転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第14話 昼の時間

 その日、神様は思った。そろそろかなと。

 数千年前に母なる神から分かたれ、探求の概念と好奇心を植え付けられた神様は、学舎と研究棟の間、中庭に座る人影を見ながら思った。

 

 ――そろそろこの世界にも慣れてきただろうし、会いに行ってもいいよね?

 

 神様は、本当はずっと、定期的に上がってくる(コノエ)の資料に、すごくすごく好奇心が疼いていた。異世界の話が聞きたくて聞きたくて仕方が無かった。

 

 異世界。とてもワクワクする。この世界とは違う、遠い異界。どんな世界なんだろうか。どんな物があるんだろうか。ずっとずっと気になっていた。彼が来る前から、何千年も気になっていた。機会があったら話を聞きたいなと思っていた。

 

 ……でも、それなのに。今まで神様は迷い人と直接話が出来る機会はほとんど無かった。数少ない機会も、ずいぶん昔に他国の迷い人と僅かに会話をしたくらいだった。それくらいに迷い人と言う存在は珍しかった。……だから。

 

【――――よし!】

 

 だから、神様はその日、しばらく我慢していた己への制限を解除することに決めた。自分の部屋から認識阻害のかかったケープを取り出して、羽織って。行ってくるねと護衛の教官に言った。

 すると教官は少し苦笑しながら、まあ、彼なら大丈夫でしょう、と返して。そして、一応すぐに向かえるようにしておきますね、と自分の近くの窓を開けた。

 

 神様はそれにお願い、と言って、意気揚々と部屋から出た。普段の神としての落ち着いた雰囲気を放り投げ、内なる好奇心に従い学舎の階段を下りて行って――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――そうして、コノエの前に神様は現れた。

 コノエは、翼を大きく広げ、満面の笑みを浮かべる神様に驚愕し、ぽかんと口を開けた。

 

 神様。この世界の最高神、生命神の分体。世界中から崇拝されているお方であって、神国の実質的な頂点に立つお方でもある。

 そんな神様が突然食事をしているコノエの前に現れた。見間違いじゃないかと思って、しかしその真っ白な翼は見間違えようがない。コノエが先日、加護を授かった時と同じ姿。教官から生命神の加護はアデプトにならなくても若く健康でいられるよと連れて行かれ、謁見した時と同じだった。

 

【ね、私に異世界を教えて?】

『……いや、その、ええと』

【……?】

『……い、いいんですか?』

 

 コノエは困惑しながら、咄嗟に問いかける。その『いいんですか?』にはコノエ自身もよく分かっていない色んな意味が籠っていた。

 それは例えば、こんな所にいていいんですか、という意味だったかもしれないし、自分なんかと話していていいんですか、という意味だったかもしれない。もしかしたら、もっと踏み込んで、学舎敷地内とはいえ、こんな白昼堂々護衛も連れず一人で外を出歩いていていいんですか、と思ったのかもしれない。

 

 とりあえず、そんな複数の疑問がまとまって出てきたのが、『いいんですか?』という問いだった。すると。

 

【……? いいよ? あ、もしかして私のことを心配してくれてる?】

 

 神様は、そんな疑問の一部を正確に読み取って、にっこりと笑った。そして、ほら、護衛もいるし、と。神様が学舎の上の方を指差すと、その先の窓から教官が顔を出して、ひらひらと手を振った。

 

【あとね、このケープ。認識阻害がかかってるから、一定範囲の音消しをしてくれるし、ここに来るまでも人目にはついてないよ】

『……は、はあ、なるほど』

【だから、ね? 周りは気にせず、異世界のことを教えて?】

 

 神様は、手に持ったケープをコノエに見せつつ、目をキラキラと輝かせ、じりじりと近づいて来る。神様はすごくいい笑顔でニコニコしていて……。

 

『…………ええと』

【……ね? ね?】

 

 コノエはその辺りで、なんとなく理解した。突然すぎてよく分からないが、どうやら神様は事前準備をして絶対に異世界の話を聞くつもりで来たらしい。

 

『…………』

 

 でも、教えろと言われても何を話せばいいのだろうか。コノエはそう思う。

 緊張で口の中が渇くのを感じながら、どうすればいいのかと考えた。

 

 そうだ、コノエは緊張していた。当然だ。突然神様、天上のお方が民間人の前に現れて、話をしろという。これで緊張しない方が異常だろう。

 しかもコノエはコミュ障だった。話がとても苦手な人種。どうしろと言うのか。その上、なんだかさっきから妙に距離が近くなってきている。

 

 コノエは、カラカラになった喉を鳴らしながら、頭を必死に捻り。

 ――でも、そのとき。

 

【――わくわく、わくわく、わくわく】

『…………』

 

 ふと、神様の心が、コノエの心に触れた。

 なんだかもう、すごく楽しそうだった。わくわくとしていて、好奇心に満ちていて。何でもいいから異世界のことが知りたい! という声が聞こえて来るかのようだった。

 

 温かい気持ち。悪意なんてこれっぽちもない、純粋な感情がコノエの心に触れる。

 嘘のない気持ち。疑うことなんて出来るはずがないような想いが、真っ直ぐと伝わってきた。

 

 言葉を自ら封じ、心で人と触れ合う神様の在り方。

 その想いと温度が、コノエの心に触れて……。

 

『…………』

 

 ……それに、コノエは。

 なんだか妙に肩の力が抜けて、つい、緊張が遠くに飛んでいく気がした。

 

『……え、ええと』

【うん!】

『……わ、わかりました』

【――!!】

 

 ……だから、コノエは、自然とそう頷いていた。

 

