転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
また、今日の更新は文字数が多めなので注意してください。
──魔王、出現。その知らせは、瞬く間に世界中に響き渡った。
天を覆うほど巨大な魔王が海の底から出現し、その奇襲によって大国の都が崩壊したと。
助かったのは神様の分体と、アデプトたち、そしてアデプトたちが必死に守り抜いた一握りの人だけだった。僅かな時間で数千年の歴史を誇った大国の都は跡形もなく消え、住民はほぼ全て死んだ、と伝えられた。
『…………本当に?』
……コノエは、パーティー用の魔道具の調整をしている所を呼び出され、その知らせを聞いた。周囲の研究者と共に呆然としながら。
死んだという。皆死んで、消し飛んだと。
『…………』
……滅びた大国には、コノエも資料作りのために何度も訪れていた。知り合いより親しくはなれなかったけれど、何人もの顔を覚えていた。
単位の換算表を作るために大きな工房を訪れたとき、出会った親方がいた。最初はうちの国の単位にケチをつける気かと嫌そうな顔をしていた。でもこれから身一つで異世界に落ちてきて苦労するだろう迷い人の為だと言うと、何かを堪えるかのように上を向いて、仕方ねえなと全面協力してくれた。涙もろい人だった。
学舎の食堂で、気さくにコノエに話しかけ、あんた痩せすぎだよと料理を多めに盛った人がいた。多すぎて食べるのが大変だったけれど、でもその魚料理は本当に美味しかった。
その他にも、色々な人とコノエは出会った。あの人たちは、死んだのだという。工房で働いていた人たちも、学舎で出会った人たちも、市場を歩いていた人たちも、皆、死んだのだという。
……そして、都の周辺の都市も、片端から潰されつつあると。
『……………………』
魔王。世界を滅ぼす怪物。夢幻の魔王を最後に、四百年現れていなかったという、邪神の悪意。憎悪をもって全てを消し飛ばす、消滅の権能を持っているらしい。その出現によって、あっという間に数えきれないほどの人の命が奪われた。今も、奪われつつある。
あまりに唐突で、一般人のコノエは愕然とすることしか出来ない。悲しむこともまともに出来ず、ただただぽかんと口を開けていて……。
『──行って参ります、神様』
【……必ず無事で帰って来て】
そうしている間に、神国のアデプトたちが魔王──天蓋竜との戦いに出陣していった。学舎の前で、神様とアデプトたちは一人一人言葉を交わし、転移門で旅立っていった。
決戦の地に向け跳んでいくアデプトと騎士たちの表情と雰囲気は、とても硬かった。否応なしに厳しい戦いになるのだと理解させられた。
……あっという間に、重い空気が都市を包み込んだ。
『……昨日まで、平和だったのに』
コノエは、困惑しながら呟く。神都中から人が消えた。
そして、代わりに──神殿の前に、人が集まった。
皆、祈っていた。神殿で。神殿に入れないものは、家で祈っていた。
きっと、人類が勝利しますようにと。きっと、英雄が邪悪を討ち滅ぼせますようにと。
そうだ、大国は滅びた。けれど、原初のアデプトはまだ生きている。夢幻殺しの聖女様も、極天殺しの英雄も。そしてなにより──神国の最強、十七の魔王を殺し人の世を広げた、希望の英雄がいる。
だから皆、祈った。教官の勝利を、アデプトたちの勝利を祈った。祈って、己の魂の力を神に捧げた。
どうか、どうか、かの魔王を討ち滅ぼせますように。
どうか、どうか、これ以上大切な人が死にませんように。
コノエも膝を突き、教官の勝利と無事を祈った。祈って、祈って、祈り続けた。
情報が規制されているのか、彼方の地で何が起こっているのかも分からないままに。祈り続けて──
◆
──そして時が過ぎる。十日が経った。
その日、ついに、魔王との一大決戦が行われた情報が入ってきた。死にかけたアデプトと騎士たちとサポート要員が帰って来て、だから分かった。
どうなったのかと集まる民に知らされた結果は──。
『────え?』
────決戦は、敗北。
幾百のアデプトが死亡し、敗走。魔王は未だ健在。それが、結果だった。
