転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第18話 屋敷

 ――シルメニアの街から数十キロ。

 洞窟が崩れた後の山肌に、風の竜は未だ留まっていた。

 

『――』

 

 ただただ気配を消し、街を見続ける。

 声を発することを止め、身動きを止める。そのうちに体に虫や小動物が体を這い始めて、それでも竜は動かなかった。

 

 竜は察知していた。街に、結界が戻りつつある。

 忌々しい塔は元の姿をほぼ取り戻し、神の気配が強まってきた。

 

 このままでは、竜は街に入れなくなってしまう。

 街を襲うなら今しかない。それは竜だけでなく他の魔物も理解している事実だ。だから街の周辺の魔物は減らない。コノエがいくらナイフを森に打ち込んでもすぐに戻ってきてしまう。

 

 結界のない、人間の集落。

 それは魔物にとっては己を強化するための千載一遇のチャンスで……。

 

『……』

 

 ……それでも、竜は動かず、ただただ街を見続けた。

 

 ◆

 

 ――翌日、朝。

 その日も、コノエとテルネリカは物見塔に二人で登った。

 

 コノエは魔物の討伐をして、テルネリカは後ろからその姿を見る。

 真面目に、効率的に街を守るコノエと、それを見守るテルネリカ。

 

 そして休憩時間には、風の強い中、二人でお茶を飲んで――。

 

「……」

「……」

 

 ――今日も、椅子に並んで座っていて、少しだけ肩が触れ合っていた。

 

 二人の間に、言葉はあまりなかった。

 時折、テルネリカが話しかけて、コノエが軽く返事をするだけだった。

 

 その他にはただ、隣に座っていた。

 僅かに触れた場所からは温度が伝わってきて、コノエは知らなかったそれにいつまでも慣れなくて。

 

 ……でも、逃げる気には、ならなくて。

 

「……」

「……」

 

 ――だから、二人は日が高く上るまでそうしていた。

 

 ◆

 

 そして、昼になる頃。

 ふと、コノエは転移門の起動を察知する。街に一グループの客がやってきていた。

 

「……商人?」

「はい、都から」

 

 いったい何が来たのかと思っていたけれど。どうやら出向いて来た商人だったらしい。

 

 ……しかし、それにしても。

 

「……薄くなったとはいえ、瘴気は残っているが?」

「そのリスクを負ってでも行動するのが、商人ですから。儲けられると思えばダンジョンの奥底にまで行く。そういう生き物です。……コノエ様もよろしければどうでしょう?」

 

 ……随分と(たくま)しいことだった。

 そのバイタリティには少し尊敬の念を抱きつつ――しかし、よろしければどうぞと言われれば、コノエは興味が全くない。

 

 なので、コノエは無視しようと思い……。

 

「……」

「――」

 

 ……珍しく、年相応に目を輝かせたテルネリカが、コノエを見ていた。

 

「……」

 

 そして、これまでの日々でコノエは知っている。

 この少女は決して、一人では買い物に行ったりはしないのだろう、と。

 

「…………………………じゃあ、案内して欲しい」

「はい!」

 

 コノエはテルネリカに案内されて城の前の広場へ移動する。

 そこにはすでに大きな簡易テントのようなものが建てられていて、中には商品が広げられている。多くの人で賑わっているのが見えた。

 

 揉み手をする商人に、反物を真剣な顔で確認する年配の女性。大きな声で菓子の名を叫ぶ若い売り子に、その前に群がる子供たち。酒瓶片手に隣をちらちら見ている男性に、それを笑顔で切って捨てる女性。……皆楽しそうに買い物をしているようだ。

 

 商品は飛ぶように売れていって、しかし次から次へと新しい品が棚に並んでいく。

 大量の商品は、きっと空間魔法で拡張した倉庫で持ち込んでいるのだろう。転移門は一度の起動では短い間しか通り抜けることが出来ない。大量の荷物を運ぶためには、転移門を一度で潜れるよう、物体を圧縮する空間魔道具が必要だった。

 

 なお、こんな便利な魔道具(くうかんまほう)の数々があるのに地球の機械技術を求めたのは何故かというと、これらの魔道具全てが職人の手による一品モノだからだ。生産量が少なすぎるから。

 

「……」

 

 しかし、随分と混み合っているな、とコノエは人々が集う商店に近づきながら思う。

 中に混ざるのを躊躇うくらいには、そこは賑わっていた。

 

「コノエ様、何か必要なものはございますか? 宜しければ私が見繕ってきますが」

「……ん、ああ……じゃあ、なにか摘まめるものでも」

 

 そんなとき、テルネリカが横から顔を出す。

 気を利かせてくれたのだろうかと思いつつ、コノエは財布からいくらか銀貨を渡す。そして走っていくテルネリカを見送って……。

 

「――これはこれは、アデプト様、お会いできて光栄でございます」

「……うん?」

 

 声をかけられて、そちらを見る。

 見ると、商人が揉み手しながら近づいてきていた。……なんとなく、そういえばこの仕草、異世界でも同じなんだな、と思う。

 

「なにかご必要な物なものがおありですかな? アデプト様からのご依頼とありましては、このヨーニン、全力でご用意させていただきますが」

「……いや」

「そうでしたか。それは残念でございますが、また何かありましたら是非この私めにご相談いただけますと幸いにございます」

 

