転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第11話 愚行

 夜が更けていく。道から人が消え、声が消え、家から明かりが消える。

 聖国の建国祭、その初日は盛況のままに終わりを迎えた。

 

 人々は祭りの余韻を噛みしめながらベッドに入る。

 子供は興奮冷めやらぬといった様子で隣に寝る父母に話しかけ、両親はそんな子の頭を撫でる。街で出店を出していた商人は一日の売り上げを思って頬を緩め、ステージで研究成果を発表した研究者は手ごたえに喜びを嚙みしめた。人生の大半を邪神との戦いに捧げてきた老戦士は、かつてない規模の祭りに長い長い戦いの終わりを理解し、窓から星を眺めた。

 

 それぞれの立場で一日を反芻し、目を閉じ、翌日も続く祭りに思いを馳せて……。

 

「…………くぁ」

 

 ──コノエもまた、欠伸をしながら、同じように寝床に入った。

 

 初めての祭り。人と共に歩いた記憶。

 胸の奥にあまり知らない熱があって、でも嫌なんかじゃなくて。むしろ、次は神国にいる皆と一緒に祭りを歩けたらな、と思えるような熱だった。

 

「…………うん」

 

 マイコも楽しんでいたようだし、よかった、とも思いながら、コノエは目を閉じ──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ──そうして。地の底で魔が動いたのは、ちょうどそんなときだった。

 

 聖国の人々にとっては、なんの予兆もないままに。

 でもそういうものだ。事態が動くのはいつだって突然で、大半の場合脈絡なんてない。

 

 ……祭りの日でも、いいや祭りの日だからこそ、彼らは動いた。

 

[──デハ、イマ、コノトキニ]

 

 地の底で、声が響く。そこは聖国にある汚染地の、地下だ。

 汚染地の中心にある迷宮。その一部屋に──()を超えるデーモンが、集まっていた。

 

 彼らは、見つめている。じっと一か所を見つめている。

 その視線の先にあるのは、極彩色に輝く球体だ。

 

 それに一体のデーモンが手を(かざ)し、()()()()()()、極光が溢れ出し──。

 

 ◆

 

 ──結論を言うと。その行いは、人と魔の戦争という目で見ると、きっと愚行だった。

 少なくとも邪神が生きていたのなら、愚かであると叫び、怒り狂ったであろうことは間違いない。そんな行いだった。

 

 そして、人類から見ても。それは愚行であると言わざるをえない行動だった。

 後に調査し、何が起きたのかを理解した聖国上層部は揃って愕然とし、邪神が生きていた時であればありえない、と呟いた。加えて、これが()()()()()ということか、とも。

 

 なにせ、デーモンのその行いは、魔の勝利を自ら投げ捨てるような行為だ。

 戦略的にはありえざる愚行としか言いようがなくて──。

 

 ──しかし、それは。

 ──今その瞬間を生きているデーモンにとっては、必要なことだった。

 

[──ヲヲ]

 

 なぜか。それは、彼らが()()()()()からだ。

 

 聖国の数少ない汚染地。その中心にあるダンジョンの奥深く。

 そこに潜むデーモンたちは、もうどうしようもないほどに終わっていた。

 

 そのままでは、滅ぶ以外の道が無かった。選択肢が無かった。

 だって、彼らは()()()()()()()()()()()()()()

 

 邪神討滅後、聖国から汚染地及びダンジョンを排除せんと活動していたアデプトの軍勢だ。百を超える超越者が迫って来ていた。

 逃げても逃げても距離を詰められ、何をしてもダメだった。策を練っても、圧倒的戦力差の前では障害にすらならなかった。

 

 ──だから彼らは、百日を超える期間、背後から追いかけてくる死に怯え、逃げ回る日々を送っていた。

 

 そんな毎日に疲れ果て、膝を折る者も出た。逃げ始めた当初はデーモンだけではなく、他の最上級や数多の災害、災厄すらも混ざっていたが、櫛の歯が抜けるように消えていった。

 集団の中で最も強かった泥竜の災厄は最後に一矢報いんと特攻して、何もできずに死んでいった。

 

[──アア]

 

 ……しかし、デーモンは諦めなかった。逃げ続けた。希望なんてどこにもなくても。完全に詰んでいても。

 もうどうしようも出来ないほど深い傷を負った仲間が囮になって撹乱し、その間に逃げた。逃げて、逃げて、逃げ続けて……。

 

 でも、その果てに。生き残っているのは百体ほどのデーモンだけになって。

 もう後がなかった。遠くないうちに彼らも捕捉されるのは明確で──。

 

[……ヲヲ!]

