転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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後日談:テルネリカ②

「……え、あ、あの、この本」

 

 テルネリカが大きく目を見開きながら、「エルフと子供と樹」を指差す。そして、段々と頬に赤い色がさしていく。

 そんなテルネリカに、コノエの脳内には、つい昨日考えたことが蘇ってきていた。

 

『…………なんというか、その、恋人になったばかりの相手に将来の子供の話をするのは、流石にアレなのでは……?』

 

 そうだ。そう思った。だからまず一人で調べものをしていた。

 なのに、今テルネリカの前に、そのまんまのタイトルの本がある。

 

 ……弁明をさせてもらうならば、これは最近、訓練のためにテルネリカが部屋を訪れることが減っていたからだ。十日に一度しか訪れないのでテルネリカが部屋に来るという意識そのものが希薄化していた。

 

 ……まあ、弁明をしたところで目の前の現実は変わらないんだけれど。

 

「……そ、その、コノエ様……わ、私、コノエ様が、その、えっと」

「………………」

 

 目を泳がせながら顔を真っ赤に染めているテルネリカに、コノエはマズいと汗を流す。

 混乱して、引かれるのではないかと思って、引かれたくないと思った。

 

 だから、どうすればいいかと必死に頭を回す。戦闘時を除けば、いや、戦闘時を入れても、ここしばらくで一番と言っていいくらいに考える。そうして……。

 

「……い、いや、実は、君が訓練で疲れているんじゃないかと思って。癒しのために庭に樹を埋めようかなと」

「………………え?」

 

 体感では数分、実際には数秒の思考の後。そんな言い訳がコノエの口から飛び出した。伸ばした指が、机の上に置いてあったもう一冊の「エルフと樹と加護」を指す。

 

 それは、二冊の本を読んだからこそ出てきた言葉だった。

 本曰く、エルフは子供とか大人とか関係なく、力が強い樹が近くにあると居心地が良いらしい。体の深い場所に根付いた加護が活性化されて、疲労回復やストレス解消などの効果があるようだ。

 

 つまり、アデプト訓練で疲れ切っているテルネリカのためにコノエが樹を植えようとしても、何一つおかしくないということ。「エルフと樹と子供」も、タイトルに子供と書かれているが、内容的には大人向けのものも多く載っていた。

 

 苦しい言い訳である気はしたが、口下手なコノエにとっては、人生最高と言っていい言い訳でもあった。……まあ、昨晩本を読んでいて、頑張っているテルネリカのために樹を用意してやりたいと思ったのは間違いないので、正確に言えば、言い訳でも何でもないのかもしれないが。

 

 ──ともあれ、子供じゃなくてテルネリカのためだと頑張って説明すると、テルネリカはきょとん、とした顔をして。

 

「え、えっと、そうなんですか?」

「……あ、ああ」

 

 頷くコノエに、テルネリカはパチパチと目を(またた)く。

 少し考えるような顔をして、コノエの顔をじっと見て。

 

「………………」

「………………」

「…………………………」

「…………………………」

 

 目を泳がせるコノエと、そんなコノエを見つめるテルネリカ。

 しばしの沈黙の時間があって……。

 

「……あの、でしたら、実は故郷の樹がいいんです」

「……え?」

 

 ……すると、誤魔化せたのか、それ以上問われることはなかった。驚くコノエに、テルネリカは加護の活性化には、生まれ育った土地の樹が一番なのだと言う。

 

 ……テルネリカの故郷、つまりは。

 

「なので、よかったら、シルメニアに行きませんか?」

 

 ◆

 

 ──それから少し時間が過ぎて、昼前。

 コノエは提案に頷き、テルネリカとシルメニアへ行くことになった。転移門の申請を出し、先方にもそちらに行くと魔道具で連絡を取って、数時間。

 

 しばしの待ち時間の後、準備が出来た転移門を二人は潜る。

 光を抜けると、知っている石造りの転移室が見えて──。

 

「──お待ちしておりました。お久しぶりです」

「ようこそおいで下さいました、そして、おかえりなさいませ」

 

 声がした。見るとそこには見覚えのある二人の姿がある。

 ──騎士団長とメイド長が待っていた。

 

 ◆

 

 コノエは懐かしい顔に久しぶりだと挨拶を返し、どれくらい時間が経ったのかと考え……ちょうど一年くらいだった。

 本当に色々あったので、数年ぶりくらいに感じたが、アデプトになって、まだそれくらいしか経っていない。

 

 やはり密度が異常では、と思っていると、騎士団長がお噂は新聞と歌でかねがね伺っております、と。歌ってなんだとここ最近で何度目かに思って、しかし問い返したらとんでもない歌が飛んで来そうで、口を噤む。

 

 そして、そんなコノエたちの横でテルネリカとメイド長は抱き合って再会を喜んでいた。

 テルネリカは、体は大丈夫でしたか? とメイド長に問いかけられて、頷いて。逆に体は大丈夫だった? と問いかけて、はい、と帰って来て。よかった、と嬉しそうに笑い合った。

 

 ……少しの、穏やかな時間。

 コノエと騎士団長、テルネリカとメイド長で、しばしの間、無事の再会を喜び、互いの近況を話す時間があって──。

 