 ◆

 

 ――それから。コノエは、神様に地球のことを精一杯話した。

 最初は自らが住んでいた日本について話して、そこがどんな場所だったのかを伝えた。

 

 自分がどういう風に生きていたかを基準にして、どんなものを食べていたのか、どんな社会だったのか、法律はどのようなものだったのかと。神様は一つ一つの話に大きな反応を返しながら聞いてくれて、コノエはそれに助けられながら話を進めていった。

 

 ――その中でも、神様が特に関心を持っていたのが、機械技術だった。

 

【――機械。人間が純粋な技術で作り出した道具。魔導具じゃないのに、魔法は使ってないのに、似たような働きをする】

 

 神様は最初、そもそも地球には魔法が無い、ということに懐疑的なようだった。話は聞いているけれど、信じられない、と。

 

 本当に魔法が無いの? 魔法が無かったら、どうやって人は生きていくの?

 火はどうやって起こすの? どうやって水脈を見つけて井戸を掘るの?

 水をどうやって浄化するの? 怪我をしたらどうするの? 薬は?

 身体強化魔法無しでどうやって畑を耕し、家を建てるの? 身体能力はあまりこちらの人間と変わらないんでしょう?

 

 そう神様はコノエに問いかけて、コノエは一つ一つに答えを返しつつ、地球の人類は科学を発展させ、技術を磨くことでそれぞれ乗り越えようとしてきた、と伝えた。

 そしてきっと、これからまだまだ発展していくのだろう、とも。

 

 神様はそんな話に、すごい、と目を丸くしていた。この世界でも似たようなことが出来るようになったらいいな、と。魔道具で少しでも再現できないかな、とも言っていた。神様はずっと楽しそうに微笑みながら聞いていて……。

 

【……本当に、神の権能と魔法が無くても、人は強く生きられるんだね】

 

 ……ただ、少し、ほんの少しだけ。

 ……そう呟いたときだけは、遠くを見るようだったけれど。

 

 ◆

 

 ――そして、しばらく経った頃。話が一区切りついたところで、神様がそろそろ、と立ち上がる。もう仕事に戻らなきゃと、残念そうな顔をしていた。

 

【今日は、ありがとう。すごく楽しかった】

『……いえ』

【……ねえ、また今度来てもいい? もっとお話を聞かせてもらいたいな】

 

 最初と比べると落ち着いた様子の神様が、ちらちらとコノエ見ながら言う。

 コノエはそれに――あまり悩むことなく、はい、と頷いた。

 

 すると神様は嬉しそうに相好を崩して、じゃあまた来るね! と手を振りながら去っていって。

 

『…………』

 

 コノエは、一人中庭に残される。神様が居なくなると、一気に周囲が静かになった気がした。

 そろそろ僕も戻らないと、と研究室へ足を向けて……。

 

 その途中、なんとなく、コノエは思う。僕、さっきの話で変なこと言わなかったかなと。コミュ障の性だ。人と会った後、反芻(はんすう)して不安になる。変なこと言って相手を不快な気持ちにさせてたらどうしよう、と。

 ……でも、よく思い出すまでもなく、神様から伝わってくる雰囲気はずっと楽しそうだった。

 

 …………そうだ。疑えないくらい、ずっと楽しそうだった。温かくて、真っすぐだった。

 

『………………また、今度、か』

 

 コノエは知らず己の胸を押さえつつ、神様の別れ際の言葉を思い出す。また今度。次のいつかの約束。

 

 コノエは、いつになるのかな、と思う。十日後だろうか。百日後だろうか。それともさらに先だろうか。

 神様は国のトップなのできっと忙しいだろうし、しばらく先になるだろうなと思う。いや、それどころかもう二度とない可能性も十分にあった。むしろそれが当然だろう。

 

 ……でも。

 

『……約束したんだし、次に備えて何話すか考えとこうかな』

 

 ……瞼の裏に浮かぶ神様の笑顔に、コノエは自然と表情を緩め、なんとなくそう呟いて――。

 

 ◆

 

 ――そして、その翌日。

 

【来ちゃった!】

『……』

 

 神様は、二日続けてやって来た。

 

 ◆

 

 それから。コノエと神様の、ちょっとした関係が始まった。

 神様はいつもケープを羽織り、昼に食事しているコノエの元を訪れた。異世界の話を聞きたがった。昼時だけの短い時間、コノエは神様に話をするようになった。

 

【車、飛行機、すごいねえ……飛行機は空飛ぶ魔物にやられそうだからこっちだとダメだと思うけど、夢があるねえ……】

【農作物の収穫をしてくれる機械があるの? 穀物の脱穀も? すごく便利……】

 

 神様が来るのは、毎日ではなかった。流石にそれは最初だけだった。

 けれど、十日に一度は必ずコノエの元を訪れて、話をした。

 

【そっちにはどんなお菓子があるの? 名前を言ってみて。言語の加護で翻訳されたらこっちにもあるお菓子、翻訳されなければ、無いお菓子だよ】

【クッキー、ケーキはこっちにもあるね。……ぱふぇ? ぱふぇってどんなの? 美味しいの?】

 

 時間は過ぎていく。段々と、特別は当たり前になっていく。

 いつしかコノエは、神様と当然のように話せるようになった。

 

【異世界の音楽、興味あるな。ちょっと歌ってみて? 音痴? 気にしないよ】

【……うーん……うーん……】

【……まあ、これはこれで。音楽家に頼んで後世に残そうか。……え? 絶対嫌?】

 

 ――そうして、コノエが異世界にやってきて、三年が過ぎた。




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前回載せるのが遅れたのでもう一度載せますね……

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