転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──それから、時間は過ぎて行った。
天蓋竜は滅び、人々はまた、日常を謳歌していた。
世界は救われた。コノエの名前は教官の名前と共に世界に広まり、英雄となった。
神様のために盾となった異世界人。本になり、歌になり、子供の名前にも使われるようになった。
平和になった世界では、ちょっとした異世界ブームが起きた。異世界の文字を刻んだグッズが売られた。そこには決まって、神様と英雄の色を表す、『白』と言う漢字が刻まれた。
街で遊ぶ子供たちが、必殺技で異世界シールドを出すくらいには、異世界の存在が浸透していった。
……そうして、そんな世界で、神様は。
『……異世界召喚?』
【うん、試す価値はあると思うの】
天蓋竜討伐から、十年。戦後処理に少し目途がついてきた頃。
学舎の一室で、神様は教官に相談していた。
異世界召喚。かつて、中庭でコノエと話したこと。
当時は無理だと笑った。けれど。
【…………どうかな?】
『……そう、ですね』
そんな神様に、教官は顎に手を当てつつ。異世界召喚と言う突飛なアイデアを、頭の中で転がした。出来ること、出来ないこと。現実。異世界の技術。
理論を聞くと可能そうに聞こえるが、あまりに常識からかけ離れていて、簡単には頷けない。抵抗があった。
『…………』
──けれど、その抵抗と同時に。
教官は
かの漆黒の竜を、思い出す。少し、何かがズレていたら、世界は滅んでいたかもしれない。それだけの敵だった。勝てたのは幸運でしかなかった。次に同じような強さの魔王が出てきたら、勝てる保証なんてどこにもない。
……だから、天蓋竜との戦いの後、教官は常々、思っていたことがある。
──このままでは、駄目だ。なにか、新しい一手がいる。
『…………やりましょう』
【──!】
教官は、ずっとそんな危機感を抱えていたから。神様に頷いて返す。
異世界召喚が、どれほどの力になるのかは分からない。でも、このまま漫然としていても、何も変わらないと思ったからだ。
……それに、教官も。コノエ──十年見てきた異世界人の男が遺したものに、思うところが無いなんてことは、決してなかったし。
『……少し、忙しくなりますね』
【──うん!】
──こうして、異世界召喚計画が、神国の一室で始まった。
◆
それから、教官と神様は人員を集め、異世界召喚実現のために動いた。
世界会議で発表し、各国のトップ層と面会して、働きかけた。
当然、最初は反対意見が凄まじかった。突飛で前例のない計画に、正気を疑われることもあった。
……けれど、粘り強く交渉していくうちに、少しずつ風向きが変わっていった。
天蓋竜の脅威を見て、このままでは駄目だと思った者は、各国にも多くいたからだ。何か新しいモノが無ければ、次の魔王では、世界が滅びるかもしれない。そう思っていた。
『お姉さま。私も協力させて頂きます』
段々と、仲間が増えた。聖女と、その国の神様の分体を始めとして賛同者が出てきた。
その中には、協力の際、コノエのことを口にする者もいた。資料作りの際、各国に出向いていたコノエは、要人たちと面識があった。
『彼、目が全然合いませんでしたね……でも』
聖女は思い出すように言った。口下手で、目が合わなくて──しかし、己の神様のことを何よりも大切に思っていた男。見ればわかった。
そして、その想いに殉じた男に、やっぱり、思うところが無いなんてことは、なかった。
……当然、天蓋竜の脅威と次への不安が、賛成の一番の理由だったけれど。各国のトップは、人情に流されて判断したりは、しないのだ。
『──では、賛成多数で、異世界召喚計画の実施を承認いたします』
天蓋竜討伐から、二十年目。計画が始まった。異世界召喚魔法の開発が始まり、世界中から魂の専門家が集まった。
開発目標は、そもそもの魂を連れてくる魔法、そして、反対派の付けた条件の解決だった。
反対派の条件はいくつかあったが……その中でも特に重視されたのは、召喚を望まないものを召喚しない、という条件付けだった。
これは、火種を生まないための条件だ。異世界に来たくない者、死を望んでいる者を無理に呼び寄せればトラブルを生むだろうから。また、受肉するために使うエネルギーも無限ではないし、十分に生き切った老人ばかりが召喚されても困るためだった。
この課題については、こちらに連れてくる前の魂の状態で、異世界への転生を望む者だけを引き寄せるようにする形で対応することになりつつ。
その他の技術的問題とも向き合い、計画は少しずつ前進していって──。
◆
──時は流れ、開発は一歩ずつ進む。
その一方で、世界もまた、段々と変わっていった。
三十年が過ぎた頃だ。世界中で問題になりつつも、永きに渡って解決の糸口が無かった問題──世界の単位問題に、変化が起き始めていた。
