転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――所変わって、天蓋竜を押し留めている場所から数十キロ離れた、海辺の村。
天蓋竜と教官、マイコの戦いの裏で、村人たちは彼方から轟く戦闘の音に怯えながら、荷物をまとめ避難所へ向かっていた。地下の避難所。国から派遣された結界魔法使いが作ってくれた、村で一番堅固な場所だ。
小さく狭いが、都市結界よりも固い結界が張られている場所。
そこならきっと、と。人々は子供を抱え、価値あるものを放り出し、食べ物と水を持てるだけ掴んで走り――。
――でもそのときだった。黒い閃光が奔り、村から少し離れた場所にある山を貫いた。
閃光と爆音、その数秒後に凄まじい衝撃波が都市結界を揺らす。村人は、その場に屈みこみ、頭を守って。
……そして、数十秒後。恐る恐る顔を上げる。すると。
――山が、と。誰かが呆然と呟いた。視線の先。そこにあったはずの山が消し跳び、大地は抉れ、そこに海水が流れ込み始めていた。
村人は、消えた山と、先ほどまで目指していた避難所を見比べ、愕然とし……。
◆
また、とある内陸部の農村では。村人たちは、突如現れた災厄の巨人が、近くの砦を結界ごと踏み砕くのを見ていた。いとも容易く壊した。数百年間、その村周辺を守ってきた砦を、ゴミのように。それを、村人たちは呆然と見ていた。
炎の巨人だった。全身を炎が包み込んでいる巨人。数キロ先を歩いているのに、その姿がはっきりと見える。足から頭頂部まで数百メートルはあるのか、近くの山が腰ほどの高さもなかった。
一つ歩くごとに地面が揺れ、一つ呼吸するごとに吐き出される炎が空気を焼く。
焦がされた空気は地を走り、恐怖に目を見開く村人の眼球を撫でた。
――見つかったら死ぬ。意識を向けられたら死ぬ。
だから村人はただただ震えていた。どうか、こちらに来ないでくれ。ただただそう願い、震えていて……。
◆
……天蓋竜の脅威と数多の災厄の出現は、神国各地に恐怖と絶望を広げつつあった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そして、コノエと神様は。そのとき、治癒室を出た後、神様の部屋へと向かっていた。
金の権能で見たことを神様に説明しつつ急ぎ足で歩き、執務室の扉を潜る。
そのまま私室に入り、本棚の迷路を抜け……思い出部屋の前に立った。
「…………」
……そうして、コノエは見る。思い出部屋へと続く、金の花弁を。
どうやら、金の権能は、その部屋の扉に向かっているようだった。
【……入るよ】
神様が、扉に手を掛け、押す。中にはつい先ほど――体感的には長い時間が経っているが、実際の時間的には十分も経っていない――入ったときと同じ光景が広がっている。
入り口には無数の写真が貼られていて、棚には色々なものが保管されていて……金の権能はさらに奥へと伸びていた。
「…………」
神様は、コノエに渡すものがあると言った。加えて、金の権能も指し示している。
……いったい、ここに
【あのね、一度目の時も言ったけど、ここは私の領域なの。私以外の誰も触れられない領域】
「……はい」
【ここには、本体も他の分体も――
神様は、そう呟きながら奥へ向かって歩く。
そうして……。
【あと、一つ伝えておくと、実はここ、一応緊急避難先にもなるの】
「……えっ? そうなんですか?」
【ここは不可侵領域だから。位置的には地上と神界の狭間にあるの。私が扉を開いたときだけ繋がる仕組みだし、天蓋竜の攻撃でも届かないと思う】
そんな、突然の思わぬ情報にコノエは目を見開き――しかし神様は、あまり使わない方が良いんだけどね、と続けた。
コノエが何度か瞬きしていると、神様は。
【入り口の扉を壊されると、出られなくなるの】
「……あ」
【完全に隔離されてるから助けを呼ぶこともできないし、自力でもう一度入り口を作るしかなくて……一度、別の分体がそうなったことがあるんだけど、出てくるまでに百年くらいはかかったかな】
その間は外に連絡することもできないし、当然加護を与えたりといった神としての基本的な仕事も出来なくなるようだ。世界を満たす生命神の力が、単純に一割減ることになる。
また、実務面以外でも、長期間一人で閉じ込められる神様の精神ダメージも大きいらしく、丸々百年ひとりぼっちで閉じ込められたその分体の神様は、出てきたとき酷く泣いていたのだとか。それくらいに寂しかったらしい。
