転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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後日談:テルネリカ③

 ──二人は、横長の椅子に座る。

 隣に座って、肩を寄せ合って。そして、物見塔に来る前に用意したお茶をカップに注いだ。

 

「…………」

「…………」

 

 静かな時間。声は無くて、ただただ傍にいた。 

 

 風が吹き抜けていく音だけが周囲に響く。

 カップから立ち上った湯気が、風に流されていった。

 

 コノエがテルネリカに出会って、この街に救援に来たときから、一年。ちょうど、同じ季節。

 風が少し強くて、肌寒い気がして。でもだからこそ、コノエは隣に座る人の体温がハッキリと分かる気がした。

 

 温もりが触れ合った肩から伝わってきて、シルメニアに来て何度目かに、コノエの脳裏に当時の記憶が蘇ってくる。そうだ、あのときは──。

 

「──コノエ様」

「……うん?」

「『知って(・・・)いますか(・・・・)? 風が強くても、寄り添っていれば温かいんですよ』」

「……! ……それは」

 

 そこでふと、テルネリカが懐かしい言葉を口にする。彼女も、同じようにかつてを思い出したのだろうか。

 ……そうだ。コノエはテルネリカにそう問いかけられたことがあった。温度を知っていますかと。

 

 この場所に座り、初めて肩を寄せ合ったときだ。当時のコノエは問いに知らないと返した。……けれど。

 

「……ああ、知っているよ。君が、教えてくれたから」

「…………えへへ」

 

 今のコノエは、知っている。温かくて、満たされて。なんだか体から力が抜けてしまいそうな、そんな優しい体温を。

 テルネリカが嬉しそうに笑って、頬をコノエの肩に摺り寄せるようにする。重なった手に、少し力が入った。

 

「…………」

「…………」

 

 そのまま、またしばしの沈黙の時間。

 どこまでも静かで、穏やかだった。 

 

 風の音だけが響く世界で、夕暮れ時の太陽が段々と地平線に消えていく。空が暗くなっていくのを、ただ見ていた。

 

「……コノエ様」

「……ああ」

「嬉しいです。最近は、こういう時間はあまりとれませんでしたから」

 

 テルネリカが、ぽつりとつぶやいた。見ると、目を伏せている。

 それは、事実だった。テルネリカがアデプトの訓練を始めてから、二人で過ごす時間はかなり減っている。

 

 訓練がある日は朝早くに出るし、帰ってきても疲労で動けないため、自由に出来るのは十日に一度だけだ。その一日も何らかの用事が入れば潰れてしまう。

 だから、こうしてゆっくりとするのも、実は数十日ぶりだったりする。アデプトの訓練を始める前の日に、近くの公園へ歩いて以来だった。

 

「…………」

 

 ……コノエは、思う。無理をさせているのだろうと。

 

 本来、テルネリカはアデプトを目指す必要はないはずだった。けれど、コノエの傍にいて、祝福に目覚めて、結果として先日は邪神に襲撃されてしまった。

 だから己の身を守れるだけの力が必要になって、今は苦労する羽目になっている。

 

 コノエは、申し訳ないなと、そう思って──。

 

「──コノエ様。今、私に申し訳なさそうな顔をしましたか?」

「……えっ」

「……むぅ、そんな顔しないでください」

 

 すると、何も言っていないのに、テルネリカが不満そうな顔をする。

 内心を言い当てられて、コノエは目を彷徨わせて。

 

 テルネリカは、そんなコノエを拗ねたような顔で見る。

 そして、言った。

 

「約束したじゃないですか。ずっと一緒に居ましょうって」

「………………ああ」

 

 ◆

 

 ──それは、天蓋竜との戦いの後の話。

 戦いから帰って来て、無事テルネリカと再会したコノエは、出発前に「帰ったら話す」と約束した通り、テルネリカに大切な事を伝えた。

 

 正面に膝を突いて、両手でテルネリカの掌を握りながら。

 

