転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
『……ああ、そうだよ、未来の僕』
──コノエの目の前に、暗い顔をした男がいる。
己と同じ顔……いや、少し違うか。外見的には、今の自分より歳を重ねている。そして、目の下に深いクマがあって、少し不健康そうな面立ちだった。体も細くて、あまり筋肉が付いていない。身に着けているのも、研究棟の制服だった。
つまり、金の権能で見た、かつての自分。
百五年前に研究員をしていた自分がそこにいた。
……これが、欠片に触れる前に神様が言っていた『違う過去を持つ人間の魂を取り込むことによる問題』なんだろうか、とコノエは思い。
『……ああ、最初に言っておくと、僕は君……未来の僕に抵抗したり、敵対するつもりはないんだ』
「……え?」
『……僕は、あくまでも欠片だ。ほんの少し残った、残滓でしかない』
だからそもそも、抵抗なんてほとんど出来ないんだ、と研究員の彼が言う。
『……僕に出来るのは、自分の気持ちを、間違えないように伝えるくらいだ。今を生きているのは、僕ではなく君なのだから』
「…………」
自嘲するように笑うかつての自分を、コノエは言葉に迷いながら見る。何と言えばいいか分からなくて。すると、彼は淡々と言葉を続けた。
『……もちろん、君に協力させてもらうよ。僕は君に溶けて、今度こそ一片残さず消えてしまうだろうが、それはいい。そんなことはどうでもいい。僕のことなんて、どうでも良いんだ。
…………ただ。一つだけ、お願いがある』
「…………お願い?」
『……ああ、お願いだよ。これだけは、必ず叶えると約束して欲しい』
どうしても、譲れないことが一つだけあるんだ、と。彼はコノエに言う。
……そして。
『……もし約束できないと言うのなら──そのときは、僕はほとんど出来ない抵抗を、必死にするしかないだろうね』
「……!」
──そこで、研究員の自分が、顔を上げる。目が合った。暗い表情と……それとは対照的な、強い意志の籠った瞳だった。絶対に引かないと、そう決意しているような目。
……そんな言葉と目に、コノエは困惑しつつ。少し考えて。
「……その、お願いとは?」
『……ああ、それは。……いや、その前に一度、僕と君の記憶の共有を進めよう。そうしないと、きっと分からない』
──いいかい? と彼はコノエに問いかける。
コノエはその問いに……。
「………………ああ」
もう一度考えた後、頷いた。色々と随分一方的な話だったし、困惑もしていた。けれど……コノエは、目の前の研究員の自分に、困惑以上の感情を、持てなかった。
それは、彼から敵意を全く感じなかったからかもしれないし、同じ自分だからこそ、通じるものがあったのかもしれない。もしくは──。
──合わせられた瞳から伝わってくる感情が、深い、深い、悲しみの感情だけだったからか。
……だから、コノエは頷いて。
『──ありがとう。じゃあ、共有するよ』
「……!」
そして、言葉と同時に、コノエの中にナニかが流れ込んで──。
◆
──それは記憶であり、感情だった。
二つの想いが、コノエに流れ込んでくる。
……一つ目は、百十五年前から、百五年前までの記憶だった。こちらはコノエも知っている、金の権能で見たものだ。
ただ、コノエが金の権能で見た記憶と近くて、しかし、同じではかった。
だって、同じ場面でも、そこに込められた想いが違う。願いが違う。近くに在る、温度が違う。
権能で見ただけの過去に、色がついていく。遠かった記憶が、近づいて来る。
今とかつての断絶が、少しだけ埋まっていく。
【──コノエ】
神様が、名前を呼ぶ。呼びかけられた温もりが心に触れる。つい、頬が緩みそうな温かさがあった。
コノエの中に、神様との過去が流れ込んでくる。共に話をした記憶、お茶を飲んだ記憶。お菓子を食べた記憶。なんでもない日常の記憶。
そんな感情と記憶が、流れ込んでくる。
それが、一つ目の記憶だ。とても幸せな記憶で──。
──けれど。その、次は。
【──コノエ、ごめんね】
二つ目の記憶は。決して、幸せなものではなかった。
幸せな記憶の後には、
それもまた、欠片の中に刻まれていた。残っていた。欠片になって、思い出部屋に入った後の記憶だ。
欠片は小さな箱に入れられた。……ああ、いや、別に箱に入れられたのが辛かったわけじゃない。欠片には薄くて曖昧な──夢を見ているかのような意識しかなかったから、箱に入っているのは、辛くなんてなかった。
欠片が辛かったのは……。
【……ごめんね】
──小さな欠片の曖昧な意識に、神様の意志が伝わってきた。
欠片が思い出部屋に入れられた後、何年経っても、神様は欠片に会いに来た。
会いに来て、触れて、語りかけた。そうだ、神様は、いつも、いつだって。
