転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
第五話 【――ここね!】→【――ここですね!】
【──ここですね!】
──コノエの目の前に、神様がいる。
真っ白で、翼が生えている少女神。
ただ、神様と言ってもコノエがよく知る神様ではない。だって、コノエの神様は神国にいる。加えて、目の前にいる神様は外見が少し幼い。十歳くらい、といったところか。
しかし、違っていたとしても、その方がどのような存在なのかコノエは知っていた。
聖国の神様。人を愛し、世界を守る生命神。十の分霊の、一柱。
──『
聖国の神様とは、そういう神格だった。
そんな神様が部屋に入って来て、コノエとマイコを見る。神国の神様より少し低い位置から、真っ赤な瞳がコノエを見た。
【あなたたちがコノエとマイコなのですね!】
神様はそう言って、嬉しそうに笑う。
ばっと動き出して、近づいてきて──。
【ねえ、二人共! 私とお話してくださいな!】
◆
──コノエは、面食らっていた。勢いに押されていると言ってもいいかもしれない。
【コノエ! あなたが天蓋竜を倒したのでしょう!? 本当にすごいのです!】
「……え、ええと」
【それに不死の魔王も! とんでもないのです! カッコいいのです!】
聖国の神様が、コノエにぐいぐいと近付いてきて、キラキラとした目で見上げてくる。
その表情は、正しく満面の笑み、と表現できる表情だった。
大きく口を動かし、頬を緩め、目を細める。大人の取り繕いがない、純粋な感情の発露。
そして、その上で。そこまで相貌を崩してなお美しい──いいや、その笑顔だからこそ美しいと思わせるのが、神様という存在でもあった。
【ね、ね? お話をしてほしいのです!】
「……いや、その」
【天蓋竜を、たった一人で倒した話を聞かせてくださいな!】
「……いえ、一人で倒した訳ではなくて」
コノエはすごい勢いで迫ってくる神様に、何とか言葉を返しながら、ふと思い出す。そういえば、
聖国に来るなり現れ、異世界の話を聞かせてくれと言われて、色々大変だった記憶がある。
……コノエは、神様の勢いにたじたじになりつつ、どうしようかと困り。
【それに、あなたも!】
「ぬ!?」
と、そこで、神様の視線がぐるりと動き、マイコに向く。
今度は驚いているマイコに向かって近付いていった。
【あなたのことも聞きました! 色んな固有魔法を使ったのでしょう!?】
「……ぬ、はい」
【すごいすごい! そんなの数千年で一度も聞いたことないのです!】
神様はマイコにぐいぐいと接近して、マイコはそんな神様に目を白黒とさせる。
マイコが一歩下がると、しかし神様の勢いは止まらず、すぐさま距離を詰めた。
神様から、天蓋竜を止めた重力の権能すごいのです! また権能を変える予定はあるのですか? なんて質問が飛んで、それにマイコは必要ならと答えて、そのうちに壁際に追い詰められていって。
【あと、話を聞いた時から思っていたのですが、その頭の茸、どんな感触なのですか!?】
「……ぬ!?」
【気になるのです! 触ってもいいですか?】
いくつか答えているうちに、そんなお願いまで飛んできて、マイコが曖昧に頷くと、早速神様の手がキノコの傘に伸びた。
神様は触ったり揉んだりしながら、すごい! ぶにぶに! なんて言ったりして──。
◆
──それから。神様がしばらくマイコの頭をぶにぶにとした後で。
ニコニコと見守っていた聖女様が、そろそろ、と止めると、神様は、あ、と小さく呟いてマイコから離れる。
……満足して落ち着いたのか、少し目を泳がせて、眉を下げる。
【……ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったのです。ごめんなさい、マイコ】
「……ぬ、い、いえ、大丈夫です」
ごめんなさいと謝って、マイコは受け入れて。
神様は申し訳なさそうに、もじもじとした。
……そうして、数秒後。
神様が、こほん、と言う。咳払いではなく、
【──ん、さて、二人とも、我が国によく来てくれたのです!】
神様は、歓迎するのです! と切り替えるように言った。
にっこりと笑って、部屋の窓へ向かって歩き出す
何だろうとコノエが見ていると、神様は少し大げさというか、演技がかった動きでカーテンが掛けられた大きめの窓の前に立った。
【二人とも、本当に、本当に、一番いい時に来てくれました! 今回は遊びに来たのでしょう? なら、絶対に楽しんで貰えるはずなのです!】
神様は、こちらへ、とコノエとマイコに手招きをした。
それに、コノエは言われるままに近づく。マイコも同じように近づくと、神様は窓のカーテンに手を掛けて。
【なぜなら──今日と明日は、一年で一番、聖都が綺麗で、楽しいときなのですから!】
神様が勢いをつけて、ばっと、カーテンを開ける。
すると、その先には──。
「────」
「……ぬ」
──窓からは、聖国が一望できた。
今いる聖国の学舎は周囲と比べると高台になっていて、足元には巨大な都市が広がっているのが見える。
そして、その城壁の向こうには地平線の先まで続く広大な平野と、そこを埋め尽くす畑があった。
「…………」
コノエの視線が、まず彼方に広がる平野に向く。畑には一定の割合で花が植えられているのか、長方形に切り取られた区画が緑、赤、黄色と染まっていた。コノエはその景色に、パッチワークを思い浮かべた。
遥か先まで広がる平野が様々に色付いている光景は、どこか芸術的でさえあって、その手の物にほとんど興味を抱かないコノエですら思わず目を奪われるようだった。
また、その平野の上に広がる空は、遮るものが何もないが故にどこまでも広くて、少し目の奥が刺激されるような感覚がして。
「……ぬ、すごい人」
そこで、隣のマイコの言葉に引かれるように下を見ると、聖国の都──聖都が見える。中心の学舎から城壁まで数十キロはありそうな街。
そこは、確かに多くの人で埋め尽くされていた。
しかし、ただ人が多いだけではない。道は多くの花や飾りで飾られ、出店が並んでいる。見渡す限りの通り全てに店が並び、その隙間を着飾った人が行き交っていた。
どこからともなく音楽が聞こえてきて、少し開けた場所では踊っている姿も見えて。
つまり、これは──
【すごいでしょう!? 盛り上がっているでしょう! だって今日と明日は、聖大祭──聖国の建国を祝う祭りの日なのですから!】
──眼下に広がっていたのは。巨大な都市が見渡す限り、祭り一色に染まっている光景だった。
隣で神様が胸を張り、翼を大きく広げ、自慢げにしている。
それにコノエは、確かにすごい、と思う。これほどに大きな祭りをコノエは初めて見た気がした。
神国にはここまで大きな祭りはないし、日本にいた頃にも覚えがない。……いや、もしかしたら日本にもあったのかもしれないが、コノエが住んでいた町にはなかったし、旅行の類も修学旅行以外は行ったことがないから分からない、と言った方が正しいか。
「…………?」
と、そこまで考えて、コノエはなんとなく思う。
そうだ。よくよく思い出してみれば。
(……もしかして、僕、普通の旅行って今回が初めてなんだろうか……?)
