転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──そうして、欺瞞の幕は上がっていく。段々と、段々と。教官の話が終わりに向かいつつある裏で。
邪神は、器に力を注いでいく。幕を引き上げつつ、回収した力を注いでいく。加えて、今まで貯めてきた力も、全て。
地の底で邪神は蠕動する。注ぎ込む。無理やりにでも。道理を覆してでも。いいや、理を覆さなければ、
邪神は、力をかき集める。足りなくなれば、配下の魔物を殺してでも。
周囲の災害を殺す。貯め込んできた瘴気核の一部を潰す。
序列の低い災厄をも殺す。殺して、片端から殺して、集めた力をただただ注いでいく。
そして、数えきれないほど殺した後に。
邪神は、最後にソレの上に昇り──。
――
邪神の闇で構成された体に、穴が開く。どろりとナニカが溢れ出して、ソレの上に落ちていく。
ドロドロ、ドロドロと。流れ落ちていく。
そのナニカは、邪神の力だ、最大時の、三割に当たる量。
デーモン塊の時にも一割使っているので、合計で四割使ったことになる。
[────+──]
それは当然、邪神にとっても軽いものではない。
邪神の力が五割を切れば、魔物の魂の循環システムに異常が現れるであろうことを考えれば、どれほど大きいかが理解できるだろう。
本来ならあり得ない、力の過剰使用。
これだけの力を取り戻すには、小細工では到底賄いきれない。
世界を滅ぼし、神々を殺し、喰らうこと以外には決して取り戻せない力の欠落。
それだけの力を邪神がこのタイミングで使った理由、それは──。
[──―/──―////!!!!]
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そうして、ちょうどその頃。
コノエと神様は思い出部屋で『あの子』を探し続けていた。
五つ目の部屋を確認し、着てみてと迫る神様から何とか逃れた後。
作業を再開し、六つ目、七つ目、八つめ、九つ目と調べて──。
【……いないね】
「……はい」
──十番目、百年前の部屋を終える。……でも、そこまでの部屋に神様の言う『あの子』の姿はなかった。今まで見てきた絵には、神様の記憶にある人物しか描かれていなかったらしい。
……これはつまり、『あの子』が百年以上前の人間なのか……それとも、そもそも絵が残っていないのか。
現状ではどちらか分からないが、しかしまだまだ部屋は残っているので、十一番目の部屋へ移動しようと、コノエが次の扉に手を掛けて──。
──うん? あれは……。
【──ん、コノエ、十番目が終わったし、切りがいいから一度戻ろう】
と、扉を少し開けたところで、神様がコノエを呼ぶ。
コノエはそれに、もうですか? と少し首を傾げた。
【うん、もうけっこう時間が経ってるし……あと、この領域って隔離されてるから外からの連絡が届かないの。だから外で何かあっても中にいると分からなくて】
「……そう、なんですか?」
神様は、定期的に外に出るって
すぐに踵を返して、神様と一緒に一つ二つと扉を潜り抜け、出口へと向かった。
「…………」
【…………】
──いくつもの部屋が連なり、絵と無数の思い出が飾られた空間を、コノエと神様は歩いていく。並んで、二人一緒に。
その途中、コノエはふと、先ほど僅かに扉を開けた十一番目の部屋のことを思い出した。
僅かな隙間から見えた、魔導具らしき物。金属製の筒とそれを吊り下げる棒、そしてそれを覆う囲いがあって、筒の下部には多数の小さい穴が開いていた。
「…………?」
……あれ、どこかで見たことがある気がするな、と。
コノエは少し疑問に思いながら──そのまま神様と一緒に部屋から出て、本棚が並ぶ神様の私室に戻った。
【……あら?】
すると、入り口の横に置かれた魔道具が光っていて──。
【──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そして、研究棟の一室では。
教官の話は、最終局面を迎えようとしていた。
「天蓋竜は突如、今居るここの上空に現れたんだ。この国にいる神様を、不意打ちで殺すために」
「…………ぬ、ぬ!?」
この国に突如現れた天蓋竜。それを遠き地で知らされた教官。絶体絶命の窮地。
話を聞くマイコはハラハラとした様子で頭の茸を震わせている。それからどうなったの? と言う顔で教官を見ていた。
