転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第16話 界律

 ──その後。コノエは少しペースを落として調査をすることになった。

 迷い人なんて滅多に来ないし、急ぐ必要はないでしょ? と神様に諫められたからだ。翼を大きく広げた神様に無茶しちゃダメ、と叱られた。

 

 なのでコノエは、一年の半分を他国で過ごすような生活から、四分の一へ減らすことになった。そうして、残りで資料をまとめたり地球の道具の再現に着手した。とりあえず魔道具で電気ケトル擬きを作ってもらったら、火を使わないのが良いとそこそこ人気が出た。

 

 そんな感じで真面目に毎日仕事をして、それなりの成果もあげて。

 そして……。

 

【コノエ、来たよ】

『……はい、神様』

 

 ……昼の時間には、コノエは中庭へ向かった。

 コノエは世界を飛び回るようになってもコミュ障のままで、昼時になると必ず一人ベンチに座った。すると、数日に一度は神様も下りてきた。

 

 コノエが新しいことを話せなくなった後も、神様はコノエの元を訪れた。

 いつしか話題は、異世界のことからコノエ自身のことに変わり、神様自身のことに変わった。コノエが他国に行った時の話。神様が読んだ本の話。二人で、何でもないことを話した。

 

 ごく普通の、特別では無い時間が、そこにはあって……。

 

 ◆

 

 そのうちに、いつしかコノエが資料作りを始めてから二年が経った。

 異世界に来て、五年目。コノエは資料を完成させた。

 

 まあ、とは言っても、一度にすべての国を作ることは出来なかったので、神国とアーキノルカの資料だけだったけれど。

 なお、何故アーキノルカを選んだのかと言えば、以前の迷い人の手記が残っていて、それにとても助けられたからだ。結婚相手の姫巫女さんとのイチャイチャ描写が妙に多かったものの、細かい風習やルールが載っていて、とても参考になったから。

 

『……教官、これを国に納めます』

『うん、受け取りました。…………よく出来てるね。君の次の迷い人が来た時には、参考にさせてもらうよ』

 

 コノエは作った資料を、神国とアーキノルカの資料室に納めた。

 アーキノルカの資料の最後には、是非神国を一度訪れてくれと書いたので、きっといつかは誰かが来てくれると良いなと願いながら。

 

 ……そして、その後は他の国に取り掛かる。

 まず大国の資料を全て作るのを目標に進めていって。

 

 転移して、歩き回って。話をして。そのうちに、一国、また一国と資料が完成していき──。

 

 ◆

 

 ──時間は、進んでいく。どんどんと、どんどんと。

 決して止まらず、進み続ける。それからさらに、二年が過ぎた。

 

 七年目の、なんてことのないある日。

 

【……それにしても、来ないね】

『……え?』

 

 中庭でいつものように話をしていると、神様がふと呟いた。

 何のことかと言えば──迷い人、全然来ないね、と。

 

【あ、でも、迷い人本人からすれば来ない方が良いのかな。……こっちに来たら家族も財産も全部失う訳だし】

『……それは、まあ』

【じゃあ悪いこと考えちゃったかな。…………でも、私ね。迷い人に見せたいなぁって思ったの。あなたの資料。だってせっかくあんなに頑張って作ったんだもん】

『…………いや、その』

 

 国ごとに変えててすごいよね、あれ、と褒めてくれる神様に、コノエは照れつつ。

 

 ……しかし、迷い人が来ないとは言っても、そもそも迷い人は全世界でも百年に一度いるかいないかくらいだ。しかも、大半は街の外に迷い込んで、魔物に殺された後に発見される。神都に落ちたコノエが、とても運が良かっただけだった。

 

 ……なので、まあ難しいですよね、とコノエは返す。すると。

 

【そうだよね。……迷い込む以外でも、異世界人と会う方法があればいいのにね】

 

 神様はそう、何気ない感じで呟いて。

 コノエは、それに当たり障りのないことを返そうとして……。

 

