転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第19話 聖花

『話? 一体何でしょう? ……コノエ様、少し席を外させていただきます』

『……ああ』

 

 ……と、そんな感じでメイドと部屋を出ていくテルネリカを見送った後。コノエは物見台へ向かうことにした。

 カタログを見ていても良かった気もするが、一度閉じたので、なんとなくそんな気分になれなかったのもある。

 

 なんだか一人で歩くのは久しぶりだなと思いつつ、城を出て、城壁へと向かい……。

 

「――アデプト様」

「……うん?」

 

 声を掛けられる。そこには見覚えがある男がいた。

 それはこの街に来て、最初のときだ。魔物を掃討している途中、謁見の間の前で見た男。

 

 トロールを相手に、死にかけながらも一歩も引かなかった男だ。

 この街の騎士団長であり、コノエが来るまで街の防衛の指揮を執っていた男でもある。

 

「不躾かと思いますが、少しお時間よろしいでしょうか」

「……ああ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる騎士団長に、コノエは珍しいなと思いながら頷く。

 こうしてコノエに話しかけてくることも珍しいし、そもそも城まで来ることが珍しい。コノエがこの街に来てから十数日。騎士団長を含む騎士団は、その全員が街の境界の哨戒(しょうかい)を交代で行っていた。

 

 この街が結界を失っているのに今日まで魔物が街に侵入していないのは、コノエが討伐してるからというのが大きいが、それ以外にも騎士団が警戒しているからというのもある。知能が高い魔物はコノエがナイフを投げていればすぐに逃げ出すが、知能の低い魔物は、目の前で警戒している様子を見せないと、敵がそこにいるというのが分からないからだ。

 

 なので、コノエとしても騎士団のおかげで仕事が楽になっており、日夜問わず活動している騎士団には感謝していたりもする。

 

「――実は、我ら騎士団よりアデプト様に、折り入ってご相談があるのです」

「……相談?」

 

 ◆

 

「……」

 

 しばらく騎士団長の話を聞いた後。

 コノエは物見塔の上で投げナイフを森に向かって投げていた。……いつもよりナイフを多めに、少し深いところまで。

 

「その、コノエ様、戻りました」

「……ああ」

 

 そんなとき、塔の階段からテルネリカが顔を出す。

 手にはいつものポットを持っており、お茶の匂いもしている。……しかし、その表情はいつもとは違い少し影があった。

 

 コノエはそんなテルネリカに首を傾げながら、しかし真面目に仕事を続けて――

 

「――コノエ様……実は街の者から相談がありました」

 

 少し時間が経った後、テルネリカが意を決したように口を開く。

 振り向くと、少女は膝の上で拳を握っていた。掴んでいるスカートに深い皴が出来ていて。

 

 そんなテルネリカに、コノエは……。

 

「……ああ、種のことだろう?」

「……え?」

 

 先に、話を切り出す。

 驚くテルネリカに、コノエは先の話を思い出していた。

 

「……騎士団長から聞いた」

 

 それは、この街の産業、聖花に関する話だった。

 

 ◆

 

『種を探したいのです』

 

 騎士団長の相談は、そんな言葉から始まった。

 全てが枯れ果て、終わってしまったこの街の聖花を復活させるただ一つの希望の話だ。

 

 ――聖花という植物には、少し特殊な生態があるらしい。

 

 聖花とは白く薄い花弁を咲かせる美しい花であり、しかし、デリケートで枯れやすい花でもあると言う。気温の変化に弱く、水質にも敏感に反応し、強い日光が当たると弱り、虫や病気に簡単にやられてしまうと。

 

 そんな聖花が、生き延びるために手に入れた生態。それが、極稀に、千株に一つもない割合で、命が危機に瀕したとき地下の根に新たな種を作り出すことらしい。

 

 とても弱いけれど、外的な要因の少ない地中に命を残し、また次に咲く機会を待つ。それが聖花という花なのだと騎士団長は言った。

 

『咲いていた花も、保管していた種も瘴気によって腐り落ちてしまいました。しかし、地中にある種ならば、生き残っている可能性があるのです』

 

 それを探したいと。それが、この街の皆で話し合った総意らしい。

 もちろん、可能性は極めて低い。すでに畑を一部掘り起こしたが、一区画で数個しか見つからず、なんとか見つけた種も全て腐っていたようだ。

 

 しかしそれでも、地上にあった種よりは痛みが少なかったのだと。そして、ほんの少しでも可能性があるのなら諦められないのだと。

 騎士団長は拳を固く握りしめながら、絞り出すように叫んだ。

 

 もし一粒でも残っているならば一刻も早く見つけて保護したいし、今この時にも生き残った種が弱っていく可能性を考えると、落ち着いてはいられないと。

 

『……しかし、今は街の復興の真っ最中でもあります。結界塔もまだ再建できていません。人手は全く足りておらず、畑に回せる人員は少ない』

 

 そこで、どうにかできないかと考えた結果が――。

 

『――騎士団員を、一部そちらに回したいのです。哨戒網が薄くなってしまいますが……』

 