 ◆

 

 ──話の後は、二人に案内されて、今の領主──三十代くらいに見える女性エルフで、親戚だけあってテルネリカに少し似ている──に会って、いつかの復興支援金の礼を伝えられたりした。

 

 そうして、では、そろそろ樹を見に行こう、と城の正面玄関から出る。

 コノエは、前庭に下りて。

 

「……」

 

 ……数十メートルの城の前庭を歩く。

 少し懐かしく思う光景。一年前は幾度となく歩いたそこに、ふと、当時の記憶が蘇ってくる。

 

 記憶に刻まれた当時の光景。災害と数多の魔物に蹂躙された街。

 踏みつぶされた瓦礫の山と、枯れ落ちた畑。

 けれど、絶望的な状況で、それでも必死に顔を上げていた人々を思い出す。

 

 ……彼らは今はどうしているのだろうかと思い。

 

「………………あ」

 

 ──城門を潜ると同時に、視界が開けた。

 高台になっている城から、街が一望出来る。

 

 まず目に入ったのは、建て直された建物。何もかもが壊れていた街並みは、完全ではないものの修復が進んでいた。

 長い階段の下には、新しい建物が並び、建設中の物も多く見える。

 

 建物の向こうに見える緑色は、聖花の畑だろうか。荒れた土色の畑ではなく、育ちゆく植物の緑が見えた。鮮やかな色が街を囲んでいる、花が咲けば、きっと真っ白に染まるのだろうと想像できるような光景。

 

 確かに、復興が進んでいるのだと確信できるような街の姿が見える。

 そして──。

 

「「「「「「「────────!!!!!!」」」」」」」

 

 ──歓声が、聞こえてきた。

 多くの人々が、階段の下に集まっている。

 

 笑顔が見える。楽しそうに、嬉しそうに笑う人々。当時とは違い、綺麗な服を着て集まっていた。

 

 歓声と共に、コノエとテルネリカの名前を呼ぶ声が沢山あって。

 

「………………」

「………………」

 

 コノエはいつものように、反応に困る。こういうのは苦手だった。

 けれど少し、彼らに──彼らだからこそ、元気そうな顔に、つい頬が緩む。テルネリカと視線を一度合わせて、足を踏み出した。

 

 階段を一歩下りるごとに名前を呼ぶ声はどんどん大きくなっていって……コノエは、ただただ頬を掻いていた。

 

 ◆

 

 一頻り歓声を浴びた後、住民たちは解散し、コノエたちは街を歩いていく。

 

 その後は予定通りだった。

 目的の樹は森の中で自生しているものが良いらしく、案内人と共に現地へ向かい、いくつか見繕った。

 

 樹の種類故か異世界故か、とんでもなく太い樹や、背の高い樹なんかもあって、その中から今の家の庭に植えられるものを探した。あと、病気になっていないかも確認をする。

 もちろん樹の良し悪しはコノエには分からないので、テルネリカや案内人の人に任せて……。

 

「………………ふむふむ」

「………………!?」

 

 なお、その途中、テルネリカが樹の上の方を見ようと、当たり前のように魔力で空を踏んで歩き出したのを見て、驚愕したりした。貴族なので元から鍛えていたとはいえ、まだ訓練始めて数十日なのに。

 ……僕がその領域に辿り着いたのは確か二年目の終わりだったはず、とコノエはちょっと戦慄した。

 

「コノエ様、この樹と、あちらの樹が良いかと思います」

「……あ、ああ」

「………………?」

 

 樹が決まった後は、専門の業者に頼んで、手続きをした。

 森から出て、城への道を歩き……。

 

「…………」

「…………」

 

 ……帰り道の途中、テルネリカの家族が眠る墓に向かった。

 膝を突いて、祈りを捧げて。色々と報告をした。テルネリカに感謝していること。恋人になったこと。これからのこと。 

 

 祈って、話をして、また立ち上がる。

 すると、自然と二人の目が合った。

 

「……テルネリカ」

「……コノエ様」

 

 二人は多くを語らずとも、自然と()()()()へ足を向けて──。

 

 ◆

 

 ──そうして、コノエとテルネリカは、階段を上っていた。

 石造りの、少し急な階段。円筒状の壁に沿うように螺旋状に設置された階段を登っていく。

 

 二人一緒に、一歩一歩。

 当時何度も上がった階段を、もう一度。

 

 最後まで登った二人は、扉を開けて──。

 

「────」

 

 ──黄昏時の真っ赤な空が、二人を迎える。

 屋上に立つと、そこには、ポツンとベンチが一つ置かれていた。

 

 それに懐かしさを感じて、少し目を細めると、ふと風が吹く。風は隣に立つテルネリカの髪をふわりと持ち上げた。金色の髪が赤く照らされて、輝いていた。

 あの時と色が同じだ、とコノエが、ぼうと見ていると、テルネリカはそんな視線に気づいたのか、はにかむように笑う。

 

 ──そこは、城の城壁にある、物見塔の上。

 一年前、共に寄り添い、語り合った場所に、二人はいた。

 




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