『…………』

 

 ……そこで、ふとコノエは思い出す。日本にいた頃の記憶を。

 それは、コノエがかつて読んだ物語の話だ。異世界の物語。

 

【異世界召喚?】

『……はい』

 

 コノエは、久しぶりに新しい話が出来て嬉しくなりつつ、説明する。

 魔法で異世界人を召喚するフィクションの話。召喚魔法だとか、死んだ魂を呼び寄せるとか。そういう話をコノエは神様に語った。

 

 神様はそんな話に、最初は面白いねと笑っていた。そっちの世界、魔法が無いのに、魔法の物語があるなんて変わってるよねと。

 

【…………?】

 

 でも、話が進んでいくと、なぜか真剣な表情になる。

 神様は少し考え込んでいて、そして。

 

【…………それ、もしかしたら、出来るかも】

『……え?』

【生きたまま召喚は無理だけど、死んだ人をこちらに呼び寄せるのは、出来るかもしれない】

 

 神様はそう言って、コノエには見えないものを見るように虚空を見た。

 

【……実はね、あなたの世界と、こちらの世界はとても近くにある隣接世界なんだよ。表と裏くらいに】

『……そう、なんですか?』

【うん。あなたもこちらに来るとき、長い距離を移動したような感覚、無かったでしょ?】

 

 ……それは確かに、とコノエは思い出す。当時は普通に道を歩いていたら、気付けば噴水の中だった。確かに一瞬だった。

 

【本当に、すごく近いんだよ。だから、魂だけなら連れてくることが出来るかも。世界の壁があるから、肉体は余程運が良くないと──あるいは悪くないと、越えられないけれど】

 

 あちらとこちらの世界の壁、網目状に近いんだよねと神様は言う。

 今まで考えたこともなかったけど、魂なら上手くやれば抜けられるかも、とも。

 

【死者の魂さえ連れてくることが出来れば、私の権能で受肉も出来ると思う。……まあ、魂が壊れてないのが前提だけど】

『……それは、凄いですね』

 

 コノエは、知らないうちに凄い話になって来て、目を丸くしつつ。

 いや、コノエとしてはちょっとした雑談のネタのつもりだったんだけど。

 

【……考えれば考えるほど、出来そうな気がしてきた。異世界召喚。異世界間なら、死の界律も掻い潜れるだろうし】

 

 神様は、そこまで呟いて……あ、界律って言うのはね、とコノエを見た。

 

【あのね、コノエ。実は世界には、ルールがあるの】

『……ルール?』

【そう、世界は、力を持っているの。そして、世界が決めたルールは基本的には破れない。この世界で生きる以上、従わなければならないルール。それを界律って言うの】

 

 例えば、『死者は復活しない』という界律、と神様は言った。これがあるから、この世界では死者は復活しないんだよ、と。

 それ以外にも、物を落とせば地面に落ちていく、とか、水を冷やせば凍る、とか、魔法を使えば魔力が減る、とか。そう言うのが界律なのだと。

 

 コノエは、それに、物理法則のことを界律と言っているんだろうかと思う。まあ、魔力とかちょっと違うのも混ざってはいるけれど。でも、魔法はこの世界では立派な法則の一種だった。

 

【界律は強固で、本来は決して破れない。そういうルールなの。……まあ、とは言っても、本来って言っているように、一部例外があって。

 ──それが、神々の権能と固有魔法。この二つなら界律に干渉できるの。つまり、神の力か、世界を歪めるほどの強固な意思だけが界律を侵すことが出来る】

『……なる、ほど?』

【ただ、界律にも強度があるから、神の力や固有魔法なら何でもできるってわけじゃないんだけどね。特に死の界律は特別強固で、神であってもほとんど触れることが出来ない】

 

 死は限りなく絶対に近いんだよ、と神様は言う。

 本当に例外中の例外じゃないと、干渉できないの、と。

 

