転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――幼い日。コノエは祭りを遠くから見ていた。
色とりどりに染まる道と、浴衣で着飾った人たち。
出店の並んだ神社の周囲はとても楽しそうで、笑顔にあふれていて。祭囃子は、胸の奥を少し擽るようで。……でもコノエは、いつもそれに背を向けていた。
一人で行っても、絶対に寂しくなるだけだと分かっていたからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………」
そして、今。コノエの周りにはマイコがいて、聖女様もいる。
コノエはなんだか、少し足が軽くなるような気がした。
「――では、まずは広場に向かいましょうか。あそこなら一通り集まっていますから」
聖女様がそう言って、気配を消しながらコノエとマイコを先導する。
三人で大勢の人が行き交う通りを進んでいく。日本とは違う、異国の祭りの風景。似ている部分もありつつ、しかし大きく違う部分も多かった。例えば……。
(……こっちでは芸や演奏に魔法を使うんだな)
魔法の存在だった。当然ではあるが、その点で大きく地球と違っている。
大通りではポツポツと人だかりができていて、そこで芸が披露されている。火の魔法で絵を描いたり、念動魔法で同時に十以上の楽器を演奏したりだ。
コノエはそんなあれこれに、道を歩きながら少し目を奪われて……。
……念動魔法、どうやってるのかと思ったら、かなり強く脳を強化している。相当に高位の魔法使いだろう。
「――あら、そういえばここでしたか」
「……?」
「ぬ?」
「あそこです。あのテントは聖国の研究棟が用意したものでして」
聖女様が手を向ける先にあったのは、大きめのテントだった。
他の大道芸人とは違って広めのスペースが用意されていて、芸を披露している男性は研究衣――白衣のようなもの――姿だった。その前には大勢の人が集まっていて楽しそうにしている。
「新しく開発された娯楽用の魔法の発表をしているのですよ」
「……へぇ」
見ると、その男性は筆で空に絵を描いているようだった。
動物の絵や、魚の絵。絵は茶色や青など様々な色に輝いていて、魔法陣としての性質も持っているようだった。陣魔法――陣を描くことで、複雑な働きをする魔法を作り出す魔法だ。……言葉にすると少しややこしいが、パソコンのソフトを作り出すプログラミングが近いかもしれない。
そして実際に、それがどういう働きをするのかと言えば――コノエの目の前で、演者がちょうど絵を完成させ、魔法陣を起動する。
すると、描いた絵が――
数秒程度で立体になって、その動物や魚が実際の生き物のように動き出す。最前列で見ていた子供たちを掠めるように走ったり泳いだりして、歓声が沸き起こった。
「ぬ、すごい。面白い」
「…………ああ」
コノエも素直にすごいな、と思う。あまりこういう、娯楽のための魔法は見たことがなかった。
聖国研究棟での魔法と言っていたが、神国の研究棟では見た記憶がない。神国では、基本的に軍事利用や治水、農作業の効率改善など、実用的な研究が多かった。
……これも、お国柄というやつなんだろうか。コノエはそう思う。
思い出してみると、神国の研究棟は少し雰囲気が硬かった気がした。トップの教官がこういう魔法を嫌っているわけではないんだろうけれど。
「…………」
何匹かの魚が空を泳いでいるのを、コノエは見る。悠々と右へ左へと移動する姿。
どこか幻想的で、昔話のようだなと思った。こんな話をいつか聞いたことがあったような。
……コノエが少しぼうっとした意識で見ていると、子供たちは魔法を使った男性にもっとたくさん描いてくれとお願いしている。男性も嬉しそうに笑いながら絵を描くための筆を握る。
次は何を描くのだろかと思いながら見ていると……。
「ではお次は、かの英雄――コノエ様と天蓋竜を描きます!」
「…………………………………………え゛っ?」
突然男性がそんなことを言い出して、コノエの喉から変な声が出て来る。
……今、なんて言った?