 

 ──だから、デーモンは。

 それを見つけたとき、叫んだ。

 

 地獄の底で、天上から降ろされた一本の糸を見つけたかのように。

 

[……ヲヲ、ヲヲヲヲヲヲ!!]

 

 逃れるために岩盤を掘り、深い場所へと潜り続けていたデーモンが見つけた、極彩色の球体。それは、()()()()()だった。

 人類絶滅のために邪神が作り上げた、世界崩壊のための邪悪。

 

 ────魔王。

 

 世界崩壊に至る可能性があると邪神に判断された傑作。

 しかし、()()()()()()()()()()()()が故に、起動できなかった問題作でもあった。

 

 使用するエネルギー量があまりに莫大だったために、邪神でも起動に五百年はかかると判断されていた。だから、その邪悪は、邪神が追い詰められていたときも、滅びた後も、聖国の地下深くで眠り続けていて──。

 

[ヲヲヲヲヲヲ!! ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!!]

 

 それを、追い詰められたデーモンが見つけた。欺瞞の権能が魔には効果が薄かったが故に見つけられた。

 デーモンは、即座に決めた。この魔王を起動すると。

 

 エネルギーが足りないのに、どうやってか? 簡単だ。邪神は選ばなかったが、一つだけ方法がある。

 

 ──そして、その方法こそが、今回の愚行である。

 ()()()()()()()()()。エネルギーがないのなら、魔王自身に、自らの魂を喰い潰させればいい。それは例えば、かつて原初のアデプトが天蓋竜を止めるため、己の魂を喰い潰し、星の大獄を作り出した時のように。

 

 自我がない魔王に、存在を丸ごと消費させれば──一度だけは十全に、いいや、それどころか本来の力を遥かに超える規模で権能を使わせることが出来る。

 ──デーモン達が、逃げ出すだけの時間を稼ぐことが出来る。

 

 つまりデーモンは──魔王を、()()()()()()()()()()()使()()()ということ。

 

 全ては聖国のアデプトの手から逃れるために。己と、己の家族と、仲間たちが、生きてダンジョンから脱出するために。

 長い年月は必要になるが、十分なエネルギーさえ確保できれば、人類を滅ぼせるかもしれない魔王を。滅びが近付いている魔物の運命を変えうる希望を、デーモンは使い潰したのだ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ──故に、そのとき事態は動いた。

 その日だったのは、祭りの途中の方が動揺を誘えると思ったからだ。敵が迫り、時間がない中で、最も効果的であろう日をデーモンは選んだ。

 

「……え?」

 

 聖都に来ていた商人は、宿の部屋の窓から見た。

 都の舗装されたレンガの道が浮き上がり、その下から極光が溢れ出した瞬間を。

 

「……あ」

 

 聖都から馬車で数日離れた先にある村の少年は、見た。

 祭りの後片付けの途中、足元の地面が崩れ、奥から虹の輝きが漏れてきた瞬間を。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ──そして、都の商人や村の少年が気付く、その数十秒前に。

 

「──顕現」

 

 コノエは地下から迫りくる力の波動に飛び起き、即座に神威武装を纏う。

 おぞましき気配。災厄──いいや、もしかしたら、それを超えている。

 

 戦闘態勢に移行し、加速していく思考。窓を蹴破り外に出る。全力で感知を伸ばす。

 迫りくる権能は地下から伸びてきている。

 

 この力は──。

 

(──速度は、遅い。力の密度も、それほど高くはない?)

