転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第9話 布

 ――祭りに参加して、数時間が過ぎた。この国に来たのが朝で、今は少し日が傾いてきた頃。コノエたちは一通り広場を見終わって、移動することになった。

 聖女様に案内され向かった先にあったのは。

 

「ここが、聖都で一番大きな市になります」

 

 ――見渡す限りに店が軒を連ねた、市場だった。

 都市外縁部に作られたその市は、大勢の人でごった返していた。すれ違うスペースに困るくらいには人が多い。

 

 そこを訪れたのは、やはり今回の旅行の目的である……。

 

「――ぬ、布の店が沢山ある!」

 

 マイコが糸や布を買うためだ。なお、今日は市で買って、また後日店舗でも買うらしい。

 

 今コノエ達がいる場所は、市の中でも繊維系の店が並んでいる区画だった。

 右を見ても左を見ても布ばかりで、かなり広い区画を埋め尽くしているのが分かる。色もカラフルで、ずっと見ていると目が疲れてきそうな感じだ。

 

 マイコはそんな市に早速足を踏み入れ、楽しそうに歩いていく。

 歩きながら布を見て、時折立ち止まってじっと確認したりしていた。

 

 どうやらいい店を探しているらしい。

 偶に店主と会話したりしつつ、一つ二つと店を覗いて行って……。

 

「……ぬ、ここ……!」

 

 ……そうして、しばらく歩いたころ。突然マイコが立ち止まって、店の布を手に取った。

 店主と話をするのを横から聞いていると、どうやらその店は布の質がいいらしい。なんでも近くの村で少量だけ作っている物なのだとか。

 

 マイコは早速、許可を取って店の布を手に取り、広げる。

 コノエは、他の布と何が違うのか分からないな、なんて思いながら横で見ていた。

 

 マイコは丁寧に布を扱いながら、一枚、二枚と確認していって……。

 

「…………」

「…………」

「……ぬ、その、ね、コノエ」

「……うん?」

「……その、あの……」

 

 と、そんなとき、ふと布を持ったマイコが言いよどむように呟く。

 見ると、マイコは何か言いたげに口元を小さく動かしていた。

 

 なんだろうかと思っていると、そのまま数秒が過ぎて。

 

「……………………ぬ」

「…………?」

「………………なんでもない」

 

 マイコは何も言わず、また布に目を落とす。

 コノエは、そんなマイコに、ただ首を傾げる。

 

 ……そして、その後。

 コノエはマイコに少し時間がかかりそうだと言われ、近くのベンチで待つことになり……。

 

 ◆

 

「――コノエさん、どうぞ」

「……え?」

 

 布を選ぶマイコの姿を遠目に見ていると、聖女様が両手に持ったコップの一つを渡してくれた。

 何か買ってるなとは思っていたが、どうやらコノエの物も買ってくれたらしい。ありがとうございます、と感謝しつつ中を見ると、温かいお茶が入っていた。

 

「甘いものは、もう色々食べたり飲んだりしましたので」

「……そうですね」

 

 心遣いをありがたく思いながらお茶を飲むと、舌の上に心地よい苦みが広がる。

 ベンチの隣に聖女様も腰かけて、お茶を口に運んだ。

 

「…………」

「…………」

 

 少しの、静かな時間。……いいや、正確に言うと、周囲は祭りの喧騒に包まれている。けれど、不思議と静かに感じる時間だった。

 二人でただ、お茶を飲んでいて……。

 

「……コノエさん」

「……はい」

「祭りは、どうですか?」

 

 聖女様が、不意にそんなことを問いかけて来る。

 コノエはそれに、少し悩み。

 

「……大きくて賑やかで、みんな楽しそうで。良い祭りだなって思います」

 

 そうだ。そう思った。凄い規模の祭りで、本当に都中がどこもかしこもお祭りムードだった。

 人だらけで、国中から人が集まってきているんだろうなと分かる感じ。

 

 なので、聖国の祭りってすごいんですね、とコノエは聖女様に呟くように言う。

 ……すると、聖女様は。

 

