転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第24話 胸の穴

 コノエは、かつてを思い出す。二つの記憶を。

 訓練生時代に最初に諦めかけたときと、研究員時代に一人で食事をしているとき声をかけてくれたとき。

 

 足元がふらふらと揺れていた自分に、神様が近づいてきてくれたときのことを。

 

 ◆

 

 ──コノエは言う、本当に嬉しかったんです、と。

 それは、大切に、大切に、ずっと抱えていた思いだった。

 

「──最初に訓練に心折れたとき、神様が部屋に案内して、お茶を淹れてくれたのが嬉しかった。頑張ってるねって言ってくれたのが、嬉しかった。見ていてくれたのが、嬉しかった」

【……コ、コノエ?】

「……中庭で一人でいるとき、声をかけてくれたのが嬉しかった。へたくそな話を楽しそうに聞いてくれたのが嬉しかった。またねって言ってくれたのが、嬉しかった。次にまた来てくれたのが嬉しかった」

 

 共に、この世界に来て少し経った頃だ。僅かに慣れたけれど、ふらふらとしていた頃。訓練生としての才能が全く無くて、本当にここに居ていいのか分からなかった。研究員としても全く馴染めていなくて、足の置き場がない気がした。

 

 ──でも、神様が声をかけてくれたから。

 

「……ここに居ていいのか分からなくなりそうなとき、ここに居ていいよって言ってもらえた気がしたんです。許してもらえた気がした」

 

 ……だから、ありがとうございます、と。目を丸くしている神様に、コノエはお礼を言う。

 

 そして、それはその後もだ。心が折れそうになる度に神様は声をかけてくれた。すれ違うと笑顔で手を振ってくれた。何度も会いに来てくれた。お菓子を作って持ってきてくれたりしてくれた。それが、何よりもコノエは嬉しかった。

 

「……訓練でも、結果が出る度におめでとうって言ってくれるのが嬉しかった。お祝いをしようって、言ってくれた。一緒に喜んでくれるのが、嬉しかった。また頑張ろうって、そう思えた」

【…………】

「……資料作りのために他国に行くとき、行ってらっしゃい、頑張ってね、無事に帰って来てね、って言ってくれた。帰って来てもいいんだって思えた。帰りを待ってもらえるのが、こんなに嬉しいことなんだって、初めて知ったんです」

 

 百五年前も、今も。コノエが帰ってくると喜んでくれた。お土産を買ってくると笑ってくれた。

 

 ……いつだったか、お菓子を持っていくと、嬉しそうに奥へ持っていったことがあった。その後のお茶会には出てこなくて、神様は、あなたが折角持ってきてくれたお土産なんだから、私一人で食べるの、って言った。……大切にしてもらえているようで、嬉しかった。

 

 まあ、かつてはそうやって他国を飛び回った結果、無茶しすぎだって怒られたこともあったけれど。……でも、趣味が悪いかもしれないけれど、怒ってもらえたのが、嬉しかった。

 

「……他にも、思い出を作りたいと言ってくれました。写真でも、絵でも。今も、昔も。沢山写真を撮って、絵も描いてもらった。……百五年前は気恥ずかしくて絵は少し抵抗したんでしたっけ。でも、本当はそうしたいと言ってもらえるのが嬉しかったんです。だから──」

 

 ──ずっと、そうだった。神様は、そういう方だった。

 とんでもないことがあった訳じゃない。神様との思い出は、命の危機とか、国の滅亡とか、とんでもない魔王とか、そういうのじゃなかった。

 

 ただそこにいて……認めてくれた。居場所をくれた。いつでも帰って来ていいと、ここに居てもいいと認めてくれた。

 穏やかな空気があった。それが、かつてどこにも居場所が無かったコノエには、何よりも心地よくて。

 

「──だから、ありがとうございます、神様」

【…………ぁ】

 

 温もりを抱きしめるように、コノエはお礼を言う。

 

 十年と、二十五年。合わせて三十五年。長い、長い間。神様がずっと認めてくれていたから。コノエはまず立って、歩くことが出来た。

 前へ進んで、少しだけ成長できた気がした。成長したから、皆に会えて、少しくらいは、きっと力になれた。今、周囲を改めて見てみると、最初と比べれば信じられないくらい、近くに人がいる。

 

 ──そうやって前へ進んできたから、傷は埋まった。魂の欠落は埋められた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ──そうだ、本当は、欠片を取り込んだだけで、コノエの傷が埋まる訳がなかった。

 だって、欠片はどこまでいっても、この世界に来た後の話だ。最初から刻まれていた傷は消えない。コノエの幼少期が、この世界に来るまでの年月が消えるわけじゃない。コノエの魂は、欠片の欠損が無くても傷だらけだった。

