転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第33話 糸

『──コノエ!』

「──っ!」

 

 ──天蓋竜がコノエの名を叫び、拳を繰り出してくる。

 

 高密度の消滅が籠った一撃に、コノエは腕に抗固有魔法の力を集中させる。圧倒的速度と、消滅の力。槍では受けが間に合わない。吹き飛んだ肩を治し、防御の構えを取る。

 コノエは技を以て天蓋竜の腕の横を叩き、拳を受け流し──。

 

「────っ!!」

 

 受け流したはずの腕に、全身をバラバラにするかのような衝撃が走る。凄まじい力。込められた消滅の力は、一手受けるのに失敗すれば命を消し飛ばせるだけの力が籠っている。

 

 突き、蹴り、突進、頭突き、爪を薙ぐように腕を振り、地を這うように足を刈ってくる。人の動きと竜の動きが合わさったように滅茶苦茶で、しかし、嵐のような攻勢。技はなく、全てが全力で、全てが致命的な威力を持っていた。

 

「──ぐ、ぅ」

 

 正しく受けたはずの腕の形がひしゃげる。躱したはずの蹴りで、太腿が大きく抉れる。天蓋竜が纏う消滅の力が渦を巻いている。

 一手ごとに、コノエの雷化した体が壊れていく。そして、それなのに──

 

『──コノエ! おしえてくれ!』

 

 ──対照的に敵の動きはどんどんと速くなっていく。動きが最適化されていくのが分かる。新たな体に適応しているのだろう。

 コノエは、歯噛みする。教えてくれとは何のことかと疑問に思いながら。

 

 ……まずい。なにもかもが足りていない。

 そうだ。コノエは先の戦いで消耗している。魔力も魂の力も足りていない。結果的に勝利出来たとはいえ、ギリギリの戦いだったから。

 

 加えて、天蓋竜は現状、黒線も黒槍も使っていない。これは使えないのか、使わないのか。使い始めたらどうなるのか。

 敵にはまだまだ余裕がある。それなのに、コノエに残された力がガリガリと削れていく。これでは──。

 

『コノエ!』

「──っ」

 

 そのとき、膨れ上がる敵の力を見誤り、コノエは少しバランスを崩してしまう。しまった、と思ったときには、既に次の蹴りがもう目の前にあった。コノエは、それでもなんとか致命傷を避けようとして──。

 

 ──しかし、そのとき。生と死の狭間に、銀の輝きがあった。

 

「──教官!」

 

 横からの一撃が、天蓋竜を襲う。天蓋竜は大きく吹き飛ばされ、回転しながら海の上を跳ね飛んでいく。コノエとの間に距離が開いた。

 ……コノエも、教官が離れた所で様子を見ているのには気付いていた。危機に気付き、助けに来てくれたのか。

 

 すれ違う一瞬、右腕を失った教官と目が合った。その視線が、態勢を整えろと言っていた。短いが、()()()で時間を稼ぐと。

 転倒から立ち上がった天蓋竜に、教官がさらに一撃。二撃と叩き込み、距離を開ける。けれど、天蓋竜もやられてばかりではなく、今度はすぐに体勢を立て直し、拳を振り上げ──。

 

『おぉおおお!』

 

 ──しかし、動き出した天蓋竜は、何もない虚空を殴った。力の気配で理解する。メルミナの奥の手、水晶体への映像投影だ。目を開いた結果、光系の固有魔法が届くようになっている。

 続いて、さらに固有魔法が天蓋竜を襲う。音波系の固有魔法が海面を走り、天蓋竜が耳を押さえる。青い力が海から溢れたかと思うと、海と空間を侵食して天蓋竜の足元を崩そうとする。これはフォニアか。

 

 離れた所に、フォニアを含めた何人もの気配がある。空間系の魔法使いの気配も。転移で移動してきたのか。

 

「…………」

 

 コノエは、皆が時間を稼いでくれている間に息を整え、体を修復する。意識を集中し、世界と接続を深め、抗固有魔法の力を引き出していく。

 天蓋竜は、襲い掛かる数多の固有魔法に困惑しているように見えた。ほんの僅かに、動きを止めて──。

 

『おまえたちは、ちがう!』

 

 けれど、一度叫び、消滅の力を解放する。目を閉じることは無く、黒の嵐を起こし、全ての干渉を振り払った。やはり消滅の力は強力で、五感が開いていたとしても、認識さえすれば簡単に弾かれてしまう。教官も消耗してるため、あまり長くは戦えそうにない。

 

 そして、自由になった天蓋竜は、コノエへ視線を向け──。

 

『コノエ、おれは、おまえを! おまえだけを!』

「──」

 