「ありがとうございます。国の運営に関わる身として嬉しく思います。……でも、例年はここまでの規模ではないんですけどね」

「…………え?」

「今年は、特別です。なんと言っても、邪神が死んだのですから」

 

 それも兼ねてこの規模の祭りなんですよ、と聖女様は言う。

 邪神討滅を盛大に祝おうと、民たちが企画したのです、と。

 

「数千年の戦いが終わって、これからきっと平和な時代がやって来る。そういうお祭りです。聖国は魔物被害もどんどん減っていますし、皆も喜んでいるのでしょう」

「……減ってるんですか?」

「はい。聖国は汚染地が少ないので魔物被害も少なかったのですが、その数少ない汚染地も、中心のダンジョン含め掃討が進んできましたから」

 

 なるほど。言われてコノエは思い出す。聖国は元々汚染地が少なかったらしい。

 食糧生産の維持のために他国よりも多くのアデプトが配置されていたからだ。迷宮氾濫が起きても、その豊富な人材ですぐに鎮圧することが出来たから。これは、もし聖国が落とされたら多くの国が飢えてしまうので当然ともいえるだろう。

 

 汚染地だらけの神国からすれば羨ましい限りだが……一方で、聖国は邪神からの陰謀が多かったのも事実だった。

 

「……まあ、汚染地とダンジョンに関しては、少し悩んでもいますが」

「……え?」

 

 ……悩む、とは?

 どういうことかと横を見ると、聖女様はにっこりと笑う。そして。

 

『ここから先は、内緒の話にしましょうか』

『……!?』

 

 突然、コノエの頭の中に聖女様の声が響く。また、こちらの意思も聖女様に伝わった感覚がして……一瞬混乱し、すぐに思い出した。

 そういえば、以前教えられていた。聖女様の固有魔法――共有には、少し変わった使い方がある。

 

 ――それが、意思の共有。いわばテレパシーだ。

 防諜対策としては最上のものであると聞いていた。

 

 ……しかし、そんなものをわざわざ使うなんて、聖女様は何を言うつもりなのだろうか。そうコノエは思い。

 

『……実は、汚染地とダンジョンについて、現場から届く報告書を読んでいると何か違和感があるのです』

『……え?』

 

 ――違和感?

 

『……どんな、違和感が?』

『……それが、こうして話しているのに申し訳ないのですが、何の違和感なのかは私にも分からないのです。しかし、今までと違う気がしまして』

 

 すみません、と聖女様は申し訳なさそうに笑う。

 

 そうして、私の気のせいである可能性も高いと思います、とも聖女様は言った。

 現地で動いているものも含めて多くの者に聞き取りをしましたが、皆分からないと不思議そうにしていましたし、と。

 

『何もわからず、確証もないのです。……というより、確証があれば祭りをしている場合ではないので延期して対応に動いていますから当然ですが』

『……それは、はい』

『私には姉さまのような勘もありませんしね。……ですが、例の一件もありますので、どうしても気になってしまって』

 

 ……例の一件?

 何のことだろうかとコノエは思う。すると。

 

『コノエさん、前回の神界で話した件です。邪神討滅後、魔物の動きが変化していると』

『……あ』

『邪神討滅後、私たちは()()()()()()()()。……この数千年間、人類はずっと邪神と、邪神が率いる魔物と戦ってきました。しかし今、邪神は消え、魔物の残党だけが残っている』

 

 その話については、コノエも覚えている。

 つまり敵が変わり、その行動原理が変わったということだ。今までは邪神に支配されていた魔物たちが、それぞれ行動をし始めている。

 邪神に操られていたデーモンは砦から姿を消し、生き残っているはずの災厄は未だ見つからずにいる。

 

 ――その結果、何が起きるのかはまだ分かっていない。

 邪神討滅後、世界の情勢は一変した。人類も、魔物も。

 

 邪神がいた頃とは違う何かが起きるかもしれないし、起きないかもしれない。思いつく限りの対策は取っているが、それで十分なのかも分からない。

 何も分からない。こういう時に役に立つはずの運命の魔法は、今はうまく使えない状況にある。

 

『もちろん、だからと言って邪神が死なないほうがよかった、なんてことは有り得ません。敵は大いに弱体化し、人類は良い方に進んでいる。……けれど、不確定要素は、多いです』

