転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第15話 お願い

 ──コノエは、蹲る少女に、どうしたものかと思っていた。

 

「……うぅ、恥ずかしい。なんでこんなことしたんだろう。というか『ぬ』とか『ぬっぬっ』ってなに? 素でやってるの? それとも狙ってるの?」 

 

 マイコの姿をした彼女は、コノエに背を向け、ぶつぶつと呟いている。その背中は隙だらけで、その気になれば簡単に不意打ちできそうな感じだった。

 ……なんというか、今この瞬間も警戒しているコノエが、逆に困ってしまいそうな感じだ。まあ、だからと言って油断したりはしないけれど。

 

「…………」

 

 コノエは、背後から見ても耳が真っ赤になっている少女に、少し悩んで。

 しかし、ずっと見ていても仕方がないので、声をかけた。

 

「……少し、いいだろうか」

「……え?」

「……君に、聞きたいことがある」

 

 コノエがそう言うと、彼女はびくりと肩を震わせた後、顔を上げる。

 ゆっくりと振り返り、コノエを見た。

 

「………………私?」

「……ああ、教えてくれ。──君は、何者だ?」

 

 コノエは、問いかける。君は、いったい何なのかと。こんな人形だらけの不可解な領域にいた、ただ一人の例外に。

 すると、彼女は何度か瞬きする。赤く染まっていた頬の色が、すう、と引いていって。

 

 ……彼女は顎に手を当て、少し悩むような顔をする。

 

「…………ええ、と。そう、ね」

「……」

「……私のことは、フラン、とでも呼んでくれるかしら」

 

 彼女は数秒の沈黙の後、そう名乗った。

 そして、また少し考えるような顔をして。

 

「それで、私が何者なのか、だけど」

「……ああ」

「まず最初に言っておくと──私は、魔物ではないわ」

「……!」

 

 彼女──フランは、コノエが懸念していたことを自ら口にした。

 コノエは思わず目を見開き、彼女はそんなコノエに苦笑する。

 

 そうして、やっぱり疑ってたのね、と呟いて。

 

「まあ、当然でしょうけど。……こんな場所にいて、のんびり劇なんか見て。怪しすぎるものね」

「──」

「でも、本当よ。私は魔物じゃないし──あなたの敵でもないわ」

 

 コノエの目を、フランは真っ直ぐに見ていた。

 少し細めた目で。薄く微笑んだ表情で。

 

「私はあなたと敵対するつもりはない。もちろん、あなたから攻撃されたら抵抗はさせてもらうけれど、あなたが私に敵対しない限り、私もあなたに敵対しない」

「……」

「信じられないのなら、そうね。──神に、誓ってもいいわ」

「────なに?」

 

 ──神に、誓う?

 

 コノエは驚く。当然だ。この世界に生きていて、その言葉の重さを知らない訳がない。誓いを破れば、加護を失う。決して軽々しく口にしてはいけない言葉だった。

 誓いとは、そう言われただけで目の前の人を信じたくなるような、そんな言葉であって。

 

「…………」

 

 けれど、驚くと同時に、コノエは気付く。

 この誓いには、一つ問題がある。それは。

 

「……まあ、この誓いにどれほどの意味を見出すのかは、あなた次第だけど。私を魔物かと疑っているのだし」

「………………」

 

 そうだ。それが問題だった。

 だってコノエは知らない。

 

 ──邪神亡き今、魔物が神への誓いを破ると、果たしてどうなるのか?

 

 今まで通り加護を剥奪されるのか、それともされないのか。剥奪されない場合、誓いに意味はなくなるだろう。

 邪神の死とそれが及ぼす加護への影響に関しては、以前アデプトの会議で議題に上がり、検証途中であると聞いていた。

 

 ……なので、神に誓ったからと言って、無条件に信じられるわけではない。

 

「……うん。さっきも言ったけれど、あなたが警戒するのも当然だと思うわ。でも、一つ言わせてもらうなら、私だって好きでここに居るんじゃないの」

「……? そう、なのか?」

「ええ、私は、どちらかと言えばあなたと一緒よ。巻き込まれたの。……こんなの、私は望んでなかったのにね」

 

 フランは大きく息を吐き、呟く。

 そしてふと、顔を舞台へと向けた。

 

 見ると、彼女の視線の先では相変わらず劇が続き、マイコ人形が歌い、踊っている。

 舞台はどうやらクライマックスのようで、流れている音楽もどんどん盛り上がっていた。

 

 人形は曲調に合わせるように激しく踊る。手を繋ぎ、離し、くるりくるりと回っている。

 最後に騎士のマイコが大きく腕を広げ、姫のマイコがそこに飛び込んでいき──。

 

『──姫!』

『騎士様!』

 

 ──二人で抱きしめ合って、舞台は終わった。

 音楽が余韻を残すように消えていき、灯りも落ちていく。

 

「…………」

 

 フランは、抱き合う二体の人形に僅かに目を細め──数秒後、目を伏せ、逸らした。

 そのままコノエの方へと向き直って、薄く微笑む。

 