 

 最初から、コノエは自分の欲しいものも分からなくて、最期の最期にならないと、己の感情も自覚できないような魂だった。

 そんなコノエが今満たされているのは……百五年前のコノエが、神様に救われていたからで、今のコノエが神様に居場所を貰って、色んな人と共に歩んできたからだった。だから──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「──ありがとうございます、神様。……神様に会えて、よかった」

【────! ……コノ、エ】

 

 神様は、目を見開き、胸の前で手を握り締める。唇を何か言いたげに動かしていた。

 そして、コノエは……それに、と神様に言葉を続けようとして。

 

「…………」

 

 ……言おうとした内容に、少し悩む。これは言うべきだろうかと。その言葉はかつてと今のコノエの気持ちが合わさったもので、しかし、今までのコノエならば口にするのを躊躇うことでもあって。

 

 ……けれど、よく考えてみれば、教官との一件で、言いたいことは言った方が良いと学んだことを思い出す。コノエは、成長したのだ。なので。

 

「……神様、僕は──神様の笑顔が、好きです」

【…………?…………え??】

 

 ──なので、コノエは、この際に全部伝えようと思った。

 

「……話をしているとき、目を細めて、頷いているのが好きです。ワクワクしてるとき、目が輝いているのが好きです。目を瞑って、耳を傾けているときの表情が好きです」

【……へ?……と、突然、なに?】

「……お菓子作りが上手なところが好きです。上手くできたんだよって、見せてくれるとき頬が少し赤くなるところが好きです。少し失敗したとき、上手くできた方を僕の方に差し出してくれるのが好きです」

【あの、コ、コノエ?】

「……お茶を淹れているときの、真剣な顔が好きです。差し出してくれるときの笑顔が好きです」

【…………まって?……え?】

「……沢山お茶を集めて、相手の好みや体調に合わせて種類を変えてるのが好きです。飲んでいると、美味しいかなって覗き込んでくるのが好きです。美味しいって言うと、嬉しそうに笑って解説してくれるところが好きです」

 

 ──コノエは、ただ神様に気持ちを伝える。色々と好きなところを挙げていく。

 神様は困惑して、ぽかんと口を開けて聞いていた。

 

 ………………そのまま、しばしの時間が過ぎて。

 

「……神様の、表情豊かな所が、好きです。翼に感情が出るところが、好きです」

【そ、その、えっと】

「……喜んでいるときに翼が大きく広がって、バサバサ動くのが、落ち込んでいるときにぐんにゃりとするのが、怒っているとき──」

【──ま、ま、まって、まって!】

「……え?」

 

 と、頑張って色々話している所で、神様に止められる。

 見ると、神様は翼を大きく広げながらまって、まってと叫ぶ。

 

 神様は顔が赤くなっていて……コノエは、ちょっと恥ずかしいことを言いすぎただろうか、と少し思う。でも、全部本心だった。

 

【も、もう! もう! いきなりなに!?】

 

 神様はいきなりなんなの!? とか、驚くでしょ!? と言う。

 翼がバサバサと動いて、周囲に風が起きる。

 

 神様は、もう、もう、と叫びながら、手と翼を動かす。

 混乱するように、なんなの、と何度も言って。

 

 ……数十秒、そんな時間が続いた、その後。

 

【………………もう、あなたって子は】

「……」

 

 しばらくして、神様は落ち着き、頬を膨らませながらコノエを見ていた。

 そして、少し迷うように唸って……。

 

【ねえ、コノエ。なんで、こんなことをいきなり言い出したの?】

 

 ……そう、問いかけた。どうしていきなりお礼とか、す、好きとか言い出したの? と。

 それは、その問いに対する答えは、コノエの中で最初から決まっていた。

 

「……神様に、伝えたかったからです」

【伝えたかった?】

「……はい、僕が、神様にどれほど沢山のモノを貰ってきたのかを」

 

 そうだ、コノエは、伝えたかった。

 伝えて、知ってもらって、そうして──。

 

「──神様に、言いたかったんです。()()()()()()()()()

【……え?】

 

 ◆

 

 それは、コノエが欠片と一体化し、その記憶を取り込んだから。欠片がその心に触れ続けたから、分かったことだった。

 ……神様から伝わってくる痛み。その正体について。

 

 そもそもの話をしよう。この世界は、元々とても平和な世界だった。

 神に見守られ、加護と魔法と共に生きる人々の世界。小さな諍いならともかく、大きな争いごとなど起こらない、そんな世界だった。

 

 神様は──生命神様は、そんな平和な世界の母なる神であって、争いごととは無縁の存在だった。その守護の権能は、病や災害から人を守るためのものだった。

 生命神様は、生まれてくる子を言祝ぎ、育つ若者を見守り、子を守る親を導き、死出の旅を行く者を慰める、そういう神格だった。

 

