転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
話の後、コノエとマイコは二人で事務室へと向かい、出国のための手続きを行う。
出発を明日と決め、申請して……すると、目の前にどさりと紙の束が置かれた。
……出国、および入国用の書類だった。
「………………?」
「ぬ、コノエ、ここはね、こっちの書類を見るの」
「……ありがとう」
コノエは分からなかったり、マイコに手伝って貰ったりしつつ、なんとか書類を完成させる。
書類を確認する事務員をハラハラと見て、大丈夫と言われて胸を撫で下ろした。
その後は、旅の準備を、ということになり、軽い足取りで商店区画――文字通り店が集まった区画だ──を回った。
ああでもない、こうでもないと二人で一緒に装備を揃えた。
……そうして、数時間後。
「コノエ、また明日!」
「……ああ」
手をぶんぶん振りながら去っていくマイコを見送った後、コノエも商店区画を出る。
学舎入り口に向けて階段を上りつつ、屋敷の使用人にも遠出すると伝えておかないとな、と思い……。
…………うん?
そこで、コノエは気付く。
学舎中央の長い階段の途中。広い踊り場に置かれたベンチに、人影があった。
「……あなたは」
「やあ、コノエ君、待っていたよ」
そこにいたのは、一人の男性だ。特徴的な外見をした人。
全身をローブとフードですっぽりと包み込んでいて、顔以外の肌が見えない。しかも、その上で──唯一露出した顔も、
口元以外を完全に隠している姿は、日本なら不審者と思われるかもしれない格好で……しかし、この世界では、それはまずありえないことだった。
なぜって、今コノエの目の前にいる人が、世界でも有数の有名人だからだ。
当然、コノエもその人のことを知っている。
元々習っていたし、何度か
「……議長、お久しぶりです」
「うん、久しぶりだ。コノエ君、今少し大丈夫かな?」
ちょっと、君と話したいことがあってね、と顔を隠した男が笑う。
――彼の名は、ルドラ。
遥かな過去よりこの世界を守り続ける最古のアデプトの一人にして、原初の盟友。かつての魔王討伐者にして、神界の円卓に座る十二人のうちの一人。
そして――国際会議の現議長。『万能』の二つ名で知られ、数多の伝説に名を残す英雄だった。
◆
「悪いけど、ちょっと付き合ってくれるかな?」
「……ええと、はい」
仮面の男、議長はベンチから立ち上がり、階段から脇道に向けて歩き出す。
コノエは何度か瞬きしつつ、その後ろを追いかけて。
「…………」
……歩きながら、コノエは議長について思い出す。
議長は二つ名の通り、万能──この世界に存在するほぼ全ての魔法を扱うことが出来る超越者だ。数千年にも及ぶ鍛錬と、魔法の出力を上げる固有魔法の力で、まるで全ての神の加護を持っているかの如く魔法を使えるらしい。
教官曰く、魔法の生き字引。魔法で困ったら議長を頼れとも言われていた。
また、議長は中立の立場を維持するために国に所属せず、傭兵的な活動をしているアデプトでもある。今この国にいるのも、遠征訓練に向かっている教官の代わりとして、数日前から神国に滞在しているからであって……。
「………………」
しかし、そんな人が僕に何の用だろうか。コノエはそう思う。
不思議に思っていると、ちょうどそこで議長が部屋の前で止まる。
扉を開け、中に入って……そうして、さて、と呟いた。
「コノエ君。遠出をするそうだね?」
「……え?」
「新たな種族である彼女と共に、聖国へ向かうのだとか」
「……ええと、はい」
コノエは突然の話題に少し驚きながら、頷く。議長が知っているのは、事務から連絡が行ったのだろうなと思いながら。
すると議長は、うんうん、と呟いて。
「実は、聖国に向かう前に、君にお願いがあってね」
「……お願い?」
「ああ、君のことを、少し占わせてほしい」
…………占い?
その言葉にコノエは、そういえば、と思う。万能と呼ばれる議長にも得意不得意はあって、中でも一番得意なのは運命系の魔法らしい。運命神の加護を持っていないのに、世界で一番運命の魔法が得意だと言われているのだとか。
神ではない人の身でも、ある程度未来を的中させることが出来る、と聞いていた。
「
「……は、はあ。まあ、別にかまいませんが」
頼むよ、と言う議長に、コノエは頷く。突然ではあるけれど、ただ占うだけだし。
すると、議長はありがとう、と言った後、早速懐から丸い金属板のようなものを取り出す。この世界での伝統的な占い道具だ。
そして、議長はさっそく魔力を金属板に流し始める。
金属板表面には細かな溝があって、そこにゆっくりと魔力が通っていく。その円盤が魔力で満ちたら、占いは終わりであるとコノエは聞いていた。
少しずつ。少しずつ。円盤に魔力が浸透していく。
コノエは、進んでいく占いを見て……。
「…………」
……コノエは、なんとなく、神界に初めて行った日を思い出す。
告げられた教官の死と、回避のための予言。小さくなった教官と、迷宮での戦い。
占い――運命の魔法と言えば、コノエにとってはあの一件が印象深い。
なので、当時のことを思い出して、コノエは少しだけドキドキとして……。
「──これは!」
「……えっ?」
──そのときだった。突然、議長が叫んだ。
コノエが隣を見ると、議長はぽかんと口を開いている。愕然としていて……何かを逡巡するかのように何度か口を閉じたり、また開いたりした。
……え? 一体何が? コノエはただ困惑する。
――まさか、本当に半年前と同じように……?
