転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第5部 3章
第13話 迷い人


 ──金の権能は扉を開き、百十五年前の世界を映し出していく。

 ──これは、百十五年前の近衛(コノエ)の記憶だ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『……? ……?? ……異、世界? なんだ、それ?』

 

 ──そのとき、近衛(コノエ)の頭にあったのは、分からない、という言葉だった。

 

 近衛は、頭を抱えていた。どうなっているんだと混乱していた。

 今居る場所は、街──神都の、衛兵の詰め所、その応接室だった。そこで近衛は、ただただ頭を抱えていた。

 

 近衛は、分からなかった。意味が分からなくて、訳が分からなくて、己が正気かも分からなかった。

 なにせ、普通に道を歩いていたら、足元が突然抜けて、気が付いたら噴水の中にいたのだから。周囲には見たことが無い光景が広がっていて、周囲には外国人らしき人が沢山いて、知らない言葉を話していて、なのになぜか言葉の意味が分かった。

 

 外国人はよくよく見ると髪色が随分とカラフルで、着ている服もあまり見たことが無いデザインで。頭から犬耳らしきものが生えた人や、エルフみたいに尖った耳の人もいた。頭が猫そのものな人も。とても現実とは思えない光景だった。

 

(……これは、夢か? それとも僕がおかしくなったのか?)

 

 そして、混乱していると、槍を持った衛兵の人に声を掛けられ、訝し気な目で見られた後、詰所に連行されて。

 取り調べに対して意図的に嘘を言わないと神に誓わされたり、色々と質問されたりして……それに近衛が正直に答えると、突然、迷い人だ! とか、異世界人だ! とか言われた。

 

 すると、あれよあれよと言ううちに部屋から連れ出されて、服を着替えさせられて。ここで待っていなさいと応接室らしき部屋に通されて──結果、今に至っている。

 

(……異世界? 本当に? 漫画や小説じゃないんだぞ?)

 

 近衛には、頭を抱えることしか出来ない。現実味が無かった。常識が疑っていた。なのに、目に見える物も、触れる物も、出されたお茶の味も現実味があった。

 理性が否定していて、でもそれ以外の全てが肯定している。近衛の頭の中で、ただただ、夢と現実の天秤が揺れ動いていて──。

 

 ──部屋の扉がノックされたのは、そんなときだった。

 

(…………!?)

『失礼するよ』

 

 声と共に、扉が開いて、一人の女性が姿を現す。

 銀色のふわふわとした髪が特徴的な、二十代くらいの美しい女性だった。

 

 ◆

 

『ああ、これは本当に異世界人だね。血の中に加護が全くないし、剥奪されたわけでもない。この世界の人間じゃない。間違いなく異世界人、迷い人だ』

『……は、はぁ』

『……君も災難だったね。本当に珍しいんだよ。この神国だと、記録に残ってるのは数千年で三例だけなんだ。君で、四例目になる』

 

 銀髪の女性は、自らを教官と名乗った。そう呼んで欲しいと。それに対して、近衛は少し目を泳がせながら名乗り返す。何故目を泳がせているのかと言えば、近衛は美人の女性から逃げたくなるタイプのコミュ障だからだ。そして女性──教官は、地球では見たことが無いくらいの美人だった。

 

 でも教官は、そんな近衛の態度をよそに、体調は大丈夫? など気さくに話しかけながらペンを持ち、手際よく証明書を作ってくれた。異世界人であり、身の上を国が保証する、という内容の書類だ。そこに名前がコノエと書かれて、その瞬間、近衛はコノエになった。

 

 そのうちに証明書が出来上がって、教官はコノエに差し出し、今日は部屋をここに用意させるから、泊まっていくと良い、と言って──。

 

 ──教官は、ふと、証明書を両手で受け取るコノエの目を覗き込んだ。

 

『…………ふむ』

『……?』

 

 じっと見て、顎に手を当てて……一度だけ、頷く。

 そうして、教官は言った。

 

『……時に、コノエ。君に伝えておかなければならないことがある』

『……え?』

『これからの君の話だよ。今、君はここが現実かすら疑っているかもしれないけれど、しかし、こういうことはまず最初に伝えておいた方が良いだろうからね。

 ──君はもう、元の世界には戻れない。少なくとも、戻れた者の記録は残っていない。それを理解した上で、これからの行動を決めなさい』

 

 ◆

 

 ──それからの十日ほどはあっという間に過ぎた。

 その間は、コノエは衛兵の詰め所でお世話になっていた。衝撃を受けたり、膝を抱えたり、話しかけてくれる衛兵さんとのコミュニケーションに失敗したりしているうちに時は流れ、コノエは一応現実を認めた。

 

 ここが異世界であると認め、帰れないことを受け入れた。コノエに家族がいないのも、この点では良かったのかもしれない。恋人はいないし、親とは完全に没交渉。コノエには帰りを待ってくれる人なんていなかった。

 

 だから、色々と諦めて──すると今度は、帰れないのならこれから先どうするのか、という問題がすぐさま襲い掛かって来た。 

 コノエはまた悩んで、教官が置いていってくれた資料を真面目に読み込んだり、二日に一度様子を確認しに来る教官の話を聞いたりして……。

 

『それで、コノエ。これからどうするか決めた?』

『……は、はい。その、僕は、研究棟の研究員になりたいです』

 

 十日目のその日、コノエは教官にそう伝えた。研究棟の研究員。それは、教官がコノエのために用意してくれた()()()()()()のうちの一つだった。

 

 教官曰く、異世界の知識が欲しい、と。発達しているという噂の異世界の技術を知りたいようだ。

 この国では過去三人と極めて珍しい異世界からの迷い人だが、異世界の技術についてはうっすら伝わっていた。その知識を分かる範囲でいいから記録に残してほしい、というのが教官の話だった。

