転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
第20話 時間稼ぎ
──こうして、コノエは、己ではない己の過去を見た。
かつての日々と、願いと、神様に向けた想いを知った。
コノエはまた一歩前へ進み、金の権能は新たな道を指し示し──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──しかし、一方で。その、同時刻。
神都への天蓋竜出現から、
『■■■■■■■!!!!』
「……っマイコ!」
「────ぬ!!」
神都から離れた先、重力操作の権能により運ばれた先の
教官とマイコは、天を覆う竜を相手に時間稼ぎをしていた。
「────ぬぅぅぅぅ!」
マイコは、回す。魂を回す。魂に刻まれた、重力操作の権能を回す。
世界に干渉し、ルールを捻じ曲げていく。その時間は、教官が稼ぐ。天蓋竜に拳や蹴りを撃ち込み、消し飛び、その度に高速で修復する。己を削って移動や行動を妨げ、その場に張り付ける。
そして──。
『固有魔法──重力掌握、遠々の追放』
マイコの下、広がった海面から、海水が持ち上がる。莫大な量の水。力を発動したマイコが砂粒以下の大きさに見えるような、超巨大な水の塊。
その、まるで山脈の如き大きさの水塊の弾が──
『■■! ■■■■■!!!!』
その圧倒的質量に、天蓋竜は守りを固める。動きを止め、消滅の権能を強化する。
それはかつて、天蓋竜が原初のアデプトに相対したときのように。
そうだ。天蓋竜は万象を消す力を持つが、質量攻撃に対してのみ、限界がある。百五年前、原初のアデプトはこの弱点を突くことで、十日以上もの間、天蓋竜を相手に遅延戦闘を行っていた。
──マイコは今、重力操作の権能で百五年前の原初のアデプトの力を再現していた。
「…………ふむ」
教官は、呟きつつ、動きを止めた天蓋竜を観察する。防御を固めた天蓋竜は傷を負わず、しかし、その場に押し留められる。
それに、教官は──
(……マズいな)
──そう思った。冷静な顔をしつつ、内心には焦りがあった。
幸いなことに、マイコの新しい魔法は応用が利いたので、押し留めることは出来ている。数分間、この場に釘付けにすることが出来ていた。
……けれど。
「…………ぬっ…………ぬっ」
マイコの消耗が、激しい。マイコの息が段々と荒くなりつつあった。
わずか数分で、とは言わない。天蓋竜を数分押さえつけることが出来る者が、この世界に何人いることか。
(……ただ、やっぱりマイコの権能はあまり出力が高くない)
万能性特化、と言ったところか。色々なことが出来る分、一つ一つの出力がどうしても落ちてしまっている。それでも、その才故に並のアデプト以上の出力は出ているのが恐ろしいところだが……。
……現状、時間稼ぎは、出来てあと一時間、といったところか。
教官はそう推測する。しかも。しかもだ。それに加えて。
『──■■■■■!!!!』
「……!」
その瞬間、天蓋竜は水弾が途切れたタイミングで顎を開き、力を収束する。
消滅の力が世界を揺らし──。
──黒き閃光が、世界を割る。
海を割り、空を割り、彼方の地を引き裂く。
下から上へ走るブレスにより抉られた海は抉れた底を晒し、空間はねじ曲がり、光は屈折して空は虹色に染まった。……やはり。
(──この天蓋竜。明らかに前回より強くなっている)
権能の出力と素の肉体の力が、前回より増している。邪神が調整でもしたのか。これでは、たとえ
──天蓋竜。万象を否定し、世界を殺す魔物。
その圧倒的な力は、より強さを増し、人類を滅ぼさんとしている。
動き出せば、瞬く間に神都に戻り、全てを薙ぎ払うだろう。その後は国から国へと移動し、片端から滅ぼしていくに違いない。
『■■■■■!』
そして、ブレスが収まると同時に追撃の爪がマイコに襲い掛かり──教官はその爪を弾き、頭をカチ上げる。
腕や足を何度も消し飛ばしつつ、マイコが次の水塊弾を作る時間を稼ぐ。
…………どうする? 教官は頭を回す。
考える。まず間違いなく、前回と同じ方法では天蓋竜を倒せない。
記憶が失われている以上、百年前に何があったのかは消えた記憶の輪郭から推測するしかないが……おそらく、『誰か』が異世界人であることを利用したのだろう。微かに残る記憶と勘でそう理解する。
しかし、邪神は当然その対策を練っているだろう。ではどうするか。真っ先に思いつくのは、マイコの万能性を使った攻撃だが……マイコは、この世界の存在だ。前回のようなイレギュラーとは違う。この世界の存在である時点で、たとえ初回の攻撃であっても威力がかなり減衰される。果たして、貫けるのか。
「ぬぬっ!」
『■■■■■』
水弾がまた放たれ、天蓋竜が防ぐ。繰り返しの中、こちらは確実に消耗していっている。
──
倒せなければ、世界は滅ぶ。今度こそ人類は滅亡するだろう。
「…………っ」
……教官は極めて厳しい状況に歯噛みしつつ、思考を巡らせて──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そうだ。邪神の策は、記憶の剥奪は、この点でも極めて有効だった。
かつての天蓋竜討伐における一番重要な部分を剥奪し、記憶が消えたことすら二十五年前に隠したことで、それまでの八十年行っていた天蓋竜への研究すらも隠れてしまった。
──もし、同じ力を持つ敵が出たらどうするか?