 ──そうだ、決して、争うための神格ではなかったのだ。

 

 ……けれど、数千年前、邪神がこの世界を攻めてきた。

 生命神様は戦わなければならなくなった。邪神に対抗できるのが、最高神である生命神様しかいなかったからだ。

 生命神様は、その本質を捻じ曲げ、十の分体に己を裂いてまで人を守ろうとした。人を愛し、育む母なる神。生命神様は、その中枢以外の全てを削り、十の神様(ぶんたい)を作り出した。

 

 神様は、人を守る神の分体として、誕生した。新たな母なる神として、生命神様と同じように、人を守った。愛しているから、守ろうとした。そのために、必死に足掻いた。

 

 ……しかし、守り切れなかった。邪神は狡猾で、どうやっても倒せなかった。

 

 どれほど頑張っても、人は苦しみ、傷つき、死に続けた。守れなかった。

 いつしか神様は、守るどころか逆に守られるようになった。世界を満たす生命神の力を損なわないためだ。人が傷つく姿を、見ることしか出来なくなった。

 

 ──そして。永い、永い年月が過ぎて。数千年以上の時が流れていって。

 

 いつまでたっても邪神は倒せなくて、守れないままだった。

 きっと、その間に神様に近しい者も、大勢死んだだろう。数多の別れを経験してきたのだろう。その悲しみの一端は、欠片にも伝わって来ていた。

 

 ……でも、それでも、神様は、人を導き続けた。

 必死に導いた。きっと邪神を打ち倒して、平和な世界を取り戻すために。導いて、導いて……傷ついて。傷ついて、傷ついて、それでも歩き続けた。

 

 神様は、ずっと傷ついていた。傷だらけだったけれど、母なる神の分体だから、強くあり続けた。傷を隠して、にっこりと笑った。人のために必死に笑い、強い姿を見せ続けた。

 

 守れなくて、失って、傷ついて。でも必ず立ち上がって、笑い続けた。

 

 ……本当は、ずっとずっと泣いていたのに。

 誰もいない、自分だけの部屋で、ずっと泣いていたのに。

 

 他に人のいない、唯一泣いていい場所で、神様は過去を抱きしめ、泣いていた。

 思い出部屋。失った人の残滓が保管された、神様だけの部屋で。

 

 ……そうだ。欠片には、神様の悲しみが伝わってきていた。

 欠片を抱きしめ、守れなくてごめんねと、謝り続ける神様の涙と悲しみが。

 

 傷ついているのは神様なのに。失ったのは神様なのに。

 失って、失って、それでも立ち続けて、傷ついて、心から血を流しているのは、神様なのに。

 

 それが、神様の痛みだ。神様の傷。

 胸に空いた──深い、穴。

 

 コノエは、それが理解できたから──。

 

 ◆

 

 ──だから、これは、決意だった。己の魂への誓い。かつての自分と、約束したこと。

 ……ああ、そうか、天蓋竜に届くんだろうかなんて考えている場合じゃなかった。そうじゃない。そうじゃなくて……。

 

「……神様、僕は、今まで神様から沢山のモノを貰ってきました」

【…………】

 

 ……コノエは、神様を見つめる。呆然と目を見開く、神様の目を。

 

 神様のおかげだった。神様が、呼びかけてくれた。見ていてくれた。ここに居てもいいんだって教えてくれたから──コノエの胸の穴は、確かに埋まった。

  

 ──神様、あの日、見つけてくれて、ありがとう。

 ──神様、何度も会いに来てくれて、ありがとう。居場所をくれて、ありがとう。

 

 ありがとう、ありがとう、ありがとう。何度お礼を言っても言い足りない。

 お茶を淹れて、話をして、何でもない時間だったけれど、それが愛おしかった。かつても今も、コノエはそれで救われた。

 

 神様に感謝している。神様だけじゃない。他の皆にも。だから──。

 

「──だから、今度は、僕が返す番です」

 

 ──意思によって、コノエの魂の力が巡る。加速していく。魂が鼓動する。願いを叶えるために、より深く、強く、魂に刻印が描かれていく。

 ──そうだ。この世界は、意思こそが何よりも力を持つ世界なのだから。

 

「神様、僕は──あなたの胸の穴を、埋めたい」

 

 ──その決意は、何よりも大切な日常を守り、きっと神様の涙を止めるために。




これで、第四章は終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。
そして第五章ですが……申し訳ない。まだ詳細プロットの詰めが終わってないので、一週間ほど時間を下さい……来週の月曜から再開予定です……三章と四章が重すぎてスケジュールが詰まってしまったので……。(あと、今回もXでアンケートをします)

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