転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
『固有魔法──重力掌握、遠々の追放』
──マイコは第四の権能を発動する。願いを世界に映し出す。
すると、その力はすぐさま発揮された。紫の光が世界に広がる。権能によって法則は書き換えられて──伸ばされた尾が浮き上がり、続いて天蓋竜本体も何かに押されるように揺れる。
『──■■!?』
天蓋竜は、攻撃を中断し、尾を即座に巻き戻す。警戒するように力を高め──でも、消滅の力は発揮されない。そうだ。天蓋竜に二度同じ攻撃は通用しない。それはつまり、一度なら通用するということ。
天蓋竜の巨体は動き出し、そのまま彼方に向け加速を始め──。
『■■■■!』
「……ぬ!?」
しかし、天蓋竜もただやられるだけではない。叫ぶ。叫んで──
「──よくやった! マイコ!!」
──けれど、銀光があった。天を照らす銀は天蓋竜に迫り、一層その輝きを増して──空間を、拳で打ち抜く。破壊し、闇の展開を阻害する。転移妨害。天蓋竜が転移魔道具を破壊したのと原理は同じだった。
『■■■■■■■■!!』
天蓋竜は叫びながらそのまま速度を上げ、神都から遠ざかっていく。力は斜め上に働いているが、上方向の力には抵抗しているのか、どんどんと横方向へ加速し、視界から消えていく。
空から落とされた巨石のような勢いで彼方へ消えていき──そして、教官は妨害の後、即座に学舎へと降りて来た。
マイコの前に着地して、手を伸ばし。
「悪いけど、時間稼ぎに付き合ってもらうね!」
「……ぬ!? …………ぬー!!??」
そう言って、教官はマイコを背負う。そうして、天蓋竜の飛んでいった方へと銀の軌跡が駆け抜けて行って──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「──教官」
コノエはそんな二人を見送りつつ。最後に教官が出したハンドサインの指示を、確かに見ていた。
指示の内容は二つ。神様を逃がせ。策を考えろ。
教官とマイコが時間を稼いでいる間に神様を逃がし、討伐のための策を考えろと言うことだろう。つまり──。
「…………」
──つまり、どうやら、自分たちは教官とマイコのおかげで時間を手に入れたようだった。どれくらいの長さになるのかは分からないが。
神都中を覆っていた張り詰めた空気が、僅かに弛緩するのを感じた。
コノエはまず、何よりも先に、腕に抱えた神様の治癒をする。神様は、盾の崩壊後、全身から血を流し意識を失っていた。都を守るために負った傷だ。
……全力で治癒魔法をかけると傷が治っていく。コノエは安心し、息を吐いた。
そして、治癒の次は神様を逃がすために転移門の気配を探る。……残念ながら、すぐに使えそうな門は無さそうだった。これは別の方法を考えなくては駄目か。
「……しかし」
──天蓋竜。恐ろしい敵だった。訳の分からないうちに突然現れて、数秒に満たない戦闘時間の間に、その強大な力を見せつけられた。
教官の拳を受けても傷を負わない消滅の壁に、万象を消し飛ばすブレス、爪、尾。短い時間とはいえ多くのアデプトが攻撃していたが、教官とマイコ以外、どれだけ攻撃しても何の痛痒も与えられていなかった。天蓋竜も完全に無視していた。伝説通りの力。
……少し時間が持てたことで、天蓋竜の力を改めて実感する。
教官が初手を弾いてくれなければ、あれで学舎周辺は消し飛んでいた。皆死んでいた。神様が盾を造ってくれなければ、神都の一角は消し飛んでいた。マイコが居なければ、まだ神都の上空で戦いは続いていた。教官が転移妨害してくれなければ、マイコの魔法からも恐らく逃れられていた。