こちらもやはり、天蓋竜の脅威が発端だった。天蓋竜のあまりの恐ろしさに、世界中で協力して技術を発展させなければ、人類が滅ぶという危機感が生まれたからだろう。
……いいや、正確に言えば危機感自体は今までもあった。ただ、どうしても隣の国や、そのさらに隣の国の単位に変えるとなれば、どうしても角が立っていた。どの国も残すなら自分の単位をと叫んだからだ。
しかし、そんなときに、一人の男が作った単位の換算表が見つかった。世界を救った英雄が残した、単位の換算表だ。これならば、と頷くものが多くいて──。
──天蓋竜討伐から四十年が過ぎた頃。十大国での単位が、異世界の単位で統一されることになった。
◆
そして、天蓋竜討伐から、五十年後。この年に、天蓋竜討伐を祝う記念式典が行われた。
天蓋竜討伐に関わった英雄が祝杯をあげ、かの異世界人や原初を始めとする犠牲に祈りを捧げた。世界全体での大きな祭りだった。
世界は、未来へ進んでいくのだという希望に満ちていて……。
【…………】
このとき。神様は、こっそりと、コノエ用の式典の衣装を作っていた。
お祭りの主役なのだからと飾りを多めにしたら、とても派手な服になった。出来上がった衣装を見て……あの子、こんな派手な服、もしかしたら嫌がるかもな、と神様は苦笑した。
着たくないと抵抗するだろうなと。でも、沢山お願いしたら着てくれるかな、とも思った。
五十年前の記憶を思い出しながら、神様は作った衣装を抱きしめ──。
──でも、着る人はいないから、誰も袖を通さず、思い出部屋に入れられた。
◆
──時は、進む。そうして、天蓋竜討伐から、七十五年目。
ついに、異世界召喚の術式が完成した。入念な確認の後、実行に移され、数十人の異世界人が、この世界にやって来た。
初めの教育用に、コノエが作った資料を改造して、使った。それでもトラブルはいくつも起きて……けれど、時が経つにつれて、段々と上手くいくようになった。
コノエが言っていた、異界の技術が入ってきた。様々な技術が、凄まじい速度で進化を始めた。
【…………】
……ただ、神様は。『わたがし』については、どうしてか、聞けなくて。
◆
こうして、天蓋竜討伐後、世界は大きく動いた。
より良い方向へ進んでいこうという意思が、一人の男が遺したものが、変化を起こしていき──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──けれど。
その、一方で。
[────!──]
その変化を、面白く思わないモノがいた。
──邪神である。
◆
──ここから先は、金の権能でも見られない、闇の中の記憶だ。
[──、────]
現代から
認められなかった。許せなかった。
異世界人、迷い人。たった一人のイレギュラーで、つまらぬ凡人のせいで、天蓋竜が殺された。
乾坤一擲の一手だった。世界を滅ぼせるだけの力があったはずだった。そのために、数千年集めてきた憎悪をすべて投入したというのに。
同じだけの魔王を作るのに、これからどれだけの時間がかかるだろうか。そう思うと、憤怒以外の感情は湧かなかった。
しかも、人類は、この七十五年で異世界召喚なる技術を確立させたらしい。異世界。技術が極めて発展している世界。
邪神は外の世界から侵略しに来たが故に、隣の世界のことも見ることが出来た。
どれ程進んでいるのかを知った。だから、あの世界の技術が、この世界に入ってきたら。科学と魔法が組み合わされば、どのような発展が生まれるかと思うと気が気ではなかった。
次の魔王までにはかなりの時間がかかる。そのとき世界がどうなっているか邪神には分からなくて。
[──、────・──]
どうにかしなければ。邪神は考えた。しかし思いつかない。
その頃、邪神が手掛けていた魔物の開発があまり上手くいっていなかったことも、その問題に拍車をかけていた。
邪神は銀への対策として、時の界律へ干渉できる魔物の開発をしていた。デーモン塊だ。数多のデーモンを組み合わせ、莫大なリソースを生み出し、時空に干渉する計画。銀の時間停止を封じたり、千年前の過去世界に干渉し、アデプトになる前の銀を殺せないかと考えてのことだった。
けれど、上手くいかない。数百のデーモンを繋いでも、時間停止は出来ても刹那がいいところで、銀には遠く及ばなかった。過去干渉は、千年はおろかほんの一瞬前にしか影響を及ぼせない。
これでは、銀に何の痛痒も与えられない。時の界律はあまりにも強固だった。銀がどれほど異常な存在かを思い知らされた。
[────+]
やはり、天蓋竜がよかった。邪神はそう思った。
あれほどの魔物は他にない。取り戻せたらと。
けれど、時と同様に、死の界律は極めて強固だった。
邪神であろうとも、天蓋竜を復活させることは出来ない。
[────:──]