 そして、私共は都に店舗を置かせて頂いておりまして、その場所は――と続く。

 コノエはそれをなんとなく聞きながら、妙に(かしこ)まった言い方をする商人だなと思う。……それとも商人ならアデプト相手にこれくらいが普通なのだろうか。コノエはまだアデプトに成り立てなのでそれを知らない。

 

 まあ、丁寧で悪い印象は持たないし別にいいとは思うが。

 買い物をしているテルネリカも明るい表情で、足元を見てぼったくるようなことはしていないようだし。

 

「ああ、今回はお安くさせて頂いております。この街とは聖花の取引で長い付き合いですからな」

「……そうか」

 

 聞いてもないのに、答えが返ってくる。

 随分と察しがいいのか、それともコノエが分かりやすいのか。

 

「まあ、その分残念ではありますが。まさか、この街の聖花が枯れてしまうとは。しかも種までとは、いやはや」

「……」

「他の街から種を仕入れれば、聖花の栽培自体はまたすぐに再開できるとは思いますが、しかし、この街の聖花は少し特別でしたからな。商いをする身としても、無念に思います」

 

 そう言って、商人は小さくため息を吐く。

 コノエはそれに、へえ、この街の聖花って特別だったのか、と正しく他人事のように思い――。

 

 ――そんなとき、ふと、ぎり、という音がする。

 ちらりとそちらを見ると、近くを歩いていた騎士が歯を食いしばっていた。そして商人を見て、次に悔しそうに遠くの枯れた畑を見る。

 

 ……話を聞いていたのだろうか?

 

「……」

 

 色々と大変なんだろうな、と思う。

 しかし、植物に関してコノエに出来ることは何もない。

 

 なので、特に気にすることもなく商人に視線を戻した。

 

「――ところでアデプト様。実は私共、あなた様宛に荷物を預かっておりまして」

「……?」

 

 ……荷物?

 

 ◆

 

「……これは、家のカタログか?」

 

 コノエは部屋に戻って受け取った荷物を開く。

 送り主は学舎の教官で、紙袋の中には一冊のカタログとメモが入っていた。

 

 メモには教官の字で『そろそろ暇になってくる頃じゃない? 以前君が言っていたものを送るね』と書かれている。そういえば、教官は屋敷を買うの知っているよなと思った。なにせ、甘言でコノエを学舎に連れてきたのは教官だし。

 

 まあ、暇になるだろうという気使いには感謝しとこう、なんてコノエは思いつつ……。

 

「……」

 

 パラパラとカタログをめくる。

 売りに出された屋敷が色々と並んでいて、小さい文字で色々書かれている。

 

 そんな図面をコノエは見る。売り文句も読む。

 細かく書きこまれたカタログを回転させてみたり、顎に手を当てて考えたりもする。

 

 ……そしてしばらく見た後、コノエは顔を上げる。

 カタログから天井へと視線を移して。

 

「……」

 

 ……正直、何も分からないな、と思った。

 どれもこれも全部同じにしか見えない。

 

 コノエにこの世界の図面を読む能力は無いらしい。

 そもそも図面に書かれている専門用語が分からないんだよなと思い……そんなとき、テルネリカが横から覗き込んでくる。

 

「コノエ様、これは……もしかして屋敷を買われるのですか?」

「……ああ」

 

 テルネリカに頷きつつ、どうにもならないとため息を吐く。

 すると、そんなコノエにテルネリカは、まあ、と胸の前で両手を合わせて――。

 

「――素敵です! どんな屋敷にするのですか!?」

「……」

 

 テルネリカが目を輝かせる。なんだか突然すごく楽しそうになった。

 コノエはそんなテルネリカに瞬きし、少し考える。どんな屋敷にするかと言えば。

 

「……まあ、便利な場所にある屋敷が良いな」

「そうですね! 他には?」

「……他は、特にないかな」

「……っ! そんな! せっかく屋敷を買うのにそれはもったいないですよ!」

 

 テルネリカがコノエの手からカタログを奪い取る。

 そして、机の上にカタログを広げて、あれやこれやと言い出した。

 

 例えばこの屋敷はちょっとした温室がついているとか、この屋敷には、特殊なオーブンがついているとか。

 この屋敷は部屋数が多いとか、冷暖房用の魔道具が完備しているとか、地下に研究室がついているとか、庭が広いとか、使い魔がいるとか。

 

 コノエはそんなテルネリカの様子に僕よりもよほど楽しそうだなと面食らいつつ、しかし話をしてるうちに段々と自分の意見も出てくる。

 

 まあ、風呂は欲しいなと言って、絶対必要ですよね!とテルネリカが言う。

 使い魔ってどんな感じかと聞けば、掃除をしてくれます! と言う。

 あまり広い屋敷は管理が大変そうだなと言って、使用人を雇えばいいのです! 稼いだお金を使い、経済を回すのも上に立つ者の役目です! と言われる。

 

 そうしているうちに少しずつコノエも具体的に想像できるようになってくる。

 テルネリカと二人で話し合って、そのうちに日も角度が少し傾いてくる。

 

 時折魔物が近づいてきて、その対応をしつつもコノエは時間を忘れて話し合って――。

 

 ◆

 

「――姫様、少しよろしいでしょうか」

 

 ――そして、テルネリカを呼びにメイドが部屋を訪れたのはそんな時だった。

 

 

 

 

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