不穏な気配に、コノエの体に魔力が流れだす。体が戦闘態勢に移行していく。
「……コノエ君、心して聞いてほしい」
「……はい」
しばしの沈黙の後。議長はそう言った。深刻な雰囲気で、仮面の下からコノエを見据えている。
コノエはそんな議長に息を呑み──。
「コノエ君、君に──酷い女難の相が見える」
「…………えっ」
◆
……じょなん……女難?
…………えっ女難??
コノエは、脳内で文字をこねくり回しながら耳を疑う。
女難って、本当にあの女難なのかとコノエが混乱していると……議長は。
「……これは大変だ……すごい女難だよ。何かが起こるかもしれない」
「…………えっ」
「もちろん、神ではない僕の占いである以上、必ず当たるとは言えないけれど……聖国では、女性関係で何か、こう、複雑な状況に巻き込まれるかもしれないね」
「……………………えっ!?」
突然すぎて、訳が分からなくて。コノエには驚くことしかできない。
議長はそんなコノエに真剣な顔で、気を付けなさい、と言った。
……けれど、そう言われても、どう気を付ければいいのか。
コノエは縋るように、もっと詳しく教えて欲しい、と議長を見る。
しかし議長はコノエから目を逸らし、これ以上は何も言えない、と呟いた。
……呆然とするコノエと議長の間に数秒間の沈黙があって。
その後、議長は一度咳払いをして、それはさておき、と言った。
「ええと、実はね。今の占い、別に女性関係についてだけ見た訳じゃなくて、それ以外も占ったんだけど──そちらはよく見えなかった。靄がかかったようにね。……というか、本来僕が見たかったのはこっちなんだよ。君の女難の相がすごくて、つい気を取られたけど」
「…………すごくて?」
「んん、とにかく、やっぱり運命線の混乱はまだ収まっていないようだ。もう百日は経ったけれど、邪神討滅の影響は大きいようだね。普段の生活圏内ならともかく、国を跨ぐようなことをすれば途端に運命が見え辛くなる」
「…………」
……目を合わせず、無理やり話を切り替えるように言う議長。どうやら女難についてはこれ以上話すつもりはないようだ。
そんな議長に、コノエは混乱を抑え、運命の話について考える。
邪神討滅の影響と、運命線の混乱。それについてはコノエも聞かされていた。
──曰く、運命とは河の流れのようなものであり、邪神とは河の流れを堰き止める巨石のような存在だったらしい。
そして、その
なので、しばらくは運命系の力はあまり役に立たないだろう、と言われていた。日数が経過するにつれて、段々と異常も収まりつつあるが、それでも完全に元通りになるには年単位で時間が必要だと。
「…………」
その上で、実は、テルネリカの金の権能も弱体化していた。テルネリカの権能は、運命を読み解き、導くものだったからだ。
元々世界の化身の干渉もあって強い力を持っていた金の権能だが、化身の干渉停止と運命の乱れの影響で、現状では以前の五分の一程度の出力しか発揮できなくなっていた。
……ただ、唯一の救いとして、運命神の死の予言だけは問題ないと聞かされているので、そこは安心しているけれど。
「今回は、運命線の確認がしたかったんだ。そのために運命系の力を持った人の流れを見たくてね。ありがとうコノエ君。助かったよ。」
「……ええと、はい」
「……わかっているとは思うけれど、現状では何が起こるか予想できない。聖国では、十分注意するようにね」
「…………はい」
コノエが頷くと、議長は仮面の下で笑みを浮かべる。
色々頑張って、と肩をポンポンと叩いて──。
◆
その後、コノエは、議長と別れ、階段を上っていく。
そのまま一階の玄関ホールに辿り着いて……。
「…………それにしても」
そこでコノエは、先ほど議長が言っていたこと――女難について、改めて思い出す。
凄いとか気を付けろとか言っていたけれど、結局よく分からなかった。
一体何が起きるのだろうか。コノエは少し不安になって……。
「────?」
──そこで、コノエは己に向いた視線に気づく。強い意志のこもった視線だ。
今日はよく見られる日だな、と思いながら振り返ると……?
コノエは、見る。学舎の柱の陰を。
そこには、まず真っ白い色が最初に見えた。顔を半分隠すように覗く白い髪と、柱の陰にはぐんにゃりと垂れ下がった翼。次に赤い瞳の色が見えて、じっとこちらを見つめている。
【………………】
「………………」
……神様が、コノエを見ていた。