おのれ、と邪神はあの異世界人を憎悪する。あの男が全ての元凶だ。
天蓋竜を殺し、異世界召喚まで始めた。
あの男さえいなければ、と、邪神はそう思い──。
[────?──]
──そのとき。あれ、と邪神は思う。そこで、気付いた。
もしかしたら──
ヒントになったのは、異世界召喚だ。異世界であることを利用して、死の界律を潜り抜けている。それならば──。
──
もっと具体的に言えば──デーモン塊の時空干渉で、
そして、あの異世界人を事前に殺し、この世界に来なかったことに出来れば──過去の因果は逆転し、
邪神は、そう考えた。銀ではなく、あの異世界人を過去改変で殺すのだ。
[────!!──]
邪神は、さっそく実行した。予想通り、時の界律は異世界には関係が無かった。
デーモン塊で干渉し、過去のコノエ──
するとコノエは病気に罹り、入院することになった。治療は行われたが、どんどん衰弱していき、良くなることは無かった。当然だ。その症状は、病ではなく邪神の呪いなのだから。
……そして、そのままコノエは、九十日程で、死んだ。苦しんで、苦しんで、一人で、死んだ。だから、異世界に行くことは無く、神様にも会えないままに死んだ。
──かくして、
タイムパラドックスが起きた。矛盾により、世界は歪んだ。
世界は、改変された。コノエの記憶が消えた。コノエの名前が消えた。世界の修正力で、コノエは消された。
──研究員コノエが世界から消えたのは、邪神の力ではなく、世界からの修正によるものだった。
[────・──]
……ただ、少し予想外だったのは、邪神が思っていたより変化が小さかったことだ。あの男の名と記憶が消されたこと以外はそれほど変わらず、天蓋竜は一度殺され、異世界召喚も続いていた。
これは世界の修正力に限界があったのか、それとも世界自体が、
しかし、邪神にとってはそれでよかった。
天蓋竜が一度死んだことは変わらなかったが、それで確かに、天蓋竜の死は少しあやふやになった。界律にほころびが出来て、邪神が天蓋竜の魂の残骸に力を注ぐと、
[────/────/]
邪神は笑う。天蓋竜を取り戻せた。
完全に復活させるまでには時間がかかるが、それでも一から作るよりは余程早い。今度は異世界人への対応もすれば、無敵の魔物が帰ってくる。
そうして、一応、天蓋竜の復活を目論んでいるのがバレないよう、男が一人消えたという事実を、欺瞞の権能で隠して……。
[────……────]
……けれど、ここで邪神は気付く。世界改変の影響で、邪神の中からも、かの異世界人の記憶が消えていた。世界からの干渉は弾いたつもりだったが、それほど容易くはなかったようだ。思わぬ強度の反作用。誰が天蓋竜の邪魔をしたのか、分からなくなった。
なので、邪神は、過去改変はもうやらない方が良いなと自嘲しつつ、しかし取り戻した天蓋竜とデーモン塊の調整を嬉々として行い──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そうだ。それが、一度目のコノエが、世界から消えた真相だった。
そして、世界はまた、コノエが消えた状態で進み始めた。
邪神の陰謀は成就した。疎ましい異世界人は消えた。
死の界律は曖昧になり、天蓋竜は復活した。またいつか世界を滅ぼさんとするだろう。
人類は、きっとまた窮地に立たされることになる。
邪神の悪意が、地の底で鼓動を始め──。
──
──
──
『──?』
──だが、ここで。世界によって、コノエの全てが一度消えたからこそ。
──その次の動きに、陰謀を企てた邪神ですら、気付けなかった。
過去改変によって歪められた世界が、また修正力を働かせようとしていることに。
いたはずの人間がいなくなった空白を埋めるために、世界が運命を歪め、異世界で死んだ人間を一人、呼び寄せようとしていることに。
それは、邪神の過去改変から二十日後。
数十人の異世界人と共に、一人の男が、異世界から召喚されることになる。
『────???』
──男の名は、コノエ。
若くして死に、異世界に召喚された一人の日本人だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そうして。
時間軸は、現代に戻って来る。
「…………これ、は」
過去を見た現代のコノエは。こちらに手を伸ばす、神様を見る。
血に塗れ、涙を流し、コノエの頬を撫でる神様。
その温度と、姿と、かつての記憶に。コノエの中の金の権能はさらに歯車を回す。
運命を読み、見通し、コノエが行くべき道を指し示す。
「──」
──金の花弁が、治癒室から神様の部屋に向かって伸びていた。
これで第三章は終わりです。四章も第五部クライマックスに向け進んでいくので、次もぜひ来てください。
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