転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
コノエは、かつてを思い出す。二つの記憶を。
訓練生時代に最初に諦めかけたときと、研究員時代に一人で食事をしているとき声をかけてくれたとき。
足元がふらふらと揺れていた自分に、神様が近づいてきてくれたときのことを。
◆
──コノエは言う、本当に嬉しかったんです、と。
それは、大切に、大切に、ずっと抱えていた思いだった。
「──最初に訓練に心折れたとき、神様が部屋に案内して、お茶を淹れてくれたのが嬉しかった。頑張ってるねって言ってくれたのが、嬉しかった。見ていてくれたのが、嬉しかった」
【……コ、コノエ?】
「……中庭で一人でいるとき、声をかけてくれたのが嬉しかった。へたくそな話を楽しそうに聞いてくれたのが嬉しかった。またねって言ってくれたのが、嬉しかった。次にまた来てくれたのが嬉しかった」
共に、この世界に来て少し経った頃だ。僅かに慣れたけれど、ふらふらとしていた頃。訓練生としての才能が全く無くて、本当にここに居ていいのか分からなかった。研究員としても全く馴染めていなくて、足の置き場がない気がした。
──でも、神様が声をかけてくれたから。
「……ここに居ていいのか分からなくなりそうなとき、ここに居ていいよって言ってもらえた気がしたんです。許してもらえた気がした」
……だから、ありがとうございます、と。目を丸くしている神様に、コノエはお礼を言う。
そして、それはその後もだ。心が折れそうになる度に神様は声をかけてくれた。すれ違うと笑顔で手を振ってくれた。何度も会いに来てくれた。お菓子を作って持ってきてくれたりしてくれた。それが、何よりもコノエは嬉しかった。
「……訓練でも、結果が出る度におめでとうって言ってくれるのが嬉しかった。お祝いをしようって、言ってくれた。一緒に喜んでくれるのが、嬉しかった。また頑張ろうって、そう思えた」
【…………】
「……資料作りのために他国に行くとき、行ってらっしゃい、頑張ってね、無事に帰って来てね、って言ってくれた。帰って来てもいいんだって思えた。帰りを待ってもらえるのが、こんなに嬉しいことなんだって、初めて知ったんです」
百五年前も、今も。コノエが帰ってくると喜んでくれた。お土産を買ってくると笑ってくれた。
……いつだったか、お菓子を持っていくと、嬉しそうに奥へ持っていったことがあった。その後のお茶会には出てこなくて、神様は、あなたが折角持ってきてくれたお土産なんだから、私一人で食べるの、って言った。……大切にしてもらえているようで、嬉しかった。
まあ、かつてはそうやって他国を飛び回った結果、無茶しすぎだって怒られたこともあったけれど。……でも、趣味が悪いかもしれないけれど、怒ってもらえたのが、嬉しかった。
「……他にも、思い出を作りたいと言ってくれました。写真でも、絵でも。今も、昔も。沢山写真を撮って、絵も描いてもらった。……百五年前は気恥ずかしくて絵は少し抵抗したんでしたっけ。でも、本当はそうしたいと言ってもらえるのが嬉しかったんです。だから──」
──ずっと、そうだった。神様は、そういう方だった。
とんでもないことがあった訳じゃない。神様との思い出は、命の危機とか、国の滅亡とか、とんでもない魔王とか、そういうのじゃなかった。
ただそこにいて……認めてくれた。居場所をくれた。いつでも帰って来ていいと、ここに居てもいいと認めてくれた。
穏やかな空気があった。それが、かつてどこにも居場所が無かったコノエには、何よりも心地よくて。
「──だから、ありがとうございます、神様」
【…………ぁ】
温もりを抱きしめるように、コノエはお礼を言う。
十年と、二十五年。合わせて三十五年。長い、長い間。神様がずっと認めてくれていたから。コノエはまず立って、歩くことが出来た。
前へ進んで、少しだけ成長できた気がした。成長したから、皆に会えて、少しくらいは、きっと力になれた。今、周囲を改めて見てみると、最初と比べれば信じられないくらい、近くに人がいる。
──そうやって前へ進んできたから、傷は埋まった。魂の欠落は埋められた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──そうだ、本当は、欠片を取り込んだだけで、コノエの傷が埋まる訳がなかった。
だって、欠片はどこまでいっても、この世界に来た後の話だ。最初から刻まれていた傷は消えない。コノエの幼少期が、この世界に来るまでの年月が消えるわけじゃない。コノエの魂は、欠片の欠損が無くても傷だらけだった。