 どうか、お願いします! と騎士団長がコノエに懇願する。

 コノエの負担が増えるかもしれないけれど、どうか許してほしいと頭を下げる。

 

『あの花は、我らにとって特別なのです! 我らはあの花と共に育ち、あの花と共に死ぬ。そういう生き方をしてきました! ――聖花を、散っていった部下達の墓前に供えてやりたいのです!』

 

 そう、あの氾濫の中で数多くの部下を失った男が叫ぶ。

 そしてコノエも理解する。この街にとって聖花は産業としての価値だけではなく、もっと重要な意味を持つことを。

 

 ……だから。

 

『もちろん、我らよりできうる限りのお礼はさせて頂きます!なので――』

『――別に、必要ない』

 

 コノエは、必死に頭を下げる騎士団長から目を逸らしつつ、その横を抜ける。

 そして、呟きながら物見塔へと歩きだした。

 

『……好きにすればいい』

『え?』

 

 ――元より、魔物討伐はコノエの仕事だった。

 それを果たすことに、騎士団員の数は関係ない。思うようにすればいい。コノエは騎士団長にそう言って――。

 

 ◆

 

「――そう、ですか」

「……ああ」

 

 とまあ、そんな経緯があったと伝える。

 するとテルネリカは自嘲するような笑みを浮かべて、俯いた。

 

 そして小さく、私はそんな可能性気付きませんでした、と呟く。

 ……そのまま、しばしの沈黙があって。

 

「……街の皆に、私も頼まれました。捜索に加わって欲しいと。私は森の神の加護を授かっています。種を探すのにも役に立ちますので」

「……そうか」

 

 なるほど、とコノエは思う。森の神の加護は、植物全般に効果があるはずだ。

 そういうことなら確かにテルネリカも加わった方がいいと……。

 

「……うん? 森の神の加護?」

「え、はい、そうですが……」

「……境界の神では?」

「……っ!」

 

 そこで、コノエは疑問に思う。それは以前コノエがメイドから聞いたことと矛盾していたからだ。

 シルメニアの領主は、特別な結界――封鎖結界を使う役目に就いてきたと。それなら、一族が授かっている加護は、森ではなく境界になるはずだった。

 

 だからコノエはなんとなくそれを疑問に思い、問いかけた……のだが。

 

「……シルメニアの役目を、知っていたの、ですか?」

「……ああ、メイドに聞いた」

 

 テルネリカが愕然とした顔をする。

 目を大きく見開いて、コノエを見る。……でもすぐに目を泳がせて、下を向いた。

 

 コノエはそんなテルネリカの反応に驚く。

 まずいことを聞いてしまったかと思い、しかし吐いた言葉は戻せない。

 

「……それは、ですね。その……私は、嫡子ではないですし……いつか、家を出る身で……だから違う加護を……」

 

 しどろもどろとテルネリカが呟く。

 言い訳をするように、おろおろと。

 

 コノエはそんなテルネリカに何と声を掛ければいいか分からず……でも、そんなことが数秒続いた後。ぴたり、とテルネリカの動きが止まった。

 

 そして顔を上げ、真っすぐにコノエを見る。

 

「……いいえ、いいえ、申し訳ありません。今申し上げたことは全て嘘です」

「……」

「私は、コノエ様に嘘をつきたくありません。……しかし、真実を伝えることも出来ません。そんな恩も恥も知らない真似、出来るはずがないのですから」

「……なに?」

 

 テルネリカは、どこまでも真摯(しんし)な目でコノエを見ていた。

 唇を噛んでいて、しかし、けして逸らさなかった。

 

「だからどうか、許されるのであれば、聞かないでくださいませ」

「………………わかった」

 

 コノエは、そんなテルネリカに頷く以外のことは出来なかった。

 言葉の意味は、よく分からなかった。それでも、決意の籠った瞳でコノエを見据えるテルネリカを問い詰めることは出来なかった。

 

 ……テルネリカはそんなコノエに安堵の表情を浮かべる。

 

「……」

「……」

 

 そのまま、二人の間を微妙な沈黙が流れる。

 そしてしばらく経った頃。

 

「この後より、私は種の捜索に入ります。……なので、その間コノエ様のお傍には」

「……そうか」

 

 ……ああそうか、とコノエは思う。

 捜索に加わるということは、テルネリカがコノエから離れるということだ。

 

 当然のことで、だからコノエはそれを何の問題もなく受け入れる。

 それよりもむしろ、さっきの会話の方が気になっていた。恩も恥も、とはどういうことだろうと。

 

「……それでは」

「……ああ」

 

 そして、テルネリカが立ち上がる。

 そのまま少女は塔の階段へと向かい……。

 

「……コノエ様」

「……うん?」

 

 去り際に一度だけテルネリカが振り返る。

 そして、コノエの名前を呼ぶ。

 

「……いえ、なんでもありません」

「……」

 

 しかし、テルネリカは何も言わずにそのまま、階段を下りていく。

 その去り際の笑顔はいつもと違い、少し寂し気に見えて……だからコノエは、何度か瞬きをした。

 

 

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