『……はい』

『それが、もしかしたら私の汚染地への違和感にも関っているのかもしれない、と思いまして。……なので、もしコノエさんが滞在中、何か気付いたなら教えて欲しいのです』

『……わかりました』

 

 聖女様の言葉にコノエは頷き――そうして、その言葉を最後に二人の間に沈黙が広がる。

 また、喧騒の中の静かな時間があって……。

 

 ……数十秒後、聖女様はふと苦笑した。

 

『……ごめんなさい。せっかくの祭りなのに嫌な話をしてしまって』

『……あ、いえ』

『歳を取ったからですかね。ついつい暗い話ばかりしてしまいます』

 

 聖女様が笑って、コノエは返事に困って目を泳がせる。

 こういうところ、教官と違うんだなと少し思い……。

 

 ……そして、そのときだった。

 

「……ぬ、その、コノエ」

「……うん?」

 

 店から離れ、近づいてきていたマイコがコノエの名前を呼ぶ。

 もう買い物が終わったのかと思い……。いや、鞄に布を入れたり金を払っている様子はなかったような気がした。見ると、なんだかマイコはもじもじとしている。

 

「……ぬ、えっとね」

「……?」

 

 どうしたんだろうと思っていると、マイコは口元を小さく動かしながら何かを言いたげにしていた。

 先ほど、店の前で声を掛けられたときと同じだなとコノエは思った。何か言い辛いことでもあるんだろうか、と見ていると、ついにマイコは口を開き――。

 

「――ぬ ……その、コ、コノエ!」

「……あ、ああ」

 

 マイコは突然叫ぶようにコノエの名前を呼んで、コノエは驚く。

 

 マイコは、その頬が赤く染まっていて、緊張しているように目が泳いでいた。

 そうして、口をパクパクと開いたり閉じたりして、最後に大きく息を吸って――。

 

「――わ、私……コノエの服を、作っても、いい?」

「……え?」

 

 ――そう言った。……服を作る?

 ……作ってもいいかって、それは。

 

「……別に、かまわないが」

「……!! ほ、本当?」

「………………あ、ああ」

 

 嫌がる理由なんてないし、とコノエは頷く。意を決したようにマイコが言った言葉は、そんな、コノエにとっては何でもないことだった。

 するとマイコは大きく目を開き――

 

「――ぬ、約束!」

 

 そう言って、本当に、本当に嬉しそうに笑った。

 花が咲くように。少し、目尻に涙を溜めて。

 

 コノエはそんなマイコに目を見開いて――。

 

「…………」

 

 ――少し遅れて、ああ、と思い出す。

 ダンジョンで見た過去の記憶では……。

 

 ――ひとりぼっちで、ずっとずっと寂しくて。

 ――綺麗に作ったのに、頑張ったのに。何にも手に入らなくて、悲しくなるばっかりで。

 

 ……そう、言っていたような。

 

「…………」

「ぬ! じゃあ早速どんな服を作るか決める。……コノエはやっぱりシンプルなのがいい?」

「……あ、ああ、あまり派手なのは、好みじゃないな」

 

 好みを聞かれて、勢いに押されながらよく分からないなりに答えて。デザインを決めた。

 するとコノエの服の話が終わったタイミングで横から聖女様が顔を出し、「私にも作ってくれますか?」と言った。マイコはまた目を輝かせ、本当に嬉しそうに頷く。

 

 そうして、聖女様とマイコはあれがいい、これがいいと話し合っていた。聖女様は桃色の服が好きなのだとかなんとか。

 

「――ぬ、じゃあもう一度行ってくる!」

 

 ――その後、マイコは先ほどの布の店へと走っていく。

 コノエは瞬きしながら、マイコの後姿を見送って……。

 

「ふふ、可愛いですね、マイコちゃん」

「…………ええと」

「……でも、そうですね。せっかくですし、ここで話をしておきましょうか」

 

 ……うん? とコノエが横を見る。

 すると、聖女様はニコニコと笑っていて――そのまま、マイコの方を眺めながら、テレパシーで言った。

 

『――マイコちゃんの話を、しましょう』




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