転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第1部 4章
第17話 風が強くても


 ――言葉が無ければ、いけませんか?

 

 テルネリカの言葉を、コノエは思い出す。

 微笑んでいた少女。彼女は、言葉がなくても楽しいと言っていたあのとき。

 

 それにコノエは……。

 

(……いや、そんな訳はないだろう)

 

 そう思う。言葉は大切だ。

 言葉があればこそ、人は人と交流ができる。理解し合える。

 

 そういうものだろう。そうじゃないんだろうか。

 まともに口を開かないコノエには言葉の重要性を断言することは出来ないけれど、しかしコノエはそんな価値観で生きてきた。学校でも言いたいことはちゃんと口に出せと習った気もするし。この世界でも、それは同じじゃないかと思う。

 

 ……なので、コノエにはテルネリカの言葉が理解できない。

 嘘を言っている――というか適当なことを言っているのではないかと思う。なんとなくでそれっぽいことを言う人間はいるものだし。コノエはそう思って――。

 

「――」

 

 ――ああ、でも。これまでに見てきたテルネリカは。

 ――あの日、血を吐きながら叫んだ少女は。

 

「……」

 

 ……コノエには、分からない。分からなかった。

 

 ◆

 

 ――この街に来て、二十三日が過ぎた。

 街への駐在も、期限まであと七日になる。

 

 この頃、コノエの深まる悩みとは裏腹にコノエの仕事自体は減っていた。

 街の瘴気濃度は薄れてきたからだ。窓から見える空は瘴気の色が薄れ、青色が戻ってきている。

 

 死病の患者もここ数日で大きく減り、昨日、一昨日は朝時点で一人だけ。

 そして今日は――。

 

「――アデプト様、本日の死病患者はおりません」

「……そうか」

 

 コノエにそれを伝えた騎士の表情は真剣で、立ち姿も落ち着いていて――でも言葉は少し弾んでいた。

 嬉しいのだろう。それはそうだ。ダンジョンの氾濫が始まってから、今日で三十八日目。コノエがこの街に来る前から続いていた戦いに一区切りが付いたのだから。

 

 終わりが見えてきた。もうすぐそこまで来ている。

 あとは結界塔が再建されれば、氾濫はもう終わりだと言ってもいい。

 

 ……まあ、もちろんその後には長い長い復興が待っているのだろうけれど。

 

(……しかし、これで僕も仕事がなくなったな)

 

 ともあれ、コノエの仕事も同じように一段落だった。

 あとは結界が戻るまで魔物の対応をしていればいい。

 

 方法としては、槍を持って街の境を歩くか、見晴らしのいいところから気配察知して一方的に打ち込んでいくかだ。

 さてどちらにしようかと考えて。

 

(……今日は、城壁の塔に登るか)

 

 なんとなく、そう決める。

 少し、街の様子を見たい気分だった。

 

 ◆

 

 シルメニアの城の城壁には、各所に見張り用の背の高い塔がいくつか建てられていた。

 そこは少し前までは常に兵が常駐し、城に迫る賊や街中の異変を察知していた場所だが、今は魔物の襲撃で大半が破壊されてしまっている。

 

 しかし、一つだけ奇跡的に無傷で残った塔があり、そこからは街の周辺の森まで見通せるので、最近のコノエはそこを起点に活動していた。

 

「……」

 

 コノエは塔の端に立つ。そして街を見る。

 今日も活気に溢れる人々がそこにいた。気合の入った掛け声に、走り回る子供の姿。結界塔の修復もかなり進んできて、終わりも見えてきている。

 

 コノエは、そんな彼らの様子を少しの間視線を向けて――。

 

 ――森に向けて気配察知を広げる。

 街の崩れた外壁と森の境。そこは目で見た限りでは何もないように見えて――しかし、多くの魔物の気配が蠢いていた。おそらく、近づくものを襲おうとしているのだろう。それとも騎士の巡回を恐れて潜んでいるのか。

 

「……」

 

 そんな魔物達を捕捉しながら、コノエは手の中に魔道具でナイフを作り出す。

 これはコノエが以前から使っている魔道具で、普段の戦闘でも便利使いしている物だった。小型ナイフを魔力が続く限り作ってくれる魔道具。

 

 これで作るナイフは強度が低く、しばらくしたら消えてしまうため正面から打ち合うには心もとない。けれど、特定の状況ではとても便利に役立ってくれる。

 

 つまり――。

 

「――」

 

 ――コノエが森に向かって腕を振るう。

 その手の指には四本のナイフが挟み込まれていて、それが同時に森へ向かって放たれる。

 

 ナイフは一呼吸の間に森へと到達し。

 

『――!!??』

 

 森の表層、察知していた気配がいくつか消える。

 それと同時に森が騒がしくなって、気配が森の奥へ逃げようと動き始める。

 

 コノエはそんな魔物の背中に、生み出したナイフを片端から打ち込んでいく。

 そこに慈悲はない。逃げる相手は追わなくてもいいなどという言葉は、猛獣を含めた動物に向けることはあっても魔物に向けるものではない。

 

 ――魔物は、人類にとって不倶戴天の敵である。

 

 魔物。邪神の生み出した尖兵。人類を喰らうもの。

 魔物達は邪神により、最初から人類の敵として生まれてくる。

 

 魔物は常に、人を殺したいと願っている。

 魔物は常に、人の血を、肉を食らいたいと(よだれ)を垂らしている。

 

 それは邪神が人類を憎悪し、殺意を抱いているからだ。

 そして、殺人(それ)を成した魔物に報酬を与えるから。

 

