転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
ラストのセリフを少し変えました。
「マイコちゃん、コノエさん、よく来てくれましたね」
転移門を潜ったコノエとマイコを、聖女様が迎えてくれた。コノエは、突然の聖女様に驚いて……それでもなんとか挨拶を返す。マイコもコノエの半歩後ろから初めまして、と頭を下げた。
聖女様は、それに歓迎しますと笑って、次にマイコに、こうして会ってお話をするのは初めてですね、と話しかける。
聖女様はマイコに手を伸ばし、マイコもそれに少し遅れて応え、握手をした。聖女様は、そんなマイコに目を細めて微笑む。
「…………」
……しかし、それにしても。コノエは思う。
まさか転移門で聖女様が待っているとは思わなかった。聖女様は聖国の学舎のトップであって、転移者の出迎えをするような立場ではない。
なのでコノエは、なぜここに? と呟く。すると。
「なぜもなにも、マイコちゃんを招待したのは私ですから。それに、これは仕事ではなくプライベートです。仕事なら他の者に任せても、お友達なら迎えに来るのは当然でしょう?」
……なるほど。それはその通りかもしれない。
今回は確かに仕事じゃない。旅行みたいなものだった。
「――では、早速ですが、こちらに。部屋を用意していますので、そちらで入国の手続きをすることにいたしましょう」
そうして、コノエとマイコは、聖女様に促されて歩き出す。
転移室がある建物の中、廊下を進んで行く。聖国の転移門は地下にあるので、周囲に窓はなく、百年ぶりの聖国の様子は見えなかった。
なので、ただ聖女様の案内に付いていく。聖女様は移動する間、ずっとニコニコとしていた。コノエに神国の最近は、と問いかけたり、マイコに初めて国を出た感想はどうですか、と話しかけたりしていて。
それに、マイコは最初、少しコノエの影に隠れるようにしていたが、そのうちに笑顔になって仲良く話をし始める。
話しているのは、送り合った手紙についてだったり、転移室に飾られていた花についてだ。滞在中に案内する予定の布や糸の店についても話していた。
内容はコノエにはよく分からないことが多かったが、二人が楽しそうにしているのは分かった。マイコは嬉しそうに笑っていて、聖女様は穏やかな雰囲気で微笑んでいる。聞いていた通り、本当に友人同士らしい。
「ところで、コノエさん」
「……え、はい」
と、そこでコノエは聖女様に話しかけられる。
聖女様は報告書を呼んだのですが、と呟いて。
「コノエさんは百年前にも、聖国を訪れたことがあるのだとか」
「……あ、ええと、はい」
――百年前。その言葉にコノエは、そういえば聖女様は当時の顛末を知っているんだった、と思い出す。……いや、そもそも、事情の説明を求められて色々報告書に書いたのはコノエだ。
百十五年前の転移から始まる話。迷い込んで、教官に会って、学舎に入って。神様と話をしたり、資料を作ったり、度量衡の表を作ったり。
……そして、神様を守ろうとした、最後の戦いも。コノエは覚えている限りを書き写していた。
それは、天蓋竜戦の後、戦術研究のために情報を提供してくれと言われだからだ。断れなかった。コノエとしては目立ちそうなので嫌だったが、しかし
なので、あれから半年近くが過ぎた今では、各国学舎には研究員時代のコノエの情報が共有されていたりする。
……正直、コノエは自分が他国でどんなふうに噂されているのか少し怖くなっていた。
「当時、私もコノエさんと面識があったと聞きましたが」
「……はい」
「そうですか。……それは、寂しいですね。せっかくの出会いでしたのに、私だけ忘れてしまうなんて」
聖女様が残念そうに眉を下げて言う。
それにコノエは何度か瞬きした後、ええと、と脳裏に当時の記憶を思い出して。
「……いや、そんな、寂しいというほど特別なことがあった訳では……」
そうだ。そう思う。挨拶をして言葉を交わしたとはいえ、内容は当たり障りのないことばかりだった。