 ──コノエと、天蓋竜。態勢を整えるのは、ほぼ同時だった。

 天蓋竜の拳が迫り、コノエは構え、迎え撃つ。

 

 幾つもの轟音が世界を揺らす。一秒にも満たない間に、数十の攻防があった。

 天蓋竜の連撃を、コノエは技を以て逸らし……。 

 

「──ぐ、ぅ」

 

 しかし、やはりミシミシ、メキメキと体が壊れていく。

 刻一刻と削れていく。

 

 ――重い。重かった。単純な威力だけじゃない。

 何かが、祈りが、願いが、そのまま殴りつけてくるような。

 

『おれを、みろ! コノエ!』

「──っ!」

 

 受けるだけで、精一杯。コノエは迫り来る限界を感じながら、目の前の敵を観察し──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

【……コノエ……!】

 

 ──そして、そんなコノエを、神様は学舎から加護を通して見ていた。

 爆発の兆候と、突然の天蓋竜の復活。人化と、その後の戦いを。

 

 消耗したコノエと、圧倒的な力を見せつける天蓋竜。外からの援護もあるが、天蓋竜はあまり意に介さず戦い続けている。

 天蓋竜はコノエをだけを見て、コノエを今にも殺そうとしている。

 

【……っ!】

 

 助けたかった。苦戦するコノエに、手助けをしたかった。なんでもいい。何かできることがしたかった。

 ……けれど、出来ない。神としての本質が、戦いを拒絶している。

 

 それが、生命神の分体だった。もう数千年も変わらない、現実だった。

 ずっと、ずっと、見続けてきた。子供(ヒト)たちが死ぬのを、ずっと見続けてきた。

 

 神様は、戦っている子供たちを、いつも見てきた。でも、何もできないから、傷ついて死んでいくのを見ていることしか出来なかった。

 沢山の子供たちが死んだ。学舎に戻ってきた亡骸に、ごめんね、と何度も謝った。何もできない神様でごめんねと。

 

 己の無能が憎かった。万能の神ならば、こんな風に皆を苦しめずに済んだのに。邪神なんて、簡単にやっつけられたのに。

 助けたい。身代わりになってあげたい。

 

 ……でも、何もできない。

 

【……コノエ】

 

 神様は、見る。コノエが、傷ついている。ボロボロに傷ついて、それでも必死に戦っている。百五年前から、何度も沢山のことを話した彼が。命を懸けて守ってくれた彼が。ほんの数十分前、沢山の言葉をくれた彼が。

 

 ……胸の穴を埋めたいと、そう言ってくれた、彼が。

 

【…………】

 

 唇を噛んだ。血の味がした。悲しかった。

 泣きたかった。でも、そんなことは許されない。一番泣きたいのは、戦地で傷ついている本人のはずだ。守られるだけの自分が泣いて良い訳がない。

 

 戦っているコノエに、力を渡したかった。生命神の力を、魔力を、加護を通して少しでも渡そうとした。通らない。それでも、通そうとする。全然通らない。どうして。なんで。

 

【……】

 

 悔しくて、悔しくて、悔しくて、己が憎くて、憎くて、憎くて。

 祈った。何に祈ればいいのかも分からずに。

 

 祈り、必死に力をコノエに送ろうとした。失敗しても、それでも。何かが変わることを祈った。奇跡の様な偶然が起きてくれればいいと思った。

 何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も──。

 

〈────〉

 

 ──でも、そのときだった。

 ──ふと、気付く。

 

【────え?】

 

 信じられない事実。……ありえないものが、目の前にあった。

 ()()は、思い出部屋を経由している。目を疑って、でも確かにあった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 きっと、その理由は、簡単に言えることじゃなかった。沢山の要因が重なった結果だった。

 世界を満たしていた邪神の力が、先ほど薄くなったからかもしれない。それとも、コノエに協力している存在が手を貸してくれたのかもしれない。思い出部屋を経由しているから、コノエが部屋の中で発動した固有魔法にも、関係がある可能性があった。色々考えられる。

 

 ……そして、あとは、もしかしたら──神様が、ずっとずっと祈っていたからか。

 この、想いが何よりも力を持つ世界で、神様は数千年間、ずっとずっと願い続けていたから。だから──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

【────!】

 

 ──でも、神様には、理由は分からない。何故こんな物が突然現れたのか。何も分からない。けれど、そんなのはどうだってよかった。

 大切なのは、今()()があるという事実だけだった。

 

【────コノエ!】

 

 ──そこにあったのは、細い、細い、一本の糸。

 

 神様の目の前に、糸があった。

 加護とは違う繋がりが、彼方に、コノエに向けて伸びていた。




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