「──さて、じゃあ、少ないかもしれないけれど、私があなたに話せるのはここまでね」

「……え?」

「これ以上は、教えてあげない。私についての話は終わりよ」

 

 フランが突然そんなことを言って、コノエは何度か瞬きをする。

 ……なぜ? とコノエは呟いて。

 

「なぜって、それはもちろん、私が訳アリだからよ。あなたに言えないことがある。当然よね? だってこんな場所にいて、義体に入ってるんだもの。ただの可哀そうな一般人、なんてありえないでしょう?」

「…………!」

「あなたの敵ではないけれど、私には私の都合がある。……ごめんなさい、あなたに全部話すということは出来ないわ」

 

 だから、ここまで、とフランは言った。

 

「もしあなたがそれを許せないのなら、無理やり口を割らせようとするのでもいいけれど……でも、無駄よ。この体、義体だもの」

「……それは」

 

 それは、その通りだ。コノエはそう思う。彼女の体が義体であるのなら、彼女はいつでも体を放棄できる。そして、義体を破壊しても本体には影響がない。

 

 もちろん、彼女の本体を探し出せば話は違うだろうが……しかし、義体を使うということは、彼女はあの聖国のアデプトなのか?

 ……いや、それにしては様子がずいぶん違う気がする。祭りで会った彼女はもっと生真面目な雰囲気だった。正体を隠す意味も分からない。

 

「便利よね、義体の固有魔法。……まあ、無理やり別の体に入り込んでるから、私自身の能力はかなり落ちちゃってるけど」

「…………」

「とにかく、そういう訳だからこれ以上の情報については諦めてくれると嬉しいわ。……でも、そのかわりに、そうね」

 

 と、そこでフランは少し悩むように顎に手を当てる。

 ……数秒後、なぜだか僅かに頬が赤くなった。

 

「……もし、あなたが情報を諦めて、その上で()()()()()()()()()()()()()()()──この、私たちを包み込む固有魔法のことだけなら、教えてあげてもいいわ」

「……なに?」

「たとえば、この聖都の領域からどうやって出るのか、とかね。……知りたいでしょ?」

「──っ!」

 

 それは確かに、今一番知りたい情報だった。コノエはまだ、この謎の領域について何もわかっていないのだから。

 コノエが息を呑むと、フランは後ろ手に両手を組み、ふふふ、と笑う。

 

「私、そういう調べ物、得意なの。脱出法はもう調べ終わってるわ」

「…………」

「もちろん、この情報に関しても意図的に嘘は言わないと神に誓ってあげる。信じるのかは、あなた次第だけどね?」

 

 コノエは、頭の中で現状と彼女が言ったことを整理する。

 謎の多い固有魔法。切り替わった世界。死んだはずの風竜。謎の扉。聖都。沢山のマイコ。右も左分からず、何よりも情報が欲しい。

 

 なので、彼女の提案に頷きたいところだった。信じるかは実際の状況を見ながら決めればいい。

 ……けれど、一つ問題がある。

 

「………………その」

「なにかしら?」

「……君の言う、()()()とは?」

 

 そうだ。それが問題だった。いくら情報が欲しくても、無理なお願いをされたのでは頷けない。

 だからコノエは、フランに問いかける。すると。

 

「……ふふ、話を聞きたいと思うくらいには、信じてくれるのね。……嬉しい」

「…………」

「お願いの内容は、簡単よ。あなたなら難しくもなんともないはず」

 

 彼女はそう、嬉しそうに笑う。

 目を細め、頬を緩め……一度大きく息を吸った後、言った。

 

「──私と一緒に、祭りを歩いてほしいの」

 

 ◆

 

 そして、数分後。コノエとフランは、地下のホールから地上に出ていた。

 

「では、行きましょう!」

「……ああ」

 

 楽しそうに笑うフランと、少し戸惑った顔のコノエ。

 二人は並んで、祭りの中へと足を踏み出し──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ──一方その頃。聖都の学舎では。

 普段聖女と呼ばれている彼女は、喧騒の中で愕然としていた。

 

「……なんですか、これは。いったい何が……?」

 

 聖女は、呟く。困惑していた。

 彼女が困惑しているのは、その手に握られた報告書が原因だった。

 

 虹の権能による異常発生から、数時間。直後に調査員を派遣して、情報を集めて、その結果上がってきた報告書だ。

 そこに信じられないことが書かれているから、彼女は困惑している。

 

 彼女には、わからなかった。だって、未曽有の規模の光だった。聖国全土を覆いつくしているのではないかと思うような。

 それだけの広範囲に広がり、都市結界は貫通し、大勢の民が光に吞み込まれた。地下から感じた力は間違いなく魔王級だった。

 

 それなのに、それだけの邪悪が襲ってきたのに──。

 

「…………()()()()()()()()()()()()?」

 

 ──聖女は困惑したまま呟く。

 そうして、すぐ隣に目を向けた。彼女の横に並んだ()()のベッドへ。

 

「……マイコちゃん、コノエさん、あなたたちは、いったい何をしたんですか?」

 

 ──聖女様が視線を向けたベッド。

 ──そこには瞼を閉じ、眠っているマイコとコノエの姿があった。




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