そんな、基本中の基本とも言える戦術研究すら消え去ったために、現在教官は時間稼ぎすら場当たり的に行わなければならない状況にある。
[────>──]
邪神は、地の底で笑っているだろう。苦戦する教官を嘲笑い、天蓋竜、無敵の復活を祝っているだろう。そう、いくら力を使おうが、いくら想定外のことが起きようが──。
──天蓋竜が全てを滅ぼしてしまえば、それでいいのだ。それが全て。
──天蓋竜は最強で、人類を滅ぼせる。それ以外は、
そして、人を滅ぼし、神々を殺し尽くせば、邪神は容易く欠落を取り戻し、力はさらに強大なものに成長するだろう。
[────<──]
……邪神は、コノエのことを知らない。コノエが取り戻した記憶を知らない。己に烙印を撃ち込んだ男が、かつて天蓋竜を殺した男だと知らない。
けれど、もし知ったとしたら──
──だから、なんだ?
コノエの過去がどんなものであっても、異世界人への対策はもうすでに行った。
かつての方法は使えない。天蓋竜は今度こそ無敵となったのだから。
天蓋竜。万象を否定し、全てを消し飛ばす邪悪。その力は、世界を侵食しつつあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そして、学舎の治癒室では。
「…………今は」
コノエは、神様の様子を見つつ、時計を確認する。
時刻は……治癒室に来てから、数分も経っていない。どうやらかなり圧縮していたのか、金の権能で過去を見ていたのは数分程度だったようだ。
「…………」
そうだ。コノエは、見た。かつての自分の記憶を。細かいことは分からないし、なぜそうなったのかも分からないが、今自分がここに居るのは……。
「……本当ならこの世界に迷い込むはずの僕が、何故かその前に病で死んだから、か」
矛盾によって、世界が改変されたためだということも知った。タイムパラドックスだ。
それで百十五年前に迷い込むはずだった過去が消え、代わりに死んだ後この世界に召喚された。その結果、今がある。
突然のSFみたいな状況に困惑しつつ、なぜそんなことになったのだろうと呟くと……。
【──邪神、だろう、ね】
「……神様?」
と、そこで、神様が呟く。コノエの言葉に思うところがあったのかゆっくりと体を起こした。
大丈夫ですかとコノエが眉を下げると、神様はもう治ったから大丈夫、と薄く笑う。そして。
【それより、かつてのあなたが、この世界に迷い込む前に死んだから、この世界から消えたっていうのは本当?】
「……はい、金の権能が教えてくれました」
【……そういうこと。世界の干渉があったから、私も思い出せなかったんだ】
今でも、ほとんど何も分からない、と神様は呟く。
……でも、少しだけ思い出せた、とも。
【──
神様は、そう言ってベッドから降り、立ち上がる。すると、神様は少しふらついて、コノエは慌ててその背中を支え──。
【──ぁ】
──神様は、コノエを見る。
少し目を見開いて……ありがとう、と微笑んで、今度こそ一人で立って。
……でも、何故かすぐに少し目を伏せて、唇を噛む。
『コノエ、良くない情報が入ったわ』
「……メルミナ?」
と、そこで横から声がかかる。見ると、メルミナのレンズが近づいてきていた。
レンズには苦々しい顔のメルミナの顔が映っている。
『神国各地に災厄が出現したわ。それもかなりの数』
「……!」
『しかも、神様の避難用に呼んでた
「……なに?」
メルミナは言う。近づいているのは、空間系の力を持った災厄だと。
それも、近づいては来たが、あまり戦う様子を見せず付かず離れずの距離を維持しているらしい。……つまり。
「……神様の移動妨害が目的か?」
『間違いないでしょうね』
……まずい状況になってきた。コノエは頬を引きつらせる。
これでは、神様を逃がせない。天蓋竜からできる限り離さなければならないのに。
【……それなら】
「……神様?」
【それなら、なおさら、あの部屋へ】
──そこで、神様が言う。
思い出部屋へ行こう、と。
【コノエ、あなたに、渡さないといけないものがあるの】
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