転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

172 / 216
第34話 本音

【────!】

 

 ──神様は、手を伸ばす。そして、糸に己の一部を載せた。加護に力を流すときと同じように。力を載せた影を生み出し、コノエへ送り出す。

 神様の想いを載せた影が、糸を伝っていく。コノエに力を届けるために。

 

【…………!】

 

 すると、影を通して、激痛が伝わってきた。当然だ。今神様がしていることは、本質から逸脱する行為。己の存在から、一歩足を踏み外す行為だ。

 影は己自身に、拒絶されている。焼かれている。ばちりばちりと弾けていく。一瞬ごとに焼かれていく。

 

 ……それでも、神様は影に意識を載せて──。

 

 ◆

 

 ──影は、進んでいく。糸を伝っていく。痛みに耐えながら。前へ前へと向かう。

 痛くて痛くて仕方なくて、内側から全部崩れそうな苦しみがあった。

 

 でも、神様の影は走った。糸を伝い、走っていた。一刻も早くコノエの元へ向かうために。

 

【……コノエ】

 

 コノエの顔を浮かべながら、全身がバラバラに砕けてしまいそうな痛みに耐える。

 神様は思い出す。コノエとの記憶を。百五年前と今の記憶を。

 

 百五年前、初めて中庭で会ったときの困ったような顔。異世界の話をしているときの、頑張っている顔。お菓子を持って行った時の、少し嬉しそうな顔。

 

 頑張りすぎを注意したときの、少し残念そうな顔。新しい話が出来なくなったと、残念そうで、でも、その代わりにと、資料を作っていた。

 神様に喜んで欲しいんです、と言った。静かに微笑んでいた。

 

 ……天蓋竜から守ってくれたときのことを思い出す。必死になって守ってくれた。最期の最期まで、自分を思っていたのが分かった。

 悲しくて、どうしようもないくらいに痛くて。居なくなった後が苦しくて。でも、胸が締め付けられるような想いがずっと、ずっと、伝わって来ていた。

 

【…………】

 

 二十五年前からの記憶を思い出す。召喚した後のコノエの顔を思い出す。

 諦めそうになった時の、疲れた顔。お茶を飲んだ時の、ほっとした顔。アデプトになれたときの、嬉しそうな顔。どんどん成果が積み重なっていった時の、困惑した顔。

 

 一緒に写真を撮ったときの、少し引きつった顔。苦手だというのは分かったけれど、お願いすると一緒に写ってくれた。困ったように不器用に笑う顔の写真が、一番好きだった。

 

 ……ほんの数十分前。一生懸命に、語り掛けてきてくれた姿を、神様は思い出す。沢山お礼を言ってくれて、沢山好きって言ってくれた。沢山沢山見てくれていた。本心から言っているのが、心に伝わって来た。そして──。

 

『──神様、僕は、あなたの胸の穴を、埋めたい』

 

 ──あんなことを、真剣な顔で、言った。お礼がしたいって。胸の穴を埋めてもらったから、今度はこっちの胸の穴を埋めたいって。

 

【………………】

 

 神様の影は、沢山の顔と思い出を振り返りながら、走って行く。

 存在が捻じ曲がる苦痛に耐えながら、それでもコノエを想う。

 

 ……いや、むしろ、だからこそ、なのかもしれない。神様の影の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、想うのかもしれない。表に出てくるものがあった。表面から、剥がれ落ちるものが。

 だって──。

 

【………コノエ、私、本当はね】

 

 ──本当は、神様はずっと、コノエに隠していた。言っていないことがあった。

 いや、コノエだけじゃない。神様は、実はずっと周囲に隠していた。

 

 それは、神様が、神だからだ。

 人を導く存在。人に、立派な姿を見せなくてはならない存在。

 

 情けない姿を見せてはならない。堂々としていなければならない。

 母なる神として、誰よりも大人として振る舞わなければならない。

 

 だから、取り繕っていた。本心があまり表に出ないようにしていた。そうやって神様は数千年生きてきた。でも、本当は──。

 

【──コノエ、私本当はね! すっごく嬉しかったの!】

 

 ──歪みと痛みの結果、隠していた本音が溢れてくる。

 本当は。ずっとずっと、嬉しかった。

 

 出会えたことが嬉しかった。沢山話をしたことが嬉しかった。自分のために資料作りを頑張ってくれたことも。それ以外の色んなことも、全部全部。

 

 ……そうだ。記憶を取り戻して、生き返ったのが分かったとき。本当は思いきり泣きたかった。よかったって、ずっと泣いていたかった。

 表面は神らしく取り繕っていたけれど、本当は、それくらい嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、叫びたかった。翼に感情が出るとコノエが言っていたけれど、それは、本当は必死に我慢した結果だった。

 

 生きててくれてありがとうって、沢山お礼を言って、ぎゅっと抱きしめて、子供のように泣いていたかった。

 

【嬉しかったよ! 本当に、本当に、嬉しかったよ!】

 

 そして、胸の穴を埋めたいと言ってくれたときもだ。本当は胸がすごく高鳴っていた。びっくりするくらい、心臓がどきどきしていた。

 ……だって、胸の穴を埋めたいと、苦しみを理解して、傷を認めてくれたから。その上で、力になりたいと言ってくれたから。

 

 ──コノエは分かっていない。あの言葉が、どれくらい嬉しかったのか、きっと全く分かっていない。

 

 ぎゅうっと胸の奥が締め付けられたんだ。息が出来なくなりそうなくらい、締め付けられた。胸が凄く高鳴って、耳の傍で心臓が鳴っているみたいだった。

 顔が火照って。全身がむずむずとした。なんでもいいから大声を出したい気持ちだった。理解してもらえた気がした。なんなのもう。あんなこと気軽に言って。ばかって、怒りたいくらいだった。