『──君の笑顔が好きだ』

『いつも楽しそうにしている君が、好きだ。目があったときに少し微笑んでくれるのが好きだ』

『本をたくさん抱えて嬉しそうに笑う君が好きだ』

『料理やお菓子作りをしているときの、真剣な顔が好きだ』

『クッキーを食べさせようとするのが、恥ずかしいけれど、好きだった』

『朝、寝たふりをしてくれと言われたとき、どうしていいか分からなかったけれど、胸の奥が疼くような気がした』

『……ときどき、少し変わったことをしたいと笑う君が、好きだよ』

 

 沢山、言っていなかったことを言った。

 ずっと言えなかったけれど、好きな所が沢山あった。

 

『ありがとう。傍にいてくれて、ありがとう』

『笑いかけてくれて、ありがとう』

『温もりを教えてくれて、ありがとう』

 

 テルネリカに、沢山大切な事を教えてもらった。

 テルネリカがいなければ今は無いのだと、コノエは確信できる。それは金の権能の助けだけじゃない。金の権能が無かったとしても、きっと、テルネリカに救われていた。

 

 だから──。

 

『──僕に出会ってくれて、ありがとう。君に会えて、よかった』

 

 コノエは、テルネリカに感謝している。

 ありがとう、と何度言っても伝えきれないくらいに。

 

 手を握って、目を合わせて。コノエは気持ちを伝えた。

 すると、見開いていたテルネリカの大きな瞳が、じわりと雫を湛えて──。

 

『──あ、わ、わたし、も』

『…………』

『わたしも──私も、好き……好きです!』

 

 ぽろりぽろりと頬を涙が伝っていって、震える唇でそう言った。

 でも、歪みながらも浮かんでいるのは笑顔で。

 

『私も、あなたの笑顔が、好きです! 温もりが好きで、優しいところが好きで、出会ってくれたことが好きで!』

『……テルネリカ』

『私も! ──私も、コノエ様のことが大好きです!』

 

 テルネリカは、一歩踏み出し、コノエにしがみつくように抱き着く。

 ぎゅう、と音がしそうなほどに力が籠っていた。

 

『ずっとずっと、出会った瞬間から、大好きでした!』

『……』

『死ぬまで、いいえ、死んでも大好きです!』

 

 そうして、コノエもそんなテルネリカをそっと抱き返して──。

 

 ◆

 

 ──そうだ。数十日前、そんなことがあった。

 ずっと一緒にいたいと、ずっと一緒に居ようと約束した。だから。

 

「コノエ様。だから申し訳なさそうな顔なんてしないで下さい。私が訓練するのは約束通りで、コノエ様の隣に居るために、がんばっているんですから」

「…………ああ」

 

 アデプトになれば、不慮の事故も寿命も無くなりますし、とテルネリカが笑う。

 コノエの手を握って、えへへと笑う。

 

 ……伝わってくる温度を感じながら、ただ傍に居た。

 そのうちに陽が落ちて──周囲は段々と暗闇に包まれていった。

 

 ◆

 

 その後、二人は起動準備が出来た転移門を使って、シルメニアから神都に帰ってくる。

 領主とメイド長、騎士団長に見送られて門を潜り、学舎に出た。

 

 そのまま家路について、二人で手を繋ぎながら歩いて。

 

「──ああ、そういえば、なんですが」

「……うん?」

「訓練を頑張る理由、今日もう一つ増えたなぁ、って思いまして」

 

 ……もう一つ?

 コノエが首を傾げると、テルネリカはコノエを見上げ、にっこりと笑う。そして。

 

「ええ、そのうちに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………え?」

「そのときは、私もきちんと守ってあげたいですから」

 

 ……それは……それは?

 …………子供の?

 

 ……やはり、言い訳はバレて?

 ……いや、そうだよな、あの本のタイトルで誤魔化せる訳ないよな、と思いつつ。

 

「……………………………………」

「……えへへ。もっとがんばらないと」

 

 テルネリカが、コノエの腕に抱き着く。

 コノエは、いろんな感情が渦巻いて、顔が熱い気がして。テルネリカになにも言葉を返せず──そのまま、家に二人で帰っていった。




これで後日談テルネリカ編は終わりです。
次は12/5(金)にサポーター短編を投稿し、さらに一週間後の12/12(金)から週一更新でマイコ編を始めようと思っています。改稿作業が忙しいので、マイコ編はしばらく更新頻度が下がりますが、よろしくお願いします。

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