転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
「ぬ、実は、ちょっとコノエにお願いしたいことがある」
「…………?」
……お願いしたいこと? コノエは首を傾げる。
すると、そんなコノエに、マイコはこっちに来てと手招きをした。
言われるままに付いていくと、コノエはほど近い空き部屋に案内される。
そして、そこでマイコは腰の鞄に手を入れ、何かを取り出して……。
……あれは、封筒?
「ぬ、コノエ、これを見てほしい」
「…………」
コノエは手渡された封筒を見る。何の変哲もない封筒に見えた。
何だろうかと思いつつ、表、裏、と確認すると。
「……うん? 差出人が、セレスティナって」
「ぬ、そう」
封筒の裏に、印と共に知っている名前が書かれていた。
――セレスティナ。
それは、魔王殺しの聖女様の名前だ。落花の聖女様。五百年前に夢喰の魔王を殺した英雄であって、世界で最も有名な三人の英雄の一人でもある。
また、よくよく見てみると、名前だけではなく押されている印も聖女様のものだ。
……どうして、あの人からの手紙が、ここに?
「ぬ、あのね。実は聖女様から誘われたの。よかったら一度、聖国に来ませんかって」
…………聖国に?
◆
――聖国。その国の名前を、コノエは知っていた。
前の自分、研究員時代に、実際に訪れたこともある。
神様の分体がおわす十の大国の一つだ。神国から見れば四つ隣に位置している。
肥沃で広大な平野を幾つも抱えている、農業や牧畜業などが盛んな国。
ここ百年は食料品や繊維の輸出が世界一位――百年前までは原初のアデプトがいた国が一位だった――だとコノエは習っていて、神国もかなりの量を輸入しているらしい。世界中の食と衣を支えていると言っても過言ではない国だった。
そのため、邪神の陰謀――迷宮氾濫や魔物の襲撃の発生頻度が高く、アデプトもかなり多く配置されている。神国の十倍以上いると言えば、どれくらい多いかが分かるだろう。
そして、そういう国で長年アデプトのトップを務めているのが聖女様であって、結果、聖女様は千年間で教官にも負けないほど多くの伝説を打ち立てていた。
……なお、余談ではあるが、聖女様の聖は聖国から来ている。国の名を冠する称号を貰っているあたり、聖国にとって聖女様がどれほど大きい存在かを現しているとも言えた。
◆
「………………」
――と、コノエは、そんな聖国の情報をつらつらと思い出しつつ。
つまり、今回マイコはその聖国に招待されているということだ。
……しかし、聖女様は何故マイコを?
コノエが不思議に思っていると。
「ぬ、実は聖女様と、文通してる」
「…………? ぶ、文通?」
予想もしなかった言葉が飛んで来て愕然とするコノエ。それにマイコは、少し前から手紙を交換してた、と繰り返す。
「実は、天蓋竜との戦いの後、聖女様から手紙が届いたの」
曰く、よかったらお友達になりませんか、と突然届いたようだ。
それにマイコも返事を出して、今に至るらしい。
「ぬ、何度か送り合って、色々書いた。趣味の話とか」
「………………」
「服を作ってたって、書いたの。そうしたら、聖国には良い糸や道具があるからよかったら遊びに来ませんかって言ってくれて」
「……そう、なのか?」
マイコが服を作っていたのは、コノエも知っている。教官の一件の際、ダンジョンの中で見たからだ。しかしまさか、それが聖国に繋がるとは思わなかったが。
「それでね、せっかく招待してくれたし、行ってみたいなって思ったんだけど……でも、私、一人じゃ他国に行けないから」
「…………ああ、それは」
一人で他国に行けない、というのはマイコに課せられている制限の一つだった。
マイコは神様の加護を得たとはいえ、元は魔物だ。人になって一年も経っていない現状、流石に普通の人と同じ扱いは出来ない。
なので、いくつかの制限を掛けられていて、単独での他国への移動禁止はその一つだった。というか、他国どころか現状では単独で神都の外に出るのも認められていない。神都の門を潜るためには、アデプトの同伴が必須であるとされていた。
まあ、天蓋竜戦での功績から、周りからの目もかなり和らいではいるので、そのうちには制限も緩くなるだろうとは言われているが。ただ、マイコの制限に関しては、各国の神様も含めた国際的な会議で決まったことだ。そんなにすぐに変えられることではない。
……ともあれ、つまりマイコが聖国に行くためには、アデプトが一緒に行く必要があるということだった。
「ぬ、あのね、だから、コノエに聖国までついてきて欲しい……」
マイコは、お願い、とコノエを上目遣いで見上げる。
コノエはそんなマイコに、なるほど、と色々と納得する。いきなり空き部屋まで連れてきてなにかと思ったら、そういうことだったらしい。
「コノエ……」
「…………」
マイコは、行きたいなぁ……ダメかなぁ……という目でコノエを見ている。コノエは、まあ暇だから付き合う分には構わないけれど、と思う。
他国ということで少し身構える部分はありつつ、しかし研究員時代に何度も訪れているので、記憶の中では馴染みはあった。
……ただ、まあ、一つ確認しておく必要はあったが。
「……マイコ」
「ぬ?」
「……教官は、この件について、なんと?」
「聖女様の所なら、行ってもいいよって」
……なるほど、それなら大丈夫か。コノエはそう思う。
色々突然だったが、教官がいいと言うのなら問題はないのだろう。
なので、少し考えた後、コノエは頷く。すると、マイコの表情がぱあっと明るくなった。
ありがとう、とコノエの手を握って、ぶんぶんと振る。
そうして、じゃあ、早速準備をしよう、とマイコは手を握ったまま歩き出す。手続きのために事務室へ行こう、と二人で部屋から出て……。
…………
…………
…………
…………うん? あれ?
そこで、コノエは一つ疑問に思う。
聖国に行く前に、遠征に行っている皆に連絡を残しておかないと、と思ったときだ。
……そういえば、マイコもアデプト訓練生だったはずでは?
「…………?」
そうだ。コノエは、テルネリカの同期としてマイコもアデプトの訓練生になったと聞いていた。天蓋竜戦で後遺症一歩手前まで追い詰められていたこともあり、一から鍛え直すことにしたと。
なので、本来ならマイコもテルネリカと一緒に、昨日から遠征訓練に向かっているはずだった。
それなのに、今ここに居る。不思議で、いったい何故とコノエは問いかけて。
「ぬ? 遠征訓練?」
「……ああ」
「もう終わったよ?」
「………………?」
………………??
………………終わった?
「ぬ、遠征訓練はノルマ式でしょ?」
「……ああ」
「昨日一日で全部終わらせた」
「………………………………………………????」
……?? 遠征訓練って、そんなに短時間で終わるやつだったっけ?
あれ、個人個人の力量に合わせたノルマになってるから、そう簡単に終わる訳が……。
「ぬ、頑張って成長した」
「……そ、そう、か?」
しかし、マイコはなんてことのない顔で、頑張ったの一言で終わらせる。
……コノエは、かつて己の心を幾度となく折った地獄を思い出して、遠い目をする。
今日からしばらく自由時間なの、と楽しそうに笑うマイコに手を引かれながら、そのまま歩いて行った。