──そんな全てが重なった上での、今。
僅かな時間で終わり、結果的に見れば犠牲はないが……正しく生と死の境にいた。一歩間違えれば、終わっていた。
「…………」
コノエは、腕の中の神様を見る。血にまみれた姿。神様のおかげで助かったとはいえ、その痛々しい姿に忸怩たる思いを抱く。これが守護の権能、絶対の障壁を破壊された反動なのか。
……神様を逃がすことも出来なかった。まさか転移魔道具を破壊されるとは。転移を阻害する方法があることは知っていても、あれほど広範囲に妨害を展開できるなんて聞いたこともなかった。百五年前、別の大国の神様はあれで逃げられたはずなのに。
空間系の固有魔法使いでも簡単ではないと聞く転移妨害。教官も相当練習したと言っていた。というか出来たのが異常らしいが。かつて天蓋竜が転移するのを見過ごすことしか出来なかったのが悔しくて、五十年かけて修得したと聞く。……教官は己の失敗を繰り返さない人だった。
「……いや、今は
コノエは、考える。どうやって逃がすべきか。転移門は起動準備にしばらくかかる。走って逃げるべきか。いいや、出来ることなら転移魔法の方がいい。今は天蓋竜が近くにいないし、話に聞いた天蓋竜の移動速度は相当に速いだろう。追われれば逃げ切れるか分からない。
……そして、転移魔法と言えば。
コノエの脳裏に、この国に所属している空間魔法持ちのアデプト──訓練生時代に何度も手合わせした指導官の一人が浮かび……でも、あの人は神都を拠点にしていない人で。
『コノエ、
「……メルミナ!」
そこで、メルミナの赤いレンズが近づいて来る。無事な姿に安堵し、すさまじく早い仕事に驚く。それなら指導官の到着を待ったほうが良いだろう。
色々よかったと息を吐きつつ、レンズを覗くと、メルミナと、背後にテルネリカとノエルも映っていた。……無事で、本当に良かった。何故か妙にぐったりとしているが。
『……二人を抱えて少し派手に動いたから。目を回しちゃったみたい。でもそれくらいしないと天蓋竜の尾からは逃げられなかったから』
「……そう、なのか」
どうやら、尾が学舎を抉った時には二人を抱えて建物から脱出していたらしい。流石メルミナだった。頼もしい。
『……でも、神様には感謝しないと。マイコにも。あの盾と魔法がなかったらうちの従業員は全員死んでたでしょうし』
「……ああ」
メルミナは喜びと、ほんの少し複雑な感情が混ざった顔で頬を掻く。
後でちゃんとお礼しないとね、と。コノエもそれに頷く。
……そして、そこで、コノエは武装を解き、一旦神様をベッドに寝かせるために移動することにした。近くの治癒室に入って、神様をベッドに寝かせる。穏やかに呼吸しているのを改めて確認して。
『……それにしても、大変なことになったわね。天蓋竜。なんで復活したのかは知らないけど、聞きしに勝る恐ろしさだったわ』
「……ああ」
『どうやったら倒せるのかしら。アレ。……さっき気付いたんだけど、前回どうやって倒したのか分からないのよね』
「……え?」
コノエが首を傾げると、どうやら記憶を奪われてるみたい、とメルミナが言う。
『たしか教官と……あと一人、いた気がするんだけど。誰がどうやったのか思い出せないの。コノエ、あなたはどう?』
「……僕は」
……そう言われれば、コノエも分からない。強さについては散々聞いたが、どうやって倒したのかは誰かの助けがあったとしか習ってない気がする。
というか、なぜ今までその説明に疑問を抱かなかったのかすら分からない。どう考えてもおかしいのに。あの子のおかげだよ、と教官が何度も頷いていたのだけ覚えている。あの子って誰だ?