 魔物は、人を殺せば殺すほど強くなる。人を食えば食うほど賢くなる。人に憎悪や悪意を持てば持つほど強い加護を得る。

 生まれた時の種族による差はあるとはいえ、それが魔物の原則だった。

 

 故にこそ、人類と魔物の相互理解は不可能だ。

 理解し合うには交流が必要で、交流するためには知能がいる。そして、魔物が知能を手に入れるためには数多の人類を食わなければならないのだから、どうしようもない。

 

 決して分かり合えない……いいや、分かり合ってはいけない。

 それが、この世界の魔物だった。

 

「……」

 

 だからこそコノエに躊躇いはなく、無言のままに手に次のナイフを生み出していく。

 そして逃げ惑う気配に投げナイフを打ち込んでいった。

 

 ◆

 

 ――しばらく経った頃。街の境を一周してコノエは手を止める。

 全てを殺せたわけではないけれど、逃げたのも含めて街の周囲からはいなくなった。あとはこのまま警戒して、また近づいてくる魔物に対応すればいい。

 

「……」

 

 なので、コノエは軽く息を吐く。

 そして、振り返る。

 

 するとそこには小さな横長の椅子が置かれていて、一人の少女が座っていた。武器なども置かれた物々しい塔。そこに場違いなメイド姿の少女がいる。

 

 ……テルネリカは、今日もコノエの傍にいる。

 

「コノエ様、ご休憩ですか?」

「……ああ」

 

 そうですか、ではお茶を入れますねと、テルネリカが笑う。

 バスケットの中からポットを、カップを手に取って――

 

 ――そんなテルネリカの横には、人一人分のスペースが開いていた。

 

「……」

 

 知っている。テルネリカはコノエのためにその空間を開けている。それは昨日も同じだったから、コノエも分かっている。

 

 ……しかし、そこに座ると。

 ……テルネリカとの距離がとても近くなる。

 

「……」

 

 最初――数日前、この物見塔に初めて来たときは違った。テルネリカは魔物討伐の間も立って待っていたし、休憩時もコノエの横に立とうとしていた。

 

 でも、少女が立っている横で一人だけ座るというのは居心地が悪くて。

 だからコノエはテルネリカも座ってくれと言った。椅子の大きさなど考えずに。その結果が今の状態だった。

 

「……」

 

 コノエは、テルネリカの横の狭いスペースに座るのを躊躇(ためら)う。

 けれど、このまま立っているとテルネリカも立ち上がって、コノエに席を譲ろうとすることもコノエは知っていた。

 

 ……なので、不自然にならない程度に距離をとって座ることにする。拳一つ分の距離。

 

「……」

「コノエ様。お茶をどうぞ」

 

 横に座ると、テルネリカがすぐにポットから注いだお茶を渡してくれる。

 保温の魔道具に入ったお茶は温かかった。湯気を立てるそれをコノエはゆっくりと口に含む。

 

「……」

 

 鼻孔にお茶のいい香りが広がって、息を吐く。

 その息は白く染まっていた。しかし横から吹き付けてくる風がそれをすぐに吹き消す。

 

 ……そのまま、しばらく無言の時間があって。

 

「……少し、風が強いですね。コノエ様、寒くないですか?」

「……まあ、少し」

 

 ぽつり、とテルネリカが呟く。

 言われてみると肌寒いなとコノエは思った。

 

 まあ、それで何か問題があるかといえば無いのだけれど。アデプトはあらゆる環境に適応できるように訓練している。

 

 暑い寒いを感じることは出来ても、体感としては冬の雪山も今いる場所も大差はなかった。そういうものだ。

 

 なので、コノエは特に気にすることもなく、またお茶を口に含んで……。

 

「コノエ様」

「……なん……!?」

 

 ――そのとき。ふと、テルネリカの体がこちらに向かって傾く。

 コノエは驚き、咄嗟に避けようとして……しかしアデプトとしての察知能力が、避ければテルネリカが椅子に倒れ込んでしまうのを伝えてきた。

 

 だから、コノエは動けない。

 テルネリカの体が近づいてくるのをただ見ていた。

 

「――」

 

 ……とん、と腕に柔らかい感触が伝わってくる。

 テルネリカの頭が、肩が、腕がコノエに触れている。さっきまであった距離が無くなっている。

 

 コノエはやっぱり動けなくて、そうしているうちに、触れているところからじわりじわりと服越しにテルネリカの体温が伝わってくる。

 

「……テルネリカ、なにを」

「コノエ様、知って(・・・)いますか(・・・・)? 風が強くても、寄り添っていれば暖かいんですよ」

 

 なんとか絞り出した問いかけに、テルネリカの穏やかな声が帰ってくる。

 囁くような柔らかい声。知っているかって、そんなもの。

 

「知ら、ない」

「……そうですか。では、今日知ってください」

 

 ふふふ、と、テルネリカの声が耳を(くすぐ)る。

 

 コノエは混乱する。困る。

 どうしてこんなことをするのかも分からない。分からないことだらけで、コノエは何もできない。

 

「……」

「……」

 

 そうしているうちに、無言の時間は続いていく。

 二人以外の誰もいない塔の上。風の音と、テルネリカの息遣いだけがあった。

 

 ……そうだ、そこには悪意を疑ってしまうような言葉はなく。

 ……じんわりと伝わってくる柔らかい温度だけがあって――。

 

「……」

 

 ――テルネリカは、ただただ温かかった。

 

 

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