【……例外の中の例外、特別の中の特別な固有魔法。一瞬であろうとも、神を超えた先でしか、死には干渉出来ない】

 

 神様曰く、過去には死を無かったことにして復活する魔王や、愛する人の魂を死から保護する力を持った固有魔法の持ち主がいたらしい。

 でもそんなのは本当に珍しいし、莫大なリソースか才能が必要のようだ。それが出来れば、一人で世界を変えることもできる可能性があるのだとか。……なお余談だが、死の界律と同程度か、それ以上に強固なのが時の界律らしい。

 

 ……いやもう、一般人なコノエとしては理解の外で、なんか凄いなとしか言いようがなかった。

 

【ちょっと話がズレちゃったけど、要するに何が言いたいのかというと……世界にはルールがあるから、普通は死者の復活は出来ない。ここまでは分かった?】

『……はい』

【うん、で、その上で、なんだけど……そのルールはあくまでこの世界の中のルールであって、異世界の死には関係が無いんだよね】

 

 ──だから、異世界で死んだ人の魂は、多分この世界では復活できる……と思うの、と、そう神様は言った。もしかしたら異世界召喚、理論的には可能かもしれない、とも。

 

 ……そこで、最初に戻って来るわけか、とコノエは頷き。

 

【……まあ、色々語ったけれど、理論的に可能なだけで、実際には難しいだろうけどね】

 

 と、神様は真剣な表情を崩して笑う。出来るかもしれないだけで、無理だよと。

 コノエも、そんな神様につられて笑った。

 

 そして、話に一区切りついたからか、神様はベンチの横に置いていたバスケットを取り出す。

 開けると、中にはクッキーが入っていた。

 

 雑談である以上、話が終わればそれ以上でもそれ以下でもない。神様は異世界召喚の話を切り上げ、クッキーを召し上がれと差し出し、ポットからお茶も淹れてくれる。飲みながら二人でそれを摘まんで。

 ……その後は、コノエが他国で食べた激辛料理の話に移っていった。

 

 ◆

 

 さらに、時間は流れる。時は止まらない。界律で、そう決められている。

 一年、二年と進んでいき、そうして、気付けば。

 

【コノエ、あとちょっとで、何の日が来るか、分かる?】

『……?』

【……もう、やっぱり忘れてる。あのね、あと三十日で、あなたが学舎に来て、十年になるんだよ?】

 

 ──十年目が、やって来た。コノエがこの世界に来て、十年。

 もう十年かと目を丸くするコノエに、笑顔であっという間だったねと言う神様。

 

【お祝いしなくちゃね】

『……いや、いいですよ』

【ダメ、絶対する】

 

 日頃のお礼に美味しいもの作るから、教官(あのこ)も呼んでパーティーしようね、と神様は笑う。

 その日は絶対予定空けといてねと言って、去って行った。

 

 コノエはそんな神様に……。

 

『……お礼って、僕がする方ですよ、神様』

 

 呟きつつ、息を吐く。正反対だ。

 沢山のモノをもらったのは、自分だというのに。返さなきゃいけないのは、こっちだというのに。……でも、神様はずっと、そんな方だった。

 

 ……だから、コノエは。

 

『……料理作るって言ってたな』

 

 軽く頭を振りつつ、じゃあこっちも何かしないと、と。コノエは思う。

 そして、何か返せるものはないかと考えて。

 

『……あ』

 

 天啓のように、ふと、一つのアイデアが浮かんできた。これなら絶対に喜んでもらえると確信できるようなアイデアが。

 幸か不幸か、今まで神様に話したことが無いそれを、コノエは思い出した。

 

 神様の驚きと笑顔がコノエの脳裏に浮かぶ。

 だから、コノエはその日から、準備のために各所を走り回ることにして──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ──けれど、結論を言えば、そのパーティーは開かれなかった。

 

 それは、神様とコノエが約束をした、二十日後のこと。

 神国の三つ隣の国に、天を覆う程に巨大な竜が出現した。




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