転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
週二回、月曜金曜更新の予定です。
2026/01/23
投稿時間がちょっとずれました。すみません。
第7話 階段で
そこは、地の底だった。星の深奥にぽっかりと開いた空間。
迷宮のさらに下。隠された領域。白き神の使徒でさえ見つけられなかった、闇に覆われた部屋。
――邪なる権能が今なお残り続けている、小さな空白。
それは邪神討滅後、誰も何も足を踏み入れず、存在を忘れられた場所だ。
いずれ力の消滅と共に崩れ消え去っただろう、そんな空間であって。
[……ヲヲ]
しかし、今、部屋の中に一つの影があった。
人型で、しかし人よりも遥かに大きな体躯を持ったその影は、
そのデーモンは、部屋の壁にぽっかりと開いた穴の前で膝をつき、
酷く汚れた姿だった。服は乱れ、全身が土や埃で塗れている。礼と清潔を知る、高い知能を持つ魔物としては有り得ないような格好で――。
[ヲヲ、ヲヲヲヲヲヲ!!]
――けれど、汚れた体とは裏腹に。両目は喜びで輝いていた。
それはまるで、地獄の底で天上から降ろされた一本の糸を見つけたかのように。
[ヲヲヲヲヲヲ!! ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!!]
デーモンが見上げる先。
そこには、透明な円柱状の容器がある。内部を液体に満たされた透明な筒。
その中には、表面が極彩色に輝くナニカが浮かんでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………?」
――そうして、地上では。
コノエが、少し首を傾げていた。なぜかと言えば、なんだかさっきから不思議な気配があったからだ。どこからかと言えば、
【………………】
「…………??」
遠くからの気配。神国の神様の視線が自分に向いているのがわかった。
しかも、それはどこか何かを言いたげな雰囲気で……。
【…………………………】
「……………………??」
……しかし、それなのに具体的な言葉は何も伝わってこない。
ただただ遠くからじっと見ていて、それだけだった。
なんだろうかとコノエは困惑する。こんな神様は初めてで、よく分からなくて。
「ぬ、コノエ、どうしたの?」
「……え、あ、ああ」
と、そこでマイコに横から声を掛けられて、意識を神様から現実に戻す。
……なんでもない、と返しつつ顔を上げると、そこは聖国の学舎の入口だ。
目の前には学舎と都を分ける門の前がある。手続きを終えて、転移棟を出て。では早速祭りに、とその場所に来ていた。
今はもう都に降りて祭りに参加するだけ、という状態。
【――じゃあ、三人とも行ってらっしゃい、なのです!】
そして神様が一歩離れた場所から見送ってくれている。
神様は一緒に祭りには来ずに、学舎に残るらしい。それは、神様は防犯上の理由から学舎の外には出られないからだ。なので、コノエとマイコ、案内役として付いてきてくれる聖女様の三人で祭りを回ることになっていた。
……コノエは自分たちだけ遊ぶという状況に、少し申し訳ない気持ちになる。
しかし、どうにもならないことなので、行ってきます、と頭を下げる。隣でマイコも頭を下げていた。
すると神様は、【私のことは気にせず、沢山楽しんで来て欲しいのです!】とにっこりと笑い……。
【……それに、私も後で……えへへ……】
「……?」
……なぜか、含みがあるように小さく呟く。
コノエはそれに少し疑問を抱きつつ……まあ、必要なことなら言うか、と思った。
ともあれ、いつまでも立っていても仕方ないので、コノエは最後にもう一度神様に頭を下げ、三人で門へと歩きだした。
神様は見えなくなるまで手を振ってくれて――。
◆
――そうして、三人で門を潜り、学舎前の階段を下りていく。
「ふふ、楽しみですね、マイコちゃん」
「ぬ!」
階段から都を一望しながら、聖女様とマイコが楽しそうに話していた。
聖女様が都を指さして、あそこの地区ではあんなものを売っていて、こっちの地区ではこんな催し物をしていて……みたいに説明している。
コノエはそんな紫と桃色の二人を横目に見ていて……。
……いや、しかし、と思う。
それにしても、歩き出した後で今更と言われるかもしれないが。
(……聖女様、結構あっさり学舎から離れるんだな)
そう思った。もっと言えば、あっさり神様の護衛から離れるんだなと。
もちろんアデプトと言えど、一年中、二十四時間護衛することは不可能なので、休憩は必要だ。交代要員の気配も複数あったし、護衛に支障はないとは思う。
周囲の空間に領域支配系の能力の気配が混ざっているのも感じたので、探知も万全だろう。……しかし。
(……教官はいつも神様の傍にいたからな)
コノエの脳裏に浮かんでいるのは、教官の姿だった。
毎日のように学舎で寝泊まりして、家に帰ろうとしなかった。なのでコノエは、神様の護衛というのは皆あんな感じなのだとばかり……。
「……コノエさん、なんとなく考えていることは分かりますが、それは違いますよ」
「……えっ」
「あれは、姉さまが特別なのです」
すると突然聖女様から声が飛んできて、コノエは驚く。
……それほどわかりやすい顔をしていただろうか?