「……それから、私はすぐに神都へ向かった。実はそのとき、運がいいことに、神都行きのアーキノルカの転移門が準備できていたんだ。撤退のためだった」
当時、人類は天蓋竜と戦う傍ら、撤退の準備もしていた。本当に最悪の場合、アーキノルカも不死の魔王の封印も諦めて逃げることになっていたからだ。
だから、天蓋竜が消えた後、教官は彼方から伝わってくる神様の
──そして、転移した先で。建物から蹴破るように外に出た教官は──
「……マイコ。今君は、私たちがどうやって天蓋竜を殺したのか気になっていると思う」
「ぬ? ぬ」
「実はね、天蓋竜を殺したのは私だけれど……でも、それを本当に成したのは──英雄でも何でもない、
「…………ぬ?」
──そう。最強の魔王を殺したのは、たった一人の人間の想いだった。
それはまるで、コノエに金の権能を授けたテルネリカのように。誰にも殺せない魔王を討ち滅ぼしたのは、きっと、どこにでもある想いだった。
「──本当は、世界を救ったのは、『
教官は呟く。『あの子』。神様が、そうやって呼んでいる
……そして、そんな教官の言葉に、ずっと隣で聞いていたフォニアも頷く。
「はい、天蓋竜を殺せたのは『
当時私は生まれていませんでしたが、当然幼少期より聞かされています、とフォニアは言う。なにせ、アーキノルカは天蓋竜との戦いの痕跡が色濃く残る国なのですから、と。
──教官とフォニアは、互いを見て頷き合う。そうそう、『あの
「…………ぬ?」
……そんな二人に──マイコは首を傾げる。
首を傾げて、教官を見て、フォニアを見る。分かり合っている二人を見て、もう一度首を傾げて。
少し待って、でも二人は感慨深げに頷いていて。『あの子』『あの方』と言うだけ。具体的な名前は出さない。マイコだけ分かってない。ちょっと寂しくなる。茸の傘がしんなりしてしまいそうな疎外感。
だから、マイコは──。
「……ぬ、よく分からない。私にも教えて。『あの子』ってどんな人? どうやって天蓋竜を倒したの?」
──そう、言った。ごく普通の質問。何一つ不思議ではない問いかけ。
自分一人をのけ者にして分かり合っている二人に、私にも説明して、とお願いした。それだけ。
……それだけ、なのに。
「…………? …………え??」
「…………? …………えっと??」
なのに、何故か、その問いに、教官とフォニアは目を丸くする。
そうして数秒間の沈黙があって──。
「…………は?」
「…………」
──ざあ、と。教官とフォニアの顔から、血の気が引く。一気に顔色が青くなる。
何故ってそれは──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──欺瞞の幕は、もう、後少し。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……な、なぜ ……なぜ、思い出せない!?」
音を立てて、教官が立ち上がる。どうして、ありえない。世界の恩人を忘れる!?
教官は驚愕し──すぐに気づく。
……これか? これが、邪神が隠していたことか?
──教官の思考が戦闘状態へ移行する。冷静に現状を把握し、異常の全貌を把握しようとする。
そうだ。そもそも今回の一件は、忘れてしまった『誰か』、百十年前に研究棟にいた迷い人を探すのが目的だった。邪神の陰謀を暴くのが目的だった。だから、それと近い時期にあった天蓋竜について振り返っていた。謎の『誰か』。忘れてしまった『あの子』。共に記憶を喪失している。
……つまり、その迷い人が、天蓋竜を倒す手助けをしてくれた『あの子』だということか?
「…………」
……思い出せない。今になって気付く。『あの子』の名前も、顔も、性別すら何も分からない。
邪神の力か? 邪悪なる神格。その権能。欺瞞の力。それで、『あの子』の存在を記憶から消した?
自分は、世界を救った恩人を記憶から消されて、違和感すら持てない状況にされていた。
……いつからだ? 過去、教官は幾度となく天蓋竜戦について話したはずなのに、一度たりとも気付けなかった。教えた相手からこうして問い返されたのも、今回が初めて。
今まで教えてきた教え子たちの頭の中で天蓋竜戦の結末がどうなっているのかが気になるが──しかし、今はそれよりも重要なことがあった。
そうだ──あのとき、百五年前、いったい何があった?
