転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
※※※突然ですが、本日は二話同時更新です※※※
※※※こちらは二話目なので、一話目を読んでない方は、前の話から読んでください※※※
──百と十年ほど前。最初に地上を襲う五年前に、天蓋竜は、憎悪と共に目覚めた。
人を、世界を滅ぼさんとする憎悪と共に作り出された。
生まれた時から、最強の力を持っていた。世界を侵す憎悪を持っていた。万象を憎み、消し飛ばす、無敵の竜。
でも、それは……同時に、憎悪しかないと言うことでもあった。
天蓋竜には、憎しみしかなかった。それ以上でも、それ以下でもない。目に映るもの全てが憎くて、それだけ。
憎悪の他に、天蓋竜は何も持っていなかった。
世界の全てが憎いから、全てが同じだった。全てが同じということは、何も変化が無いということだった。
だから、天蓋竜は心が揺れることが無かった。地上を襲うまでの時間、知識を植え付けられたり、戦闘訓練をしたりしたけれど、何も感じなかった。圧倒的な力を振るう快感もなければ、逆に恐れを感じることもなかった。
そのまま訓練期間が終わって、地上に攻め込んだ。数え切れないほどの人がいた。巨大な都があった。
……全てを消し飛ばした。天蓋竜はやっぱり何も感じない。襲ってくる数多の固有魔法も、全てが憎くて、全てが無価値だった。
天蓋竜は、そうして、国も世界も、何かを感じることもなく、滅ぼそうとして……。
『この先には、行かせません』
……そこで、天蓋竜は、己の前に立ちはだかる人間を見た。女だった。顔に変な物を付けていた。そして──己が殺そうとしても、死ななかった。
星と一体化して、天蓋竜に襲い掛かってきた。別に強くはなかった。大きいからなかなか消せなくて、それだけ。たいして痛くもない。ただ死なないだけ。
その女は、天蓋竜の前に立ちはだかり続けた。日が沈んで、日が昇って。また沈んで、昇って。繰り返して、でも、女は死なずに天蓋竜の前にいた。
天蓋竜は、そんな女に、特に何も考えずにただ力を振るい続けて……。
『……■■?』
……しかし、そんな時間が続いた、ある日のことだった。ふと、何かを感じた。
女が振るう星の拳から、何かが伝わってきた気がした。それが何かは、今の天蓋竜にも分からない。けれど、確かにあった。
少し不思議で、けれど、そのまま戦い続けて。さらに一日が経って、二日が経った。
段々と違和感が大きくなって……気付いた。
『……■■』
女から伝わってくるものは、憎悪ではなかった。星の拳に籠っていたのは、もっと別の物だった。
それに気づいた瞬間、天蓋竜の中に、憎悪とは違う何かが初めて芽生えて……でも、女はその後すぐに死んだ。天蓋竜も、死んだ。
だから、かつての天蓋竜は何も知らないままに、終わってしまって──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そして、今。復活した天蓋竜もまた、槍と雷に貫かれて死につつある。
『■■■■』
「……!」
天蓋竜は、死が近づいて来るのを認識しながら、力を振り絞るかのように、消滅を放つ。
天蓋竜の周囲を黒の嵐が包んで、天蓋竜の首を狩ろうとしていた男は、即座に後ろに大きく退いた。
白と金の男。天蓋竜は、知っている。百五年前、己の一撃に耐えた男だ。理解できなかった。何なのだろうと思った。そうだ、あのときも、不思議な感覚を覚えた。星の女に近い何かを感じた。
そうして、今回も天蓋竜の前に立ちはだかった。戦っていると、知らない感情が湧いて来た。胸の奥が跳ねた。槍の傷はとても痛かったが、その痛みもまた、新鮮だった。もっと知りたかった。憎悪ではない何かを知りたかった。
教えて欲しかった。知らないままに、終わりたくなかった。
『■■』
けれど、体はもう壊れてしまっている。これ以上は戦えない。もう教えて貰えない。天蓋竜は、なんだかそれが、とても残念で──。
[──!────/!]
『■■?』
──そこで、天蓋竜は、己の奥底からの声を認識する。
邪神。己を作り出した存在。叫んでいるようだった。
[──_──―_/──―?!]
どうやら己が男に負けたことを憤慨しているらしい。そして、人が憎いらしい。神が憎くて、神都にいる女に、してやられたのが許せないのだとか。だから。
[──!──―:──―!!]
だから、どうやら邪神は──敗北した
地の底から、邪神の手が伸びてくる。起爆用の力が流れ込んでくる。
これは、復活させるときに組み込んでいた仕掛けなのだとか。前回の敗北から学んで仕込んだらしい。最悪の場合に備えた仕掛け。力をすべて暴走させて、消滅の力の大爆発を起こし、世界の構造ごと周辺を消し飛ばす。
計算では、国一つくらいなら消し飛ばせるようだ。この国を破壊し、世界の構造を破壊することで、何もかもを滅茶苦茶にするつもりらしい。
邪神の悪意。盤面をひっくり返して時間を稼いで、再起までの時間を稼ごうとしている。
抵抗は出来ない。天蓋竜は邪神の作り出したものであり、その意志に逆らう権利が無い。そういう風に作られていない。天蓋竜はもう間もなく爆発して死ぬ。
『……■■』
……そんな未来に天蓋竜は、まあ、死ぬのはいいかと思った。どうせこのままでも死ぬし、天蓋竜には憎悪しかない故に、己にも何一つとして価値を見出していない。命など惜しくない。
天蓋竜が価値を見るのは、憎悪ではない何かだけだ。そして、その何かを教えてくれる人。
星の女が亡き今、それはあの男だけで────うん?