……知らないうちに、認識を弄られていた? コノエの背筋を冷たいものが流れる。
「……僕も、何も分からない」
『……そう。そうよね』
……神様への対応を先にしていたが、それが終われば次は天蓋竜だ。あの魔王を倒す策を練らなければならない。それなのに、記憶が欠落している。これも邪神の策なのか。
『とりあえず、私は情報を集めるわ。あなたは、転移の準備ができるまでは神様の傍にいて』
「…………ああ、ありがとう」
レンズが窓から出て行って、コノエはそれを見送りつつ、窓から外を見る。
そこには神都中から集まってきたアデプトたちがいる。頭を抱えていた。漏れ聞こえてくる声から察するに、彼らも前回の結末がどうなったのか思い出せないらしい。
治癒室で働いている周囲の学舎職員もだ。……いや、彼らはアデプトよりなお酷い。真っ青な顔で頭を抱えて、混乱しているように見えた。先の天蓋竜襲撃への恐怖もあるのだろう。
……職員たちは、視線を中空に彷徨わせて、『何故思い出せない?』『あの方は』『私たちは』と呟いている。
例外はまだ若い二十代くらいの女性職員だけで、彼女は部屋の隅で震えつつ、周囲の状況にこそ困惑しているように見えた。
「…………」
なぜ? どうして? と。そんな疑問が学舎の中に溢れている。
いいや、きっと学舎だけじゃない。都中でだ。
天蓋竜の力は、圧倒的だった。見るだけで、気配を感じるだけで、己の存在を削られていくかのような悍ましさがあっただろう。死に直面している恐ろしさがあっただろう。だから、貴族も市民もスラム街の住民も、皆等しく混乱している。
──何故天蓋竜が復活している? 何故思い出せない? どうやったら、天蓋竜を倒せる? どうすればいい?
──私たちは、どうなる? 死にたくない。怖い。誰か助けて。
人々の間に、天蓋竜への恐怖と、失った記憶への困惑が広がっている。負の感情が神都の中で渦を巻いている。それが、アデプトの感知能力に伝わってきた。
天蓋竜。百五年前、三つの国を滅ぼし、数えきれないほどの人々の命を奪った最強の魔王。アーキノルカで原初のアデプトと、教官、数百のアデプトが戦いを挑んで、敗北した。
……故に今、神都は、滅亡の危機の中にいる。唐突に、明日自分が生きているのかも分からないような窮地に立たされた。
なのに、そんな状況なのに、前回の記憶がない。『誰か』のことを忘れている。何もかもが分からない。分かるのは恐ろしさだけ。僅かな時間で思い知らされた、天蓋竜の恐ろしさだけ。
だから、恐怖と困惑とで皆がパニックになっている。怖い、分からない、助けてくれ、と。
「…………」
……どうするべきなのだろうか。神都の様子を見ながら、コノエも何か手がかりはないかと思考を巡らせる。
けれど、失った記憶についても、天蓋竜の倒し方も、今のコノエには分からない。
……それとも、この力なら何か分かるのだろうか
コノエは、己の目に手を当てる。そこには金色の力が渦巻いている。
テルネリカの力。不死の魔王との戦いで『ぼく』の記憶を見せ、死の予言を受けた教官を助けるために茸の元まで導いてくれたこの魔法なら──。
【──コ……エ……?】
「……! 神様。目が覚めたんですか?」
──そのときだった。神様が目を覚ました。
◆
【……ノ……エ……】
「……神様」
コノエは神様の傍に駆け寄る。意識を取り戻して、よかった。心から安心する。もし神様に何かあったらどうしようかと思った。
コノエは、大丈夫ですか? なにかおかしなところがあれば言って下さい、と言って……神様は、そんなコノエを
【…………きて……たの……?】
「……? 神様?」
神様は、小さく呟き、コノエをただ見ている。意思もよく伝わってこない。
……もしかして治りきってないのだろうか。生命魔法で見た限りだと、体は完治しているはずなのだけれど。
【────コノ、エ】
「……?」
心配するコノエに──そこでふと、神様が手を伸ばす。
ベッドに横になったまま、手をゆっくりと伸ばして。
【……コノエ】
「……神、様?」
神様の掌が、コノエの頬にそっと触れる。柔らかくて、暖かい感触。
……コノエはそれに、何度か瞬きして。
【──ぁ】
「……え?」
──そこで、ふと。ぽろり、と。神様の瞳から、涙が溢れる。