研究員時代もコノエはあまり上手く話せなくて、聖女様は今日と同じように穏やかに笑っていた。それ以上でもそれ以下でもないはずで――。
「………………」
……ああ、いや、違う。
記憶の断片から蘇ってくる。そういえば、かつて。何度目かに会ったときに──。
◆
『――コノエさん、あなたは、頑張り屋さんですね』
『――いい子です。……本当にいい子。あなたが女の子なら、抱きしめてあげたかったくらい』
◆
「………………」
「……あら、もしかして、かつての私と何かあったのでしょうか」
「……え? ……あ」
思い出していると、聖女様が少し目を見開いて言う。表情を読んだのだろう。それに、コノエはなんと返せばいいか迷い……。
「ふふ、気になりますね」
「……いや、その」
「ゆっくりと話を伺いたいところです。……でも、今は――ごめんなさい、私から言い出したことですが、止めておきましょうか」
「……?」
コノエが、うん? と疑問に思うと、聖女様は、だって、と呟く。
そして、隣を歩くマイコに手を伸ばし――
「…………ぬー!?」
「だって、今回の主役は、マイコちゃんですから」
マイコが叫んで、しかし聖女様はにっこりと微笑んだまま、ぎゅっと抱きしめて背中をポンポン、と叩く。マイコは目を見開いたまま、動きを止めて。
「……ぬ、…………ぬ?」
「ふふ、今回招待したのは、マイコちゃんです。コノエさんは、その付き添い。……なので、コノエさんの話は、また時間のある時に」
聖女様はそう言って、マイコを解放する。
では、行きましょうか、とまた歩きだす。
「…………」
「…………」
驚き、コノエとマイコは立ち止まり、目を合わせて……しかし、ずっと止まっているわけにもいかず、数秒後、聖女様の背中を追いかけ歩き出した。
◆
――そうして、少し歩いて階段を上った先。コノエとマイコは手続き用の部屋に辿り着く。
その頃には混乱は落ち着いていて、問題なく入国の手続きを進めていった。書類を出して、代わりに数枚受け取って。事務員に教えられながら記入した。
なんとか無事に記入を終えて、胸を撫で下ろす。早めに終えたマイコは聖女様と仲良く話していて。
「…………」
それにしても。コノエは思う。聖女様の横顔を見ながら。
というか、今日の最初からずっと不思議に思っていた。
なんだか神界で会ったときと、聖女様の様子が違うような気がする。
以前会ったときは、もっとこう……。
『姉さま』『姉さま、姉さま』『お会いしたかったです、姉さま』『姉さまは光です』
『コノエさん、姉さまを一緒に支えていきましょうね』『コノエさんは同類です』
……みたいな感じだったから。ずっと教官の傍にいたし。
……いや、そうか。教官がいないから今日はこんな感じなのか。
なるほど、とコノエは理解する。……それに、色々と聞いている噂的には、おそらく今の落ち着いた聖女様が、普段の聖女様だった。
聖女様は人格者なので有名なのだ。また、百年前に何度か会ったときは、今の聖女様の方だった気がして。
「――?」
……と、そのとき。窓の外から声が聞こえてきた。
一人の声ではなく、多くの人の声。歓声のような感じだった。
コノエがなんとなくそちらを見ると。
「ああ、城下も盛り上がっているようですね。そろそろ始まる時間ですから」
「……始まる?」
「……ぬ?」
「…………あら?」
コノエとマイコが疑問形で返すと、聖女様は何度か瞬きをする。
数秒の沈黙があって。
「もしかして、知らずに来たのですか? 遠征訓練を一日で終わらせたと聞きましたから、てっきり、
……これ、とは?
コノエは疑問に思い。
「……うん?」
そこで、さらにもう一つ変化が起きる。部屋に、一つの気配が近づいてきていた。それもただの気配じゃない。とても大きい気配だ。人とは違う。
その気配の接近と共に、パタパタという足音も聞こえてきて……部屋の前で止まった。部屋の扉が勢いよく開き――。
【――ここですね!】
扉から姿を現したのは、真っ白な人影だった。
真っ白な髪、真っ白な肌、真っ白な衣装――真っ白な翼。でも、そんな真っ白な中で、瞳だけが赤色に輝いている。
――神様が、そこにいた。