困惑し、耳を疑うコノエの前で、男性は空に黒い蛇のようなモノのようなものを描き始める。周囲がさらなる歓声に包まれた。黒いのは天蓋竜のつもりだろうか。また、その下に金色の人型を……。
「………………えっ」
「ぬ、コノエだ」
「ふふ、そうですね」
コノエは、驚愕のままに一度空を見て、数秒後に下げる。でも目の前のあるものは消えなかった。もう一度空を見て、戻しても消えない。
目の前では黒い蛇と金色の人型が空中でぎこちなく戦っていて――。
「…………………………えっ」
◆
――それから、少しの時間が過ぎて。コノエは広場に辿り着いていた。
最初に聖女様が言っていた場所だ。人が集まっていて、店が連なっている。
「…………」
「……で、このあたりには市が」
「ぬ、楽しみ」
コノエが先ほど受けた何と表現していいか分からない衝撃と向き合っていると、聖女様とマイコがあれやこれやと話し合っている。
マイコは早速祭りに慣れたのか、あれが気になる、これが気になると指差し始めていていた。
近くの店で果実のジュースを買ってきて、どこからか手に入れてきた案内の紙を片手にどこに行くのかを決めていく。
コノエはそんな話を、渡されたジュースを飲み、少し遠くを見ながら聞いていた。
「ぬ、じゃあコノエ、行こう!」
「……あ、ああ」
そうして三人は祭りに向けて歩き出す。
マイコの後ろに付いていく形で、コノエは色々と見て歩いて――。
◆
――例えばそれは、広場のステージで行われている演奏会だったり。
ちょうど吟遊詩人が教官の歌を歌っているところだったので見に行くことにした。
「……神国とは違うんだな」
「ぬ、聖女様が出て来る」
「ふふ、姉様と共に戦った歌です」
コノエが教官の歌と聞いて少し元気を取り戻し、聞いていると……半分くらいの歌に聖女様が出てきた。同じ天蓋竜戦の歌でも、聖女様が出てくる部分が強調されている。やっぱり聖女様人気なんだなと思った。
また、聖女様が当時のことを小さい声で補足してくれて、それを興味深く聞いているうちに演奏は終わり……。
「ぬ、教官の次はコノエの歌を歌うらしいよ」
「あら、大人気ですね」
「……もう勘弁してほしい」
◆
――それ以外にも、広場の角で行われていたナイフ投げの大会を覗いてみたりした。
「ぬ、コノエ、ナイフ投げ得意でしょ? 参加する?」
「……いや、まあ、戦闘ではよく使うが」
確かにコノエは得意だった。自前のナイフならかなり遠くまで精密に狙える自信がある。
説明を読むと距離は二十メートルくらいで、この距離なら間違いなく中心を狙えるよな、とも思った。
……いや、しかしこれ、アデプトが参加してもいいんだろうか?
出場禁止とかないんだろうか、と思いながらコノエが会場に近づくと。
「ぬ、すごい。撃ち込んだナイフで絵を描いてる」
「ええ、この大会はナイフ投げで芸術点を競う催しですからね」
「…………」
……すると、大会参加者は皆、ナイフを投げて絵を描いたりリズムよく撃ち込んで音を奏でたりしていた。
どうやら、狙った場所に当てるのは前提条件だったらしい。
「…………」
「……ぬ、残念だったね」
マイコが是非にと言うので参加したら、参加賞を貰った。
◆
――その後は、祭りにはつきものな食べ物の屋台を見て歩いた。
「ぬ、知らない食べ物ばかり」
「……ああ」
そこには神国では見たことがない料理ばかりが並んでいて、コノエは色々と気を引かれながら見て回り……。
「ぬ、あそこ綿菓子がある」
「……本当だ」
と、一際人が集まっている店があって、何かと思ったら綿菓子だった。
呼び込みの声を聞くと、聖国では初出店だと言っている。
初めての綿菓子なら、それは人が集まるだろうなと思いながら近づくと……。
「……うん?」
そこでコノエは気付く。あの屋台、見覚えのあるマークが。
「ぬ? メルミナのマーク」
そうだ。出店にはレンズを模したようなマークがあって、それはメルミナの商会のマークだった。なぜ聖国にと思っていると、横で聖女様が、そういえば、と呟く。
「最近、メルミナさんの商会の工場が聖国にできたんですよ。異世界式の食品加工の工場で、かなり大規模だったのでよく覚えています」
また、聖女様は、聖国だけじゃなくて世界中で展開しているらしいですねと付け足す。
コノエは、なんかすごいことになってるな、と思うことしかできなくて……。
◆
――そうして、そんな感じでコノエはマイコと聖女様と祭りの会場を歩いていった。
マイコは楽しそうにしていて、コノエも気付けば祭りを自然と楽しんでいた。
「……ぬ、その、コノエ、そっちのも食べてみたい」
「……うん?」
買った物を食べていると、ふとマイコが、ちょっと分けてと言う。
コノエが食べていた芋の揚げ物をマイコに差し出すと、嬉しそうにつまんで食べる。すると今度はどうぞとマイコが持っていた揚げたお菓子を差し出した。
コノエが口に運ぶと、マイコはさらに嬉しそうに笑って。
聖女様も自分の持っていた物をどうぞと差し出してくれて、それも食べて。
そうしている間に、時間は過ぎていき――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――その、同時刻。
[――――ヲヲ]
地の底では、デーモンが作業を続けていた。
コミカライズ担当の尾玉了一先生がテルネリカのイラストをXに投稿してくださったので、是非見ていただければと! もうこれでテルネリカだけで三つ目! 作者Xでリポストしてます!
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