最初から、コノエは自分の欲しいものも分からなくて、最期の最期にならないと、己の感情も自覚できないような魂だった。
そんなコノエが今満たされているのは……百五年前のコノエが、神様に救われていたからで、今のコノエが神様に居場所を貰って、色んな人と共に歩んできたからだった。だから──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「──ありがとうございます、神様。……神様に会えて、よかった」
【────! ……コノ、エ】
神様は、目を見開き、胸の前で手を握り締める。唇を何か言いたげに動かしていた。
そして、コノエは……それに、と神様に言葉を続けようとして。
「…………」
……言おうとした内容に、少し悩む。これは言うべきだろうかと。その言葉はかつてと今のコノエの気持ちが合わさったもので、しかし、今までのコノエならば口にするのを躊躇うことでもあって。
……けれど、よく考えてみれば、教官との一件で、言いたいことは言った方が良いと学んだことを思い出す。コノエは、成長したのだ。なので。
「……神様、僕は──神様の笑顔が、好きです」
【…………?…………え??】
──なので、コノエは、この際に全部伝えようと思った。
「……話をしているとき、目を細めて、頷いているのが好きです。ワクワクしてるとき、目が輝いているのが好きです。目を瞑って、耳を傾けているときの表情が好きです」
【……へ?……と、突然、なに?】
「……お菓子作りが上手なところが好きです。上手くできたんだよって、見せてくれるとき頬が少し赤くなるところが好きです。少し失敗したとき、上手くできた方を僕の方に差し出してくれるのが好きです」
【あの、コ、コノエ?】
「……お茶を淹れているときの、真剣な顔が好きです。差し出してくれるときの笑顔が好きです」
【…………まって?……え?】
「……沢山お茶を集めて、相手の好みや体調に合わせて種類を変えてるのが好きです。飲んでいると、美味しいかなって覗き込んでくるのが好きです。美味しいって言うと、嬉しそうに笑って解説してくれるところが好きです」
──コノエは、ただ神様に気持ちを伝える。色々と好きなところを挙げていく。
神様は困惑して、ぽかんと口を開けて聞いていた。
………………そのまま、しばしの時間が過ぎて。
「……神様の、表情豊かな所が、好きです。翼に感情が出るところが、好きです」
【そ、その、えっと】
「……喜んでいるときに翼が大きく広がって、バサバサ動くのが、落ち込んでいるときにぐんにゃりとするのが、怒っているとき──」
【──ま、ま、まって、まって!】
「……え?」
と、頑張って色々話している所で、神様に止められる。
見ると、神様は翼を大きく広げながらまって、まってと叫ぶ。
神様は顔が赤くなっていて……コノエは、ちょっと恥ずかしいことを言いすぎただろうか、と少し思う。でも、全部本心だった。
【も、もう! もう! いきなりなに!?】
神様はいきなりなんなの!? とか、驚くでしょ!? と言う。
翼がバサバサと動いて、周囲に風が起きる。
神様は、もう、もう、と叫びながら、手と翼を動かす。
混乱するように、なんなの、と何度も言って。
……数十秒、そんな時間が続いた、その後。
【………………もう、あなたって子は】
「……」
しばらくして、神様は落ち着き、頬を膨らませながらコノエを見ていた。
そして、少し迷うように唸って……。
【ねえ、コノエ。なんで、こんなことをいきなり言い出したの?】
……そう、問いかけた。どうしていきなりお礼とか、す、好きとか言い出したの? と。
それは、その問いに対する答えは、コノエの中で最初から決まっていた。
「……神様に、伝えたかったからです」
【伝えたかった?】
「……はい、僕が、神様にどれほど沢山のモノを貰ってきたのかを」
そうだ、コノエは、伝えたかった。
伝えて、知ってもらって、そうして──。
「──神様に、言いたかったんです。
【……え?】
◆
それは、コノエが欠片と一体化し、その記憶を取り込んだから。欠片がその心に触れ続けたから、分かったことだった。
……神様から伝わってくる痛み。その正体について。
そもそもの話をしよう。この世界は、元々とても平和な世界だった。
神に見守られ、加護と魔法と共に生きる人々の世界。小さな諍いならともかく、大きな争いごとなど起こらない、そんな世界だった。
神様は──生命神様は、そんな平和な世界の母なる神であって、争いごととは無縁の存在だった。その守護の権能は、病や災害から人を守るためのものだった。
生命神様は、生まれてくる子を言祝ぎ、育つ若者を見守り、子を守る親を導き、死出の旅を行く者を慰める、そういう神格だった。