[──?────/!!!!]
邪神の手が、起爆準備を終わらせる。天蓋竜の内側で、消滅の力が暴れ始める。
死の間際。しかし、その瞬間、天蓋竜の中にあったのは、ただただ一人の男のことだった。
思い浮かんだのは、当然の事実。今ここで己が爆発したら、あの男も死ぬ。
つい先ほどまで戦っていた男。教えてくれた男。そうだ。先程、男と戦っている途中、己は笑った。なぜ笑ったのか自分でも分からないけれど、確かに。
そんな、己に何かを教えてくれた男が死ぬ。爆発で。邪神の手で。
『■■』
──天蓋竜は、なんとなく。それは嫌だな、と思った。
よく分からない気持ちがあった。けれど、あの目を閉じていても届く鮮烈な輝きが、消滅の爆発で消えてしまうのは嫌だなと思った。
分からない。天蓋竜には、その気持ちが何なのかは分からない。
けれど──。
『■■■■■■■!!』
──天蓋竜の願いが、溢れ出す。分からないけれど、それはきっと憎悪とは違うもので、何よりも知りたかった何かだった。
だから、天蓋竜の消滅の力が溢れ出す。臨界寸前まで高まった爆発を包みこむ。不可能なはずの反逆を、想いの力が押し通す。
『■■■■■■■■■■■■!!!!』
[──_──―_/──―?!]
どこかで何かが叫んでいる。でも天蓋竜にとってはどうでもいいことだった。
天蓋竜の中にあるのは己の内側を埋め尽くす想いだけだった。
爆発の力を、飲みこんでいく。爆発のために注がれた邪神の力も、飲みこむ。反逆に反応して加護を剥奪しようとする力も、喰らいつくす。
邪神の伸ばしていた手が消滅の力で千切れ、天蓋竜の中に吸収されていく。
邪神を喰らうことに、抵抗はなかった。邪神は最初から最後まで邪悪であり、天蓋竜を手駒としてしか見ていなかった。それと同じように、天蓋竜も邪神を価値あるものとして見ていなかった。
[────―::──―!!……??]
食い千切られた邪神が地の底へ落ちていく。天蓋竜は、それに目も向けない。ただ、吸収した邪神の欠片から、天蓋竜は、あの男の名を理解する。
――コノエ、と。
コノエ。コノエ。コノエ。
コノエ、コノエ、コノエ、コノエ、コノエ。
コノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエコノエ。
『──■■■■■■■■■■■■!!!!』
──コノエ! それが、お前の名か!
天蓋竜は咆哮する。他者の名なんて、気にしたこともなかった。
コノエ。全てが憎悪に満ちた世界で、ただ一つの
『■■■!!!!』
天蓋竜は、
白と金の鎧。良いなと思った。模倣する。体がバキバキと小さくなっていく。
名を知った。呼びたくなった。耳を開く。消滅を消し、世界の音を聞いた。
喉の形を調整する。人の名を呼べるように。
教えて欲しかった。もっと何かを教えて欲しかった。
だから、天蓋竜は──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そして、コノエは見る。
槍を打ち込んだ後の一連の状況に少し混乱しながら。
黒の嵐で距離を取らせたかと思うと、内側で極大の力が膨れ上がり、世界が〈止めろ!〉と叫んだ。しかし、鎧を纏い槍を構え、嵐の中に突入しようとしたところで、その動きが止まり、力が逆に内側へと収束していった。
天蓋竜を包む嵐は力の収束と共に小さくなり、その後に残っていたのは。
『……ぁ……ぁ、あ?』
「…………」
黒い、鎧だった。コノエの鎧と、色以外は瓜二つの鎧。
気配は天蓋竜と同じ。何故その姿に、と僅かに思い、だがすぐに頭から消えた。
『……あ、ぁ……こ……の?』
それは、目の前の天蓋竜から感じる力が、先ほどまでと比べて遥かに強くなっていたからだ。
なんだか発声練習のようなことをしている姿からは想像もできない、圧倒的な力。
『……このえ』
ぞわり、と全身に鳥肌が立つ。死の気配が、背中を撫でる。
天蓋竜の瞳が、コノエを見つめて。
『────コノエ……コノエ! コノエ!!!!』
コノエの名を叫ぶ、そして──。
「──!」
──次の瞬間、天蓋竜の拳が、コノエの目の前にあった。
拳が迫り、それをコノエは槍で受けようとする。僅かな拮抗の後、砕けていく。コノエは体を逸らし、何とか回避する。
肩を天蓋竜の拳が掠め、鎧ごと消し飛んでいく。
『──コノエ、おれに、おしえてくれ!』
──天蓋竜が叫ぶ。
──こうして、神都の奇襲から始まった戦い、その最終局面が幕を開けた。