教官には、『あの子』が普通の人間だったこと、そして『あの子』がいなければ天蓋竜は倒せなかったことしか分からなくて──。
「…………」
──焦りを覚えながら、教官はどうすれば取り戻せるか考える。邪神が『あの子』の記憶を奪って何がしたかったのかを考える。
この千年を思い出す。今までの邪神のことを思い出して、禄でもない考えが次々と浮かんで──。
「────」
でも、その最中、教官は少しだけ疑問に思った。長く邪神と戦って、その力と、造り出した魔物と、策謀を見てきたからこそ、思った。
──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──地の底で、邪神は蠕動する。蠕動し、計画を最終段階まで移行する。
計画は、順調だった。もうすぐでソレは動き出す。
策を練り、手を打ち、道理を覆した。そして──当然、
万全を期すため事前に銀を殺そうとしたが、邪神の本命はこちらだ。たとえ銀がいたとしても人類にはどうすることもできない。それはすでに証明されている。
故に、これで人類は終わりだった。ついに、邪神の悲願は叶う。
……しかし。
[──―/──―!]
しかし、にもかかわらず、邪神の雰囲気は怒りに満ちていた。
邪神は憎悪と憤怒を纏い、頭上を睨みつける。
──そうだ。本来ならば、今動くはずではなかった。
乾坤一擲の一手。もっと徹底的に準備をするはずだった。瘴気核も災厄も、生贄にするはずではなかった。己の力も、もっと少なくていいはずだった。もう百年程もかければ、『ソレ』もさらに調整を重ね、より強く、より圧倒的に出来た。今度こそ、誰であろうとも歯牙にもかけぬ存在に出来たはずだった。
そうすれば、人類の希望を徹底的に潰せたのに。確実に殺し尽くせるように時間をかけて準備してきたのに。
それなのに──。
[──>──!!]
邪神は憤怒を叫ぶ。人であれば歯を噛み砕いていたかもしれない激情。
その感情のままに、邪神は己の右肩を睨みつける。
そこにあるのは、邪神が急ぎ動かなければならない理由だ。
それは、先日の銀の一件だ。邪神は、あのとき極めて大きな失態を犯した。なりふり構わず行動しなければならない理由が出来てしまった。準備不足で動かなければならなくなった。
[──:──!!!!]
叫ぶ邪神の肩、そこには──
邪神は、地の底に現れた人間との僅かな接敵時、放たれたナイフを避けられなかった。
邪神とは相いれぬ白き神の烙印。それは深き地の底にあって、なお眩く光り続けている。そして、神は、邪神の場所を見つけられなくても、
今は欺瞞でなんとか隠しているために、白き神自身もこの傷に気付いていないが……もし白き神が気付けば、隠しきれない。邪神の居場所が全て露呈してしまう。
[──―/──>>>>>!!!!]
邪神は憎悪を込めて天を睨む。あの人間、不死の魔王の一件の後に手を打って殺しておくべきだった。まさかこのようなことになるとは。
……しかし、今こうなっては、もはや個人に拘っている場合ではない。全ての白き神を滅ぼさなければならない。そうしなければ、邪神は──。
[──────]
──故に、邪神は今動いた。
世界に掛けた欺瞞を回収し、配下を殺し、己を削ってソレに注ぎ込んだ。
地の底、邪神が見上げる先には、影がある。
その影は何処までも巨大な──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そうして幕は、上がった。上がり切った。
欺瞞の幕は取り払われ、隠されていた真実は姿を現し始め、世界は動き出す。
特別ではない今日。なんてことのない日。昼下がりの、少し気が抜けるような時間帯。
誰かが仕事の合間に一息を突き、誰かが帰ってくる家族のために料理を始め、子供たちが友と共に遊びまわっている、そのときに。
──数千年にも渡る永い永い戦い。その最終章は、そんな何でもない瞬間に、幕を開けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「────」
神様の私室から、執務室に戻ってきたコノエは、見た。窓の外を。
隣に立つ神様と共に、突然天に蓋をしたように暗くなった神都を見た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「────!」
教官は、見た。フォニアとマイコと共に。
窓の外、天を見上げた。
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『──■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』
──叫びが、神都に広がる。
神都の空に、天を覆わんばかりに巨大な漆黒の竜が浮かんでいる。
そして、その