──そうだ、決して、争うための神格ではなかったのだ。
……けれど、数千年前、邪神がこの世界を攻めてきた。
生命神様は戦わなければならなくなった。邪神に対抗できるのが、最高神である生命神様しかいなかったからだ。
生命神様は、その本質を捻じ曲げ、十の分体に己を裂いてまで人を守ろうとした。人を愛し、育む母なる神。生命神様は、その中枢以外の全てを削り、十の
神様は、人を守る神の分体として、誕生した。新たな母なる神として、生命神様と同じように、人を守った。愛しているから、守ろうとした。そのために、必死に足掻いた。
……しかし、守り切れなかった。邪神は狡猾で、どうやっても倒せなかった。
どれほど頑張っても、人は苦しみ、傷つき、死に続けた。守れなかった。
いつしか神様は、守るどころか逆に守られるようになった。世界を満たす生命神の力を損なわないためだ。人が傷つく姿を、見ることしか出来なくなった。
──そして。永い、永い年月が過ぎて。数千年以上の時が流れていって。
いつまでたっても邪神は倒せなくて、守れないままだった。
きっと、その間に神様に近しい者も、大勢死んだだろう。数多の別れを経験してきたのだろう。その悲しみの一端は、欠片にも伝わって来ていた。
……でも、それでも、神様は、人を導き続けた。
必死に導いた。きっと邪神を打ち倒して、平和な世界を取り戻すために。導いて、導いて……傷ついて。傷ついて、傷ついて、それでも歩き続けた。
神様は、ずっと傷ついていた。傷だらけだったけれど、母なる神の分体だから、強くあり続けた。傷を隠して、にっこりと笑った。人のために必死に笑い、強い姿を見せ続けた。
守れなくて、失って、傷ついて。でも必ず立ち上がって、笑い続けた。
……本当は、ずっとずっと泣いていたのに。
誰もいない、自分だけの部屋で、ずっと泣いていたのに。
他に人のいない、唯一泣いていい場所で、神様は過去を抱きしめ、泣いていた。
思い出部屋。失った人の残滓が保管された、神様だけの部屋で。
……そうだ。欠片には、神様の悲しみが伝わってきていた。
欠片を抱きしめ、守れなくてごめんねと、謝り続ける神様の涙と悲しみが。
傷ついているのは神様なのに。失ったのは神様なのに。
失って、失って、それでも立ち続けて、傷ついて、心から血を流しているのは、神様なのに。
それが、神様の痛みだ。神様の傷。
胸に空いた──深い、穴。
コノエは、それが理解できたから──。
◆
──だから、これは、決意だった。己の魂への誓い。かつての自分と、約束したこと。
……ああ、そうか、天蓋竜に届くんだろうかなんて考えている場合じゃなかった。そうじゃない。そうじゃなくて……。
「……神様、僕は、今まで神様から沢山のモノを貰ってきました」
【…………】
……コノエは、神様を見つめる。呆然と目を見開く、神様の目を。
神様のおかげだった。神様が、呼びかけてくれた。見ていてくれた。ここに居てもいいんだって教えてくれたから──コノエの胸の穴は、確かに埋まった。
──神様、あの日、見つけてくれて、ありがとう。
──神様、何度も会いに来てくれて、ありがとう。居場所をくれて、ありがとう。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。何度お礼を言っても言い足りない。
お茶を淹れて、話をして、何でもない時間だったけれど、それが愛おしかった。かつても今も、コノエはそれで救われた。
神様に感謝している。神様だけじゃない。他の皆にも。だから──。
「──だから、今度は、僕が返す番です」
──意思によって、コノエの魂の力が巡る。加速していく。魂が鼓動する。願いを叶えるために、より深く、強く、魂に刻印が描かれていく。
──そうだ。この世界は、意思こそが何よりも力を持つ世界なのだから。
「神様、僕は──あなたの胸の穴を、埋めたい」
──その決意は、何よりも大切な日常を守り、きっと神様の涙を止めるために。
これで、第四章は終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
そして第五章ですが……申し訳ない。まだ詳細プロットの詰めが終わってないので、一週間ほど時間を下さい……来週の月曜から再開予定です……三章と四章が重すぎてスケジュールが詰まってしまったので……。(あと、今回もXでアンケートをします)
そして……『このライトノベルがすごい!2026』の投票の締め切りがもう明日、9/23に迫っています!
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