◆
そして、耳を疑う人々に、次いで入ってきたのは、魔王がアーキノルカに向かっているという情報だった。
アーキノルカ。不死の魔王がいる場所。つまりは、不死の魔王の封印を解放しようとしているのだと、すぐに理解できた。
そうなれば、どうなるか。人類は二体の魔王を相手に戦わなければならなくなる。一体でも世界を滅ぼせるだけの力を持つ怪物が同時に襲ってくれば、その先は……。
『『『『『…………』』』』』
……子供でも分かる結末に、人々は愕然とした。世界が、滅ぼうとしている。
ある父は己の身が盾にすらならない事実に呆然と己の掌を見た。妻と子を逃がそうにも、どこに逃がせばいいのか分からなかった。
ある母は生まれたばかりの我が子を見て、次に、成長したときに備えて、手ずから縫ってきた子供服を見た。幸せな未来を想像して縫った服を。
唐突に、未来が奪われようとしていた。
だから、誰もが絶望しようとして──。
【──いいえ、まだ終わっていません】
──でも、膝を突く人々の前に、神様は立った。
そして、言った。まだ終わっていない。現地ではアデプトたちがまだ戦っている。諦めないで、祈り続けて、と。
神様は翼を大きく広げ、人々を鼓舞した。
人々は、この世界の最高神、純白の神の姿を見た。
だから、人は、堂々と立つ神様を仰いで、なんとか踏みとどまった。
自暴自棄にならず、その瞬間も戦い続けている英雄たちのためにまた祈り……。
◆
……コノエは、そんな神様を見ていた。神様だけを見ていた。
『……神様』
凛と皆の前に立つ神様を。でも、血の気を失って青ざめた顔を、少しだけ引きつった頬を、見ていた。神様を、ただただ見ていた。
『………………』
コノエは、神様が心配だった。魔王は怖かったけれど、それよりも神様が無理をしているのが分かった。
……でも、心配だけれど、己に出来ることは何もない。その事実に唇を噛んで。
『…………僕は』
忸怩たる思いを抱えながら。コノエは知らず、研究棟の己の部屋に戻った。十年過ごした部屋に。すると、一つの作りかけの魔道具があった。試作と試運転を繰り返してきた魔道具。
異世界十年目のパーティーのための、魔道具。神様のために作った魔道具だった。……本当なら、パーティーがあるはずだったのにな、とコノエは思い出す。
……いや、パーティーはどうでもいい。
ただ、きっと神様は笑ってくれただろうなと思うと、悲しくて。
『…………そうだ』
……そこで、コノエは、ふと思い立った。
魔道具の調整を再開する。試作しつつ、回転する機構の速度を調節したりする。
これが完成したら、アレを作れる。そうしたら、神様はきっとすごく喜んでくれる。神様の気を少しは楽に出来るんじゃないかと思った。
……ああ、でも、今の戦時態勢じゃ難しいかもしれない。それなら、駄目だったら、全部終わったときに渡そう。教官が勝って、帰ってきたら。疲れた神様の慰めになると思った。教官も面白がってくれるかもしれない。
『……』
──そんな日が来ればいいなと願いながら。
コノエは、その魔道具を最後まで完成させた。
◆
そうして、翌日。アーキノルカを背に、教官たちがもう一度天蓋竜に挑むという連絡が入ってきた。神様は人々の祈りを束ね、力と為すために学舎の屋上に立った。
コノエは、祈った。食事と睡眠をとるとき以外、祈り続けた。
一日が過ぎ、さらにもう一日が過ぎた。
……けれど、良い情報は何もなく、転移門から死にかけたアデプトや騎士と……消し飛んだ遺体の一部が帰って来ていた。
遺族の悲痛な叫びが静まり返った神都に
人々は、恐怖に震えながらもただ必死に祈り続けて──。
◆
──そして、三日目。
──魔王出現から、十五日目がやって来る。
その日も、神様は屋上にいた。屋上に立って、天を見上げていた。
コノエも、学舎の庭から神様を見上げ、祈りを捧げていた。
周囲は雲に覆われて薄暗く、お世辞にもいい天気とは言えなかった。
雨が降るかもしれないな、と思った──。
◆
──そのとき。それが、来た。
『──?』
