裂かれた。天蓋竜が戯れに地を撫でるだけで地に深い穴が開き、山が消し飛び、地形が変わった」

 

 ──だから、と教官は言う。

 だから、そんな天蓋竜を押し留められるのは、ただ一人しかいなかったんだ、と。

 

「お師匠様だけだった。お師匠様だけが、天蓋竜に傷を負わせることは出来なくても、抑えることが出来た。天と、地と、海と一体化し、自然そのものとなる固有魔法──『星の理』。その力が生み出す圧倒的質量による攻撃だけが、天蓋竜の侵攻を押し留めることが出来たんだ」

 

 ──山脈一つを叩きつけるようだった。教官はそう呟く。

 教官は、星と一体化した師匠の一撃を思い出す。そして、それに侵攻を止め、守りを固める天蓋竜を。

 

 天蓋竜の万象を消す否定の力は、質量攻撃に対してのみ上限があった。……それでも、防御に徹すれば高速で叩きつけられる山脈を消せるのだから、その限界値の高さも察せるが。

 

「当時の私たちは、お師匠様の力に縋るしかなかった。消滅の防壁を貫くための策を練る時間が必要だった。そのために、お師匠様はただ一人で天蓋竜に相対し、遅延戦闘を行った」

 

 天蓋竜の出現から、約十日間。原初のアデプトは、戦闘と撤退を繰り返した。数千年守ってきた国が天蓋竜に破壊され、愛する国民が殺される姿に唇を噛みちぎりながらも遅延戦闘に徹した。

 教官や世界から集まってきたアデプトたちが、天蓋竜を倒すための策を練る時間を稼ぐために。国を見殺しにしても、世界を守るために。

 

 ……でも。

 

「十日後、私は練った幾十の策と数百人のアデプトと共に天蓋竜に挑んだ。人類の総力を結集した戦いだった」

「……ぬ」

「でも、その結果は……さっきも言った通りだよ。私たちは勝てなかった。消滅の壁を破れなかった。二つ、電磁力と共振が通ったけれど、僅かな傷をつけるのが精いっぱいで、その傷すらも数秒も経たずに完治した。そして、天蓋竜に二度同じ攻撃は通用しなかった」

 

 ──人類は、一大決戦に敗れた。多くの犠牲者を出したにもかかわらず、何の成果もあげられなかった。

 そして、天蓋竜は原初の妨害を跳ねのけながらも二つ目の国を一日で滅ぼし──三つ目の国、アーキノルカに辿り着く。

 

「天蓋竜がアーキノルカに入ってきた時点で、私たちには後が無かった。なにせ、アーキノルカには不死の魔王がいる。もし天蓋竜によって不死の魔王が解放されてしまえば、もう手の打ちようがない。天蓋竜と不死の魔王の両方を相手にするなんて、出来るはずが無かった」

 

 ……とはいえ、もちろん熾天結界は異空間にあった上に、断絶の力で気配も消えていたため、天蓋竜でも不死の魔王を見つけられない可能性はあった。あったが……しかし、あの天蓋竜が、そんなに都合よく熾天結界を見逃してくれるなんて、当時の誰も信じていなかった。それだけの力を持っていたからだ。

 

 ――だから、それは、人類の存亡をかけた死闘だった。

 

 原初はそこまでの戦いで疲弊し、教官は決戦(たましい)の傷が癒えきっておらず、他のアデプトも多くが傷を負っていた。それでも、そこで戦わなければ、()()()()()()()()()

 

 故に、天蓋竜のアーキノルカ襲来から三日、運命の十五日目。

 人類は死力を尽くして戦った。原初と教官が時間を稼ぎ、他の英雄たちは試し、足掻き続けた。何一つとして消滅を貫けなくても、試し続けた。一つ試すごとに英雄が死んだ。人類の守護者がいとも容易く死んでいった。英雄たちは仲間の(しかばね)の上に立ち、戦い続けた。

 

 使える手は全て使った。不死の魔王が封印されている場所を偽装するため、竜人の騎士たちを囮にした。死ぬのを分かった上で手を挙げた竜人の騎士たちに意味もない場所を守らせ、数多の犠牲の果てに少しずつ進路を逸らした。

 

「……でも、それでも、駄目だった。人類(わたしたち)は、天蓋竜には勝てなかった」

 