 

 ……ちなみに、この国に現れた迷い人の残り三人はどうなったのかと言えば、二人は学舎に報告が上がった時点で死んでいて、三人目は己が異世界人だということを徹底的に隠していたらしい。三人目が異世界人だと分かったのも、他国に移動した後にその国の要人と結婚することになったからなのだとか。

 

『……その、あまり知識が多い方ではないと思いますが、出来る限り正確に記せたらと思います』

 

 まあ、ともあれ、研究員としての仕事は、コノエにも一応こなせそうだった。なので、これがいいだろうと。

 そういうわけで、コノエは研究員になりますと教官に伝えて──。

 

『……ふーん、研究員か』

『…………』

『あれじゃなくていいの? ほら、私もう一つ紹介してあげたでしょ?』

『…………』

 

 ……すると、教官は少し不満そうな顔でコノエを覗き込む。

 いやまあ、確かに、教官が用意してくれた選択肢はもう一つあったけれど。でもあれは……。

 

『私、君はアデプトが向いてると思うんだけどな……』

『………………』

『君、才能はないけど素質はあると思うんだけどな……』

 

 アデプト。英雄。人類の守護者。

 君もヒーローにならないか、とコノエは教官から勧誘されていた。しかも何度か。

 

『……』

 

 ……いや、まあ、正直に言うと。コノエも一人の男として、英雄と言う言葉に心惹かれるものが無いと言えば嘘になる。

 しかし……衛兵さんから聞いたところによると、アデプトになるためには拷問のような修行を耐える必要があるらしい。コノエには、自分がそんな修行に耐えられるとは思えなかった。

 

『ハーレムとか作れるんだけどな……奴隷の可愛い女の子に囲まれてイチャイチャできるんだけどな……』

 

 ハーレム。奴隷。イチャイチャ。あと、以前は惚れ薬とかも使えると言っていた。

 これも、興味を惹かれないかと言えば、それは嘘になる。……けれど。

 

『…………いいえ』

 

 でもそれは、間違っていることだった。少なくとも、コノエが今までの人生で培ってきた倫理観はそう叫んでいた。

 

 ……コノエは、己が人間不信気味だとは思っている。人を信じられなくなっている自覚はある。だから、惚れ薬に、己を必ず好きになってもらえる薬に、心がどうしても動いてしまう。人は信じられなくても、薬なら、と。過去のトラウマが顔を出しそうになる。

 

 ……それでも、それは、してはいけないことだから。

 

『……その、僕は、アデプトには、なれません』

『そっかぁ……』

 

 だから、コノエは断り、教官はちょっと寂しそうにしながらも受け入れる。

 ──コノエはアデプト候補生ではなく、研究員として学舎の門を潜った。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 このコノエは、孤独な死を経験していない。ベッドの上で、誰にも手を握ってもらえぬまま、終わっていない。

 故に、その選択には違いが現れる。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 こうして、コノエは研究棟に所属することになった。

 研究棟内に部屋をもらい、そこで働き始めた。

 

 そこでの生活がどういうものだったかと言えば……まあ、相変わらず、と言う感じだ。一人だった。世界が変わり、環境が変わり、仕事も変わった。けれど、コノエはコノエだった。

 

 コミュニケーションをまともに取れないコミュ障であることは変わらない。異世界に興味があると話をしに来た研究者もいたが、まあ会話はそれくらいだった。コノエも事務的な会話に終始していた。

 

 コノエは、異世界に来ても変われなかった。黙々と仕事をしていた。依頼された通り、地球の科学技術や、社会の在り方、法律、文化。コノエの知る限りのことを書き記して──。

 

 ◆

 

 ──そうして、そんな生活が続くこと、五十日。その頃には、コノエはコノエなりに一応研究棟に慣れていた。

 

 どれくらい慣れたと言えば、昼食を取る際の定位置が決まるくらいだ。なお、その場所は自分の研究室の部屋ではない。研究棟は、貴重な素材が保管されていたり、水の魔法実験などをする関係上、定位置以外での飲食は禁止だ。また、研究棟の食堂でもない。そこは人が多いので居心地が悪い。

 

『………………』

 

 今、コノエがモソモソとレンガ状保存食を齧っている場所。それは、研究棟と学舎の間にある中庭だった。木がたくさん生えていて、視界を遮る物が多い場所。

 その一角に周囲から見え辛い、ちょうどいい木陰とベンチがあって、コノエはいつもそこで食事をしていた。

 

 すごく美味しくない保存食を水を使って流し込むだけの時間。しかし、気まずかったり辛かったりはしない時間。

 その日もコノエは、いつものように短い食事をして、その後は自分の部屋に戻ろうとして──。

 

 ──でも、そのときだった。

 

『…………ん?』

 

 ガサガサ、という音がした。草と木を掻き分ける音。

 そして、音がしたかと思うと、人影が姿を現した。

 

『…………?』

 

 ……その人影はなんだか不思議な感じだった。目の前にいるのに、誰か分からない。

 なにかがズレている気がして、なんだろうとコノエは首を傾げる。人が来たからと去る前に、不思議すぎて思わず動きが止まった。

 

 その間に人影はごそごそとして……なんだか、羽織っている上着を脱いでいるように見えた。すると。

 

『…………え?』

 

 ──コノエは驚く。目を瞠る。

 何故って──白い翼が、見えたからだ。

 

【──よし! これで、分かるかな?】

『…………えっ』

 

 真っ白な翼の生えた少女が、目の前にいる。その少女が何者なのかは、コノエも知っていた。なにせ、一度会っている。加護をもらうときに。

 

 この世界の最高神、その分体。

 ──神様が、そこにいた。

 

【──ね、お願い。私に異世界のことを教えてほしいの!】




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