そういうわけで、この部屋は本当の非常事態以外は避難先に使わない方が良いようだ。
コノエはそれに、確かに極力使わない方が良いなと頷き。
「…………」
ただ、それでも、神様の避難先がある事実に安堵しつつ。だって、つい先ほど、転移で逃げられなくなったばかりだからだ。
コノエはよかった、と胸を撫で下ろして……。
◆
……そうして、そんなことを話しているうちに神様とコノエは、一つ目の部屋の奥に辿り着き、二つ目の部屋へ入る。
そのまま、三つの部屋へと向かい。
【……ん、コノエ、大丈夫だから、驚かないでね?】
「……え?」
――扉に手を掛けたところで、神様がふと呟く。
そして三つ目の部屋に入った、そのとき。
「……!?」
三つ目の部屋から、光が溢れてくる。
溢れた光は球となり、それがいくつも部屋に浮かんだかと思うと……神様の方へと飛んで来た。
【…………ん】
「……か、神様?」
大丈夫だからと言われたので見ていたら、光の球は神様の中へと入っていき――。
【……そう。
「……?」
【あのね、この部屋は私の領域であり、私の世界なの。それはつまり、ここは、私の魂によって作られているとも言える。だから――】
……神様は、安堵したように息を吐き。
【――
こんな使い方したの初めてだけど、と少し眉を下げて呟く。
そして……。
【……コノエのこと、少し思い出したよ。全部思い出すには、百年前の部屋まで戻らないといけないだろうけど】
神様は、三つ目の部屋の一角を見つめる。そこには……。
「……あ」
コノエも見覚えのあるものが、そこにあった。金の権能で見た。
――それは、コノエが作った迷い人のための資料だった。
かつてのコノエが、神国の資料室に納めた物。その隣には召喚されたコノエが最初に渡された異世界人向けの手引書もあった。並べておいてある。
……こんな所に、かつての痕跡があったとは。著者名が表紙に書かれていないので、一度目には気付かなかった。
【……なつかしいね】
神様は、遠いものを見るような目で呟いて――。
◆
そうして、四つ目、五つ目、六つ目、七つ目と部屋を進んでいく。その度に神様は部屋から光の球を吸収していった。
神様は記憶を取り戻しながら奥へ進み、途中、部屋にあるコノエの痕跡を指差した。
四つ目の部屋には、完成した異世界召喚術式の本があって、表紙の関係者名の中にコノエの名前が入っていた。神様の隣だった。
六つ目の部屋には、先にも見た派手な衣装があった。天蓋竜討伐五十年を祝って作られた衣装だ。神様は改めて、絶対似合うよ、と笑って、コノエは言葉に困った。
七つ目の部屋には、コノエがかつて作った単位表が飾られていた。世界の単位統一に関わった単位表だ。神様は、これ、凄いことになっちゃったね、と苦笑して。
――二人は八、九、十と部屋を遡っていく。
それぞれの部屋に、コノエの過去を残す物が、大切に保管されていた。最初は気付かなかった痕跡が多く残っていた。
そして――。
◆
――十一番目の部屋に、辿り着く。神様はまた、光の球を吸収して。
【………………うん】
神様は俯き、小さく呟く。呟いて、握っていたドアノブを強く握りしめ……数秒後、離した。
俯いていたので、その表情はコノエには見えなかった。
二人で、部屋の中へ入っていく。すると、最初に一つの魔道具が目に入ってきた。
記憶の中で見た、綿菓子の魔道具だった。
神様はそちらに向けて歩き――。
【……これだよ】
綿菓子の魔道具を一撫でした後、その横に置いてあった箱を手に取る。
それは、一抱え程の大きさの箱だった。飾り気のない、頑丈そうな箱。
金の権能も、その箱を示している。……これは?
【コノエ、あなたに渡したかったのは――ううん、返したかったのは、これなの】
「……返す?」
問い返すコノエに、神様は目を伏せて微笑み、その箱を開けていく。
すると――。
「……これは、もしかして、
【……うん】
――中にあったのは数十センチ程の、
なにかが砕けたような断片。白いこと以外には、他の特徴は何もない。
けれどコノエには、それが何なのか見ただけで分かった。だって。
「……
――そこにあったのは、かつてのコノエの固有魔法。純白の盾の欠片だった。
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