 

 ……苦しみを隠していた。隠しながら、頑張って歩いていた。それが神としての役目だった。

 けれど、本当は。胸の奥の奥では、理解してほしかった。許されないけど、慰めてほしかった。でも神だから、そんなこと絶対ダメで。ダメだったのに。

 

 ……でも、そうだ。ダメだから。それでも、神様は頑張って、コノエを諫めた。

 ──あのねコノエ、って。お返しなんて必要ないんだよって。 

 

 胸の穴とか、気にしなくていいんだよってコノエに言った。神として当然なんだからって。

 がんばって表情を取り繕って、神様らしい顔で言った。

 

 そうしたら──。

 

『……僕は必要だから神様にお返しがしたいわけじゃないんです。僕が、神様に返したいから、泣いてほしくないから、笑っていて欲しいから、返すんです』

 

 ……本当に、なんてことを言うんだろうと思った。

 ……あんなこと言われたら、ダメなのに──。

 

【────もう! もう!!】

 

 だから、目と胸の奥が熱くて熱くて仕方がなくなりながら、神様の影は走る。糸を伝って、コノエの元へ。戦っているコノエの元へ。命を懸けて、天蓋竜と戦っている場所へ。

 

 痛みと、神格の歪みと。神としての在り方と、後悔と。嬉しさと胸の苦しみと。その全部で思考がぐちゃぐちゃになりそうで。

 感情が胸の奥で苦しくて、目から雫が溢れてきて、色んな事が駄目で、胸の感情にはまだ答えを出しちゃいけなくて。それでも、神様は──。

 

【──コノエ! 死んじゃやだ! 絶対やだ! 帰って来て!】

 

 ──生きていてほしいから、大切だから、必死に、懸命に、糸の先へと走る。そうして。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「────え?」

 

 ──コノエは、自らが突然、何かに接続されたのを感じた。大きな気配。知らない──いいや、知っている。一度だけ、覚えがあった。これは、かつて、シルメニアの街で。

 死病に苦しむ街の住人を、治療したときの──。

 

【──コノエ、頑張って! 負けないで!】

 

 ──コノエの中に、声と共に力が流れ込んでくる。莫大な力。神の力が流れ込んで来て、コノエの中で魔力と魂の力に変換される。後ろには影がいた。神様の影。頑張れ、と言っていた。

 

 力が巡り、コノエの中を満たす。供給された力が僅かに溢れ出して、純白の羽の形になって周囲に舞った。

 これは、力の供給は、戦闘中には出来なかったはずではとコノエは思い──。

 

『──コノエ!』

「……!」

 

 ──そこに、天蓋竜の拳が飛んでくる。コノエはそれに、今は考えている場合ではないと思考を止め、ただ魔力を全力で体に回し。

 

『────っ!』

「────!」

 

 ──黒い拳を逸らし、体に染みついた技が、天蓋竜の顔に拳を叩き込む。

 ──ズドン、と音がして、天蓋竜が吹き飛んだ。

 

 供給される力の影響で、雷と身体強化が限界以上の出力で動き始めていた。理由は考えるまでもない。当然の事実。生命神の力は、生命魔法とこれ以上ないほどに相性がいい。

 

『────』

 

 吹き飛ばされた天蓋竜がくるりと体勢を変え、着地し、コノエを見る。その顔に傷はない。天蓋竜の力は強大で、拳の一つで打ち破れるものではない。ダメージなんて無いだろう。

 けれど、天蓋竜は驚いたように目を見開いて、コノエを見つめて──。

 

 ──一瞬後に、嬉しそうにニヤリ、と笑った。

 

 ◆

 

 ──そして、その後は正面からの戦いが始まった。

 幾百、幾千の拳が交わされた。殴り、殴られた。

 

 戦いは、互角だった。僅かな停滞があった。

 技は圧倒的にコノエが上で、それ以外は神様の助力を受けてなお天蓋竜が上だった。結果的に拮抗し、戦いは少し長く続いた。

 

 コノエが槍を出すと、天蓋竜も槍を出した。槍で貫き、貫かれた。雷と消滅が互いを抉り合い、命を懸けて全霊で戦った。

 

 手加減などありえない。どちらもが、相手を十分に殺せるだけの攻撃を叩きつけていた。

 

『コノエ』

 

 でも、その中で。天蓋竜は、ずっと笑っていた。コノエの名を呼んだ。楽しくて楽しくて仕方がないという顔。

 ……そんな天蓋竜を見ていると、何故かコノエも少し心が動いた。

 

 天蓋竜の嬉しそうな感情が、拳や槍を経由してコノエに伝わって来ていた。

 逆にコノエも拳や槍を叩き込んで、不思議だけれど、感情を伝えた気がした。

 

 ──気付けば、二人は海の上にいた。世界の歪みが薄い、広い広い大海原の上だ

 

 空と、海と、照らす太陽の光と。青い色が目の奥に入ってくるようだった。

 戦いの余波で、海の水が大きく巻き上げられた。光が反射して、輝いていた。

 

 ……長いような、短いような、そんな戦いだった。

 

 時間にすれば、数分にも満たないような。

 その結果は──。

 

『…………あぁ』

 

 ──天蓋竜の力と成長する技を、見極めた先。

 コノエの右手が、天蓋竜の胸を貫いていた。

 

 内部から雷に焼かれた天蓋竜は、それでも嬉しそうに笑う。

 

『そうか、これが』

 

 そうして、最後に一度、幸せそうに呟いて。

 ……天蓋竜は、塵となり、消えていった。




次回月曜、エピローグです。

三巻発売中です! 応援してくれると……すごく嬉しい!
よろしくお願いします! 続編沢山出したい……
アマゾンさんを置いておきますね……
amazon
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。