今回は強制でも仕事でもないし、と頭の中で確認しながらコノエは少し驚く。
改めて下の祭りを見て、初めてか、と思った。
まじまじと都を見るコノエに、神様は嬉しそうに、楽しそうに笑って。
【コノエ、いい顔なのです! そうです! 楽しいのです!】
「……え、あ、えっと」
【二人とも、是非楽しんでいってほしいのです! そして、この国を好きになって下さい! だって──】
そこで、神様は目を細め、都を見下ろして。
【──この国は、私の誇り。自慢の宝物なのです】
「…………」
「…………ぬ」
神様から心に直接、強い感情が伝わってくる。
それは、神様が言っていたように、この国を誇りに思う気持ちだったり、無事に祭りの日を迎えることが出来た喜びだったり、楽しそうだな、私もすぐ行きたいな、とワクワクする気持ちだったり──。
──なにより、コノエとマイコに、この国で沢山楽しんでいってほしい、と心から願う気持ちだった。
「…………」
「…………」
コノエは、思わず隣のマイコを見る。マイコもコノエを見ていた。
伝わってきたのは、心がワクワクするような想いの形。神国の神様とは全く違う在り方に、コノエは驚いて……。
「…………」
でも、同時にコノエは、少しだけ、自分の胸の奥が弾むのを感じる。
折角来たのだから、楽しみたいなと、そう思った。
ここまでマイコに頼まれ、言われるままになんとなくついてきたコノエに、楽しむ、という明確で新しい目的が生まれる。
「…………」
「…………ぬ!」
見ると、マイコも嬉しそうに笑う。きっと彼女も似たようなことを考えているんだろうなと、コノエは思った。
頷き合って、笑い合って。そうして顔を上げると、神様もすごく嬉しそうに笑っていた。満面の笑みだ。
【えへへ、二人とも、いいですね! ──では、ここでずっと話しているのもなんですし、そろそろ行きましょう!】
神様が歩き出して、意気揚々と部屋を出た。その後ろにコノエ、マイコ、聖女様と続く。
神様は何度目かに、祭りを楽しんでほしいのです、と笑ったり、私は付いていけないのですけど、でも後で……ふふふ、なんてちょっと意味深に言っていた。
神様のおすすめスポットについて話してくれたりもして、絶対楽しくて、美味しくて、夢中になること間違いなしなのだと笑っていた。
あれがいい、これがいいと指を折って、マイコがそれを頷きながら聞いていた。
そんな穏やかな雰囲気のまま、四人で転移棟から出ようとして──。
【──そうだ!】
「……?」
──そのとき。そこで、ふと神様がいいことを思いついた、という風に叫ぶ。
えへへ、と笑って。
【二人とも、今回は旅行ですが、この国が好きになってくれたら、いつでも移籍して来てもいいのですよ!】
──屈託のない笑顔で、そう言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──その瞬間、その言葉に。同時に、少しだけ、色々なことがあった。
まずコノエは、別に大した反応はしなかった。はは、と曖昧に笑って、それ以上何も言わなかった。
次にマイコは、ぬ、と小さく呟いて……表情は少し嬉しそうに笑っていた。
聖女様は、あら、と目を見開いて──でも次の瞬間にはニコニコと笑う。その際、一瞬だけ、マイコに目を向け……安心したように小さく息を吐いた。
同時刻、遠く離れた汚染地では。遠征訓練中、テルネリカとノエルに槍を投げていた教官は、ちらりと彼方を見て、眉を顰める。
神国の学舎の、最上階では──。
【──────】
なぜか、不思議だけれど。
ベキリ、と執務中の神様の手の中で、ペンが折れて。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
──そして、どこか、地の底で。
ごぽり、と。泡の音が一つ響いた。
これで一章は終わりです。来週金曜からは二章に入りますので、是非来てもらえたらと。
二章からは、週二回更新にしたいな……(自分を追い込むための宣言
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