ぽろりぽろりと大粒の涙が溢れてくる。頬を伝って、シーツに落ちた。涙を流しながら、神様は、コノエの顔の輪郭を確かめるように撫でる。すると。
【…………ああ】
「……な、え」
触れた掌から、神様の感情が流れ込んでくる。大きな感情が。
それは、喜びであり、悲しみだった。安堵であり、寂しさであって──。
「……かみ、さま?」
──そして、強い痛みだった。胸を抉るような、痛みだった。
神様の痛みが、コノエの奥深くに突き刺さる。深く、深く。
痛くて、苦しくて、でも温かくて。そんなコノエには分からない想いが、掌を通じて伝わってくる。一瞬、何もかもを忘れて、世界がコノエと神様の二人になったかのような強い想い。
【────────】
「……神様」
なんなのだろう。これはなんなのか。
神様は、ただ涙を流している。コノエには何も分からない。
何一つ、分からなくて……でも、自分は、それを知らなくちゃいけない気がした。胸の刺さる痛みがそう言っている気がした。ぐちゃぐちゃと感情が入り混じっていた。
「…………あ」
──だから、その温度と痛みに導かれるように
──コノエの中の金色の力が、動き出した。
大きな願いが、金の歯車を回す。神様の涙と、痛みと、疑問と、困惑と。天蓋竜と、失われた記憶と、差し迫った状況と、救いを求める人々と。そんな、色々なものが入り混じった願いが、コノエの心の中に一輪の花を咲かせる。
金色の魔法が、ゆっくりと真実へ繋がる扉を開き始める。
それはきっと、コノエが進むべき道を指し示すために。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──かくして、世界はまた一つ先へ進む。
金の願いが広がり、輝きが世界から消えたはずの秘密を照らし出す。
もうどこにもない、失われたはずの誰かの記憶。
けれど、コノエは見ることが出来る記憶。
……いいや、違う。きっと、コノエだからこそ──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そして、過去への扉は開いた。
コノエは扉の向こうを覗き込む。その先には街が広がっている。そこは……。
(……神都?)
見覚えがある光景。神都の、東側の繁華街だった。その中心あたりにある広場。
しかし、建物などには見覚えはあるものの、コノエの記憶とは細かい部分が違っている。状況を確認しようとして、周囲を見ると……掲示板に貼ってあるポスターが見えた。そこには、日付が書かれていて。
(……日付が、
どうやら、かなり昔のようだった。ここで何があるのだろうと思って、コノエは映像を見渡す。
……けれど、特別なものは何も見えない。
祭りでもなければ、悲劇が起こった訳でもない、普通の光景。
神都の広場は人通りが多くて、賑やかで、でもそれだけだった。
真ん中には噴水があって、その周囲には人が集まっている。噴水から噴き出した水は音と共に落ち、水面はただ、一定のリズムで揺れていて──。
──しかし、そのとき。それは起きた。
『──な、ぁ!?』
バシャン、と。突然噴水に水しぶきが上がる。水面は乱れ、周囲にいた人々は驚き、音がした方を見た。
『…………は、え? ここ、は?』
噴水の中に、一人の男がいる。水の中に尻餅をついたように座り込んでいる。成人した男。噴水で水遊びをするような歳ではない。
格好は、コノエも知っている姿。日本でよく見るスーツだった。そして顔は……。
(…………え?)
コノエは、驚く。ぽかんと口を開ける。なぜってそれは──。
『…………なんだ、これ?』
男は、混乱した様子できょろきょろと周囲を見渡している。
そんな男の様子と格好に、訝し気な顔の衛兵が近づいていって──ここで何をしている? 名乗りなさい、と言った。
すると、その男は困惑した様子で衛兵に名乗った。自らの名を。衛兵の持っている槍に目を白黒とさせながら。
そして、映像を見るコノエもきっと同じような表情をしている。だって……
『……え、ええと、その……僕の名前は、
(…………あれは、僕?)
……コノエは、呆然と、己と同じ顔の男を見て──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──それが、かつて世界から消された『誰か』の最初。
百十五年前から始まった、異世界人の男の十年間の始まりだった。