転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
時間軸は第五部完結後です。(正確に言うとエピローグの直前)
まだ第五部まで読んでいない方は読まないようにしてください。
(※現在カクヨムサポーターにギフトのお礼として短編を先行公開しています。先行公開です。今回の短編のように、一定期間後に全て本編か活動報告で全体公開します。なのでサポーターにならなければ読めない短編はありません)
――それは、中庭での邪神討滅を祝うパーティーから、少し前の話だ。
学舎最上階の教官の部屋で、教官の秘書を務める彼女は、見た。
何を見たのかと言えば――。
「……どうしよう……」
「…………」
「コノエの周り、気付いたら、とんでもないことになってるよ……」
――なんて、呟きながら、部屋の隅で膝を抱えている
しかも、ただ膝を抱えているだけじゃない。姿が子供になっている。わざわざ原始魔法で
「ちょっと目を離してた間に、恋人が三人……? 確かにあの三人は怪しいなとは思ってたけど……特にテルネリカは疑う余地もなかったけど……」
「…………」
「……うぅ、完全に出遅れてるよ……」
酷く落ち込んだ様子で、いつもより高い子供の声で、教官はしょんぼりと言う。街を歩けば周囲の視線を一身に集めるであろう銀髪の美しい少女が、小さくなって落ち込んでいる。
庇護欲を掻き立てるような、しかし、世界を幾度となく救ってきた英雄とは思えないほどに弱々しい姿に、秘書は――。
「――出遅れてると思うんなら、さっさと告白してきたら?」
「……うっ」
――単刀直入に、一言で、そんな教官を切り捨てた。
呆れた顔で。何をやっているんだと言わんばかりの声で。
教官と、秘書。この二人は雇い主と秘書と言う関係でありながら、千年近い時を共に歩いてきた、竹馬の友と言える関係だった。
故に、雇い主に本来なら言えるはずのないことも言えるし――逆に教官も、そんな
「……い、いや、でも、告白って……まだちょっと早いというか……」
「……あなたから告白しないと、
「…………うぅ! …………で、でも……」
「………………」
子供の姿になり隙間に挟まって、でもでもだって、と呟く友の姿に秘書は大きく息を吐きつつ。
敵を前にしたときの誰よりも強く、勇敢な姿は何処に行ったのだろうと思う。
他のことは人の百倍も千倍も上手くこなして見せる癖に、彼女は恋愛になると途端に弱気になる。というか、長い間――国の行事になるほど続けてきた見合いだって、他所の国に手を伸ばせば条件に合う男を見つけることも十分可能だっただろうに。
どうしてこの友人は恋愛に関してだけここまでダメダメになるのだろうかと……。
「…………」
……いや、それも違う。本当は分かっている。他の誰も分からなくても、部下として、友として、ずっと傍にいた秘書だけは分かっている。
――目の前の友人の恋愛への自信のなさは、ある意味、恋愛だけが迷っても良いことだからだ。
彼女は、他のことでは迷ってはいけなかった。決断し続けてきた。戦闘で迷うことは許されないし、教育では迷いがあっても最終的には必ず答えを出さなければならなかった。技術発展も、政治も、組織の長としてもだ。
彼女は、この千年人類の誰よりも前に立ってきた。堂々と胸を張って歩き続けることを、常に己に課していた。胸の奥でどれほど迷っていたとしても、後悔していたとしても、世界の守護者として決断し続けてきた。
……きっと、だから、なのだろうと秘書は思う。
だから、どこまで行っても個人の問題でしかない恋愛では、迷ってしまうのだろう。迷ってもいいから、迷っても自分以外誰も困らないから、迷う。
「…………うぅ、私はどうすれば」
「…………」
……そして、考えてみれば。こうしてぐだぐだと迷っていられるのも、邪神がついに討滅されたからだった。
邪神が生きていた頃は、いつも追い立てられているかのようだったと思う。何をしてくるか分からなかったから、万全の準備をしていなければならなかった。一歩でも前へ進まなければならなかった。
だから今、恋愛で膝を抱えて迷っていられるのも、ようやく手に入れた余裕というヤツだ。本当なら、外野は余計なことを言わず思う存分味わってもらってもいいのかもしれない。
……うん、まあ、そう思いはする、けれど。
「……ねえ、大きなお世話なのを承知の上で言うけれど、あなた、今動かずこのままグダグダしてたら、最後まで言えないまま終わるんじゃない?」
「……う゛!」
「覚悟決めなさいな。こういうのは時間が経てば経つほど言い辛くなるわよ?」
「…………う、た、確かに」
でも、そうだ。このまま迷っていても、いい未来に辿り着ける気がしないのが問題だった。
……そして、一人の友人として、秘書は教官に幸せになってもらいたかったから。
「………………ば、ばばあ歳を考えろとか言われないかな」
「言わないわよ。あの子、そういうこと言う子じゃないでしょ」
断言する。それは、秘書がずっと教官の隣でコノエを見てきたからだ。少しくらいなら訓練の面倒を見たこともある。二十五年、近くで見てきた。頼りなかったコノエが一歩一歩成長していく姿を。立派な戦士に成長し、ついには世界を救った姿を。
今まで面倒を見た候補生の誰よりも手がかかって、努力以外の才能が全くなくて、でも愚直で、真面目で、一途に友人の背を追いかけていた彼のことを、秘書は知っていた。
(――というか、あの子がそんなことを絶対に言わないのを誰よりも知っているのは、あなたでしょうに)
予言の騒動の際、地下でコノエが叫んだ啖呵は秘書も聞いている。他でもない目の前の友人が嬉しそうに、恥ずかしそうに話していたからだ。秘書も聞いているだけで胸が熱くなるような啖呵だった。……なのに、うだうだと悩む友人の姿に、秘書は呆れつつ。
「…………私、もう少しで千百歳だし」
「千歳と千百歳にあなたが思ってるほど大きな差はないと思うわよ?」
……まあでも、今まで頑張ってきたんだから、少しは付き合ってあげないとね、と。秘書は苦笑しながら、いつまでもブツブツ呟いている友人に付き合って――。
◆
――それから、しばらくして。
教官はついに、意を決してコノエを酒に誘うことに成功する。
その結果は、まだどうなるか分からなかった。