 そのうちに、人類の戦線は押し込まれ、ついにはアーキノルカの首都が見える位置まで追い込まれた。それ以上は下がれなかった。だから、あのとき、原初は――。

 

『――ティカ。私の自慢の弟子。後は頼みました。神様(あのかた)と人類を、よろしくお願いします』

 

 ――そうだ。笑っていた。師は、教官をティカと幼き日の名で呼び、笑っていた。教官はきっと、死ぬその瞬間まで忘れないだろう。数百年を共に戦ってきた、師匠の最期の笑顔を。笑って、()()()()()()()()()()姿()()

 

 教官では、止められなかった。長い戦いの果てに、深い傷を負っていた教官では、止めることは出来なかった。……止めることなど、許されなかった。

 

 人類は、天蓋竜を正面から抑え込めるただ一人の戦力を犠牲にすることでしか、時間を稼ぐことすらできない状況に追い込まれていた。

 

「お師匠様はね、魂を砕いたんだ。魂を砕いて、その全てを燃料にして、天蓋竜を封じ込める星の大獄を作り出した」

「…………ぬ」

 

 原初のアデプトは、一帯の山脈を操作し、天蓋竜を包み込む檻を作り上げた。

 そして、地下深く邪神の干渉よりも、さらに深い地の底へ手を伸ばした。その下にある――溶岩を引きずり出すために。

 

 ――地下から噴き出し続ける溶岩をもって、天蓋竜を封じ込めた。

 

「きっと数日はもつから、その間に作戦を練ってと、お師匠様はそう言って、死んだ。私たちは、お師匠様と引き換えに、数日の時間を手に入れた」

「…………」

 

 ……教官は、そこで一呼吸入れる。

 当時の想いを思い出すかのように。

 

 師が作り上げた巨大な牢獄と、抑え込まれた天蓋竜を瞼の裏に浮かべながら。師を失った悲しみと――後悔と。同時に僅かな時間を手に入れた安堵を思い出しながら。

 ……そして、思い出した後、目の前で悲し気に目を伏せるマイコを見て、言った。

 

「――そう、時間を手に入れた()()()()()

「……ぬ、ぬ?」

 

 そうだ。はずだった。抑えこめたはずだった。……でもそうはならなかった。

 教官は、目の前で狼狽えるマイコに苦笑する。だって、最初に言っただろうに。天蓋竜との戦いは、十五日。そして、その日は十五日目だったのだから。

 

「……天蓋竜はね。力を隠していたんだ」

「……ぬ」

「まあ、正確に言えばあれは天蓋竜の力じゃない気もするけれど――でも使える力を一つ、隠していた」

 

 それは――。

 

「――転移だよ」

「――」

「天蓋竜は、転移したんだ。転移して溶岩から抜け出し、お師匠様が作り出した牢獄の上に現れた」

 

 ――覚えている。教官はあの瞬間の絶望を覚えている。

 悪い夢でも見ているかのようだった。天を蓋するかのように泳ぐ竜の姿に誰もが絶望した。教官でさえも膝を突きそうになった。

 

 ……それでも、拳を握り、戦おうとした教官に――しかし、天蓋竜は。

 

「ここで、天蓋竜は、予想とは違う行動をした。そしてそれが、()()()()()()()()()()

 

 そうだ、天に現れた天蓋竜は――()()()()()()()()()()()()()()()

 

「当時は驚いたよ。目の前にいる私たちを無視して、いきなり天蓋竜を空間魔法の()が包み始めたんだから」

「…………ぬ?」

「不死の魔王や、私たちを無視してどこかに行こうとしているのが分かった。トドメも刺さずにね。その理由としては……しばらく探しても見つからない不死の魔王の封印に業を煮やしたのか、それともお師匠様を殺せた以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最初から、己を唯一抑え得る敵が目的だったと言わんばかりに。天蓋竜は悠々と天を泳ぎながら、転移魔法を使い――。

 

「――こちらが困惑している間に、転移魔法は完成し、天蓋竜は消えた」

 

 ――そして、消えた天蓋竜がどこに現れたのかは、教官にはすぐにわかった。

 なぜかと言えば、意思が伝わってきたからだ。誰からかと言えば、神様から。

 

「天蓋竜が現れたのは、()()だった」

「……ぬ?」

「ここだよ。神都だった。天蓋竜は突如、今居るここの上空に現れたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――それが、百五年前のアーキノルカ戦の全てだった。




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