 

 ──ゆっくりと上ってくる力。低い出力。

 災厄を超えるという直感に反して、近づいてくる力の速度と密度は低かった。

 

 コノエは、その力で己が害される可能性は低いと理解する。何の力かは不明だが、アデプトであれば恐らく抵抗可能であると。そして、神様がいる学舎の結界も大丈夫だろう、とも。

 ……だが、しかし。その一方で──。

 

(──広い。効果範囲が、広すぎる!)

 

 コノエは、その鍛え上げられた感知能力で知った。

 効果範囲は、コノエの感知可能範囲よりも、はるかに広い。数十キロではない。数百キロ先まで力が広がっている。いいや、もしかしたら数千キロ先までも。

 

 ──聖国のすべてが飲み込まれるのではないかと、そう思ってしまいそうな。

 

(……まずい)

 

 コノエは続けて理解する。この力は、神様を守る学舎の結界は破れないだろう。だが、それ以外なら話は違う。都市結界は、破られてしまう可能性があった。

 ──そうなれば、聖国で生きる民間人は皆、極光に飲み込まれてしまう。

 

(どうする?)

 

 考える。しかしどう考えても、真っ当な方法ではどうしようもない。

 広すぎる。どうやっても手が届かない。自らの権能──抗固有魔法で弾けるのは、ごく狭い範囲だけだ。

 

 故に、コノエは──

 

(──テルネリカ)

 

 金の権能に、手を伸ばす。その両目に金色の輝きが宿る。コノエが道に迷ったとき、行くべき道を指し示す導きの権能。

 世界の干渉の停止と運命の乱れから弱体化していて、けれど今のコノエには、その力に頼ることしか出来ない。

 

 コノエの視界に、金色の花弁が映り……。

 

「────!」

 

 見る。その花弁は……つい先ほどまで己がいた部屋の、()に伸びている。

 そこにいるのは。

 

「──ぬ」

 

 窓が開く。中からマイコが飛び出してくる。とん、と飛び出した彼女の体は紫色の光を纏い、今にも力が発動しそうになっている。

 ──また、金の花弁は、マイコの右手に向かって伸びていた。

 

「──マイコ!」

 

 コノエは咄嗟に手を伸ばす。マイコの手を、確かに握りしめる。

 マイコの両目が、驚いたように見開かれた。

 

 それと同時に、地面が割れ、極光が溢れ出す。

 マイコの体からも紫の力が放たれ、コノエの体を包み込み──。

 

 ◆

 

「…………!?」

 

 ──そうして、コノエは。

 

 気が付くと()()()にいた。

 空だ。周囲には空の青と雲の白しか見えない。

 

 それまでいた聖都ではなく、傍にいたマイコの姿も見えない。

 一瞬幻覚を疑って、しかし、体の感覚は確かに自分が今いるのが空の上だと伝えてくる。

 

 状況を把握するため、まず周囲の気配を探り……。

 

「……なに?」

 

 ──コノエは、伝わってきた気配に眉を顰める。

 戦闘態勢でなければ、思考が止まっていそうな驚き。

 

 それは、一つ、魔物の気配があったからだ。

 すさまじい速度で近付いてきている。力の質は災厄。油断できぬ大敵。

 

「……どういうことだ」

 

 しかし、コノエが驚いたのは、突然の災厄の襲来ではない。

 ただ災厄が襲ってきたのなら、迎撃するだけだ。

 

 そうだ。コノエが驚いたのは、その近付いてくる気配が。

 

「GLUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 

 魔物の叫びが空を裂く。その咆哮に、コノエは覚えがあった。そして雲の間から見えた、その緑色の体にも。

 

 ──()()()がそこにいた。そして。

 

固有魔法(オリジン)──我が()()()()()()()()()()()()()堕ちたまえ』

 

 空が、歪む。空域に力が広がっていく。

 

 ──風竜の憎悪に、世界(そら)は軋み、歪み始める。

 ──それはかつて、テルネリカを迎えに行ったあの日のように。




これで二章は終わりです。
次回からは三章になるのでぜひ見に来てもらえたらと!
後今回もアンケートしますのでよろしくお願いしますね……少ないと作者の目元が腫れます

一~三巻巻発売中です! また、三月には四巻が出ます!
色んなサイトで予約が始まっているので、応援してくれると嬉しい!
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