見ると、聖女様は小さくため息をついていた。
「あそこまで学舎に籠っているのは姉さまだけです。他の護衛はそれなりに家に帰っていますよ。家族がいる者もいますし……以前孫がいると話していた者がいたでしょう?」
聖女様の言葉にコノエは少し前、神界でのことを振り返って……そういえばと思い出した。確か、以前の予言で孫が転ぶと出た、なんて言っていたか。
コノエはなるほど、と頷き……そんなコノエに聖女様は。
「……姉さまは何でもできる方なので、何でもしてしまうのですよ。学舎に籠って、神様の護衛をして、アデプトの統括をして、訓練生の教育もして、自分の鍛錬もして。その上、研究棟のトップまで兼任して、すべての論文に目を通して」
流石に頑張りすぎです、と聖女様はため息を吐く。いくら止めるようにお願いしても、大丈夫大丈夫と言うばかりですし、と。
「私などは、人に任せられるところはすべて任せていますから、仕事は神様の護衛と統括の一部と訓練生の教育だけですし。教育も、ある程度の段階までは部下に任せています」
「……そう、なんですか?」
「ええ、それにそもそも、聖国はそういう国ですから。聖国とは、人に最も近い神様と共に歩む国。トップが導くのではなく、一人一人が出来ることを分担し支えていく国です」
そういうものなのか。コノエは少し驚く。
国が違えば体制もトップの仕事も違うらしい。
「…………」
……そして、確かに教官の仕事は多すぎるな、と思った。
僕に出来ることがあれば手伝わないとな、とも思う。
「――なので、コノエさん。私自身が人に任せて家に帰っている身ですので、いつも思うのですよ。姉さまが
「……理由?」
「ええ、理由です。……ふふ。もしかしたら、もうきっかけは生まれているのかもしれませんね?」
…………きっかけ? 教官の?
何があったんだろう、と何度か瞬きするコノエに、聖女様は微笑む。
ニコニコとコノエを見て……さて、と切り替えるように言った。
「では、この話はここまでにしておきましょう……ほら、もうすぐですよ」
「……はい」
「ぬ!」
――そうして、三人は学舎前の長い階段を降り切って、都の大通りに辿り着く。
そこは上から見ていた通り、大勢の人で賑わっていた。ざわざわと人の話し声や笑い声が辺りを包み込み、どこからともなく音楽が聞こえてくる。
甘い匂いがするのは、軒を連ねる出店からだろう。お菓子のような甘い匂いと、美味しそうな、けれどあまり嗅ぎなれないソースの匂いがしてきた。少しお腹が空いてきそうな匂い。
コノエは、人に注目されない程度に調節していた気配を改めて調整しつつ、右へ左へと視線を巡らせる。……少し、ワクワクしていた。先ほど楽しむと決めたからだろう。
隣でマイコもきょろきょろとしていて、コノエの視線に気づくと、顔を上げて「ぬ!」と笑った。
そして、そんなコノエとマイコに、聖女様は……。
「ふふ……では、行きましょうか。二人とも、希望はありますか? 早速何かを食べるのでもいいですし、何か催し物――劇や大道芸を観るのもいいかもしれません。市を覗くのも楽しそうです」
聖女様が候補を出してくれて、コノエはどれも良さそうだなとマイコを見た。マイコが望むところに行けばいいかなと思って……。
「…………」
「…………」
すると、マイコと目が合う。マイコもワクワクした様子でコノエを見上げている。
そのまま、二人はじっと見つめ合い……。
「…………?」
「…………?」
……互いに何も言わず、首を傾げる。
どうしたのだろうか、行きたい場所を言ってくれればいいのに。コノエはそう思った。
「……マイコ、どこに行きたい?」
「ぬ? コノエが行きたいところでいい」
……僕が、行きたいところ?
そう言われても、コノエは祭りがよく分からない。今までの人生で一度も祭りに参加したことがないからだ。去年の神国での祭りも予定が合わなくて行けなかった。
なので、マイコに任せるよ、と言うと。
「……ぬ、私も祭り初めてだからよく分からない……」
「…………」
そんな答えが返ってきた。そう言われても。
互いが互いを困惑した目で見て……。
「……最初は、私が決めましょうか」
見かねた聖女様が、助け舟を出してくれる。
三人は聖女様を先頭に歩きだし――こうして、コノエとマイコの祭りは、少しグダグダした感じで始まった。
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コノエ君とヒロインしてる教官とティカの絵です!
【挿絵表示】
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