【……コノエ、守れなくて、ごめんね】
──ただ、謝っていた。何度も、何度も。ごめんねと、欠片に謝っていた。
温もりは無かった。名前を呼んでくれているのに、ただただ悲しみと痛みがあった。
【ごめんね。コノエ、ごめんね】
思い出部屋の奥。他には誰もいない場所で。神様は涙を流し、謝っていた。
何も話せず、想いを伝えられない欠片に、神様はずっと謝っていた。
【ごめんね、コノエ。ごめんね。守れなくて、駄目な神で、ごめんね】
後悔があった。嘆きがあった。
欠片が好きだった温もりとは相反する感情だけが伝わってきて、だから欠片は──。
◆
──そうして、それを最後に、記憶の共有は終わる。
『……これが、僕が伝えたかったことだ』
「………………ああ」
今のコノエの中に流れ込んできた、二つの想い。欠片の記憶。
伝わってくる幸福と悲嘆、相反する感情に、コノエは唇を噛み。
……同時に、少し、過去を思い出す。
それはコノエが先ほど伝わってきた痛みに、覚えがあったからだ。
少し前に、神様がコノエの頭に手を伸ばした時だ。メルミナの一件の前のお茶会と、不死の魔王との戦いの後。神様から、痛みが伝わってきた。
……そして、もう一つ。似ている痛みも知っていた。論功行賞で神様の本体に会ったときだ。コノエの頬に触れる最高神様から、強い痛みが伝わってきた。
「…………そうか」
コノエは過去を知り、あの痛みの正体が、少しだけ理解できた気がした。
だから──。
『では、未来の僕。改めて、お願い事を伝える。それは──』
「──ああ、わかった。任せてくれ」
──え? と。過去の自分が驚き目を見開くのを、コノエはしっかりと見つめ返す。伝わってきたからだ。彼が何を望んでいるのか。
……そうだ、そんなの、お願いされるまでもない。
「……僕も、同じ気持ちだ」
『────』
記憶を共有した後、コノエの中にあったのは、目の前の自分と同じ想いだった。
……共有して、コノエは、彼のことが分かった。
また、彼も同時にコノエのことが分かったのだろう。
『……そっか』
目の前の彼は、そう言って苦笑するように笑う。少しだけ、大切な部分で通じ合った気がした。
途中から違う道を歩いていても、それでも。
『……僕だもんな』
「……ああ、僕だ」
……少し笑い合う。そして、だから。コノエは、彼に掌を差し出す。
彼はまた少し目を見開いて、数秒間、じっと掌を見つめて……一拍後に、歯を見せて笑った。破顔、という言葉が相応しいくらいに。
二人の掌が、ゆっくりと重なり──。
◆
──そうして。コノエは神様の元に帰ってくる。
思い出部屋の中。目の前には、不安そうな顔の神様が居た。
【コノエ、大丈夫?】
「……はい」
コノエは一度頷き──そこで、己の中に起こった変化を理解する。
自分の奥、深い場所が満たされているのを感じた。
埋められて初めて気付いた場所。ぽっかりと空いていた穴が、かつての自分の想いで埋まっている。百五年前の記憶が、自分の物として認識できるような。
金の権能で見たときは、どこまでいっても他人事だったもう一つの過去が、己の中に根付いている。けれど、違和感はなかった。二つが合わさって、新たな一つになっていた。
──コノエは、コノエとして、そこにいた。
「…………うん」
そして、己の魂が動き出すのを、感じる。欠落によって不具合を起こしていた魂がその願いに応じて動き出す。
コノエは、自らの内側を満たす力を自覚して。
……少しだけ、金の権能が己をここに連れてきた理由を理解する。
盾に込められていた力――
「………………」
……けれど。同時に、理解したからこそ思う。
この力は、確かに強力だ。しかし、果たして
【ねえ、コノエ、本当に大丈夫?】
「……はい」
と、神様からもう一度問いかけられて、コノエは顔を上げる。
心配そうな顔の神様。そんな神様に、コノエは意識を切り替える。
そうだ。天蓋竜について考えるより先に、コノエにはしなければならないことがあった。それは、かつての自分との約束──いいや、コノエ自身が、そうしたいと思ったことだった。
だから、コノエは──。
「……神様」
【……うん】
──コノエは、神様に向き合う。そして、目を合わせる。
赤い瞳が自分を見つめていた。綺麗で、でも、今は不安で僅かに揺れている。
「……神様、少し時間を貰ってもいいですか?」
【……え、う、うん】
コノエは、自らの胸に手を当てる。そこには神様への想いがある。
かつてのコノエの想い。今のコノエの想い。
目の前の方への、過去と大切な想いが、確かにそこにあるから。
だからコノエは――。
「……神様、今から僕は、あなたに──
【………………はえ?】
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