唐突に、空が蓋をされた。予兆はなかった。まるでふと鳥が鳴いた瞬間のように、何の脈絡もなく、ナニかが現れた。
薄暗かった空は夜のように真っ黒になる。そこにあったのは。
『────』
──あ、死んだ。
コノエは、考える前に理解できた。死ぬ。必ず死ぬ。それくらいに、大きかった。それくらいに、恐ろしかった。
鍛えていない一般人でも分かる強大な気配。魔王。死がすぐそこにいる。何故かここに居る。終わるのだと、本能で分かった。
コノエには何もできない。ゴミのように殺される未来しか見えない。
象と蟻。天と地。雲と泥。圧倒的な差を表す言葉が何の役にも立たないような、それだけの差。存在としての階梯が違う。
コノエは、民は、ただ呆然とすることしか出来ない。
そして、そんな人々の上空で、強大な力が収束する。何かをする時間もないままに、黒が落ちてくる。
神都は、天蓋竜の一撃で消し飛ばされようとして──。
【──ああぁ!】
──しかし、その間際。叫びがあった。
白い光が闇を切り裂き、広がる。純白の翼が開き、包み込む。
──守護の権能。神様の盾が神都の空を覆った。
◆
神都の空に広がった、純白の盾。神の翼。人を愛し守る母なる神の権能。
その力は、天蓋竜のブレスが放たれる直前に展開された。
【────】
『──■■』
白き翼が神都を守り、それを消し飛ばさんと黒き力が天空より落ちてくる。
瞬き以下に時間に双方は激突して──。
【────あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁああ゛あ゛あ!!!!】
──バキバキ、と。音を立てて、白き盾が壊れていく。
僅かな拮抗の後に砕けていく。
悲鳴が神都に響き、神様の体から、血が噴き出す。
【────あ゛、ぐ】
バキバキ、バキバキと盾の崩壊は続いていく。神様は、瞬く間に血に塗れていく。
純白の翼は砕け散ろうとしていていた。もう数秒だってもたないだろう。
『──ぁ』
それに、コノエは……その真っ赤な色に、絶望から我に返る。咄嗟に神様に手を伸ばした。
何ができるでもない。けれど何かをしたかった。
(……神様)
しかし届かない。あまりにも遠い。時間が無い。黒き力は降り続けている。白き盾はもう砕けようとしている。
白い盾が砕ければ、神様はきっと死ぬ。黒い力は、神様を飲み込むだろう。そうして、きっとコノエも死ぬことになる。
(──神様、僕は)
──故に、それは、正しく走馬灯だった。神様の笑顔が、コノエの脳裏をよぎる。
そして、同時にコノエの脳が加速していく。全てがゆっくりと見える。死を目前に、脳に魔力が回り、己の死を回避しようと加速して……。
……いいや、違う。そんなことはどうでもいい。
己の死なんてどうでもいい。そんなことより──。
(──待ってくれ。その方は。その方だけは)
──神様。神様が、死のうとしている。
全身から血を噴き出し、倒れようとしている。
(──その方だけは、傷つけないでくれ)
コノエは頭の中で叫ぶ。嫌だった。それだけは嫌だった。
神様だけは、傷ついてほしくなかった。コノエは、己よりも、他の何よりも、神様に傷ついて欲しくなかった。
苦しそうな顔なんてして欲しくなかった。ずっと笑っていてほしかった。ふとした時に浮かべる笑顔を、見ていたかった
面白い話を聞いたのでもいい、甘いものを食べたのでもいい。何処でもいい。何でもいいから、笑ってほしかった。それが、それだけが、コノエの願いだった。
コノエは、本当に、それだけでよかった。よかったのに。
なのに、今、神様は血に塗れている。死のうとしている。
──だから。
(──神様、だけは)
だから。コノエは、願った。世界に願った。神様を、失いたくないと。守りたいと。
そう、何よりも強く願ったから──。
──渇望は魂に傷を刻み、世界に流れ出す。流出した力は世界を侵す。
──界律は意思によって捻じ曲がり、力を顕現する。
そうだ、この世界は、意思こそが何よりも力を持つ世界故に。
コノエから溢れだした白い光が、天へと奔り。
──固有魔法──
消滅のブレスから翼を守るように、純白の盾が展開された。